#2 潜航するもの
【前回までのあらすじ】
VR空間「イカロス」へ招集された7人は、「サク」を名乗る人物の開催するゲームに参加する。それは容姿をはじめとした個人情報を偽って参加している3人を的中させるというものだった。何の手がかりもないまま始められた初回の指名にて、作曲家の鯨井佳蘭は探偵の渥美駆真がなりすましの偽物だと告発した。
【ルール】
・最初の持ち点は120点。最大4回の指名ののち、最終的な獲得点数が最も高い者を勝者とする。勝者は当代から「サク」の称号と情報収集術を継承し、敗者は事前に入手されているスキャンダルを「サク」によって公開される。
・指名の際は指名人が持ち点の半分を失う。被指名人が偽物であることを的中させた場合は失った分が返還されると同時に、被指名人の持ち点から半分を獲得できる。指名は全体で1回のみ失敗が許されている。
・予想人は指名が成功か失敗かを予想する。指名成功を正解すれば正解者の中で被指名人の持ち点から半分が分配される。指名失敗を正解した場合は、指名人の支払った半分の持ち点が被指名人と正解者とで分配される。
「へえ。それは、どういう根拠で?」
佳蘭の指名を受けた駆真は、薄ら笑いで応じている。
「貴方は本物ほどじゃないけど、ルールを知った時点ですぐさま自分の取るべき行動を理解できる頭脳を持っていたということ。今日の投票で重要なのは、『キラ研』の3人以外、ここにいる誰もが互いのことを知らないという状況です。
たとえ嘘でも突き通せば気付かれることがないこの場においては、いかに理路整然と事実関係を語ることができるか……放っておけばこれが判定の肝となるでしょう。それが分かっていた貴方は、“探偵”らしくこの場を主導する立場に回り、自身から飛び出し得る矛盾から皆の意識を逸らそうとしていた」
「悪いけど、それじゃただの言い掛かりだな」
「そう、証拠はそれですよ――貴方は知らないから、この私を見ても白状する必要性を察知出来ていない」
「どういうことだよ?」
「そうだな、どこまで話してもいいのか分かりませんが……。最近、限られた市場で情報を売買していた日本各地の“情報屋”が結託し、情報を発信しようという“取材部”が発足したんですよ。SNS運営の枠組みを越えようとする『ABY』の企みです。奇しくも、私はその一員としてそこに与する貴方の存在を確認しています」
「え?ってことは……」
「ええ。申し遅れましたが、“情報屋”を兼業していますね」
その答えを予測していた者こそいなかっただろうが、颯季を含む周囲に言葉はなく、複雑な反応を見せている。
「分かっています。皆、それならどうして最初から“情報屋”を名乗らなかったのか、と考えているんでしょう。すみません、易々と身分を明かすものでもないかと思って」
佳蘭はそう言って、駆真を指差した。
「でも、こうして考えればその利点もあったでしょう?身分を隠していたおかげで、この男が私に気付かないのを確認できた。戦略が的中したのを物語っている」
全員が判断し兼ねているのを見て、駆真は可笑しそうに鼻を鳴らした。
「酷い暴論だよ。……まあいいや。問題は、それをこの場にいる人間が信じられるか、でしょ」
「……どういう意味です?」
「今回のルール、意外と“なりすまし”に優しいって思わなかった?2回もミスれば3人いるうちの誰か1人は逃げられるんだから。おまけに『サク』が提示した全員分の“弱み”。あの瞬間オレは全員の表情の変化をチェックしていたが、衝撃にしろ恐怖にしろ、その反応が新鮮じゃないやつはいなかった」
「サク」の脅迫は突然のことで、演技だった可能性は比較的薄い。彼の言っていることが本当ならば、各々に突き付けられた内容は全てなりすましと無関係だと推測できる。「サク」が既になりすましの件に触れた後のことで、それと同様なら反応が変わっていたはずだからだ。
「要するにクロの奴らにとって、この場は勝てなくてもなりすましてることさえバレなけりゃそれでOKってこと。集められた瞬間からずっと皆のために貢献しているこの俺よりも、急にでしゃばって場をかき回してる奴の方が怪しいってものだろ」
「しかし『アラクネスキン』を使用した後ろ暗い背景を持つ者にとって、『イカロス』内で召集されている状況に危険を察知した可能性もあります。貴方がここまで見越して周囲を信用させるため動き回っていた、と言うこともできる」
2人の会話は、恐らくはその場にいる全員に今回の“ゲーム”の本質を悟らせるものだった。
ルール設計の段階から、参加者に求められているのは考察力ではない。不確定な状況において自らを有利に傾ける為の駆け引きだった。
「堂々巡り。状況証拠すらないのに、やっぱり決められるわけない」
「そ、そうだよね。まだ皆で何も話し合ってないし、今焦って決めなくても……」
惺も同様の意図だったろうか――形勢を整えて有利な形を探るべく颯季は彼女へ同調するが、それをまた別の人間が遮った。
「いや、そうでしょうか」
「え、吹田さん?」
「気付いていただけたようで何より」
佳蘭は微笑む。
「確かに、渥美さんの言う通りこのゲームは“なりすまし”が有利なように見える。ただ、それはこれを人狼ゲームのようなものと捉えた場合の視点です。今回のゲームはそれと似て非なるもので、個人戦だということが重要なんです。“なりすまし”かそうでないか、それは参加者各々の境遇に過ぎないということ……。皆が偽物であることを否定している現状において、指名を成功させる必要性は誰にもないと言いたいんです。
そう――私は確かに渥美駆真、貴方を疑っている。ただ貴方も本当に違うと言うなら点が得られるのだから、それを歓迎すればいい。そして他の皆にとって、本当に必要としているのは『指名を最大回数試行すること』でしょう。指名人のみが得をするノーミスでの最短決着は望まれていない」
「何……?」
駆真の目の色が変わった。
「確かに。このゲームは試行回数が少ないから、4回以上は排出できない指名人として正解することが勝利する上での条件と言っていい反面、失敗すれば敗北に直結する。予想するだけなら得点を失うリスクはないから、最初ということで根拠が足りていない今は予想に回って静観したいところ」
惺の言葉に佳蘭は頷く。
「そんな中、半分の持ち点を賭けるという損な役回りを私が買って出た。誰がこの状況に異を唱えると思いますか?」
指名は確定していないが、その発言は確かに駆真ではなく周囲へ向けられたものだ。別の候補の台頭や却下の意見を寄せ付けない言葉に対し、この時点で彼女と正対する駆真に反論する余裕はなかった。
「……結論は出たようだな」
「サク」がすかさず姿を現す。
「では指名人を鯨井佳蘭、被指名人を渥美駆真として、予想人の結果予想に移る。専用のフォーマットを用意して送付したから、諸君はそれに指名された参加者が『アラクネスキン』を使用しているか否か、を文章で入力してもらう。当然無効票は失格だから、間違いのないように返送することだ」
颯季はフォーマットに沿って、「『ABY』上の渥美駆真は『アラクネスキン』で容姿を入れ替えた偽物だ」と書き提出した。
理由は、佳蘭が「ABY」取材部の名を口に出したからだ。その単語にはもうひとつの記憶が反応を見せた一方で、颯季自身の記憶とは何の接点もない。一般にはまだ明らかにされていない情報を彼女が握っていた点で、その身分については信憑性を感じる。
「――それでは、全員分の予想が確認できたため、一度匿名での投票結果を発表しておこう」
すると、全員分の入力した画像が表示される。
佳蘭の正解――駆真を偽物と考えたのは颯季のほかに、夜宵埜未と岩見絢吾による3票。反対に駆真を本物とする予想には久保田王惺と吹田惟都の2票が集まった。
「では発表しよう。『イカロス』における探偵兼“情報屋”・渥美駆真は……」
偽物ならば逃れようのない状況に立たされたと言えるそのとき。
颯季は初めて、駆真の表情に力が入ったのを見た。
「『アラクネスキン』を使用している偽物だ。鯨井佳蘭は60ポイントを獲得する」
――正解……?
次の瞬間、渥美駆真だと思われたその男は声を上げる暇もなく場から消失した。この空間のホストと思われる「サク」が追放したのだろう。
何にせよこれにより予想的中が3人のため、分配された20ポイントを獲得する。久保田王惺・吹田惟都は予想を外したため、得点を得られない。
颯季にしてみれば得点を増やせたことは良かったにしても、今後の競争に対する不安感のようなものが勝っていた。彼の立ち振る舞い自体には終始成りすましとしての違和感を感じ取れなかった。優位な情報を持っていた佳蘭の発言がなければ、疑うこともできなかったはずだ。
「さて、これで“1日目”は終了だ。それまでの間、諸君にはこの仮想空間を出て、思い思いの時間を過ごして頂く」
「え……?」
「第三者へこの件を口外することは当然禁止するが、それ以外は自由だ。次回は現実でどこから参加するかも指定はしない。24時間後にこの場所へ再度集合するだけで構わない」
そう言うと、「サク」からの通信は一方的に絶たれる。
皆動揺しているようだが、選択肢はない。
何の行動を起こすにしても、現実空間に出るのが前提だ。それはどう抗っても参加者側が支配から逃れることはできないという、“預言者”としての余裕を逆説的に誇示するものであり、颯季たちには十分に伝わるものだった。
「……ここは」
特段変わった点のない会議室。
ヘッドセットを取り外したことで眼に映ったこの場所について、自分の記憶に思い当たるものは無さそうだった。
こちら側から施錠された鍵を開け、そこが雑居ビルの一室であったことを確認する。誰とも遭遇しないまま外まで出るが、それでも異変を感じさせる何かは起こらない。
すると、早速チャットでの連絡があった――惺だ。
「一度会おう」
簡潔な表現だったが、それでも彼女とこのように連絡を取ることもあまりない。少なくともお互いの無実を証明し合える同僚として、無碍にすることはできないと思った。
ただ唯一の懸念点は、先ほど彼女が口にしたあの言葉――
『私達は現実世界のオーディションを突破してここにいる』
あの“嘘”のことだった。
振り返ってみれば、この3人とて、決して何の疑惑もないとは言えない――惺と集合場所を決める際、それを痛感する。
集合場所となったのは、所属事務所の最寄り駅だったが、そこもそれほど馴染みのある場所ではない。「キラ研」として活動する利点は、あらゆるレッスンのノルマを個人都合で決められるという待遇の良さだ。所謂ステージングという最終的な過程は仮想空間上の見栄えを重視する為、最後に現実空間で顔を合わせてからは随分と時間が経っている。結成初期の当時は互いのことを知らなかったので、この時期に成り代わりが起きているという可能性を否定できない。
――もう一度検証するならば、このタイミングしかない。
「もう見えるところにいるよもう見えるところにいるよ」
数秒の後、視界が一瞬にして変化する。
遠くで、見知った顔立ちの少女がスマートフォンを睨んでいるのを見つけた。
――今度はできた?じゃあさっきはどうして……。
今の何もかもが歪む感覚に、訝しんでいた先ほどの“嘘”の結果を確認した。これこそが颯季へと移譲されている能力であって、先ほど狙った嘘は失敗に終わった。改変の起きる際に能力者が感じ取る感覚は、その“震源”との観念的な距離感を反映している。惺ほど身近な人間に生じる過去改変ならば、颯季が感知し損ねているということもないだろう。
実際に能力の発動を確認できた今、颯季の疑問は仮想空間上に現れた「サク」へ集中していた。
“あれ”は、本物なのだろうか?
本物だとすれば、颯季の嘘が「イカロス」内で実現されなかったことの原因であり、空間へ何らかの細工を施したのかもしれない。具体的事象には靄がかかっているが、“嘘が無効化される”という現象には記憶へ触れる何かを感じ取れる。
ただ、そうなるとあの「サク」自身の発言には矛盾が起きている可能性が高い。「今回の件に『イカロス』運営が関与していない」――これが“嘘”ならば、今回の結果は過去改変が実現されていないことになる。ただ前提として颯季が能力を持っている現在、同時点で「サク」に能力が宿っている保証もない訳で……。
「ああ、もう!混乱してきた……」
なんにせよ、「サク」が口にした今回の目的とは、「2代目」を選抜することだ。そしてその参加者の中に能力の移譲された颯季が選ばれているという事態が偶然だとは思えない。
もしかすると、今回のゲームは“選抜”などではなく、能力の“捜索”なのではないか。だとすれば、今の颯季の使命はそれに適うべく「2代目サク」の権利を得ることだろう。
「ちょっと」
呼びかけられたのに気付いて、颯季は惺が目の前にまで迫っていたことに気付く。
「ああ、ごめん。“久しぶり”、だよね。こうやって会うのは」
「……ひとまず良かった。知り合いが潔白なのは分かったから」
「本当にね。それで、どうしたの?あの『サク』は自由時間だと言っていたけど」
「本気で言ってる?あれが言葉通りの意味がない」
「……というと?」
「これは『サク』が用意した“アピールタイム”。参加者の全員がそれなりの影響力を持っていると考えれば、このタイミングで有効な発信をできるか出来ないか、これ以上に本物を判断する良い方法はないと思う」
「た、確かにそっか。でも、ここは現実世界だよ?『メディア・ハザード』の中で、今まで何の縁もなかった参加者に有益な真実を伝えるだなんて。何か方法がない限りは……」
「だからそれが条件。発信者として不特定の人間から信用を得ることも、2代目『サク』に求められる素養」
「なるほど……」
颯季は大きく頷いた。
確かに、「イカロス」に現れた「サク」の言う通り、これが2代目を決めるオーディションと定義するのであれば、今回のルール設定や“筋書き”にも納得が行く。駆真のことを知っている優位性のあった佳蘭が最初の指名人となり、得点を先行させる“情報戦”としての側面を提示したのも、主催側の計画の一部だったのかもしれない。
「じゃあ、今のうちに1人でも多くと接触してその実物を見ないと。まず、簡単に連絡できるのは――埜未、か」
颯季は惺の方は目配せをしたが、彼女は首を振った。
「埜未だけど、一向に連絡が付かない」
「何それ、じゃああの子は怪しいって?」
「そうとも限らない。あの鯨井佳蘭って人が言ってた。現状に当てはめれば……正解してトップにいる鯨井さん以外は、全員が1度のミスを望んでいる」
「そうか、そんな時に一番楽なのは、本物でありながら“偽物だ”と疑われる場合。疑われさえすれば点の分配に参加できるものね。じゃあ他のみんなも、簡単に会おうとはしてくれないかな……。このままじゃ当てずっぽうが続くことになっちゃう」
「でも、早めに鯨井佳蘭へ追い付きたいという思いも全員が持ってる。自分の行動を隠して他の参加者の動向を探る……そんなことが出来るものなら、それが理想。ただでさえ、向こうは今もこちらを突き放しにかかっているから」
惺はそう言うと自身のスマートフォンを見せ付ける。「ABY」のタイムラインに表示されていたのは、匿名のアカウントによる投稿だ。
「これって……」
『情報屋・渥美駆真、イカロスの不正利用が発覚』
拡散機能が存在していない「ABY」においてこれがどのような反響を得ているのかは判断しかねる。しかし、タイムラインは表示される根拠である投稿の高評価率については、それほど高くないようだった。
「名義は鯨井さんじゃないし、あの人以外がやった可能性もあるんじゃない?「ABY」では鯨井さんも“情報屋”の活動はしていないはず。今そんなのが成り立ってるのは、『サク』と『メフィスト』だけだよ」
「いや、間違いなく鯨井佳蘭。そもそも、縁のない私達のアカウントのタイムラインにこんな情報が載ること自体が“アピール”に該当する。『ABY』に彼女の言ったような部門が本当に新設されていて、その口利きがあったから投稿が表示されたんだというメッセージだよ」
力のあるこの“情報屋”にどのように対抗するか、颯季は腕を組んで考える。
――何にせよ、グループで一番賢い惺と会って状況が整理できたのは良かった。向こうも疑っていたから会いたがったのだろうけど、こちらもそのリスクを負った甲斐はある。
――あとは、角の立たない流れで1人になれればいい。
「……ここが“般若街”?」
惺は首を傾げる。
「うん、情報と言ったら“般若街”。有力な“情報屋”が集まってるらしいよ。ここで参加者の界隈に近付ける“情報屋”が見付かれば、参加者の足取りも追えるはずだよ。手分けして探さない?」
「2人で同じ街を?……分かった」
惺は特に難色を示さず、すぐに了承した。
参加者の中に「キラ研」のファンがいれば接点として利用できたはずだが、そうでもない今、2人には他の参加者に対し発信力で優位に立てる要素が無い。居場所を把握できるという条件ならば、拒否する必要はないと考えたのだろう。
そして、それは颯季の思惑通りだ。
颯季がどうしても独りで確認したい場所へ赴くには、惺を主に“情報屋”が拠点としている繁華街の大通りへ釘付けにしておく必要があった。惺に突き付けられた脅迫条件にもよるが、要件が要件なので、共に行動していると彼女の興味を惹いて詮索されるかもしれない。
「やっぱりそうだ。記憶はこの部屋まで続いてる」
アーケードの裏手に位置する、古びたビルの一室で颯季は足を止める。
颯季は息を呑み、まともに使われた覚えのないインターホンへ颯季が手をかける。「サク」のアジト。「サク」その名義で活動する場合は、この場であることが保証されていた。
「だとしたら、ここに……」
「ちょっと」
声が聞こえて、初めてその気配に気が付く。ふと漏れた独り言を、颯季は途端に止めた。
「ここで何をしているの?」
颯季自身に覚えがなくとも、移譲されている記憶は確かに反応している。
その女性は、間違いなく架殻木ノアの知人だ。
【現在の得点】
赤月颯季 140
久保田王惺 120
夜宵埜未 140
吹田惟都 120
岩見絢吾 140
鯨井佳蘭 180
渥美駆真 失格




