第1章
何でみんな転生したいのか? あまりにも多い「転生」の物語に、僕は辟易している。
でもだったら、僕だって何らかの「転生」が出来るのかと色々調べてみたら、とある神社にお参りしてある呪文を唱えるだけで、自分が思い描いている世界に「転生」できるということが分かった。
しかも戻って来る呪文もあるから、すぐに今の生活に戻って来られる。これはリスクも少ないなと思って、僕はすぐに実行することにした。
本当にそんなことが出来るのか半信半疑だったが、まあ試してみる価値はあるとは思った。だって僕だって、今の生活とかけ離れた別世界に転生したいと思っているからである。
仕事を辞めて、リュックを背負って山道を歩き、坂を登り切ったところにその神社はあった。
わずかばかりのお賽銭を投げ込み、鈴を鳴らしてその呪文を唱える。しかしそもそもどんな世界に転生しようとしているのかを考えておらず、呪文を唱えてもそのまんまである。
境内の隅のベンチに座ってミネラルウォーターを飲んでから、自分が転生したい世界のイメージを考えた。
まず時代はどうしようか。
幕末とか前の大戦とか言った激動の時代は危なそうだ。だったら明治の文明開化や江戸時代の元禄時代といった大雑把な時代の方が良いかな? とにかくこのやり方だと、自分の望み通りの時代に、しかも自分の望む存在で転生できるらしい。
しかもすぐに戻って来られるのだから、失敗してもすぐに呪文を唱えればよい。じゃあ、と思って試しについ30年前のバブルの日本を選択した。僕が生まれる何年か前には、僕ら若者たちが浮かれることが出来る時代があったみたいだ。
神殿の前に赴き、もう一度お賽銭を投げ入れ、決められた呪文を唱え、三十年前のバブルの頃の日本をイメージし、ディスコで踊っている女の子をイメージした。
僕はお立ち台の上で踊っていた。
僕というけれども、僕は大きな扇を振りながら、ミニスカートで腰を振って踊っている女性だった。
サタデーナイトフィーバーの曲にノリノリだった僕だったが、曲が終わってお立ち台を降りたら、怪しげな外国人の男が近寄って抱き着いてきたので、僕は呪文を唱えて現世にすぐに戻った。
一度転生して、すぐに戻ることが出来たと知って、僕はこれから転生を繰り返すことにした。
仕事を辞めてしまったので、そんなに余裕があるわけではない。だったら転生した先でお金を儲け、今に繋げたら良いと思った。それでもう一度、三十年前のバブルの頃の、今度は証券マンをイメージして呪文を唱えた。
僕は兜町の東京証券取引所にいた。目まぐるしく変わる株価に、僕は注文を出している。
もちろん顧客の注文を処理しているのだが、僕自身の取引も同時に行っていた。
僕は信用取引を始めたのだが、その後の株価の推移を知っていたわけだから、たちまち莫大な利益を上げることができた。
その直後にバブルがはじけたのだが、僕は株を既に売り払っていたので、損害はない。ディスコに行くと客はまばらで、お立ち台で踊っている女の子もいなかった。
僕は新橋の居酒屋で安酒を飲みながら呪文を唱え、現生に戻った。そして通帳を確認すると、確かにバブル時に稼いだ数千万円が記帳されていた。
もうこれ以上転生する必要はないとは思ったが、やりようによってはもっと稼げるし、最初に転生した女の子のように、自由にありたい形になれるようだ。だったらどんな転生が良いのかな?
確かにこれが、皆が転生したい理由なんだと分かったような気がした。
僕は次の転生先をどうしようかと迷い、しかし百年以上前の時代などは知識もなく不安だったから、やっぱりせいぜい二三十年前の時代に転生しようと思った。そこで目を付けたのは、WINDOWS95が出る前の、アメリカのコンピューターサイエンティストだった。
いつものように神社に出向き呪文を唱えると、僕はハーバード大学の学生に転生していた。現世で英語なんて話せなかったはずなのに、僕はそこでは普通に英語で教授や学友と話していた。
「スティーブジョブズがすごいシステムを作り上げたみたいだぜ」
ビルゲイツが言う。
「だったら、それ以上のシステムを作れば良いじゃないか」
僕が言う。
「OK,じゃあ君と一緒にそれを作ってしまおう」
それで僕はビルゲイツと共にWINDOWSを作ってしまい、その報酬として1千万ドルをやはり転生直後に開設した口座に振り込まれた。しかしその後呪文を唱えて現世に戻ったときに、その口座がどこにあるのかが分からない。それは当然で、転生した時はアメリカ人だったわけだから、そんな口座を自分が持っているわけがない。
その前のバブルの時期に転生した時には、確かにその時にあった親の口座を利用していたから、親から相続した口座に残っていたわけだ。しかしアメリカ人だった自分がそんな口座を管理しているわけはない。
金を稼ぐことには、それほど興味がなくなってきた。そこそこの貯えもでき、必要になれば、またバブル期のなにがしに転生すれば済むだろう。
だったら次は、何かロマンティックな世界に行きたいな。
確か最初の転生では、ディスコで踊る女の子に転生できたはずだ。だったら性別も関係なく転生できるというわけだから、僕は50年代のハリウッドの女優をイメージして呪文を唱えた。
「カット、お疲れ様、無事クランクアップでです」
監督がスタッフに労いの声をかける。どうやら僕がヒロインを演じている映画の撮影が終わったみたいだった。
「素敵だったわ、完成が楽しみよね」
共演していたと思われるブロンドの素敵な女性が声をかけてくる。
「アカデミー賞も狙えるかもね」
長身の男性が声をかけてくる。
「階段に座ってアイスクリームを食べるシーンは、結構難しかったわ」
僕は知った風に話す。
どうやら僕は「ローマの休日」のヒロインを演じていたようだ。
「でもあのアイスクリームは美味しかったね」
話し相手はグレゴリーペックであることに気付いた。
「次の映画でも共演でしたいね」
彼は僕にウィンクする。
「またご一緒に」
僕は彼とシャンパンのグラスを合わせた。
映画の衣装をそのまままとっていた僕は、そのままどこかの王妃みたいだったようで、打ち上げで駆けつけてくれた各界のお偉方から挨拶を受け、その度にスカートを持ち上げて膝を折ってお辞儀をしなければならない。
いい加減疲れてしまい、僕は呪文を唱えて現世に戻った。
現生の僕は、三十前の独身男性だ。転生の技術を得たので仕事は辞めて、今は無職である。
だが前のバブル期の転生で上手く利益を得ることが出来たから、当面働なくても何とかなる。僕はこの技術を、何かもっと、世の中を激変させることに使いたいと思うようになった。