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VGOO(ボーゴ)〜嘘の導く並行世界渡航〜  作者: 喫痄
“予定調和”編(最終章)
55/59

#6 変革1

「ごめんなさい……せっかくこれから最終決戦ってときに、こんな風に足を引っ張っちゃって……」


「一応聞くが――そっちの詳しい情報は教えてくれないんだよな?」


 未良(みら)はカメラの奥にある誰かに目配せをした後、肩を落として返答する。


「……はい。余計なことは喋るなって」


「いや、それで構わない。『メフィスト』を舐めてもらったら困る。この映像だけでも、情報なんていくらでも得られる」


 そう言うと、画面の脇から何者かが割り込んでくる。


「いや、そんなことしても時間の無駄です」


 目出し帽を被った男――その風貌には特段工夫もなく、事務所に集まった皆が彼を誘拐犯だと認識できる。


「とにかくあなた方は、こちらの要求に応えることに集中して下さいよ」


「と、言うと?」


「こっちもそれなりに重大な背景を抱えてるってことです。その恩恵もあり得られたこの部屋だって、外界とあらゆる意味で隔絶された特別製です」


「つまり、外の人間が室内の時間を知ることもなければ、未良の方からはそれを知らせる術もないと」


「はい。……そうだな?」


 未良は頷く。


「本当なら乱暴されてでも何か教えたいですけど、正直、この部屋については何も伝えられることがなくて……。日も差さなくて時計もないから、今が何時頃なのかも分からないんです」


「分かった。とにかく、そちらの要求を聞かせろ」


「簡単なことです。『メフィスト』のバックに『STList(ストリスト)』の巨大資本があることは知ってる。その財布からたった1億、引き抜いて譲ってくれればいい」


「金か……手引きがあるとはいえ、単独犯ってことだな?いざとなったら見切られることを知っていながら、馬鹿な奴だ」


「でも、そちらが従わなければならない理由としては十分でしょう。俺がこの人質を殺すはずがない、とも言えないってことが分かってくれればいい」


 ノアは黙り込んだ。

 他の皆も理解しただろう。画面の向こうにいる誘拐犯を幇助したのが「サク」や「メフィスト」と「ポスト・メディア」を争う勢力だったならば、人質を見捨てた失態が公に発信されることにこそ意味がある。この犯人が「ABY(アビー)」側へ取引を持ちかけたのだとすれば筋は通るし、紛いなりにも合法な支配をしていた改変前の「ABY」も、今や犯罪行為をもよしとする基盤があるので、ハッタリだと切り捨てることもできない。

 

「分かった――要求は飲もう。俺はそちらの勢力の大きさを知ってるから、警察も使えないのは分かる。無駄に足掻くこともしない。

 ただ、資金繰りに時間がかかるから、期限については猶予をもらいたい」


「72時間。それ以上は待ちません」


「……分かった、それでいい。取引場所は、『メフィスト』のDMへ情報を送ってこい」


 そう告げて、ノアは未良との通話を終了した。


「さて……」


「ま、大した事ないでしょ。ノアが嘘吐けば解決なんだから」


 真っ先に口を開いたのは()(こと)だった。ソファで頬杖を突きながら、つまらなさそうにしている。


「ちょっと真琴さん、そんな言い方……」


 横の陸朗(ろくろう)は普段よりも青ざめた表情で口を挟んだが、真琴はそれを睨み付けて一蹴した。


「だって、事実でしょ?そもそも『ABY』を反社と絡める嘘を吐いた以上、こんなリスクは当たり前だし。狼狽えてる方がおかしいっての」


 その視線が次にノアの方へ向いたが、ノアは彼女と目を合わせずに頷いた。


「そうだな。()()()()()()()()()()()()()()()以上今後の予防策も考える必要はあるが、ひとまずこれを解決しなければ、未良の安全は保証できない」



「――って皆に伝えるまでが、ノアくんの“嘘”、だなんて」

 

 先ほどまで誘拐犯を装っていた(あつ)()(かる)()は今の発言を機に、本物にすり替わった。

 ノアが無事に仲間を騙し、過去改変が成功したに違いない。


「おい、それはなんだ?」


 誘拐犯は未良の髪に隠れていた盗聴用のイヤホンを見つけると、すぐに歩み取ってそれを受信機ごと奪い取る。

 

『実際、この程度の危機は俺がなんとかできる。大人しくしてさえいれば、その場所はそれ以降の72時間、世界で最も安全な場所になる可能性がある』


 ノアからは事前にそう告げられた。

 騙す為の通話の他に、こうして改変を回避する為の手段を持たされていた以上、確かにここは現状の未良にとって過剰な不安を抱かせない場所ではある。


 ――(やお)()一判(いちばん)先生の企みが成就するまで、時間は残されてない。私が引きこもることを敢えて望んでいる限り、元々隔絶されてるこの場所は“予定調和”の結果を再現し続ける。


『とは言え、これはお前を敢えて危険に晒す行為に他ならないし、強要はしない。お前が得た皆からの信頼を俺は信じたい……だから頼んでいるだけだ』


『やります。これって、要するに“予定調和”を守る『編綴(へんてつ)コード』に私がなるってことですよね。それなら……私以外には務まりませんから』


 未良は息巻いていた。

 というのも、こうして挑む機会があるのなら、彼女がそれを逃すことはしない。脳裏にあったのは、ノアから今更になって聞かされた、一判への『ディファイル』の“移譲”を引き起こした真相だった。

 ――ノアくんを信じることに関して、未良さんに負けたくない。



「本当にお前は、世界の為によく働くよ。程よく楽して働きたい俺には出来そうもないね」


 次の日の夜。

 改変によりまたしても別人とすり替わり、事務所へ戻ってから今度の種明かしをした駆真も、そんな皮肉を告げてオフィスを後にした。ノアはなお、誰もいないその場で『ABY』のタイムラインを注視している。


 用意は整っている。未良を捕らえている相手が敵へとすり替わった以上、その情報は間違いなく改変を通して過去の一判へ渡った。

――分かってるだろ、先生。アンタが本当に『フェア』な決着を望むなら、お互いに奇襲はなしだ。この3日間で、仕掛けて来い。



 “予定調和”が解かれた結果、世界で何が起こるのか。画面を睨み続けている内に夜は更け、ノアもやがて不意の眠りに落ちる。


 そして答えは、ノアが自分のデスクで目覚めた後に待っていた。

 

「――起きて、ノアくん」


 体を揺すられたノアがぼんやりと目を開くと、その女性の顔は想定したよりも間近に映っていることに気付く。


「な、何だ……!?」


 驚いてノアが体をのけ反らせると、彼女は不思議そうな顔をした。


「まったく、そんな反応しなくてもいいじゃない」


「でも、誘拐の件はどうにか解決した、と伝えたはずだ。こんな時間に、どうしてこんなところに来た……」


 どこかぎこちない妙な空気感を感じ取って、ノアは動揺のまま彼女に呼びかけた。



「きりか……?」


「解決って。あれをそう呼ぶの?元々がノアくんのでっち上げだったわけで、未良ちゃんが捕まってるのには変わりないんだよ?」


「何だと……?」


 (さえずり)きりかへは、多くのことを未だに告げていない。

 もちろん、先日のオープンキャンパスに巻き込まれている以上、そういった時間改変能力の存在に勘付いてはいるだろう。しかしノア自身がその能力者であるとは伝えていなかったはずだ。


「どうしたの、もしかして寝ぼけてる?」


 きりかは笑って、今度はノアの頭の上へ手のひらを差し出す。ノアは驚いてそれを跳ね除けると、彼女は少し不服そうな表情を見せた。


「ちょっと、そんなに嫌がらないでよ」


「あのさ、まだ昨日付き合い出したばかりだけど、私たちは幼馴染だよ?」


「……は?」


「つまり私達に、慣らしの期間なんて必要ないと思うの。恋愛関係となったら、もう突き進んでいくしかないよ。だからノアくんだって、照れてないでもっと自分を曝け出してほしいな」


「仕事が近くであるからではあるけど、やっぱりノアくんのことが頭から離れなくて、少しの時間でも会いたくなっちゃってさ。押しかけちゃってごめんね。

 あと『メフィスト』も佳境だから、(たか)千穂(ちほ)さんもいるかなと思って。別れた途端だから節操なしって嫌われてそうだけど、まだ仲良くなるのを諦めてないからさ」

 

 つまり“昨日”、ノアは名目上交際していた真琴と別れ、その日中にきりかとの交際を始めた。

 ――明らかにおかしい。ノアにその覚えがないという前提をひとまず置いておくとしても、真琴との関係は特殊ではあるが、それにしても展開が早すぎる。

 これは、これまでの過去改変ではどうにも腑に落ちない現象だ。


「ちょっといいかな」


 ――事務所には誰もいなかったはずだ。

 そして何よりノアを動揺させたのは、この声に聞き覚えがないということだった。


「今は勾留されているけど、やはり徐羅一判は侮れない相手だよ。この重要な局面、彼には決戦に専念させてほしい」


「名前を聞かせてくれ」


 予感があって、ノアは場の空気を度外視した質問が口をついて出る。


「え?」


「いいから」


松波(まつなみ)(あらた)、だけど」


 胸がざわめいた。

 前提として、ノアが彼の遺体を実際に目にした訳ではない。しかし、それで生きていること自体を受け入れたとしても、事実関係の矛盾を見過ごすことはできない。

 「今は勾留されているけど」――もし松波改が生きているのなら、どうして一判は勾留されたままなのだろうか?


 ノアは慌てて事務所を飛び出す。その場に対する恐怖も少なからずあったが、何より大きな衝動は、“外を見ておきたい”というものだった。ただ事務所を出てすぐ、眼前の街並みに変化は見当たらなかった。

 そこで、ノアは確信する。

 既に、“予定調和”は絶たれている。恐らく“ノア自身を流れる時間”を元に、突拍子もない動きが実現されたのがその始まりだ。共通の世界に触れていたはずのノアの五感は、一晩にしてその思い込みへすり替えられたということだ。


「でも、俺はこんな現実……」


「どうしたの、急に飛び出して!」


 悪意なく追いかけてくるきりかの目を見て、ノアは思わず足を止める。


「なるほど、これがお前の“望み”。都合の良い未来像か」


 それと同時に、前からこちらに歩み寄って来る男の姿があった――緊張が走る。

 

(りゅう)……!」


「いや。今の俺は『涼霜(すずしも)(そう)』、と言った方がいいかもしれない」


 劉はノアを見た後、横のきりかへと目配せする。


「なんだ、(かさ)()は気に入らないか?」


「そういう話じゃない。今の俺が真っ先に心から望んでいることが、そんな短絡的な筈はない」


「そうか――だが今のお前は、()()()()()()()()()()()()()


 次の瞬間、劉は拳銃を取り出す。

 そして間髪なく、路上であることも厭わずに発砲した――その照準は狂うこともなく、囀きりかの額を撃ち抜いた。


「きりか!?」


 言葉もなくその場で倒れるきりか。

 ノアが急いで駆け寄るが、空いたはずの傷口は跡形もなく塞がっている。とはいえ体の下には血が溜まっている、不思議な光景が広がっていた。


「問題ない。過去を変えて寝かせているだけだ」


 そして躊躇うことなく拳銃は2発目を放ち、こちらの様子を見に来た松波改を倒した。


「まさかお前、この世界を認識できているのか……!?」


「ああ。しかし、俺がこの力から逃れられているとも限らないがな。俺の認識世界とお前の認識世界は、おそらく交差してはいない」


「つまり、俺の認識上の涼霜劉であって、既にお前も“予定調和”上で統一された劉ではなくなっている……」


 劉はふと眠っているきりかや松波改に目線をやると、今度は普段異常に一層冷たい表情をこちらに向けた。

 

「全く、至極悲観的で情けないな。俺を模倣し『サク』に身を投じたことに始まり、お前の全ての行動は“負い目”という原動力に帰結している」


「何……?」


「他人に原因を作り、受動的に英雄像を実践する――それはお前の吐いてきたどんな嘘よりも大きな偽りだ。

 ああ、そうか――お前はこの現実を望みながらも、それを受け入れられていないんだ。それこそが“負い目”という欲求を維持させようとするお前の本質。この世界で、俺はお前を責める存在として過去を忘却できなかったという訳だ」


 ノアには、これといった反論が思いつかなかった。

 確かに、劉の言う通りだ。始まりは「涼霜壮」を消したとき、と彼は言ったが、恐らくはもっと根本的な性分だ。自身の本質を社会に残そうと思って以降、ノアは最初から欺瞞に縋ってきた。それに伴う良心の呵責は社会に対する借りであり、その借りを返す生き方を「自分自身である」と倒錯して考えるようになった。


 それを満たしたのが、一判によって分離され、望むままに飛躍したこの世界。

 8年前、壮を不意の嘘で消してしまったことへの負い目。

 きりかの告白を蔑ろにし、強引に真琴と交際したことへの負い目。

 そして、松波(なつ)()の無言の配慮に甘え、彼女の父を戦略上の理由で生き返らせていないことへの負い目。

 次の原動力が発見されることを前提にすれば、これまでに蓄積されたの負い目からは逃れることがノアの望みに違いないのだ。


「かつて俺に問うたのと同じなら、徐羅一判はお前に審判を迫ったはずだ。しかし、自分の器を上回った正義を果敢に振りかざしている彼に対して、負い目に振り回されているだけの空虚なお前に、掲げられるような何かはあるのか?」


「……お前こそ、今や野心の先行した空虚な人間と評さざるを得ない。そこに、お前なりの正義はあるのか?」


「当然だ。俺は、ついこの間とある人物と話して、その茶番のような問いかけに付き合う機会があった。

 『俺が、俺自身を信じられる根拠は何か』――答えは簡単だ」


 劉は淡々と答える。


「俺は誰よりも聡明で、冷静な人間だ――他人に指摘されることなく、自身の誤りは自ら正すことができる」


 すると、劉は手元の拳銃を持ち上げ、その銃口を自らの顳顬に押し当てた。


「お前、何を……!?」


「言っただろう、『ディファイル』の“嘘を吐けない呪い”は戯言だった。つまり、これで勝負は決する……!」


 制止する間もなく、3度目の銃声が響いた。


「見ろ、『フレイム』の勝利だ」


 今回も、対象の体に死の痕跡は残らなかった――そして、その変化はそれまでとは異なる手応えがノアにも感じ取られた。

 周囲に満ちていた夢見心地な感覚が、目の前に立っている劉に対してのみ覚醒しているように思える。そこから、ノアはたった今起きたことを確信した。


「まさか、自分の時間座標を『フレイム』でズラしたのか!?俺が進んでいるこの時間へ……!?」


 劉は不敵に笑い、頷いた。


「そうだ。そしてこの共鳴は、解けかかった“予定調和”を組み直す上での根幹となる『集合意識』の基盤に利用できる。大きな時間進行の軸を作れば、衝撃ひとつで世界を巻き込むことはまだ可能なはずだ」


「……信じていいのか?」


「俺が欺瞞を何よりも嫌っていることは知っているはずだが?」


「別に、俺だってお前を疑いたいとは思わない。むしろその逆だ。

 だが、論理くらいは聞かせて貰わないと判断は下せない。今の俺たちには、それだけの軋轢がある」


「自身の目的を再定義しただけだ。

 そもそもそれが狂った背景は、お前との対立だ。策で遅れを取ったこともあるが、何より俺と対等であろうとするお前の在り方を受けて、それが気に障ったという側面もある。

 対立に煽られて先鋭化した結果、今度の俺の計画は、全てを俺に服従させることで成立するものだった。しかし、俺の“神”という目標が元来指すのは愚民からの崇拝を受けることではなく、世界や宇宙といったより大きな舞台における自己実現だ。人を高尚さから遠ざける道は、俺の自己肯定に足る支配の在り方ではない」


「お前、案外単純な奴だよな……」


「言うまでもない。複雑さとは、弱者が矛盾を肯定する為の言い訳だ。俺には必要ない」


 想定外の味方の登場に安堵する一方、ノアは改めて、ひとつの事実を確信した。

 ――やはり、俺はこの男のようにはなれない。


「それで――衝撃が必要、と言ったな。それはつまり、“予定調和”を更新する能力だった『ディファイル』のことか」


「ああ。しかしこの分離しかかった時間の中で改変を起こしても意味がない。もう1人、別の時間に跨って生きている言わば“本人”を見つけ、接触しなければならない」


 ノアには当然、事前に伝え隔離された未良のことが脳裏を過ぎるが、その策は取り下げざるを得なかった。


「跨って、とは言うが……。俺たちが会おうと考え、その結果会うことが出来た時点で、その相手は俺たちの認識の飛躍の産物と化しているんじゃないか?」


「まあ、そうだろうな」

 

 未良を通じて計画の漸進は阻止できる算段だったが、想定よりも分離の進行が早い。

 各々の時間座標が分離している今、ノアが接触するだけで滞っていた未良ですらノアの認識飛躍に取り込まれてしまう。ここではむしろ逆効果だ。


「だとしたら、そんな人間は存在するのか……!?そもそも、お前が『フレイム』でようやく辿り着いたような立体時間の障壁だぞ?望んだ未来を必ず実現できる世界にいながら未だにその繋がりを維持した上で、俺たちの接触に影響されないような奴がいるとは……」


「いるさ。お前がそうだったようにな」


 ――そうだ。


「アイツだ……アイツしかいない。今この状況下で、自分で自分の意思を閉じ込めているような奴は」

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