メアリー ⑤
永いような······短いような······時間の感覚を失った状態で闇に浮かび、目覚めた時に視界に入ったのは、ゆらゆらと揺れる電球だった。
私は混乱することもないままに視線を右に左にと動かす。左右にあるのは白いカーテン。自分の背にあるのはベッドのシーツ。
そのことから私は今、医務室にいるのだと予想した。
······でもなぜ?
なぜ私なんかがベッドで寝させてくれている?
大怪我をしても、堅い石の床に打ち放られていたのに。
それに、私はなぜ生きている?
還ってこれないはずの作戦だったのに······。
初めての経験に疑問が生まれる。
だが、その答えはすぐにやってきた。
「目が覚めたようだな」
穏やかな声色で話しかけたのは、白銀の髪を持った男だった。
白い肌にエメラルドグリーンの瞳。軍服を着用していることから、帝国軍の兵士だと分かる。
「ここは······」
「最前線本部に設置された医務室だ」
やはり医務室であった。場所が分かれば次は状況を解明しようと思う。
けど、私などが士官に質問など許されるはずもない。
何も喋れずにいると、察してか、男から口を開いた。
「君たちは自爆兵として公国軍へ特攻し、前線の押し上げに成功した。だが、子どもたちは死に絶え、生き残ったのは君だけだった。君は爆発の影響で気絶していたのだろう。だから今こうしてここにいる」
気絶していた······?
確かに、途中から記憶が途絶えている。最後に覚えているのは、味方が近くで爆発した光だった。
ここまでの経緯は判明した。と、同時にある疑問が生まれる。
私は無礼を承知で質問を投げかける。
「どうして······私を助けてくださったのですか? 貴重な医療物品まで使用してくださって······」
大きな傷はないものの、所々に包帯などで手当てされている。
今まで支給されたことのない、私なんかにはもったいないものばかりだ。
特別な意図でもあるのかと疑った私であったが、
「特別な意味はない。俺個人が、君を助けたいと思ったからだ」
それは、生まれて初めて聞いた言葉だった。
「私を······助けたい······?」
「そうだ。軍事的意図などは一切ない。君を一人の人間として、一つの命として救いたかった」
人間······?
命······?
分からない。そんなこと、言われたことがない。
男は目を伏せ、語り始めた。
「君たちが自爆する様子を最初から最後までこの目で見た時、世の不条理を痛感した。年若い子どもたちが命を投げ打つなど、許されるべきではない。上官から君たちの出自について聞いて、帝国人の子どもなら絶対にさせないことなのに、奴隷の子どもなら平気でさせる。その理不尽さに腸が煮え返る気分だったよ。だが······作戦が成功した時、軍人としての俺は一瞬、あれは評価すべき作戦だと思ってしまった······」
男は穏やかな声色に怒りを混ぜる。
「結果として帝国に損害を出さない作戦だったからだ。損害ゼロで数ヶ月分の戦果を上げることができた事実を、俺は軍人として評価してしまった······。そんな自分自身にも腹が立ち、せめてもの贖罪として必死に生存者を探し、そして見つかったのが君だったんだ」
私を見つけた経緯を、彼自身の思いも交ぜながら説明してくれる。
1人の人間からこんなにも話をされたのは初めてだ。
言葉には今まで経験したことのない不思議な温度が込められている。
私は『悲しみ』や『喜び』を感じることはできないが、これまで投げかけられてきた言葉とは明らかに『違う』ことだけは知覚した。
「助けてくださり、ありがとうございます。では······私は兵団に戻らせていただきます」
生きているということは、次の作戦に参加しなければならない。
私は礼を述べ、ベッドから立ち上がる。
「待て」
しかし、腕を軽く掴まれて制止された。
「君は戻らなければならないと決まったわけじゃない」
男の言っていることが理解できない。
私は言葉が思い浮かばず、口は動きを止める。
「付いてきてくれ」
そのまま手を引かれ、私と男は医務室を出た。
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