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第3章

 何年もフランスで戦ってきたのに、戻ってきたら神社の椅子にリュックを背負ってうつらうつらしていた。転生していた時間は、現生の時間とは関係ないようだ。


 でもさすがに戦争が続いて気疲れしていたので、どこか温泉にでも行って、ゆっくり休もうと考えた。


 東北が良いかな、北陸も魅力的だ。山陰でカニを食べるのも良いかもと、旅行プランを膨らませていたが、まあそれなりに旅費はかかる。バブルの時の儲けが残っているから、それほど心配はしていなかったが、節約できるならそれにこしたことは無い。


 その時中学校の教科書に載っていた志賀直哉の「城崎にて」を突然思い出した。彼に転生すれば、温泉に浸かり放題である。


 僕は再び神社に向かい、賽銭も投げずに鈴だけ鳴らし、呪文を唱えた。


 僕は旅館の和机の原稿用紙に向かって万年筆を持ちながら、どう書き出そうかと考えていた。


 父親との関係も悪化し、自身電車の事故にも遭遇し、不幸が重なり合って散々な境遇である。


「山の手線の電車に跳飛ばされて怪我をした、其後養生に、一人で但馬の城崎温泉に出掛けた。 背中の傷が脊椎カリエスになれば致命傷になりかねないが、そんな事はあるまいと医者に云はれた。」


 すらすらとペンが走り、冒頭の部分が出来上がった。まあ私小説だから、自分の思うように書けば良い。それが将来教科書に載るんだから、それは楽しみである。


「お客さん、お食事です」


 襖の向こうから仲居さんの声が聞こえる。


「松葉ガニのお鍋です」


 仲居さんが運んできてくれた料理には、大きな松葉ガニが乗っていて、僕は思わず唾を飲み込む。


 「お酒もつけますか?」


「はい、大吟醸2号をぬる燗で」


 ここの料金は出版社が持ってくれているので、遠慮することもない。


 食事が終わってから大浴場に向かい、数人が入っていたが、ゆっくりとお湯に浸かる。お湯から出て部屋に戻ってから、酒を追加注文し、原稿用紙に向かうこともなく、そのまま床に入る。こんな贅沢な旅行が無料でできるんだから、転生は捨てたもんじゃない。


 翌日目が覚めて窓の外を眺めると、鉢が窓ガラスにくっついて死んでいた。


 これも書いておこうと原稿用紙に向かい、僕は更に書き進めた。


 タイムマシンの法則に基づき、僕が書き綴った「城崎にて」は、教科書に載っていた文章と一字も変わらないはずだ。だったら、あの教科書に載っている作品は、僕の作品だったんだ。


 朝食後にもお湯に浸かり、温泉街を散策する。フランスでの戦争の疲れが癒されてくるが、そろそろ退屈してくる。やっぱり新宿の女の子がいるような飲み屋で騒ぎたい。


 温泉街の外れにある神社を見つけ、別に神社でなくても良かったのだが、鈴を鳴らして現世に戻る呪文を唱えた。


 やっぱり僕は神社のベンチでうすらうすらしていた。でも温泉に浸かったように、心持体がポカポカしているようだった。


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