第15話 揺れる感情と交差する距離
▼橘紗月視点
カフェの窓際。大きな窓から差し込む陽の光が、テーブルを柔らかく照らしている。橘紗月はストロベリーラテを両手で包みながら、目の前の武田結衣に声を弾ませていた。
「ねえ、結衣。この間ね、ついに『紗月』って名前で呼んでもらったんだよ!」
「え、マジで!?」
結衣は椅子から身を乗り出すようにして反応する。その顔には驚きと興奮が混じっていた。
「しかもさ、ほんの少しだけど……手を握ったの。」
紗月は小さく両手を握りしめ、頬を赤らめる。その仕草があまりに可愛らしく、結衣は思わず吹き出した。
「やばいじゃん、それ! もう完全に進展してるじゃん!」
「だよね!? 心臓、ほんとにどうにかなりそうだった……。」
二人の間には、ほのかに甘い空気が漂う。紗月は顔を伏せたまま、結衣の顔をちらりと見上げる。
「でもさ……私、この気持ちがただの憧れなのか、それとも……。」
「は?」
結衣はラテを飲む手を止め、顔をしかめて紗月をじっと見つめた。その表情に思わず紗月は身を縮める。
「何それ、紗月。普通に考えて恋でしょ? 手を繋いで心臓バクバクしてんのに『ただの憧れ』とか、どの口が言ってんのよ。」
「え、でも……!」
「でもじゃないって。素直になんなさいよ、ほんとに。」
結衣は呆れたようにため息をつきながらも、その目には親友への愛情がにじんでいる。
「ほら、早く認めちゃいなよ。『悠人のことが好きです』って。」
「うっ……それは、まだ……。」
「はいはい、じゃあ今度悠人君と二人で話すときに、ちゃんと確かめなさい。それで自分でも気づくから。」
「でも……どうすればいいか分からなくて。」
「簡単じゃん。次は悠人君を誘って、もっと距離を縮めればいいの。」
結衣の言葉に、紗月は一瞬固まる。
「どうやって……?」
「んー、テスト近いでしょ? 勉強会でも開けば? それなら理由も自然だし、一緒にいられる時間も増えるじゃん。」
「勉強会……か。」
紗月は小さく頷き、考え込む。その瞳には、少しの決意が宿っていた。
▼杉村悠人視点
教室の片隅。昼休みのざわめきの中で、俺は静かに弁当を広げていた。目の端に映るのは内藤麻奈の姿。彼女はいつものように、一人で静かに本を読んでいる。
(内藤さん……あまりクラスの人と話してないな。)
美しい容姿とミステリアスな雰囲気から、目立たないわけではない。それでも、彼女の周りに人が集まることはほとんどなかった。
(どうしてだろう。あんなに綺麗なのに……。)
気になって目で追ってしまう自分がいた。そんな中、放課後に偶然彼女と会う機会が訪れた。
校門を出たところで、麻奈が一人で歩いているのを見つけた。
「内藤さん!」
声をかけると、彼女は驚いたように振り返った。
「杉村君……。」
「一人だったんだね。良かったら一緒に帰らない?」
彼女は少し迷ったようだが、頷いた。
「別にいいけど……何の用?」
「いや、特に用はないんだけどさ……最近、俺、変わろうと思って頑張ってるんだ。」
その言葉に、麻奈は眉をひそめる。
「変わる、って?」
「ボッチだった俺が、少しでも人と関わるようにしたいと思って今頑張っている。」
彼女は黙って俺の言葉を聞いていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……そんな風に思えるの、すごいね。」
「そうかな。俺なんて、ただ試してるだけだよ。でも、内藤さんも……少しずつ変わるの、悪くないと思うよ。」
その一言に、麻奈はわずかに微笑んだ。
「……ありがとう。杉村君って、ほんとに変わった人だね。」
その言葉に、俺はどこか安心感を覚えた。彼女が少しでも穏やかな表情を見せてくれたことが嬉しかった。
家に帰り、机の上に置かれた「ドリームノート」を見つめる。紗月の笑顔、麻奈の儚い笑顔――どちらも胸の中で揺れている。
(どちらも大切な人だ。でも、ノートの力に頼るだけじゃ、きっと本当の絆は作れない。)
ペンを手に取ろうとしたが、思い直した。
(俺の言葉で、俺の行動で、向き合ってみよう。)
ノートを閉じ、机の上に置く。自分の力で答えを見つける決意を胸に、目を閉じた。
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