番になるには無理がある
以前書いたやつを全否定するお話。
運命だと思った。
ゾーラ国の第一王女マノンがアスラン国の王スバルと出会ったのは、人間族の国ゾーラ王国と竜人国アスラン国との、友好五十周年記念のパーティーだった。
短い黒髪を後ろに撫で付け、すらりとした、しかし鍛えているのが見て取れる均整の取れた体つき。太い角も黒い髪も違和感を抱かせることのない美貌。
なにより目を惹いたのは、シャンデリアの光を反射して緑や青に色を変える角と髪だった。
その時マノンは六歳。スバルは幼いマノンに対し、一人前のレディにするような礼儀正しい態度だった。
エキゾチックなうつくしいお兄さんにレディ扱いされ、マノンは一瞬で恋に落ちたのである。
幸いアスラン国は友好国だ、政略結婚の相手として充分といえる。
両親である国王と王妃も乗り気で、ぜひ初となる人間族の王妃にと打診してくれた。
しかし断られた。
竜人をはじめとする獣人・人魚は、番と結婚するのが当然なのだった。
友好を結んで交流がある以上、恋に落ちる人間と獣人のカップルはいる。
番を選ばず、人間と結婚する獣人もいる。
しかし異種族間の結婚では子供は望めなかった。実に、出生率ゼロである。
王であるスバルに子ができないのでは、政略結婚に意味はない。
そう言われてはゾーラ王国としては諦めざるをえなかった。
諦められないのはマノンである。
マノンは何とかスバルの番になろうと、近頃開発された疑似番薬なるものに手を付けた。
たくましく、美形ぞろいの獣人や竜人に恋をする人間は多い。番を求める彼らと一時でもいいから夢が見たいと開発された、ようは惚れ薬であった。
番は互いを見ればそうとわかるという。
あまりに幼いと本能が働かないのかわからないらしいが、ある程度成長し、結婚できる体になると反応する。曰く、匂いでわかるらしい。このことから番の本能とはフェロモンではないか、といわれている。
はじめて会った時、マノンはまだ六歳。初潮も来ていない子供だった。
だからわからなかったのだ――というていで、マノンは交換留学生としてアスラン国の王宮でスバルと再会し。
「なんだ。この娘は」
あっさり捕まった。
番としてではなく、不審者という意味でだ。
「スバル様!? わたくしです、あなたの番のマノンですわ!」
マノンは自信満々に叫んだ。スバルは嫌悪を露わにした。
「俺の番はすでにいる。……たしかに番の香りはするが、大事な番を間違えるわけないだろう」
馬鹿にしてるのか。スバルの怒りにマノンを離せとわめいていたゾーラ王国の従者たちが腰を抜かした。
「だいたい俺は反対したんだ。やっと出会えた番を留学に行かせるなど。妃として、友好のためというならエイミでなくとも良いだろう!」
「陛下、ですがそれはエイミ様の希望ですぞ」
スバルを追ってきたのだろう、息を切らせた青年が宥めた。
「そうだ。エイミの願いでなければ誰が行かせるものか!!」
だん! とスバルが足を踏み鳴らす。まるで癇癪を起した子供だ。
「なのにエイミの香りがしたからやっぱり俺が恋しくて帰ってきたと思ったのに……誰だよっ!」
「交換留学でいらした、ゾーマ王国のマノン王女ですよ。説明したでしょう」
どうやらスバルは苛立ちのあまり素の口調になってしまっている。それにつられたのか側近らしき青年も態度が杜撰だ。
なお、ここは王宮に入ってすぐの玄関ホールである。何事かと竜人や獣人が立ち止まり注目している。
マノンがやって来た瞬間、スバルが飛ぶような勢いで現れたのだ。
自分の出迎えに、待ちきれなくて。
疑似番薬の効果を確信してマノンが歓喜したのは一瞬で、すぐさま顔を歪めたスバルによって、マノンは拘束されてしまった。
「どういうことですの!? スバル様の番はわたくしですわ!!」
すでに番がいるなんて聞いていない。マノンは叫んだ。
拘束する女性騎士の腕を振りほどこうともがくもびくともしない。
「それはこっちが聞きたい。……なぜお前からエイミの香りがする?」
揺らめく怒りの炎が見えるようだ。「ヒッ」と声を呑んだマノンにスバルは鼻を鳴らすと、今度は怪訝そうにする。
「いや……似てるけど違うな? エイミじゃないや」
なーんだ、とでも言いだしそうなほどうって変わって怒りが消える。
それにほっと息を吐き、マノンはさらに言い募った。
「そ、そうですわ。わたくしはゾーマ王国のマノン。わたくしこそスバル様の、本当の番ですわ!」
スバルはまじまじとマノンを見て、側近を振り返った。
「なあ、あいつ、何言ってんの?」
「わたしにもわかりません」
どうにも投げやりに首をかしげられた。
「なあ、あの……」
「マノン王女ですよ」
「そうそう、マノン王女」
さっきから連呼しているのに名前を憶えられていなかった事実にマノンは傷つく。そもそも覚える気がないのかもしれない。
「マノン王女、カレー好き?」
「は?」
いきなり真顔で話を変えてきた。
「好き? それとも嫌い?」
「好きですわ!」
ゾーマ王国ではカレーは高級品だ。香辛料はゾーマ王国の気候では育たず、輸入頼りになる。その香辛料を扱っているのが竜人国アスランなのだ。
「じゃあさ、想像してみて? カレーだと思ってわくわくしてたのに、出てきたのがカレー味のう〇こだったの」
「……は?」
「俺、すっげー嬉しかったんだよ? なのに出てきたのはカレー味のう〇こ。どうよ? 騙されたって気がしねえ? 怒っていいよね?」
「は……? あの、……はぁ!?」
戸惑っているマノンに側近が溜息を吐いた。無理もない。
「陛下、お言葉が汚いですよ」
「だってぇ。本当にそんな気分だったんだぜ、俺。がっかり半端ないっていうか、もう怒りしかない」
「そうですね」
同意しつつも頭を抱える側近に、ぷんぷん怒っているスバル。マノンはぽかんとしていたが、やがてじわじわと、自分が何に例えられたのかを理解した。
カレー味のう〇こ。
下品極まりない。レディの例えとして最低の類であろう。それも恋する男に言われたのだ。
あまりのことにマノンは怒ればいいのか泣けばいいのかわからなくなった。ひたすら頭が、顔が熱いのに、指先が冷えている感覚だ。
「どうして……わたくしは番になったのに……カレー……の? どういうことなの?」
「どういうこと、はこちらの質問だ」
気を取り直したのか国王の威厳たっぷりにスバルが問う。
「なぜ、竜人ではない王女から番に似た香りがする? きちんと説明してもらおう」
いつのまにか、周囲は兵に囲まれていた。
いかに怪しいとはいえ一国の王女をいつまでも玄関ホールで拘束しているわけにはいかず、マノンは急遽登城を命じられたゾーマ王国外交大使と共に、会議室に連行された。マノンと共に来た侍女、従者も一緒にだ。
事が番についてであるので、獣人各国の王も集まっている。
アスラン国に学園がある関係で、獣人の王もしょっちゅう遊びにやってくるのだ。このあたり、獣人はけっこう緩い。
たまたま居合わせたライオンの獣人、鶴の獣人、牛の獣人王が神妙な顔つきで席についている。
なお、便宜上『王』としているが、国王というより部族の長としての意味合いが強い。いくつか獣人の国はあるものの、王はそうした少数民族のまとめ役で、たいていライオン獣人に押し付けられることが多かった。ただし竜人王だけは別格で、獣人と総称されるものたちの盟主であり、正真正銘の王である。
いずれも美形ぞろいの男たちに見つめられて、マノンは立場を忘れてポーッとなった。
「……では、マノン王女。説明願います」
コホン。わざとらしい咳払いをして、スバルの側近が促した。
我に返ったマノンが男たちの冷たい視線に気づき、うって変わって蒼褪める。
説明と言われても、マノンはただスバルの番になりたかっただけだ。
番となり、彼に溺愛され、ゾーマ王国とアスラン国の懸け橋となる。
そのために疑似番薬を飲んだ。それだけだった。
野心といえば野心だが、あまりにお粗末な話にスバルたちは力が抜けた。
「番になりたかっただけ? なんだそれは……」
「種族が違うだろう。普通諦めないか?」
「異類婚姻譚など物語の中だけだ。いくら恋してもどうしようもあるまいに……」
「人間コワ。どういう教育してるんだ」
スバルを含め、獣人王たちの意見は「ありえない」一択だった。マノンはその反応に不安になる。
スバルの側近が額を押さえた。どう言うべきか。スバルをちらりと見る。
「マノン王女」
「はい」
「はっきり言うが、人間が竜人や獣人の番になることは不可能だ」
スバルがきっぱりと言った。
マノンは驚愕に目を見開く。
「そ、そんな。獣人と夫婦になった者は、我が国にもおりますわ」
「だが、子供はいないだろう」
そこまで知らなかったマノンがうろたえる。疑似番薬の宣伝にも夫婦になれたと書いてあったのだ。
「そ、そんな……なぜ、ですの?」
当然の問いに、なぜかスバルは赤くなった。
「まだ若い竜王に説明させるのは酷だな。俺がやろう」
苦笑いでライオンの獣人王が手を挙げた。
年寄りぶった口調だが、マノンの目にはスバルより少し年上くらいにしか見えなかった。
「我々獣人は、繁殖期に性交を行う。そして繁殖期には、本来の姿に戻るのだ」
繁殖。性交。直接的な表現にマノンは目を見開き、真っ赤になった。そうだ、子供というのはそういう話になる。
「ほ、本来のお姿、といいますと……」
「俺ならライオンに近くなるし、スバルは完全な竜となる。獣人の多くはメスが発情期に入り、オスを誘うから、そういう周期のない人間とはまぁ、ないだろうな。竜人など繁殖の際は空を飛ぶから、飛行能力のない人間とはまず無理だ」
魔法で空を飛んでも、あれこれしている最中にまで魔法に集中できるかどうかは想像しなくてもわかるだろう。空、とつぶやいたマノンが今度は蒼褪めた。
「あ……あ、それでは……」
人間のマノンがスバルの番になることは絶対にない。
たとえ友好の証に嫁いだとしても、スバルに愛されることも、まして子供を授かることも不可能だ。さすがに空までついていけない。
「……この際だからはっきり言うが」
気の毒そうに眉を寄せて、スバルが言った。
「貴国の人間と婚姻を結んだ獣人は、番が見つかるまでの暇つぶしだと思うぞ」
「うちの者だろ。ライオンのオスは怠惰なたちだからな、メスが養ってくれるなら十数年のペット生活も意に介すまい」
「そんなのは少数ですよ。鶴は一途ですからね、番を見つけるまで探し続けます」
「牛はそれほどではないが、人間のメスでは交尾に耐えられんだろうな」
がはは、と笑う牛の獣人王に、そこまで初心ではないマノンはひたすら縮こまるしかなかった。
「あと、ついでに竜人が産むのは卵だぞ」
とどめをスバルが刺した。マノンはテーブルに突っ伏した。うちも、と言ったのは鶴だった。そういえば鳥は卵生だ。
マノンが落ち着くのを待って、今度は疑似番薬についての話になる。
疑似とはいえ番を偽るには一度服薬すればよいというわけにはいかず、少なくとも週に一度は飲まなければならないものだった。
つまり、スバルの番だと認識されていれば、マノンはこれから一生疑似番薬を飲み続けなければならないのだ。そのため結構な量を持ち込んでいた。
アスラン国の医師官が呼ばれ、すぐさま成分分析が開始された。
「基本はポーションのようですが……状態異常を解除する効果を利用して番を誤認させるのか? いや、しかし陛下にのみ効果があったとするともっと他の、陛下の魔力を含んだ何かを使われている可能性があります。髪か、ゾーマ王国に滞在したことがあるとなると、朝の手水に使用した水、あるいは風呂の水などから抽出した魔力を……まさか排泄物?」
まさかの原料にマノンはもう何度目かわからないショックを受けた。
「劣化はしないのか?」
「ポーションはもって三か月です。開封後はすぐに服用しなくては劣化していきます。おそらくこれも劣化するでしょう」
「あ、あの、王室を通じて輸入する手はずになっておりました」
さすがにもう番になれるとは思っていない。マノンは正直に白状した。
スバルがハッとなった。
「待て。マノン王女、体に異常はないのか?」
「えっ?」
「疑似番薬というのは、番に似た香りを体から発するようになる薬なのであろう?」
「ええ……、そう聞いております」
「つまり、人間の肉体を強引に、獣人……今回は竜人だったが、変質させるものと考えられる。となると、今後、人間と婚姻したとして、きちんと子をなせるのか? 発情期がはじまってしまえばそれ以外の時期に排卵は起こらなくなるぞ。調べてもらったほうが良い」
「あっ……」
一声叫んでマノンは絶句した。
スバルへの恋に溺れてそこまで深く考えていなかったが、たしかにそうだ。
人間のマノンがスバルの番になることは絶対にない。そもそもスバルにはもう番がいる。
マノンに残っているのは疑似番薬によって変えられた肉体だけだ。疑似番薬の副作用や後遺症はいまだ判明していない。
薬によって、マノンはもはや普通の人間とはいい難い体になってしまっているのだ。
「自業自得といえなくもないが、王女に害をなしたのだ、疑似番薬は禁制とすべきだろうな」
恐怖に震えて泣くマノンに、スバルは同情を込めて告げた。ゾーマ王国から付き従ってきた侍女がマノンの背を撫でながらうなずく。
たかが恋。されど恋。
異種族への恋は、思いもかけない重い代償を払うことになった。
あやうく国際問題、戦争になりかねないことを引き起こしたとしてゾーマ王国に帰らされたマノンは、謹慎処分を受けた。
正確には謹慎という名目での処罰である。マノンは疑似番薬の被検体として経過観察を受け続けることになったのだ。
留学をしたのに一日も学園に通うことなく退学となった不名誉な王女。ただし、竜人国からは寛大な処分を、と同情を多分に込めた通達があったため、健康上問題なしとなれば王女としていずれ復帰することもできるだろう。
番を偽るという、激怒してもしかたのないことをしたマノンに対し、ずいぶんとやさしい措置である。ゾーマ王国の王と王妃、マノンの両親は自分たちの甘やかしを反省しつつなぜかと首をひねっていたが、その答えは思いがけないところからやってきた。
スバルの番であるエイミが、マノンに会いたいと王宮をたずねてきたのだ。
エイミは交換留学生として一応王と王妃に挨拶はしたが、マノンに会ったことはなかった。王宮に部屋を用意させることもなく、学園寮に入っていたのである。
久しぶりに検査から解放されたマノンは現れたエイミを見て、完膚なきまでの敗北を悟った。
もうとんでもない美少女である。
大人の色気こそないが、彼女に見つめられて微笑まれたら、どんな男だって跪いて愛を乞うだろう。むしろ微笑んでもらうために全力で尽くしたくなってしまう。女神のごとき美貌と威厳を醸し出していた。
これは勝てない。
むしろなぜ勝てると思ったのか。
疑似番薬を飲む前にエイミと出会っていたなら無謀を悟って、こんなことにはなっていなかっただろうに。
マノンの味方であるはずの侍女でさえ残念なものを見る目でマノンを見た。
「あなたがマノン王女?」
声まで綺麗なんてずるい。マノンは無意識にドレスを握り締めた。
「ひとつ、お伺いしたいのですけど……」
問題を起こしたマノンが恋敵に何をしでかすかわからない、と侍女のほかにお目付け役となる婦人が数人いた。責任を取らされることになった、マノンの教育係だ。
何を聞こうというのか。スバルに横恋慕したマノンを嘲笑するのか憐れむのか――ごくりと喉を鳴らすマノンにエイミは言った。
「人間ってあなたのような特殊性癖ばかりなの?」
「へ?」
見た目美少女から飛び出した特殊性癖というパワーワードにマノンの目が点になった。聞き間違いだろうか。
「わたくし竜人ですけれど、人間とまぐわおうなんて思わないわ。人間は床でまぐわうのでしょう? 危ないのでは?」
エイミは本当に不思議そうだ。
「……空でなさるほうが危ないと思いますけれど……」
「ああ、人間は空を飛べないのでしたわね。ですが愛しい番との交わりは、本当に天にも昇る心地ですのよ」
うっとりとするエイミだが、空を飛ぶこと前提とはつまり、はじめから外、ということだ。屋内で事に及んでは天井に頭をぶつけてしまう。
そっちのほうがよほど変態プレイな気がするが、なるほど種族の差とはこういうことなのだろう。
「学園入学以来、人間のオスに言い寄られて困惑しておりますの。わたくしだけではありませんわ。人魚族の姫君や、ライオンの姫君も声をかけられております」
自慢でも迷惑でもなく、ひたすら困惑している。それはそうだ、異種族との恋愛など、竜人や獣人のメスにはありえないことなのである。
「ライオンは陸上生物ですから大丈夫とお思いかもしれませんが、ライオンのアレには棘がありますのよ。人間のオスが満足させられるとは思えませんわ」
「棘!?」
「人魚はメスの産卵に合わせてオスが放精しますので……そも、人間の精子は水中でも機能するものですの?」
「産卵!? 放精!?」
人魚の国は水中、川か海である。そんなところに連れていかれたら命がない。
赤裸々な話を、顔を赤らめるでもなく至極真剣に問うエイミに、マノンはスバルの姿を見た。そして、思い出す。スバルに言われた衝撃の一言を。
――カレー味のう〇こ。
人間離れした――人間ではないので当然だが――竜人王とその番。
完全無欠と思われた二人には、しかし残念過ぎることに、デリカシーがなかった。
「人間が知的好奇心に満ちた種族であるのは知っております。参考にするべくこうして留学に来ているのですから。ですが、特殊性癖の対象にされるのは、ちょっと」
「ち、ちがいますっ!」
このままでは『人間、特殊性癖の変態』とひとくくりにされてしまう。マノンは慌てて否定した。
「わ、わたくしがスバル様を好きになっただけですっ」
「え……」
エイミのうつくしい顔がドン引き、と引き攣った。すぐに取り繕った笑みを浮かべる。
「いえ、個人の趣味に口を出す権利はありませんわよね」
「そ、そうじゃなくて、顔! 顔が好みだったの!!」
何が悲しくて恋敵に「顔目当て」だと言わなくてはならないのだろう。マノンは泣きたくなった。しかし変態性癖持ちよりは顔目当ての面食いと思われたほうがましである。
気が遠くなりかけたが気絶している場合ではなかった。
人間の尊厳がここにかかっている、とばかりに侍女とお目付け役がマノンに加勢した。
「見目麗しい竜人や獣人に憧れる者は男女問わず多くございますのよ!」
「番という、人間にはない固い絆で結ばれることもですわ! 浮気をすることなく一生お互いだけを想い続けるなんて、ロマンチックですわ!」
「竜人や獣人は人気がありますのよ! ほら、こんな本まで出版されるほどですわ!」
侍女の合図で従者が持ってきたのは、いざという時の言い訳に使おうと用意しておいたロマンス小説だった。今人気の獣人モノ厳選五冊。
どの話でも人間のヒロインと獣人のヒーローが、苦難を乗り越え番という何者にも負けない絆で結ばれる、ハッピーエンドである。
溺愛される気分を味わえるだけであって、繁殖期だのなんだのというあれそれは一切排除されている。ケモ耳と尻尾がたまらんと一部愛好家までいる始末だった。
手に取ってパラパラと流し読みしたエイミの感想は「うわっ」の一言であった。すでに番のいるエイミは当然のようにハッピーエンドのその後を想像したのだろう。
すぅ、と深く息を吸い込むと、それはそれは慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「人間の多様性には感服するばかりですわ」
誤解を解くどころか完全に固めてしまった瞬間であった。そう、ちょっと気の毒な癖、と思われたことが、マノンの処分が甘い原因であった。
マノンは顔を覆った。侍女は悪手を悟って天を仰いだ。むしろトドメだった。
友好関係にヒビが入ることはなかったが、竜人、獣人、人魚との間に深い溝ができてしまったのは……いうまでもなかった。
某ゲームの次期妖精王が卵で産まれてたので、竜なら卵だよなぁと思ってしまったのがきっかけ。
あと空を飛ぶ、は最近復刻版出たゲームの転移魔法が、以前は屋内やダンジョンで使うと頭ぶつけて落っこちてたのになくなったと聞いたので。ああいうとこ好きだったので残念です。