第8章
未来にも転生できるのだと知って、僕はもう少し未来を体験したいと思った。それで僕は人類初の火星探査の宇宙船をイメージして呪文を唱えた。
日英米の合同チームだった。当然英語で会話している。
「朝食はオートミールだね」
イギリスのクルーが言う。
「僕はやっぱり納豆とお味噌汁かな」
フリーズドライだが、一応各クルーの好みに合わせたメニューが用意されている。
「まああと30日はかかるから、みんなリラックスして過ごしてくれ」
アメリカの船長もハンバーガーを食べながら笑う。
確かに事前準備として、食事や娯楽など、火星に辿り着くまでの長い時間を過ごすための様々なシミュレーションをしていた。僕の場合、やっぱり朝食はご飯に納豆、そして味付け海苔である。
「韓ドラでも見ましょうか」
とにかく時間を潰すことが仕事である。
「トムクルーズも良いよ」
船長が言う。
「では上映会を始めましょうか」
結局船長お勧めのミッションインポッシブルを皆で見ることになった。
実はこの船内では、アルコールも実験的に摂取可能だった。
アルコールが無重力状態でどのような作用を及ぼすのかという実験もなされていたので、僕はその被験者を申し出ていた。
僕はチューブで白ワインを飲みながら、トム・クルーズのはらはらドキドキもののストーリーを追っていく。自分たちがそれよりももっとすごいストーリーを作っているということを、完全に忘れている。
ヒューストンからの連絡が届いた。
「軌道がずれているので修正が必要です」
月の周回軌道から離れ、何とか火星への軌道に乗ったと思ったが、どうやら変な彗星がいて、その重力の影響で、微妙にずれてしまっていたようだ。
「了解、ではイプシロンエンジンで調整します」
ミッションインポッシブルを一時中断して、船長が操作する。しかしエンジンが上手く動かない。
「エンジンが作動しません」
ヒューストンに報告する。
「原因を至急調べて、対応を連絡します」
まあ火星まであと1か月かかるのだから、それほど急がなくても良いのかと思っていた。
「イプシロンエンジンを再点火してみてください」
「はい」
船長はエンジンの再点火を試みる。
「駄目です」
エンジンは何ら反応は無い。
「こちらからもやってみます」
ヒューストンからのリモート操作も試みた、しかし上手くいかなかったようだ。
このままだと火星着陸軌道を離れ、宇宙の彼方に漂うしかない。まあ2.3カ月は食事もあるし、ビデオを見たり酒を飲んだりと暮らせるわけだから、皆そんなに焦ってはいない。
「まあ明日、もう一度試してみよう」
船長はクルー全員に笑いかけ、ミッションインポッシブルを再生する。
「じゃあお休み」
映画が終わり、既定の就寝時刻が訪れたので、僕らは個室に戻って寝る準備をする。体が浮いてどこかにぶつからない様にベルトで固定して袋に被って眠りにつく。僕はワインの酔いもあって、すぐに寝入ったみたいだ。
翌日起きて操縦室に行くと、船長が青ざめていた。
「ヒューストン、現在の状況を教えてください」
「エンジンは全然反応していません。船外活動で、不具合個所を確認してください」
「分かりました」
船外活動は僕に命じられた。宇宙服を付け、命綱を付けて減圧室に入り、ハッチが明けられて僕は宇宙空間に飛び出す。
宇宙船の後方に回って四基あるイプシロンエンジンの一つ一つを点検して回ると、確かにその二つが凍り付いていて、ガスを噴射できていない。
「船長、エンジンが凍り付いています」
「そうか、だったら溶かしてくれ」
僕は懐から電気ごてを取り出し、噴出口に当てる。このような事態の訓練も受けていた。
噴出口から、徐々にガスが噴出されてくる。
「OK。良い感じだ。船内に戻ってください」
その時、噴出口から勢いよくガスが噴出し、宇宙船は猛スピードで動き始めた。僕はそれに引っ張られていたが、途中で何らかのはずみで命綱が外れてしまう。宇宙船がみるみるうちに僕の眼前から消えていく。
宇宙に投げ出されてしまった僕は、その直後に呪文を唱えた。
火星には行ってみたかったが、僕はリビングのソファに戻ってくつろいでいた。