#19 不動の骸
朗読劇の終幕後、ノアはその足で“般若街”の「サク」アジトへ戻っていた。
乙丸の姿は消えている。来る前に「ABY」を確認したが、彼による「サク」からの投稿もなかった。
劇はノアの宣言以降、特に支障なく進められた。あの状況で独善的な劉のやり方が不利であることも織り込み済みだ。劉は客席から涼霜壮を撃ったが、証拠が残る「フレイム」の特性上、配信もされている劇中で出演者を狙うことはできない。そうなれば、ノアのそもそもの目的を測り違えていた劉側の陸朗、吉木にアドリブで考案できるような策はない。
解散の際、ノアは真琴へ貸し出していた「メフィスト」による投稿用のスマートフォンを回収した。その上で、“大きく日を空けるつもりはないが、次の方針が固まるまでサークルは休止する”という通告を一方的に伝えて去っている。劇中の行動を真琴や龍生に問い詰められるのは必至なため、「サク」のことを伝えるか否かも含め「ABY」や劉との争いの動きを踏まえて決定する必要がある。
「ノアくん」
振り返ると、未良が遠慮がちに声を掛けてくる。
「……上手くいきましたか?」
「ああ、作戦としては成功だ」
朗読劇の中でノアが語った内容は未良が到着するよりも前、既に「ABY」によって「サク」が事実であることを認めていた。先ほど語られたのは固有名詞も伏せられ、劇中で役として語った内容であることに過ぎないため、これは能力を発動させるにあたり必要不可欠な過程だ。
劇中での発言を「サク」で肯定する、という間接的な方法を取ったのは、「メフィスト」としての一大発信を達成した上で、能力発動のため「サク」の信用度を利用するためだった。確実に「ABY」自体の需要を落とすためには、その内の1アカウントである「サク」の能力も相対的に低く演出するべきだろう。改変を行う手段として「サク」には影響力が必要であり、これまでその矛盾には目を瞑って「ABY」へ迎合してきたが、今回のような好機で二の足を踏む訳にはいかないということだ。
「結局、涼霜劉さんや『ABY』を直接どうこうできたわけじゃないんですよね?ただその弱みを埋め込んだってだけで」
「そうだな。知り合ってすぐの頃にも話したが、『ABY』には“不変”という性質がある。俺はかつて何度かにわたってこれを崩そうとしたが、上手くいかなかった。
今回の嘘は、それによって『ABY』を直接瓦解し得るものではないという点で以前と異なる。それ自体は、むしろそれ以前の『ABY』の基盤をむしろ強固にするもので、劇中での暴露をもって初めて弱みとして明るみに出る形だ。そうすることで『ABY』を倒すという目的に対して即効性のある策ではなくなるが、着実に評判を落とし、さらなる攻勢をかける余地を生み出すことにもなる。『STList』の台頭がある今、そのような衰退の趨勢が生まれるだけでも大きな意味はある」
久々に「サク」アジトに顔を出した未良の姿を目にして、ノアは自身の疲労感を初めて自覚する。
気だるさのままに大きく項垂れた後、ノアは小さな声で続けた。
「まあ、今回は助かった。お前にしかできない役割ということでもなかったが、劉を出し抜けたのは、こちらに自分の機転で動ける味方がいたからに他ならないからな」
「何ですか、その言い方?素直に『ありがとう、オレには未良しかいないよ』って言ってくれたらいいんですけど」
「お前しかいない、か」
ノアは言い返すこともなく苦笑した。
それが紛れもなくノアの言葉の“直訳”と化していることは、たった今この場にいるのが未良だけである事実からも明らかだったからだ。
「ああ、ごめんなさい!そんなつもりじゃ!」
「いや、いいんだ」
「乙丸さんや夏海さん、陸朗さんも……最初と比べたら状況が変わりすぎてる。大丈夫なんですか?」
「まあな――」
そう言って解決手段について語ろうとするのを遮ったのは、パソコンの方に届いた通話の通知だった。
「父さん、報告は読んだんだな?」
「ああ。悪いな、息子の晴れ舞台を見てやれないで」
「いや、あらゆる意味で好都合だよ」
父・架殻木嶺二と劇の終了後こうして連絡を取るのは、当初に予定していた通りのことだ。
「報告って、朗読劇のことですか?どうしてお父さんに?」
未良は身を乗り出して、ノアの顔の横から画面を覗き込む。
「父さんに伝えたのは劇自体もそうだが、出演者の情報もだ。今回『フレイム』を受けているのは陸朗・乙丸・夏海の3人で、いずれも俺がこの世界における正しい過去を認識できている。修正点が明らかだということだ。
『フレイム』で個人の過去を変えるということは、世界を基準としている正しい歴史に対して本来あるはずのない歪みを生み出しているということ。正しい過去を俺が第三者に伝えるだけで、能力は無効化されるはずだ」
「なるほど、それを見越して打ち合わせてたんですか……。よかった、意外と簡単なんですね!」
ノアは何も返答しなかった。未良へ語っていない“懸念点”があるにせよ、確かにあまりに簡単すぎると感じた。
『今、さぞ自分の所有物を奪われたような気分でいるんだろうね。君は“覚悟”とやらを免罪符にして、そうやって人を好き勝手に操作することに躊躇いがない人種なんだ』
乙丸の言葉が今一度脳裏で再現される。その感情の正体が罪悪感であるということを、長年能力と付き添ってきたノアは知っていた。
「それで、俺が聞きたいのはここからだ。『サク』の投稿……『STList』の情報網にそういう話が出ているんだよな?」
先ほどまでの嶺二はノアにも通ずる落ちついた口調ながら態度は朗らかで、息子にない余裕のようなものを感じさせていた。
そのため、この話題へ及んだ途端に表情を消したのは明らかだった。
「初めに言っておくと、俺は先ほど『サク』の投稿がされたことを、ほぼリアルタイムで確認した。つまり、俺はお前の能力に影響されなかったわけだが、過去改変が成功しているのなら保有しているデータベースへ必然的にその類の情報が残っていることになる。
その上で、こちらから伝えられることはひとつだけ――劇の中で発言したという『ABY』の暗部について、確認できるものは無かった」
「何……!?」
ノアは言葉を失う。
「詳しくは聞いていないが、作戦に不備は無かったのか?」
「そんな!普段以上にノアくんは準備をしてきたはずです!」
未良がノアを押し退けるほどの勢いで画面に顔を寄せて反論する。
「劉さんが『ABY』のCEOを呼び寄せたことで、その影響力が本社まで行き届いたこのタイミングをずっと狙ってたんです。今の状態なら、バタフライ効果が悪さをしてトカゲの尻尾切りのようにもならないだろうって」
「ああ、そうだ。
今回の嘘が通用すると思ったのは、『ABY』が存在しているという歴史上の事実は確定要素であり、“帰結”として覆せないからと仮定していたから。現在に至る『ABY』とは、枝分かれしている並行世界が集束する特異点……だとすれば、それを成立させている内部要因を改変で上書きすることはできない、今回はそのために用意したハッタリの外部要因だったはずだ」
「『ABY』の“不変”……。他に考えられる原因はないのか?」
「それは――」
「『編綴コード』、じゃないっすか」
ノアが口に出そうとした認めたくない回答を代弁したのは、いつの間にか背後に立っている柏葉陸朗だった。
「ろ、陸朗さん!?」
「すいません、ちょっと盗み聞きさせてもらいました」
未良の反応をいなしつつ、陸朗はカメラ越しである嶺二に姿が映るようパソコンへと近寄ってくる。
「待って!どうしてここのことを知ってるんですか?」
「いや、意外でもなくね?僕が涼霜劉さんに従ってるのは知ってるんでしょ?そんでもって、この場所はもう知られてるんだからさ」
「え?でもそれはさっきノアくんが治したって――」
未良は直後、ノアの方に顔を向けたが、それによって事態を飲み込むことができたらしい。
ノアとしては想定内。“懸念点”として頭にあった予想が不幸にも的中したというだけだ。
「『フレイム』は確かに修正した、記憶障害は治っているはずだ。しかし、お前が劉のために現時点までとった行動はあくまで真実の歴史であって、個人と世界の間にも矛盾はない。きっかけこそ覚えていないんだろうが、その服従する状態までは覆せなかったということだな」
「そんな!じゃあ乙丸さんも?」
ノアは頷く。
「にしても、わざわざ乗り込んでくるのは十分意外じゃないか?柏葉陸朗君。それに、『編綴コード』とは何だ?息子からは聞かされていないが」
「悪い父さん、未良にもまだ話していなかったな。
元はメディア・ハザードよりも前の『CUSTER』全盛期、NFT化された情報の改竄を癒着したマスコミのみに可能とする秘密のコードのことだ。『メディア・ハザード』の到来と共にそれも価値を失ったと思われていたが、また別の概念に同じ言葉が当てられているという話を聞いている」
ノアは自分が知るところの全てを語った。
「編綴コード」について少なくとも徐羅寧が認めているのは、それが「メディア・ハザード」以前におけるそれと同様の機能――つまり「都合の良い情報を事実として作り出す」類のものであるということ、そしてそれが“船”であって、ノアや劉の能力と対等なものであるということだ。
「以前の俺はそれが、劉の過去改変が不要なバタフライ効果を回避できている理由だと推理した。しかしそれは誤解だった。夏海のように、劉にも御しきれない対象が存在するのを確認した」
「そうですね。そんでわかってると思いますけど、さっきのアンタは間違いなく劉さんの意表を突いた。これが何よりの証拠です、『編綴コード』はあの人の管理下にないというね」
「確かに……。そもそもの話、劉さんは自分の存在を消したくなくて今回の朗読劇を妨害したんですもんね。もし『編綴コード』の機能がそれだけのもので管理もできているなら、それで自分自身を守らせちゃえばいい話ですし。
それにしても、一体どんな能力なんでしょう?ただノアくんの能力を無効化するだけじゃ、名前の由来と同じに思えませんよね」
未良の問いかけは今後の為に解き明かすべき謎である一方で、ノアや嶺二に現状以上を理解する材料が足りていない。
しかし、それを見ている陸朗はそれによる沈黙を認めなかった。
「『フレイム』により個人と世界との間で生まれるような、時間の“歪み”を『ABY』が纏って防衛しているとしたら?いかなる危機的要素が迫ろうと、それを無効化し固定された時間が流れているとしたらどうです?」
「1つの空間に対して、複数の時間を共存させているとでも言うのか……!?」
ノアは2つの意味で驚かされていた。中身もそうだが、それが一朝一夕で思いつく仮説とは思えなかったのだ。
――どうやらこいつは、こちらに辿り着いて欲しい結論があるらしい。
それを踏まえてノアが彼を半信半疑で捉えるのは、彼の態度に打算を隠す素振りが見当たらないからだった。
「だとすれば、『編綴コード』の能力は規格外だぞ……。『ABY』の存在を維持する、どころじゃない。死んだ人間を別の場所で生かしておくことだってできる」
「まああくまで僕の推測です。策を練るときは相手を買い被るくらいじゃないと痛い目見ますから。
それで、もし『編綴コード』がそれだけのものだったとして、ノアさんはどうするんですか?」
「『編綴コード』が障害として存在しているなら、除去するしか道はないな」
「除去っていうか、『編綴コード』ってノアくんや劉さんと同等の力なんですよね?同じように考えればそれも人間の持つ能力ってことになりますけど、その場合は……?」
「方法がないなら、殺すことになる」
未良は息を呑む。それを敢えて口にするのは、2人とも、そこまでの決意を固めるのは生まれて初めてだったからだ。
「そう言うと思いました」
ノアの言葉を聞いて、陸朗は自信満々で笑みを浮かべてみせる。
「そこで、なんだけど――僕、その『編綴コード』の在処、知ってますよ」
「何……!?」
「自分で言ってたでしょ。僕が劉さんに従ってるのは、確かに『フレイム』の影響だったんだろう。でも、僕の中にはその過去がない。劉さんに貢献するため色々と話を聞かされて以降、僕は僕自身の過去とそれらの話を初めて照合することができるようになったんだ」
その場にいる全員が絶句していた。そもそも敵か味方かも分からない男の口から、劉にも掴みきれていないという「編綴コード」の情報をその手先が知っていると聞かされても、信じられる要素があまりに欠如している。
しかし、納得する部分もある。劉の息が掛かっているとは言うが、やはり目の前の男は「柏葉陸朗」なのだ。彼が大勢に影響を与えるような情報を本当に握っていたとして、自分を主体にして駆け引きするような強気な人間ではなかった。ここまでの態度もこの情報ありきであって、「メフィスト」の中で最も純粋に違いない彼なりの言い分に違いない。
「劉や『ABY』と関わる前に、お前は何かの情報を掴んでたって言いたいのか?」
「そうですよ。しかも、未良ちゃんには話してんだよ、確かサークルの歓迎会のとき」
「……ああー!『死の世界を見た』って、あの怪談ですか!?」
未良が目を見開かせる。参加していたはずのノアに覚えがないところを考えると、乙丸と連絡を取る際に退席しているときのことだろうか。
「そう。そして肝なのがその場所――」
「青蓮ミライパーク」跡地。嶺二との通話を終え、3人はその日のうちに侵入した。
かつて未良の父・牙隈兆史が殺害された事件の起きたそのテーマパークは「青蓮グループ」が所有しており、「メディア・ハザード」の荒波に飲み込まれた。グループとしてレジャー施設事業から撤退する判断そのものが誤っているとは言えないだろうが、ミライパークが独立して経営を続けるという筋書きに進まなかったことは多くの人々の疑問を呼んだ。
多額の解体費用を負担しそれを物流倉庫に作り替えたのが、「アビー・シーカーズ」の協賛企業グループだった。その規模を鑑みると、当然シーカーズの中でも一定の権力を有していると予想される。
ここに存在しているということ自体が、徐羅寧にそれを「編綴コード」と呼ばせた最大の理由なのだろう。
「そんな凄いものがある割には、夜勤の作業員ってことであっさり忍びこめちゃいましたね……」
「『編綴コード』が末端の人間に知れ渡っているはずがないから、それは根拠にならないな。
ところで、今更なんだが……。陸朗は本当に良いのか?まだ劉に従ってる状態なんだろ?」
「あの人、そんなに甘くないですよ。アンタの嘘で記憶が戻った時点で、心からの信頼なんてまず得られない。大体ここに侵入したとして、厳密には劉さんを裏切ったことにはなりません。それに――」
陸朗は未良の方へ目を向ける。
「自分のこと、ノアさんはよく知りましたよね。色んなシガラミを感じながら生きてきて、その波には逆らわず生きてくってのが俺の鉄則だった。あの劇に出て、それから記憶が戻ったときに……なんか肩の荷が降りた感覚なんです。
まあ『改心』にしたって、感化されて物真似から始めるところが相変わらずの俺って感じですけど」
「……そうか」
ノアは微笑んだ。
3人は息を潜めて、目的地である建屋の勝手口へと到着する。
「それで、お前が遭遇したというその怪談話も、同じ状況で起きたんだったよな?」
「はい。サークルに入る前のことです。短期のアルバイトで、本当にここで働いてたことがあるんです。
でも、ただの作業員です。この2つの建屋は事務員が使っているもので、基本的に近づきもしない場所でした。
その日も夜勤だったんですが、偶々第1棟におつかいを頼まれました。それで、このエリアに慣れてない僕は、間違えて第2棟に入っちゃったんです。でも、扉を開けたら真っ暗!灯りが点いていなかったので、すぐに間違いに気づきました……。暗闇に少し不気味な感じはしたんですが、特に気に留めず引き返して第1棟へ向かいました。
でも第1棟での用事を終えて引き返すとき、気付いたんです。『やっぱり、第2棟も点灯しているじゃないか』って。窓が点いているので、外から確認できるんですよ。夜だから消灯したというなら、改めて灯りを点けることもない。間違いなく、僕が開けた扉の先だけが真っ暗だったんです。
2度目は怖くて試してみることはできませんでした。あの瞬間、もしかしたら僕は真っ暗な死の世界を覗いちゃったんじゃないかと思って、怖くなったんです。それで後に調べてみたら、そこは青蓮ミライパークの跡地でした。まだ記憶にも新しい殺人事件のあったあの場所には、未だ何かが取り憑いているのでは――と、これが怪談の内容です」
陸朗は本番さながらに話すが、ノアは勿論、未良までも不満そうに首を傾げて聞いていた。
「……これ、本当は見間違いだったりしません?正直、私の感想は最初に聞いた時のままですよ。ミライパークの事件を知ってるってところもありますけど」
「ごめんよ未良ちゃん!あの時はまさか君にそんな事情があったとは知らず、こんな話を披露しちゃって」
「昔の事件のことはひとまず関係ない。話を間に受けてみれば、そこに本来存在している建屋と、侵入可能な建屋が別空間であるかのように異なっているってことだ。異なっているのが流れている時間で、灯りの点いていて視認できる建屋の方は“不変”で、こちらから影響を与えることができない――そう考えたら、まさに『編綴コード』そのものだ」
「まあ、問題は僕達も同じく本来の建屋に侵入できないってことですね。窓を割ったらどうなるかも試したいところですけど、流石にバレるだろうし。見つからないうちに、方法を見つけ出さないと」
「いや、そもそも開けてみないことにはな。お前の話の信憑性も検証しないといけない」
「あっ!じゃあ、私やっても良いですか?」
未良が返答を聞くよりも前に、ドアノブへと手を掛けた。
「疑ってる割に、楽しんでるじゃんか」
「あはは、こういうの好きな女子なんで。じゃあ、行きますよ――」
未良がゆっくりと扉を開ける。
すると、外から見るのと同様の点灯した廊下が目に映った。
「あーあ。やっぱり出鱈目じゃないですか陸朗さん」
未良は中の人間に気付かれないよう、すぐ扉を戻した。
「いや、そんなはずないんだけど……」
――違う。
強烈な違和感は動悸となって、ノアへ何かを訴えかけているのが分かった。
「貸せ」
ノアは未良を押し退けるように扉の前に立ち、自らの手で扉を開ける。
「まさか――」
確かに消灯している。人為的に点灯した可能性もあった怪談の隙すらも否定して、紛れもない異常が目の前で顕現していた。
「嘘、本当に死の世界だ!」
「馬鹿、だから『編綴コード』なんだよ!やっぱ能力者のノアさんが開けたから――って、あれ?」
「『編綴コード』には俺の嘘が効いていない。俺はお前と同じく、むしろ弾かれたってことになるな」
「でも、どうして……」
ノアは、頭にある可能性を第三者へ伝える余裕をすでに失っていた。
「未良の開けた方を行こう」
その一言で、未良や陸朗にも緊張が走る。
未良の手によって開かれた点灯する廊下へ、3人は無言で侵入した。
「この場が秘匿された区域であること」を前提とした時、その場所を探り当てることは容易だった。
廊下から内部が覗けるように見えるならば、重要な場所は自ずとその死角に位置する。案の定、中央の不自然な位置に下り階段があり、3人は分散せずに地下へと降った。
扉を開けてすぐの部屋は単なる書庫のようだったが、古びていた1階から一転し新築のような内装へと変わったことから、その不審さは窺い知るものがある。
「これ、『ABY』の登記書類もありますよ。やっぱり、ここの“不変”で組織を防衛してたんだ……!」
ノアは、そんな陸朗の言葉を聞き流していた。
頭にあったのは“疑問”ではなく、むしろその“解”のみだった。
『あ、私は疑わなくてもいいんですか?』
『まあ、確かにそれもそうなんだが……』
それは確か、劉が「フレイム」の殺害ショーを見せつけた際に、誰が翻意したのか検討していたときのことだ。
その時には既に、ノアすらも常として存在していた“疑問”から目を逸らしていた――「牙隈未良が今日までノアへの協力を続けていること」、それ自体に。
『ああ、彼なら劉くんが対処したよ?』
ノア自身が劉に協力している世界へ迷い込んだ際。命を狙ってきた龍生を劉が止めた、と寧に伝えられた。
ノアの嘘で場所を特定するならまだしも、劉にはそれほどの短時間で龍生を発見する術はなかった。にもかかわらずそれが可能だったのは、徐羅寧が龍生の標的を把握していたからだろう。
ノアを勧誘したい彼らが、あらゆる味方を失っていたノアにたった1人を残したという事実は、果たして彼らの演出に過ぎないのだろうか?
「あ、まだ奥の部屋があるみたいです――」
“当人”の声は、それから奥へと離れていく。
「待て!」
ノアはすぐに後を追う。
最初に目に入ったのは、またしても気配を一転させた周囲の光景だった。
それは「ABY」の施設と呼ぶにも程遠く感じられる、言わば仏殿だった。
展示されているのはたった1つ。それを壁に描かれた光背のような紋様、そして支えている蓮台が淡く光って照らしている。
「『編綴コード』の正体が人間だった場合は殺す」。そんな決意があらゆる意味で無駄であったことを、その瞬間に確信した。
乾燥こそしているが、状態は極めて良い。かつて徐羅一判として見た姿の面影を残しているそれに、見間違いはない。
「お姉ちゃん」
未良が呟く。
そこに飾られているのは、牙隈岼果の屍。「編綴コード」の正体だ。
次回から新章です!




