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VGOO(ボーゴ)〜嘘の導く並行世界渡航〜  作者: 喫痄
“予定調和”編(最終章)
52/59

#3 “追憶”するもの

【前回までのあらすじ】

時間改変の能力「ダークネス」を宿すディルク・デ・ヘンゲルによる協力を取り付け、ノアは乙丸とともに「イカロス」の開発室に侵入する。

開発室の装置を利用することで、ノアは自身の能力に備わっている“移譲”を応用し、任意の時間と人物に能力と自信の記憶を付与することができるようになった。ノアは8年前の自分自身へと“移譲”を開始させた。

 ノアと乙丸(おとまる)の仕掛けている「時間旅行」は「イカロス」のデバイスを用いているものの、その深奥に依然として存在する仮想世界を経由したものではない。

 そのため、2人と時を同じくして仮想世界に侵入した現実の住人に対し、気付くことができたのはその世界の実質的な番人のみだった。


「お前が、赤月(あかつき)(さつ)()か」


「あなたは……!」


 ――「赤月颯季」と涼霜(すずしも)(りゅう)の対面は、これが初めてだ。


「なるほど、どうやら本当に()(がら)()ノアの記憶を宿しているようだ。顔を合わせるのは初めてだったはずだが」


「……どうやってこの世界に来たんですか?」


 「颯季」は劉を睨む。


「ここは『イカロス』を介することでしか到達できない裏側。貴方が、『イカロス』という世界を受け入れられる筈がありません」


「ああ、お前の言う通りだ。一企業ごときに俺の情報を握らせて定義させるのは、俺が苦労して掴み取った“自立”を否定する愚行。そんなことをする必要はない」


 劉から受ける印象は、「颯季」の知るそれと何一つ変わってはいない。少なくとも先日の朗読劇でノアに裏を掻かれて以降の、どういう訳か息を潜めていたことについては片鱗すら感じさせない。


「俺には、俺自身が自在に制御できる“味方”としての能力者を求めてきた。それがノアであろうと、ディルク・デ・ヘンゲルであろうと変わりはない。しかし、ディルクの方はその存在を知ったとき……既にノアの手で表舞台からは退けられていた。『メディア・ハザード』下であることもあり、奴の居場所を特定することは出来なかった。

 しかし、ノアの方がそれを成し遂げた今――障壁となるものは何もない」


「話には聞いています。でも、なぜディルクの変化に気が付いたんですか?ディルクの時間改変は、貴方のような能力者の認識すらも騙すものだと思っていましたが」


「奴らと同様に、俺もまたそれを突破したというだけのことだ。奴の元に、どれだけ俺の“手下”がいたと思っている」


「まさか、そんな……」


 記憶を取り戻した一方で、一度歪曲された認識の志向を過去改変が直すことはできない。そんな話の対象であったノア達の味方が、確かに数人ほど思い浮かんだ。


「勘違いしてくれるなよ、それは奴らに縋ったということではない。元からある程度の筋書きは予想していて、(かしわ)()陸朗(ろくろう)からディルクと対面する情報を掴んだ。ノアによる罠ということも考慮し、越智(おち)乙丸(おとまる)へ改めてそれを調査させることで通信映像を傍受した。“俺による使役”という側面を奴ら個人の領分に超えさせることはしていない」


「そんなこと、どうでもいいです!」


 受け入れ難い道理ではあるが、この場に改変前の世界の記憶を維持した存在がいるという事実が何よりの証拠だということは理解できる。


「つまり、改変を乗り越えた貴方はその後ディルクへ『フレイム』を使い、個人情報の提供なしにここまで到達したってことですね……。

 それで、目的は何?ここで私に『フレイム』を使いますか?今の私に、そこまでさせて出来ることなんて無いと思いますが」


「もしそれが目的なら、奴らを納得させた上で利用することは出来なかっただろうな。お前の反応も無理はないが、今回の俺が『フレイム』を使用しなかったことは、直近の奴らの態度に変化がないことを知っていれば明らかだ」


「……え?」


 邪魔が入る前にノアさん達へ伝えないと――そんなところまで思考を巡らせていた「颯季」だったが、予想外の言葉に眉を顰める。


「納得させた?どうしてそんなことを?手段を選ばない貴方からしたら、そんな良心を彼らへ向けるなんて信じられません」


「『良心』?それもまた相対的な指標であり、俺を縛るだけの価値を持たない些末なもののひとつだ。俺が善なのか悪なのか、そんなものは俺の行動を見届けた他人が事後的に判断すればいい。そして、俺には奴らを思い遣ったつもりなど毛頭無い。その上で、虚言を嫌っているこの俺が、この期に及んでそんなものに身を預けたと本気で思うのか?」


 そう言うと、劉の視線は「颯季」から逸れる。

 

「少なくとも言えるのは、そんな相対的なものに囚われた“奴”の宣う『善行』とやらは、俺よりもずっと歪んでいて横暴だ、ということだろうな」


 その目が垣間見させたのは決して言葉通りの嫌悪ではない。

 愛憎の混じったそれが“懐古”であることを「颯季」が一目で理解できたのは、彼女自身に覚えがあったからに他ならなかった。



 過去への“移譲”が解除され、重複の解消されたノアの思考は鮮明になる。状況を自覚したノアは、それとともに乙丸を睨んだ。


「……お前の方から、現在に帰したのか?」


「そう、いちいち戻る為の嘘を吐くなんて不便だろ?時間をこちらから指定しておけば、その分だけ過去に滞在することになる。今のはそのテスト」


 ノアは嘆息する。


「事前に言って欲しかったが、助かったのは間違いない。今回の記憶の混濁は今までと少し違う、初めて味わう感覚だった」


「じゃあ、次は10分にしよう。とりあえずそこで状況の確認をするんだ。

 外部からイカロスのログを照合させる俺と、内部で状況を確かめるノア。過去での調査や追及はできる限り少なくして、当時のノアの行動に下手な影響を与えないように決定的瞬間を特定しよう」


 再び「イカロス」用のヘッドセットを被り、意識は過去へと搾り取られる。


 過去のノアが次に能力の“移譲”を受けたのは、希理花(きりか)と並んで歩いている最中だった。


「……どうしたの?」


 衝撃で急に立ち止まったノアを不審に思ったのだろう、希理花がこちらを振り返って声を掛けてくる。


「ああ、ごめん」


 咄嗟に返事をすると共に、ノアはすぐさま状況確認に意識を集中させる。

 脳内の混濁が完全に解消されている訳ではないが、それ自体が初めての経験でないことは思い出すことが出来た。ならばこれまで通り、混乱するような過去を辿ることには執着せず、信念にのみ専念すればいい。


「何が入ってるんだろうね?」


「俺が見つけて喜ぶようなのは入ってなさそうだけどな。謎解きの方が気になるよ」


 希理花とそれに対する自身の受け答えから判断するに、これはノアが能力を宿した当日、タイムカプセルの痕跡を辿る過程だ。

 とはいえ、ひとまず時刻やメッセージから状況を推測するのが最善だろう――ノアはスマートフォンを取り出そうとポケットの中に手を入れる。

 

 ――ない。

 その瞬間、ノアは“当時”を思い出す。

 確かに、この日のノアは焦って家を飛び出し、スマートフォンを家へ置いてきた。それを手にしたのは、初めての時間改変を起こした後のことだ。

 しかし、それでは明らかな矛盾点がある。

「ディファイル」とは過去改変だ。「エンバーム」が関わっていない限り、ノアが見て経験した通りの過去が、今目の前で再現されている訳がない。「スマートフォンを携帯している」と8年前で嘘を吐いたならば、その8年後から嘘を吐くよりも前の時点に移動したこの状況で、スマートフォンは予め所持しているように変更されているのが本来の形のはずだ。


「ちょっと、もう一度貸してくれないか」


 希理花からタブレットを借りて、ノアはある事をインターネットで検証した。

 ――やっぱりそうだ。


「あの、大丈夫?」


「え?」


 他にも“今”のことを確かめようとタブレットに意識が向いていたノアの肩を、希理花の手が軽く触れた。


「いや、ほら。図書館着いたから」


 ふと横に目をやると、希理花の奥には確かに当時の地元の図書館があった。

 このまま入るのはまずい――ノアは確信した。

 ノアの体験をこの過去がそのまま辿っているのだとしたら、中には“彼”がいるに違いない。そうすれば、このタイムカプセル探しは進展し、ノアがこれ以上状況を整理する時間は確保できなくなる。


「……ちょっと喉渇いたから、ジュース買ってくる!」


 ノアは希理花の返事を待たず、急いでその場を離れる。口実としてのジュースを早々に自販機で購入してしまうと、人気のないそこで“自分”との対話に集中する。

 やがて状況を整理して、希理花の元へ戻ったところで今回の“移譲”は終了した。



「『 Adumbrali(アドゥムブラリ)』だ」


「え?」


 開口一番、ノアは確信を得た原因を乙丸へ告げる。


「『ABY(アビー)』を落とす為、初めは直接それが消えるように過去改変を狙ったって話はしたことがあるよな?結局、その改変は『エンバーム』による維持機能によって防御されてしまったんだが……その一方で、変えられたものもある。『 Adumbrali(アドゥムブラリ)』というのは、『ABY』の“前身”の名前だ。俺が嘘を吐いた結果、それは実態をそのままに今の名称へ改変された」


「まさか、今行ってた過去ではSNSの名前が変えられていなかったってこと?確かにそれは変だ。過去改変が起きて本来の歴史は変わっているのに、どうして……」


「もしかしたら、俺自身の過去に飛んだからかもしれない」


 ノアには、先ほど過去で至ることの出来た推測があった。

 思考回路はあくまでも「ディファイル」を宿す本人に依存するところではあるが、未来についての一連の記憶を得てそれを理解できたならば、それは現在に至るまでの時間を疑似的に送ったも同然だ。過去は遡行している間だけは、ノアは現在と同様の思考力と見聞が備わっていると言っていい。

 今回の“移譲”が特例なのは、恐らくそれだけではない。


「人々の集合意識が作用して進行している“予定調和”に対して、俺は能力を持って以来、俺自身の過去改変を認識しながらこの時まで生きている。つまり、俺の実際に生きてきた過去の軌跡だけが独自に存在しているということだ。俺自身の“追憶”という条件で、予定調和と全く異なる進行を辿れることになる。限定的な『エンバーム』に似た現象が起きているんだ」


「なるほど、(あさ)()理論の言うように、俺たちの認識がそれぞれ抱いている実在した世界だと言うのなら――特例でそんなこともあり得るのかもしれない」


 そう言うと乙丸は、少し考えてから一言付け加えた。

 

「でも、良かったんじゃないか」


「何がだ?」


「何がって、君はそういうのを気にしていたと思ったんだけど。君自身の過去は、立体時間という概念の中でずっと存在し続けている特定の軌跡だった。君が送ってきた人生の通りに、それが消えずに残ってるんだよ」


「……そうだな」


 乙丸の言う通り――その事実を考えると、自身の身を縛り付けて来た疎外感の紛れる感覚はあった。

 しかし、今の仮説を正しいとするならば、もうひとつの看過できない疑惑が浮上する。

 もしノアの中を流れた当時についての認識が、現段階での周囲の認識と大きく異なっているとしても、能力の“移譲”という刺激を受けてそのままでいるとは考えづらい。

 「ディファイル」による「“予定調和”の移動」は時間座標上の移動方向を問わない――つまり、過去に移動したならば、それは予定調和における“現在”も同様にそこまで遡行したということを意味する。「エンバーム」のように特定の認識世界を維持する能力でもない限り、ノア自身と世界とで生じている時間の歪みは、この過去を観測した瞬間から縮小していくものと思われる。

 しかし、2回の時間改変を経てもなおそれが起きていないということは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。ノアが能力の“移譲”を用いてこの時間へ遡行するということ自体が、過去の“当時”から見ても確定された干渉だったという可能性を示唆しているのだ。


「まあとにかく……不可解ではあるが、俺の記憶と飛んだ先の世界が完全に一致しているのは好都合だ。ちゃんとあの日のことを“思い出した”今、正確にあの後のことを予測することができる。

 確かあの後、俺は希理花と図書館へ入り、劉――いや、『(そう)』とはそこで遭遇する。そこで見つけた暗号文データの指示に従って変わった行動を取り、その後不自然に捨てられたパソコンを見つけるんだ」


「データ、ね。なるほど。

 それは、君達に能力を“アップロード”したものなんだと思うよ」


 乙丸は演算上の未来による産物である「イカロス」のシステムに今一度目を通し、首を捻りながら言う。


「『イカロス』の解明した立体時間だから、最大限のダウングレードを行なった未来技術に対して、適した互換性を持つ電子機器を通じてなら時間遡行が出来るってことなんだろうね。図書館の暗号文もデータと言うなら、要するにそこから仕掛けは始まっていた。互換性という観点で言えば、文書や写真といった形式を選ぶことで過去への干渉も比較的簡単になる。未来の技術発展を考慮しても、互換に影響するような拡張性は小さそうだからね。

 指示されていた変わった行動というのも、未来の側から能力者を選定する上で座標を調べる必要があったと考えれば説明が付く」


 そして、結果としてノアと劉が能力を獲得したその決定的瞬間についての記憶を、当時は知覚することができなかった――つまり、それがこれからノアが訪れることになる時間ということだ。


「……特定できた。準備はいい?」


「準備?ああ、好きにしてくれ」


 ノアは呆れた顔で呟いた。


「いつだっていい――お前が決めるそのタイミングが、すなわち8年前から定められていた結末だ」



 頭部を覆うヘッドセットの感覚が失われて、見覚えのある街並みが視界に飛び込んでくる。それに伴って、11歳であるノアの記憶野は前回まで否応に感じていた衝撃を全く感じなかった。

 直感する――これは、ただ“慣れた”だけではない。


「おい!」


 呆気に取られるノアの手は青空の下に置かれたパソコンのキーボードへ添えられていたが、その声の主が手首を掴んでこれを取り上げる。


「……劉?」


 漏れ出た言葉の意味が、目の前の『涼霜壮』に伝わることはない。

 だがそれ以上に、壮からはノアの言葉に耳を傾ける余裕が失われていた。突如両手で頭を抑え、その場に座り込んだのだ。


『君達に能力を“アップロード”したものなんだと思うよ』


 乙丸の言葉が頭を過って、今自分達に起きている異常の意味を悟る。

 そして。



「来たね」

 

 ――壮でも希理花でもないその声がするまでに、“移譲”を終えたばかりのノアが全ての状況を把握することはできなかった。

 理解できたことは2つ。ひとつは、壮を置き去りにして視界が不意に塗り変わったということ。住宅街の景色は全方位を鉄筋コンクリートに塞がれた。

 そしてもうひとつは、自身の能力以外を契機としたその光景は、ついこの間目にしたものと酷似していたということだった。


「驚かせたならすまない。今俺は、君達を()()()()()んだ」


 正面に立っていた男が今回の目的である“黒幕”であることを認知したことで、ノアはようやく起きたことの全てを理解できた。


「“この時間”を初めて体験した8年前の時点で、俺は特定の時点に対する記憶の不可侵を自覚していた――それは、全ての未来においてこの時点への介入があると決定している証拠だ。俺の過去が維持されていたことだけならまだしも、それに関してはやはり“編綴(へんてつ)”を抜きにしては考えられない。

 つまり、アンタが固定していたのははじめから“この時間”ではなく……“8年後” 、この時間のこの場所を俺が訪れることの方だったんだ」


 これこそが、(あつ)()(かる)()と共に導いた考え得る最悪の推理。心掛けるのは、目の前の姿を前にして胸に溢れた“懐古”を、この時を最後に捨て去ることだ。


「やはり、『 エンバーム(牙隈岼果の能力)』にも関わっていたんだな――イチバン先生」


 (やお)()一判(いちばん)は、黙ってノアの言葉の続きに耳を傾けている。


「そして、今のも時間改変能力。

 アンタは『ディファイル』の能力者である以前に、別の能力も宿していた。その名は、『コンテージョン』なのか?」


「……部分点はあげるよ」


 一判は答えた。


「とは言っても、記述問題もろくにない小学生向けの採点基準だ。今の君は紛れもなく小学生で俺の教え子な訳だから、そうするのが教師の正しい在り方だろ?」


「……御託はいいから答えろ。

 この過去に呼び出した以上、今の俺が全部の答えを教えてもらわないと気が済まないことは理解してるはずだ」

 

「勿論。

 現実に持ち込まれた時間改変能力のベースは、仮想世界に対する補正機能。『コンテージョン』はその補正機能の最も重大な位置にあるもので、時間の本質でもある。俺のものであって、俺のものじゃない」


 一判は見覚えのある笑顔を浮かべた。


「それじゃあ、君の望む通り少しの間、お互いのために俺の話をさせてもらおう――君はただ、それを懐かしみながら聞いてくれたらいい」

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