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盲信のはじまり

考えていた。


────煉瓦造りの建築物と、それを彩るかのようにして植えられた木々や花々。

造り出されたものと、創られたもの。

それらを軸に形成された綺麗で調和がとれた街並み。


青々とした木々は季節と共に顔を変え、またそれが街の美しさをいっとう引き立てる。

特に秋の紅葉は美しく、街の上段部分から下段部分にかけて、赤色のグラデーションが生まれる。


俺はそれが好きだった。たとえ邪険にされようと家族に滔々とその素晴らしさを語る程に。母さんは何度も聞いたと呆れ、父さんはひたすら頷く。ユーリカは寝ている。


そんな母さんはとにかく口うるさい人で、何かにつけては俺の行動に口出ししてくる。


もちろん悪気が無いのは承知してるし、愛をもってのことなのは分かる。


俺が間違ったことをした時に怒るのが苦手な父の分もちゃんと怒ってくれるからだ。

昔こそその説教に苛立ちを覚えていたが、今となってはただありがたく感じる。


俺を心配してくれる気持ちはとてもありがたい、ありがたいが流石に今年十七になる息子の門限が陽が落ちる前は早すぎると思う。


父さんは寡黙だけど、俺の趣味を沢山増やしてくれた人だ。


普段こそ喋ることがない父さんだけど、時たま俺やユーリカを誘って釣りや調合の為の薬草探しなんかに出掛ける。


その時の父さんは普段の百倍ほど喋る。

それはもう半端なく喋る。

俺の会話を断ち切って喋る。

喋り続ける。


好きなことになると言葉が次から次へ浮かんできてどうにも歯止めが効かなくなるらしい。

俺が秋の紅葉が好みになったのも父さんがその良さを滔々と語ったからだ。


だがその喋り癖を気にしてか普段は喋り過ぎないように無口にしていることらしく、十二になってようやく知った時はびっくりしたものだ。


妹のユーリカはまぁその何というか……凄まじい。


とにかく凄まじい。

様々なことが凄まじい。

行動力が特に凄まじい。


俺を振り回すことだけが至上命題かのように振る舞う傍若無人な女の子だ。やれあっちに行こう、やれこっちに行こうと休日はかなりの確率で連れ回される。


その天真爛漫さに俺も絆され、毎回のように付き合ってしまっている。

そして毎回のようにトラブルに巻き込まれ、これまた毎回俺が謝る。


七つも歳が下だとこんなに苦労するんだな……。


そんな妹が迷惑をかけつつも愛してくれる街の人達は、良い人がとても多い。


もちろん、良い人が多いからといってずっと穏やかに時が過ぎるという訳ではない。


少々のいざこざは当然ある。それはどれだけ小さな村であっても起こるのだから、仕方のない事だ。だがしかし、いざこざはあっても重大な犯罪は起きたことが無い。


警官は欠伸をし、子供は夜に一人で出掛ける。子供の夜間外出はまぁ、褒められたものでは無いかもしれない。だが、それは同時に平和の証でもあった。


そんな街の特産とも言えるのがニールベーカリーのパン。


ふんわり柔らかなその質感と、品のある甘さが売りの格子模様のビスケットパンが名物。


店頭に並ぶパンはどれも恐ろしく絶品で、街の外からも購入者が来るせいか朝には売り切れてしまう。昼以降見た覚えは今生の内で存在しない。


毎朝なんとか手に入れるべく奔走してたけど、上手く行った試しはほぼない。毎朝のようにパンをゲットするクロウにからかわれることがしょっちゅうだったが、それを別に嫌だとは思っていなかった。




────失われることなどありえない、俺の当たり前。




もう、何一つとして存在しない当たり前。




彼の頭の中にある美しい街並みは今やこの世にない。

目の前にあるのは多種多様な彩色を帯びた明るい街でも無ければ、彼がある種誇りにも思った秋を彩る赤色でもない。あるとしても、それは命を燃やす為の赤色だ。


その鼻腔を擽るのは、パンの焼ける柔らかで暖かい匂いではない。不愉快にこびり付く肉の焼ける臭いだ。


人の声はない。皆焼かれて死んだのかもしれない。


彼はそれらをただ、感じていた。

涙もなく、家族や友を心配する心も動かず。

何も出来ずに、頭の芯がただ急速に冷えていくのを、時間が過ぎる度に感じていた。

絶望も、それに伴う絶叫すら発せない。ただ今ある現状を、ただそのままに受け止めるので精一杯だった。


視認出来た残酷さは、不愉快極まる悪臭は、しかして頭に入ってこない。するすると入っては出ていくようで。

チリチリと燃える音も、今の彼には縁遠いものだった。


誰がやった? 何のためにやった?

意味の無い問いが頭の中を何巡もする。いくら考えようがその問いに対する答えは出そうもなかった。

分からなかった。分かれなかった。


ただ彼は────


「少年」


絶望の最中。十全に機能を果たさない聴覚が、しかし確かに、誰かの声を捉えた。


急に我に返った彼は声の方へ顔を向けた。

そこに立っていたのは、この現状に全く似つかわしくない飄々とした表情の女だった。


異様につばの大きいとんがり帽子を頭に乗せ、所々に肌の露出のある妙な格好をしている。


不思議なことに彼女の銀髪は一切熱の影響を受けず、チリチリと燃えつくこともなくそよぐ。


そして、瞳は確かに燃える街を映していた。


一目見ただけで常ならざるものではないことが分かるような装い。この惨状を目にしながら一切動じないその姿。


そんな奇っ怪な女を見て、様々な考えが頭を過ぎる。

そして順当な答えを考えが伝えてくれる。


もしかして、この女が。


ギリリと歯を噛み締めた。今に絶望は赤く塗り潰された殺意へと変貌を遂げる前だった。


「少年」


再度、現実からの呼びかけに、彼の激情は引き剥がされる。彼に対するその声に悪意は感じられず、とても目の前の凄惨さを作り出したものとは思えなかった。


「ぁ、なたは……?」

焼けた空気を吸い込んだからか、赤い景色に声を奪われたか。その絞り出した声は、少年に話しかけた女にギリギリ届く程度にか細かった。


「少年、どう思った?」


再びその女は語りかける。それは先のものとは異なり、呼び掛けではなく問いかけだった。


その意図は、その声音からも伝わるように彼の心中を慮るものではない。興味を示したから聞いた程度の軽いもののように思わされる。


「少年、キミはどうする?」


女は語りかける。その問いは答えを強制するものだ。


「どう……って」

「街の至る所にある魔術痕からして、これを行ったものには絶大な悪意があると見て取れる」


女は問うた割には独りでに物を考えているようだった。少年に対する呼び掛けは単に思考の整理を行う上での過程に過ぎなかったのかもしれない。


「少年、これはキミの街だろう?」


その言葉を認めることは出来なかった。出来るはずはなかった。昨日まで何事もない「今」の繰り返しだったのだから。倒壊した建物も、燃え尽きた木々や花々も。それらはこの街には無かったものだ。何一つとして。

誰かに話しかけられた影響か。少年は息を整えながら、瞼を閉じ、意を決して答える。


「そうだ。俺の街だ……街、だった」

動悸が早る。呼吸もそれに合わせて激しくなる。

早る動悸は次第に彼の現実を、赤く血塗られた「今」に塗り替えようとしている。

現実に対する認識を強制するように、声の主はこう言い放った。

「奪われたものは、取り戻せないものは。さて、どう償わせる?」




魔女は微笑む。自らの意志を果たす為に。




「契約をしよう、少年。キミの願いが叶うように」

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