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第12話 橘紗月 × 武田結衣 = 女子会

 カフェの扉を開けると、ベルの軽やかな音が響き、甘い香りが鼻をくすぐった。木製のテーブルと白い椅子が並ぶ店内は、放課後の女子高生たちでにぎわっている。橘紗月は少し緊張しながら奥の席を探した。


「紗月、こっち!」


 声のした方を見ると、親友の武田結衣が手を振っていた。すでにストロベリーフラペチーノを片手に微笑んでいる。紗月は笑顔を返しながら席に向かうと、カバンを椅子の背にかけた。


「ごめん、待った?」


「全然、今来たとこ。ほら、注文してきなよ。」


 結衣に促され、紗月はレジへ向かった。何を頼むか迷いながらも、「期間限定」の文字に惹かれ、チョコレートムースラテを選ぶ。カウンターで受け取ったカップを両手で包みながら、席に戻った。


「で、今日はどんな相談?」


 結衣がストローをくるくる回しながら、にやりと笑う。紗月はカップのフタを外して中を覗き込むフリをして、視線を逸らした。


「いや、その……最近ちょっと気になることがあって……。」


「気になること? もしかして恋バナ?」


 結衣の顔がさらに近づく。紗月は「うーん」と曖昧に笑いながら、少しだけ間を取った。


「実はさ、先週、めちゃくちゃ困ってたときに、杉村君が助けてくれたんだよね。」


「杉村君? あの……クラスであんまり目立たない男子の?」


 結衣の目が少し丸くなる。その反応に、紗月は「ああ、やっぱりそう思うよね」と心の中で苦笑した。


「そう。最初は何とも思ってなかったけど、そのときは本当に……王子様みたいに見えたんだ。」


 カップを両手で持ちながら、彼女は少しだけ目を伏せた。


▼過去の回想

 あの日、杉村君と一緒に本を買いに行った帰り、家の前で借金の取り立てが突然押し寄せてきた。大人ですら立ち向かうのが難しい状況で、高校生の彼女にできることなどほとんどなかった。


 家の玄関先には取り立ての男たちが立ちふさがり、険しい表情で何かをまくし立てていた。紗月の心臓は、今にも破裂しそうなほど高鳴っていた。足がすくんで動けない中、不意に聞こえた声があった。


「誰だ、お前?」


「……これ以上、彼女たちを困らせるのはやめてもらえませんか。」


 驚いて顔を上げると、そこには杉村君が立っていた。無関係な彼がここにいること自体が不思議で、紗月は呆然と彼を見つめた。


「……杉村君、どうして?」


 彼女の震える声を聞くと、杉村君は一歩前に出て取り立ての男たちに向き合った。


「話を聞きたいだけです。ここでは人目につきますし、場所を移しませんか?」


 その声は低く、けれど毅然としていた。男たちは一瞬面食らったように動きを止めたが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。


「まあいい。話してやるよ。」


 その後、杉村君は男たちと近くの喫茶店へ向かい、何かを話し合っていた。詳細は紗月にも分からない。ただ分かるのは、彼がその場を丸く収めてくれたということだけだった。やがて男たちは渋々といった様子で帰って行き、家の前には静けさが戻った。


 あの日以来、お母さんも徐々に元気を取り戻し始めた。借金の問題が完全に解決したわけではないが、最悪の事態を回避できたことが何よりも大きかった。


 もちろん、あの借金取り立てのことを親友の結衣に話すことはできない。それでも――怖い人たちに囲まれていた自分を助けてくれた杉村君の姿が、頭から離れなかった。


「本当に……助かったんだ。あのときの彼、まるで王子様みたいだった。」


▲回想ここまで


 紗月はカップを回しながら結衣の顔をちらりと見た。結衣の好奇心に満ちた視線を受け、少しだけ息をつく。


「でもさ、私って結構目立つじゃん? だから告白されることも多くて……正直、断るのも疲れてたんだよね。」


 その言葉に、結衣は目を細めながら軽く頷いた。


「うんうん、分かるよ。それで?」


「でさ……。これまで、そういう人たちに対して、付き合いたいとか興味を持てたことってなかったの。」


 紗月はカップのフタを外し、中のドリンクを覗き込みながら言葉を続けた。


「でも……杉村君は違うんだよね。」


 その名前を口にした瞬間、自分の頬が熱くなるのを感じた。結衣が顔を覗き込むようにして聞いてくる。


「違うって?」


「なんて言えばいいか分からないけど……あのとき、彼が怖い人たちに立ち向かって、お母さんと私を助けてくれたの。普通の高校生の行動じゃないって分かってるし、それだけじゃなくて、お母さんも最近元気になってきて……本当に感謝してるんだ。」


 その声には自然と熱がこもっていた。結衣は顎に手を当てながら静かに聞いていたが、突然ニヤリと笑みを浮かべた。


「ねえ、それって紗月、完全に惚れてるんじゃないの?」


「えっ!?」


 紗月は驚いて目を見開く。


「いやいや、そんなことないよ! ただ、感謝してるだけで……。」


「感謝で心臓が壊れそうになるほどドキドキするの?」


 結衣は悪戯っぽく笑いながら、ストローをくるくると回す。


「最近、杉村君のこと考えちゃうんでしょ? もっと話したいとか、一緒にいたいとか思ってるんでしょ?」


「……うん、それは、まあ。」


 紗月はカップを握りしめながら小さく答えた。すると結衣はテーブルに身を乗り出し、いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「じゃあ、たとえばさ――私と杉村君が二人で買い物に行くところをショッピングセンターで紗月が見かけたら、どう思う?」


 その問いに、紗月は一瞬固まり、次の瞬間には顔を真っ赤にして叫んだ。


「えっ……黙って結衣が杉村君と一緒に出掛けてたら……友達やめる!」


「待て待て待て、た・と・え・ばでしょうが!」


 結衣は慌てて手を振り、笑い出した。


「もう、紗月、そんなの恋だよ恋! 激オモの恋じゃん。ヤンデレにならないように気をつけなよ。」


 その言葉に、紗月は思わず俯いた。自分がそんな感情を抱いているのかと気づき、心の中で戸惑いが広がる。


「でも、私がこんな状態で恋かどうか分からないなんて……。」


「だから、私に背中を押して欲しかったんでしょ?」


 結衣はまるで見透かしたような笑顔で言った。そして、紗月の目をじっと見つめながら続ける。


「じゃあ、明日早速、杉村君にデートの約束を取り付けてきなさいよ! また、しっかり紹介してよね。」


 その言葉に、紗月は思わず顔を覆った。自分の感情を見抜かれたようで恥ずかしいけれど、どこか安心感もあった。


 結衣のアドバイスを受けながら、カフェを出た後の帰り道、紗月は一人で考えていた。


(もっと話したい。もっと一緒にいたい――それって、やっぱり恋なのかな。)


 これまで恋愛には興味が持てなかった自分が、こんなにも一人の人のことを考えるなんて、信じられなかった。それでも、杉村君の優しさや行動が、自分にとってどれだけ特別だったのかを思い出すたび、胸が高鳴る。


(きっと、今のこの気持ちを伝えなきゃ、私は変われない。)


 紗月は握りしめた手に少し力を込めた。明日、自分から杉村君に声をかけることを決めた。


(まずはデートに誘ってみよう。映画がいいかな……それともカフェ? いや、まずはちゃんと感謝の気持ちを伝えないと!)


 浮かぶアイデアに心が揺れながらも、次第に不安よりも期待の方が大きくなっていく。小さく息を吸い込み、澄んだ夜空を見上げた。


(大丈夫。彼なら、きっと笑って応えてくれる。)


 そう心に決めた紗月の表情には、少しだけ大人びた笑みが浮かんでいた。

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