第5章
兄のためにせっかく尽くしたのに、何となく危うげな情勢になって、僕は弁慶と共に京都から逃げ出した。
僕らは山口県から九州にわたり、更に南下して鹿児島から船を出し、琉球まで渡った。
「義経伝説」というのが各地に残っているようだが、僕が逃亡して沖縄まで渡っていたのは確かだ。
でもそこで何かをするとかではなく、弁慶と共に穏やかな日々を暮らしたというだけである。
沖縄での暮らしが快適だったので、現生に戻らなくても良いんじゃないかとさえ思った。
しかし弁慶がめそめそと泣いている。
「やっぱり京都に帰りたい」
「弁慶がそう望むならば、何とかしよう」
そもそも密航者である僕達だが、半島の一番先の部落で灌漑設備の整備とか、作物の植え付けとかを指導していたので、その部落の人々からは好意的に付き合ってくれていた。
部落の一人が船を出してくれ、弁慶を内地まで送り届けてくれることになった。
「弁慶、今までありがとう」
「義経様、これからもご無事で」
僕は弁慶と固い握手をし、彼の船を見送った。
船が視界から消えるころ、雨が激しく振り出した。どうやら嵐が来そうだということである。嵐が来る前に弁慶の船が無事たどり着けることを僕は願った。
弁慶が去った後も、僕は半島の先端の集落で過ごしていた。毎日海を眺め、時々釣りをして大きな魚を釣り上げることもあり、島の酒も村の人が差し入れてくれ、何不自由なく暮らしていた。しかしそろそろその生活にも飽きてきていた。全く僕は一人の人間としてやっていくことが苦手なんだなと思う。それで沖縄のきれいな海を眺めながら呪文を唱え、新宿の女の子がいるお店で目を覚ました。
「もう一杯飲む?」
「いや、もう帰るよ」
僕は一万円札を置いて店を後にする。
少しお腹が減っていたのでマックに寄って、シンプルにチーズバーガーを買ってほうばった。清盛の娘、建礼門院だけれども、彼女もなかなか良い女だったと思いながら、チーズバーガーとともに買ったシェイクを飲み干した。
どんな時代の誰にも転生できるのだから、まだ色々と調べて試してみる価値はあるとは思った。この現世では全然面白味は無いのは確かだ。でもこの現世でもう少し楽しく生きて行けるのなら、それにこしたことはない。
僕は明日、ハローワークに行って仕事を探すことにした。