#2 捨てられたもの
【前回までのあらすじ】
「サク」としてのものである“般若街”アジトの場所が劉に特定されたことで、ノアはSNS投稿用のパソコンを渥美探偵事務所へ移すように手配していた。
「イカロス」で行われたゲームの隙を突いた渥美駆真は“黒幕”と実際に相対して、それぞれの能力の呼称に併せて、まだ実際に体験していない「ダークネス」・「コンテージョン」の能力の存在を明かされた。それは、かつてノアが徐羅寧により聞かされた「能力は全てで4つ」という発言と矛盾するものだった。
「ABY」を確実に消滅させるには、「編綴コード」の最初を防ぐ必要があり、そのためには能力の元凶である「イカロス」を制圧しなければならない。ノア達が画策しているところ、口を開いたのは“情報屋”サークル「メフィスト」の一員・御代龍生だった。龍生は自分と、ノアがかつて倒した資産家であるディルク・デ・ヘンゲルとの関係を明かし、ディルクの力を借りれば目的の達成が可能だと提案する。
話は一通り、御代龍生自らの口から聞かされた。
その男――ディルク・デ・ヘンゲルの“正体”がその場にいたということは、無論当初の彼が気付けることではない。「メディア・ハザード」とはいえ一度は目にするほどがあるほどその資産家の名は世に伝わっているが、広まっている姿は、龍生の目にした彼と一致していないからだ。
しかし、あくまでそれは要因のひとつでしかないだろう。龍生の目の前に現れたディルクは、“現実世界”とで大きな身体的特徴の差があった。
「これは、君が描いたのか?」
「イカロス」は龍生にとって作品の公開先のひとつであって、自分自身が仮想世界に入り浸るようなことはさほどない。そんな中、「イカロス」へ龍生が来るのを待ち伏せていたかのように、その男は目の前に現れた。
「……ええ、そうですが」
「素晴らしい作品だ。モノクロで画調も簡略的だが、表現のメリハリには写実主義を上回る奥行きがある。これは野球、だったね?スポーツの描写にも迫力が感じられる」
「評価していただくのは嬉しいですが……。それだけ言うと、漫画の全てにも当てはまりそうな気がします」
男は首を傾げる。
「マンガ……。そうか、あまり読んだことが無いから知らなかった。でも、君の絵から伝わるものがあるということは事実だよ。そう卑屈になることはない」
「そう、ですね」
龍生は浮かんでいた反論を心に押し留めた。少なくとも自分を支持してくれている人間に対して、失礼があってはならない。自分の作品の評価が客観的に見て良くないということを、殊更に指摘する必要はないと考えた。
「目に見える範囲を知り尽くしたことで当時の私は絶望したが、君の絵を見ると、その考えが間違いであったことを痛感させられたよ。視界の外にも、私に追い求められる世界は存在しているのだとね」
その瞬間、ディルクは“親日家”となる。元々そうであったかのように、ディルクグループの傘下には数々の日本企業が名を連ねた。
ただ、彼について特段関心のなかった龍生がその時点でこの改変に気付く理由はなかった。
ディルクとはその後も仮想世界の中で交流することがあり、彼が「サク」に事実を突きつけられたときには、龍生は既に過去改変の存在に気が付いていた。
ただ、それは能力者であるディルク本人よりも先のことだ。日本文化についての話をして別れた龍生が、当然のように頭のデバイスを外し現実世界を目にしたある日、途端にそれらが波へ押し流されるかのごとく新しいものに塗り変わるのを見た――それとともに、本来は、それ以前の意識が朧げになっていくのだという確信を得た。
自身の過去を保ったのは、視覚情報の変化という“結節点”を経たことによる偶然の産物だった。それはつまり、盲目の人間には感知できないということだ。
ディルクの没落は、龍生の抱えていた葛藤を払拭する契機となった。自分だけが知っている非現実的な事実――それが、ディルクから彼自身の正体と先日「サク」によって明かされた事実を聞かされることで、疑念という意味を宿した。
それまでは時間改変とディルクにすら因果関係を見出せずにいたが、思い当たって調べると、確かに世界の改変点は彼と同名の資産家へ利するよう帰結していることに気付く。それを踏まえると、“彼が影武者にその地位を取って代わられていた”という「サク」の語る歴史に対して、人為的な手が加えられたかのような違和感を感じずにはいられなかった。
これが、龍生が“情報屋”の世界へ誘われた経緯だ。
「『キラ研』の赤月颯季に会えると聞いて来たんだが、まさか君だとは」
間違いなく、目の前にいるのは一度会ったことがあるディルク・デ・ヘンゲルの本人。現実の彼と異なる点と言えば、両方の瞼が開かれて龍生へとその焦点が合っているということだけだ。
そこは仮想空間における「ディルクの部屋」。木造の小屋だという違いこそあるが、先日別人の記憶が体験した例の“デスゲーム”の討論場に引けを取らないほど無機質で何もないのは、彼の趣向が存分に反映されたものだろう。
彼とそこで待ち合わせた龍生の視覚情報を映像として現実に表示しており、こちらの情報もカメラを通じて仮想ディスプレイでディルクへ見せている。現実では最前にノアが座り、奥で「メフィスト」の面々や探偵事務所の駆真、麗音もその場に居合わせる。
「何故分かる。俺の顔を見るのは初めてだろう?」
「それでも、君の声は忘れるはずがない」
「そうか。……まあこんなところに通っていれば、盲目に対してこんな“保険”があったにも関わらず騙された屈辱は、さぞ忘れられないんだろうな」
「そこは問題じゃない。仮想世界にまで来て自分の痕跡を確かめるほど過去へ執着があるなら、それを『ディルク・デ・ヘンゲル』とは呼ばないだろう。
それで、こうまでして私の前に現れた理由は?」
「『イカロス』が欲しい」
その後の沈黙から、ディルクの気配の変化が感じ取れる。
「この仮想世界にはさらに裏側が存在し、現実世界の時間と空間がコピーされている。少し前に俺たちはその実在の証明と、1人の住民を通じたアクセス権の獲得に成功した。だがそれは敵の企みに対応しただけで、俺たちが更に踏み込むためにはまだ権限が足りない。アンタなら何の反響も起こすことなく、静かにそれが出来るはずだ」
「その言いぐさ。既に私の“体質”については理解しているようだ」
「ああ。アンタの能力は俺のと極めて似ている。違う点があるとすれば、その発動条件、そして俺の嘘よりも作用が“純粋”だってことくらいだ」
ノアは龍生の証言を聞いた上での推測を口にする。
「俺が『嘘を吐けない』、涼霜劉が『人を殺せない』のと同様に、アンタは『物を奪えない』。欲しいと思った瞬間に、それは時間改変によってアンタのものになっている――これが所謂『ダークネス』の正体、“自身の理想をy成分へ変換し、自身の存在している立体時間座標へ予定調和を平行移動させる能力”だ。
嘘の『ディファイル』は一定の条件下で認識の余地があるのに対して、『ダークネス』は自分自身のベクトルをも操作する為、世界全体だけでなく、本人すらも改変の事実を知覚できない。眼前でどんな改変が起ころうと、アンタの失明した目はそれを捉えることがないし、だからこそ能力の存在を眩ませる為の障害も用意されていない。
だから……御代龍生はアンタよりも先にこの能力の存在に気が付いた」
ノア自身の嘘による過去改変に対する知覚能力は、改変の言わば“震源”とノアとの時間座標上の距離が反映されているが、ディルクの能力も本質的にはそれに近いものがあるはずだ。
「ダークネス」がその名の通り秘匿性を特徴として持った効果で、ディルク自身の境遇がそれを補強していたなら、龍生はその僅かな効果範囲の中にいて、その光景を目にすることができた唯一の人間だったということだ。
「そこまで理解しているなら、私に頼むということ自体が筋違いだということも分からないか?私は生まれながらにして、この体質を制御した覚えがない。私が欲しいと望めば、結果としてそれが手に入っているというだけ――いや、この表現すら正確ではない。過去に何かを欲しいと望んだことを、私自身は全く覚えていないのだから。
つまりいくら君が頼もうと、私自身が本心で『イカロス』を欲さない限り、それは結実しない」
ディルクは冷めた口調で言った。
「付け加えるなら、私が『イカロス』を手にすれば、その事実に相応する立場が私の過去へと変わる訳だが……そうなった私が君に協力する保証はない。私が君の協力に応じたいと望み、君からの信頼を欲さない限り、君の望むような結果は得られないということだ。
そして、現状。私にそんな心積りは毛ほどもない」
あまりに予想通りの答え――ノアは表情を動かさなかった。
「理由は?」
「訊く必要があるのか?自分のしたことをよく考えてみると良い」
「こっちの台詞だ。大体、お前には心地の良い剥奪をもたらしてやったはずだがな。
その証拠に、今もお前はこうして表舞台に返り咲くことなく過ごしている。これはお前が失ったものに対して未練がなく、もう一度欲することがなかったからだ」
「なるほど、一理ある。ただ、今の私は欲することを価値観が拒否している。君から提案されるものに限って、その例外であるはずがない。
それに……君自身だって、その策の敢行を受け容れられているとは思えないんだよ」
そう言うと、ディルクは現実世界の映った映像に一層注意を向ける。
「そこの奥に映っているのは、あの時の娘――ユリカの妹、なんだろう?」
「……はい」
ノアが白を切るより前に、未良はカメラの前へと身を乗り出した。
「私に協力を仰ぐことへ抵抗しなかったのか?私を許し、その上で再び力を与えることを本当に良しとしたのか?」
ノアは横から未良の表情を窺うことができたが、そこからは、ノアとして知るあらゆる彼女と比較しても最も冷たい印象を受けた。演技と比べるのは野暮かもしれないが、恐らくは「岩見絢吾」の記憶から見た「鯨井佳蘭」以上でもあるだろう。
「許してはいませんよ。貴方がお姉ちゃんにしたこと、どんな罰が下されたって、許すつもりはありません。
ここにいることを拒否することだって出来ました。ノアくんを止めることが出来なかったとして、私が従わない意思を示したって、ここにそれを責めるような人はいない――私は、私自身で望んでこの場に参加するって決めたんです」
「それは、私から逃げたくないからか?」
「いいえ。単純に、私がノアくんと同じ方向を目指す仲間だから。
今の私は、決断を他人に委ねてたあの時とは違う。お姉ちゃんと一緒に生きてるんです。私の生き方に、もう貴方が入り込む余地はない。だから、気にしません」
ディルクという男の精神性が“規格外”であることは既に知っている。彼は特に驚いたり苛立ったりする訳でもなく、穏やかに未良の言葉を受け止めていて、その興味は既に目の前の青年に移っているらしかった。
「で、君はこれを手引きしたと。私を売ったんだね?」
口を閉ざしていた龍生だが、その視界はノア達と共有している。目線が泳いだことには、話し掛けたディルク以上にこちらへと伝わって来ていた。
「すみません。僕なりに、彼らの仲間として活動している意識が芽生えてしまった。機会だけでも与えようとディルクさんのことを教えたのは事実です。
ただ……こちらの皆にはすまないけれど、僕の中での優先順位は依然ディルクさんの方が上回っている。もし貴方がこの提案を受け入れないと決めて、『サク』の存在を許せないと言うのなら、今度こそ僕は彼を潰す為に動くと誓います」
それを聞いたディルクの表情は、間違いなく未良の言葉に対するそれとは異なっていた。
目からその印象を読み取ることのできない彼は、その常として余裕のある紳士的な態度によって悪意を隠してきた。しかし、今回はあからさまに一言のありそうな間で、複雑な胸中が透けて見えるようだ。
もしかすると、彼は初めから本心を伏せていた訳ではないのかもしれない。
「彼女の言葉を聞いた直後で、本心でその言葉を口にするのかい?」
ディルクは一度画面の方、すなわち未良へと目を遣ってから言う。
「呆れたな……。タツオ、君は私の世界を外側から広げる存在だ。私の世界の内側にいることは許さない。
私がいつ君からの慈悲を欲した?あるいは、その感情が私の無意識による改変の結果だという可能性を考慮してもなお、君はその妄信を続けるつもりなのか?」
「人は持たざるものを得ようとして人生の指針を決めるものです。悲しいかな、皆が憧れるような全てを得た完璧な人間の姿はこの世界に実在しないからこそ、人にはそれぞれに一生という長い時間を歩む余地が確保されている。
どちらが正しいということではなく、牙隈さんと僕、立場が違えば重視するべきものは違って当然です」
すると龍生は「イカロス」を操作して、表示された新しい画面をディルクへと見せつける。
それは、龍生の描いた漫画だった。
「僕にとって、貴方ほど大事な他人はいない。貴方にとって僕が世界を広げてくれる存在だと言うのなら、僕だってそうだ。僕が描くものの全ては、僕自身が抑圧してきた閉鎖的で独りよがりな表現に過ぎなかった……それを認め、初めて世界とのつながりを見出してくれたのが貴方なんだ。だから、僕は貴方の全てを尊重します」
「私が客観的に見て常識的な感性を持っていないことは明らかだ。私自身がそれを恥じたことなどないが、君にそんな義理はないはずだ。私のために、その場にいる“まとも”な仲間全員を今すぐにでも裏切ろうなどと――力のない君が、何の自負を抱いてそこまでの大胆さを維持している?」
「確かに、それこそが僕の『メフィスト』に所属し続け、結果的に迎合した理由です」
映像の動きから、龍生がディルクの手元にある画面の方へ視線を移したのが分かった。
「でも、僕だって『自分に嘘を吐きたくない』。そう感じたので」
ディルクはノア達が見ている「こちら」を覗き込むと、少し考えてから口を開いた。
「――良いだろう。君達の要請を受けるよ」
「……何だって?」
画面越しに、ディルクの言葉をそのまま受け止められた者はいなかった。
「この場所自体が改変対象であるから、ここから離れさえしなければ、君達はこの場に起こる変化の全てを目の当たりにするだろう。そうなった暁には、既に私が『イカロス』を手にしている」
「ということは、視覚を失っていないここでのお前も改変を乗り越えられることになる。俺を拒絶する為に隠してたいたな?」
「当然だ。とはいえ、私も実際に改変を目の当たりにしたことはないから結果は分からないがね」
「そうか。なら結果がどうなろうと覚悟はしておく。お前の言葉を信用したからじゃない、むしろ信用ならない事を再確認出来たからな」
ノアは鼻を鳴らした。
「というか、どうして急に態度を変えたんですか?」
未良の方はさらに露骨に訝しんでいて、ディルクの方を睨み付けている。
「私は元から、他人の価値観を拒む人間ではないよ。御代龍生、君が私にそれだけの価値を見出しているというなら、私の立場でもそれは同じでなければおかしいと思ったんだ」
ディルクはその視線を間違いなく理解していながらも、嬉々とした感情のままに声を上擦らせて語る。
「そして、やはり今回も君が私の世界を広げてくれた。私の持っていないものに気付かされた。
完璧な人間がいないと言うのなら――全てを手に入れられると思い込んでいた私にとって、未だ手にしたことがないもの……。
それは献身の精神、だとね」
彼の大仰な笑顔は、かつて倒錯した欲望を語った時と何ら変わりない、確かな狂気を伴ったものだった。
それ以降も、ノア達がディルクを信じられる根拠は龍生の真剣な眼差し以外には皆無だった。
しかし、ディルクが“ディルクグループ”とは別にその本名を伏せて所有することとなった「イカロス」では、確かに彼の名の下に、休業日で無人の開発室を容易に占拠することが出来た。
そして今回のノアに帯同するのは、技術的に不可欠な最低人員の1人のみだ。
「――なるほど。渥美駆真の言う『コンテージョン』とやらは見つからなかったけど、それ以外の能力4つはプログラムとして確認したよ」
越智乙丸は、パソコンから目を離してこちらへ振り向いた。
「原理はちっとも読み解けないけど、とりあえずこれで、能力とこの仮想世界における調整機能との繋がりははっきり確認できた」
「“あの人”は、ここを使えば『エンバーム』、つまり『編綴コード』を再生産できるのか?」
「いや、多分今の時代から入力するのでは、仮想世界の能力を現実世界に反映する術はない……。君たちのは、それが出来る時代からの干渉だったってことだろうね。ただ、君の意識を『イカロス』のデバイスから吸い出して照合することで、君の能力の指向をこちらから任意のものに特定することは出来そうだ」
「嘘は『ABY』があるから困っていない。能力の“移譲”をコントロール出来るようになる、ということでいいんだな?」
「その通り。“移譲”ってのは理論上、立体時間内のあらゆる座標へ転移出来る。君は今、正真正銘タイムスリップの力を手に入れたってことだね。体はともかくとして」
「そうか、なら予定通りだ。最悪、仮想世界のログを辿ればいいとも思ったが……直接この目で見られるならそれ以上はない。
行き先は8年前。俺達が能力を宿すことになったあの日に、俺は過去の俺自身へ能力を“移譲”する」
「君自身である理由は?」
「記憶の為だ。性格が違えば、辿ってきた過去はそれだけ別物になる。浅子理論の提唱していた“追憶の原理”を考慮すれば、それが幼少期だとしても自分自身であった方が、まだ今の俺の記憶についても観測できる部分が多いはずだ」
「分かった。じゃあ、心の準備ができたら言ってくれ」
そう言うと、乙丸は淡々と作業に取り掛かる。
「……申し訳ない」
「え?」
小さく言ったノアに対して、乙丸は目を向けずに応じた。
「未良への義理とは言ってくれているが、劉へ心が向いているお前にここまで協力させているからな。俺のことを嫌悪しているなら、こうして使われているなんてもってのほかのはずだ」
「……その通りだね。まあ、君自身の受けている印象よりは悲観しなくてもいい。君のおかげでとりあえず失った記憶は取り戻し、一応君を慕っていた時期の感情も俺は知ってるから」
手を止めた乙丸は、「イカロス」の際に使用するヘッドセットをこちらに差し出した。
「まあ、礼は後でたっぷり貰うとして。君はこの先でのことに専念しなよ。
俺だって気になるからね。こうやって意識を捻じ曲げられたことに何の意味があったのか、“その人”に会えば確かめられるんだろ?」
「ああ、そうだな」
ノアが頷いて合図をすると、「行くよ」という掛け声と共に“それ”は始まった。
ノア自身は仮想空間すら訪れたことがないが、岩見絢吾の記憶を通して感覚だけは知っている。その装置を媒介として能力の“移譲”が起こる――そう理解はしていたが、やはり時空を跳躍する上でその勝手は異なっていた。
世界に対して開放されていた全ての窓を順番に閉められていくかのように、“自身の意識の喪失”を意識することが出来る。
“そこに残されたのが「ノア」なのか、「ディファイル」なのか”。それもまた、ノアが今回の旅先で確かめたいことのひとつだった。
「――大丈夫、男子は絶対興味あるよ!」
感覚として直後、少女の声がする。
「用事っていうのはこれ、宝探し!」
誰かと話している。
不審に思われないようにか、それとも移譲前までの自分の余熱のようなものの効果か、とにかく口だけは咄嗟に開かれた。
しかし、言語中枢が悉くそれに応えようとしない。
架殻木ノア。自分が誰なのかは分かる。ただ、何か思考しようとすると、鏡像が延々と続いていくかのような果てしなさを覚えて硬直するのだ。
そして直後、夢から覚めるかのように意識のスイッチが切り替わる。瞬きひとつで、視界は公園のような場所から最初の開発室へと帰って来た。
「どうだった?」
乙丸の声は耳に届いていたが、ノアに答える余裕はない。空いた口が塞がらなかった。
先ほどの数秒間についてのあらゆる感覚は、現在の自身の脳を用いることでようやく解釈に至った。
聞こえて来た言葉を、過去のノアが実際に耳にしたかまでは記憶していない。ただ、たった今転移したのが今回の目的である時点に違いないことは確信できた。視界に映っていたタブレットのようなものを差し出す少女のことを、ノアはよく知っていたからだ。
「今、のは……」
あれは「笠井希理花」――つまり、8年前の「囀きりか」だ。




