メアリー ①
金属と爆音が飛び交い、硝煙の香りが漂う戦場。
空は黒煙で淀み、青空を仰ぐことはできない。
空を飛べたなら快晴を拝むことができるだろうが、そんな技術はこの時代にはないし、開発自体禁止されている。それどころか大海を渡ることすらも······。
島から離れれば厄災を招くという、島全体の『宗教』のせいだ。
教えとしては過度だと思いつつも、仕方がない。
これまで教えに反し大海を渡ろうとした者は誰一人として戻ってこなかったからだ。
人々は恐怖し、いつしか島の外を冒険しようなどと考える者はいなくなった。
だから俺も空への憧れなど捨て、地に足をつけて歩く。
俺、『ウィリアム・アイゼンハワー』は最前線を訪れていた。
目的は視察。内地での勤務が多いが、俺も軍人であるため激戦地と名高い戦線を視察し、観察眼を養えとのことだった。
だが、俺の見た目はこの場において目立つことだろう。
母譲りの白銀の髪は少し長く、前髪は真っ直ぐ切り揃えられ後ろ髪は束ねられている。
父から受け継いだエメラルドグリーンの瞳は、光を当てればよく輝きそうだ。
軍人というよりも吟遊詩人と呼んだ方が似合いそうだが、妹が好んだ姿であり、俺は彼女の要望に応えてこの装いをしている。
それに、恵まれた運動能力と180センチを超える身長のおかげで上手くやってこれたため、特に不満はない。
「隊長、やはりここは空気が悪いですね······。中央とは大違いです」
俺の隣にいる、若い将校が呟いた。
「そうだな。少尉は前線は初めてか?」
「はい。士官候補生の頃も視察研修はなく、新聞で読む程度でした」
俺の副官を務める『ライオネル・アレクサンダー』少尉は埃と臭いで咳をこぼす。
この秋で25歳を迎えた彼は俺の3つ歳下で、上官と部下というよりも、同郷の先輩後輩といった仲で接している。
金色のショートカットに、同色の瞳を持つ彼は、俺よりも軍人らしく見える反面、気弱な性格であり物腰は柔らかい。
「はぁ······流れ弾とか飛んできませんよね······?」
「ここまで飛んできたとしたら、この戦争は公国軍の勝利だな。そんな長距離を撃てる兵器相手に、我が帝国軍はなす術がないだろう」
「それを聞いて安心しました。集中して視察ができそうです」
「死亡したら二階級特進だ。双子の妹を追い抜けるな」
「冗談はよしてくださいよーー。アイツだったら悔しさを感じて、葬式では棺桶を蹴飛ばしそうです」
「ははは、ロベルタならしかねないな」
ライオネルには双子の妹、『ロベルタ』少尉がおり、女性で士官というのも珍しい上に、彼女には男顔負けの胆力が備わっている。
本来ライオネルにもあるはずだった胆力も、双子として生まれる際に全て彼女にあげてしまったのではないかと思えるほどだ。
俺とライオネルは最前線にいながらも呑気に冗談を言い合い、作戦本部へと足を運ぶ。
「特務小隊、アイゼンハワー大尉とアレクサンダー少尉2名が到着されました!!」
「ああ、入りたまえ」
兵士に案内され、俺とライオネルは仮設テントに入ると敬礼をする。
「中央より視察に参りました、アイゼンハワーとアレクサンダーです」
目の前には、船のイカリのような髭を生やした、ふくよかな男が座っている。
この前線を支えるゲーレン少将だ。
少将は立ち上がると、自分より少し背の高い俺を見上げ、顔をマジマジと見る。
「ふん、嫁入り前の女子将校が来たのかと思ったぞ」
周囲は笑いに包まれる。
ただの冗談ではなく、悪意のこもったいやらしい揶揄だ。
まあ、この出立ちで軍人なぞやっているのだから文句は言えない。
「少将、今日は珍しい戦術が展開されるとお聞きしたのですが」
俺は声色を変えずに話題を変える。
「そうだったな。公国軍なら用いない新しい戦術だ。そろそろ始まる頃だから、是非とも見ていってくれ」
俺とライオネルは少将に手招きされてテントを出る。
視線の先では今もなお戦闘が行われており、バタバタと兵士が倒れていっている。
じっと見ていると、『戦争』という理不尽に怒りが込み上げてくる。
さて、話は逸れたが、少将が見せたいものとは何なのだろうか。
「うむ、始まったようだな」
そう呟いた少将の視線を追う。
そこには土煙を上げて走る貨物自動車が2台、北上していた。
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