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VGOO(ボーゴ)〜嘘の導く並行世界渡航〜  作者: 喫痄
“情報屋”サークル編
34/59

#13 回帰するもの

【前回までのあらすじ】

覚えのない過去改変の感覚に襲われて「サク」アジトへ引き返したノアは、乙丸の死体とその犯人となった龍生に遭遇する。同じくノアの命を狙って来た龍生から逃げて行き着いた“情報屋”サークル「メフィスト」のアジトでは、メンバーである真琴や陸朗も殺害されていた。再びアジトに戻って活動誌の記録を振り返ったノアは、「サク」が対立していたはずの涼霜劉に対し、改変後の世界では自分が協力している状況だということに気付く。

 血の匂いはノアに多少なりの焦燥感を募らせていたが、ノアは死んだ乙丸(おとまる)の横で「サク」のパソコンと向かい合っている。

 今は間違いなく非常事態に当たるが、「サク」のアカウントを動かすのはこの“般若街”のアジトでのみ。それはバタフライ効果の振幅を抑えるために自らへ課した絶対のルールであり、いかなる事情があっても覆してはならない。


「随分薄情なのね」


 背後の声が実際に耳へ届くまで、ノアはその存在に気が付かなかった。


「……(やお)()(ねい)


 ノアは振り返って、彼女の無意味に浮かべている笑顔を睨み付ける。

 前提として、重要度が高いこの「サク」アジトの防犯は徹底されており、部外者が容易に入ることはできない。

 先ほど乗り込んできた(たつ)()が犯行を完遂したことには彼なりの準備があったのだと納得できるが、寧の場合その原因は異なるだろう。

 つまるところ、今の彼女は“部外者”ではないのだ。


「その子、お友達じゃないの?そんな惨い姿で放っておくなんて可哀想よ」


「黙れ。今のタイミングでここに現れたってことは、少しくらい事情は分かってるんだろ?

 ……それとも、お前は過去改変の影響を受けていないのか?」


「いいえ。私は君が涼霜(すずしも)(りゅう)くんと再会して以来、君のことをずっと協力者だと思っている。その劉くんから『この記憶が今し方歪められたものだ』という話を聞かされてね」


「再会してから、か」


 ノアは劉の実物と初めて相対した時のことを思い出す。


 『俺の駒にならないか?』


 『“預言者”とは“神”ありきの存在だ。俺の遺志を継いできたと言うなら、俺の為すことの正当性が分かるはずだ』

 

 劉は確かにあのとき、ノアに味方になることを打診していた。この世界において“ノアの過去”は、その提案を受け入れたということらしい。


「ここの“活動誌”、確認したが俺の知るものと基本的には同じだ」


 ノアはパソコンへ目をやりつつ言った。


「『メフィスト』も『STList(ストリスト)』も存在していて、表向きの活動内容にも変化は見られない。違うのはその背景だけだ」


 それは不幸中の幸いに違いないが、全く偶然の産物というわけでもない。

 今回の世界がノアの扱う過去改変と同様の現象ならば、起きる改変とは当然嘘を通じて世界を誤認した“対象”にとって矛盾のない程度に抑えられる。

 最低限世間の動向を知っている人間であり、内情までは詳しくない一般人が対象だとすれば、この状況は妥当なものだ。


「劉から聞かされてるんだろ?“前回”とは結局何が違うんだ?」


「『STList』は日本進出に当たって、『アビー・シーカーズ』の協賛を受けている……そこの違いかな?『サク』を諦めた貴方は『メフィスト』をその対抗馬として生み出し、『STList』と共に敗北させることで体良く『サク』をフェードアウトさせようとしている。それが“今”までの流れ」


「シーカーズの真相すら知らない世間からすれば、『メフィスト』を『ABY(アビー)』の味方とする認識にも無理はない、ということか」


 ノアが顔を顰めるのを見て、寧はわざとらしく嘆息してみせる。


「それで、どう?今の状態を受け入れる――なんて考えにはならない?」


「死体と居合わせてる状況でよく言う。大体、俺だってまだ龍生から命を狙われている身だ」


 すると、寧はくすりと笑う。


「ああ、彼なら劉くんが対処したよ?」


「何……?」


「というか、その報告に来たんだもの。もう君の命を狙う人間はいない。もしまた誰か現れても、劉くんが『フレイム』でそれを取り除く。

 分かるでしょう?こっち側にいれば、君だって自分の思い通りに世界を動かすことができる」


「……あり得ないな」


 ノアは首を横に振る。


「そんなことよりも、あまりに一方的なんだな」


「どういう意味?」


「記録によれば、この世界だとお前はわざわざ俺の家に待ち伏せていないらしい。しかし俺自身はそのとき、確かにお前から聞いているんだよ。この世界の“ルール”ってやつは俺の横暴を許しはしない、と。

 まあここまでバタフライ効果が拗れた今、流石にその意味するところも思い知ったんだが」


 ノアはそこまで言うと座ったまま前屈みになって、寧の方を見上げた。


「それが『編綴(へんてつ)コード』、なのか?俺の過去改変は自由が効かない上にリスクもあるが、お前達の『フレイム』なら都合の良い過去が許される――そんな一方的な状況が作り出されている理由のことだ」


 寧特有の目を細めて口角を吊り上げた表情は、そのまま数秒間静止する。


「敵として会っているのに、私はそんなことも話したの?」


 寧は変わらない態度で一旦口を閉ざす。そのすぐ後に、今度はわざとらしく眉を寄せて思案しつつも再び切り出した。


「まあでも、それで“筋を通した”ってことかもね。

 そうだな……。“船”、といえば心当たりはある?」


 寧が少し困った顔で言うのは、それが彼女自身の言葉遣いではなかったからだろう。

 そのことを察知したノアには、当然その意味するところが理解できていた。

 全てはノアが能力に目覚めた8年前に遡る。“船”とは、当時ノアや劉が図書館で発見した、旧約聖書の改竄資料に記されている文言のことだ。

 

「船は全部で4隻あって、今の私達はこのうちの3隻を手にしている。2つは貴方と劉くんで、残りのひとつこそ、その『編綴コード』。昔は別のものに同じ名が当てられていたんだけど、今のものも役割が同じということで、私がそれに引き継いで命名した。当たっているから、ここまでは認めてあげる」


「何が筋を通しただ、そうやって分かるように教えもしないで……」


 寧のような掴み所のない相手に対しては極力拒絶するのが最善策だが、それを見越してか彼女は積極的に干渉してくるだけでなく、こちらが確実に興味を惹く内容を提示してくる。ノアは脳裏に弟・(かる)()との問答が過ぎると同時に、彼女がその駆真すら執着させている理由が分かった気がした。


「――まあ、何でもいい。どのみち、そのうちの1隻は今消える」


「……そう、やっぱりダメか。私としては最近味方になったばかりと思ってるから、ちょっと残念だけど」


 寧は微笑を崩さなかったが、僅かに眉を曇らせる。それも含めて彼女の策略という可能性もあったが、その変化だけは存外に自然な感情の発露だと感じられた。


「ときに君はあの日、本当は劉くんの提案を蹴っているんでしょう?何がそうさせたのか、思い当たる節はある?」


「あるが、お前に言う義理はない」


 ノアは目を逸らして、そのまま活動誌の映ったパソコンの方へ体の向きを戻す。

 そのまま、ノアは「サク」のアカウントで「ABY」を起動した。


「そして、それは今回起こった“バタフライ効果”、直接の要因ではない。俺がそんなことを言ったことはないからな。今回の予期せぬ過去改変とて、一応は俺の失言がきっかけだ。俺自身がその間違いを自分で理解していなかったことにある」


「一応、ね。さすが、もう全部分かったんだ」


 寧はノアの腰掛けたオフィスチェアに近づいて来たようだが、ノアは反応しない。


「予測だけだ。確認を取る必要はある」


 ノアは寧を背に向けたまま、“誤解”の核心となった人物に電話を掛ける。


「あ、もしもしノアくん!大丈夫なんですか!?」


 未良(みら)はそわそわとした様子で即座に応答した。


「まあ、なんとかな。それより、少し質問したいことがあるんだ」


「質問、ですか?」


「ああ、少し嫌な質問かもしれないが――聞きたいのは、『ミライパーク事件』のことについてだ」


「の、ノアくん……。どうしてそのことを?」


 直後、未良の声の調子はわずかに緊張を帯びる。


「まあ、少しな。それよりも、“お前自身が何を知っているか”、興味があるのはそこだ。あの事件、お前は犯人が誰か知っているか?」


「え?えっと――まあ、名前だけなら」


「そうか。それはジャレッド・ローチという名前ではないんだな?」


「はい。誰ですかそれ?ローチって、『STList』のアイラン・ローチさんと同じですけど」


「分かった、もう十分だ」


「あっ、ちょっと!」


 確信を得ると未良との通話は早々に打ち切って、ノアは「ABY」への投稿の準備をする。


「……今の、何か関係があった?」


 寧が後ろから話しかけてくる。


「当然。俺は未良がアイランと話した映像を見て、あいつがジャレッド・ローチのことを何も知らないんだろうと思い込んでいた。

 俺の――“推察”だと、未良は幼少期に遭遇した『ミライパーク事件』について、その真相を家族から伏せられたままだったからな」


 ノアには徐羅一判(いちばん)が能力者になった1週間の記憶を所持していて、未良の父・(きざ)()が殺害された「ミライパーク事件」はそのときに関わったものだ。当時の未良の状況を踏まえて立てていた予想だったが、同じくそれに関与していた寧の前でこのことを察知されてはいけない。


「元の世界において『ミライパーク事件』の実行犯はアイランの弟、ジャレッドだ。父を殺した男の兄を前にして、未良はそれを知っていながら感情を抑えていた。あいつはあれでいて思慮深いところもある。

 そして、結果としてなぜ今回のような改変をもたらしたか――その鍵になったのも同じ場面、『メフィスト』の3人と未良がアイラン・ローチと顔合わせをしたときのことだ。俺はあの時の会話を自分の言葉で『事実だ』と認めてしまった。それが“嘘”になった」


 ノアは、自分が聞かされている会話記録の詳細を寧へ語る。


 『アイランさんは、日本好きなんですか?』

 

 『ああ、勿論大好きだよ!特に弟が好きだったんでね、私も影響されたよ』


「考えてみれば自然なことだ。ジャレッド・ローチはこの日本で殺人犯になった。ジャレッドがどのような経緯で人殺しの道を選んだかは知らないが、少なくとも日本は“ジャレッドを殺人犯にさせた国”、アイランの目にはそのように映っているだろう。

 『STList』開発者アイラン・ローチ、奴は弟を貶めた日本を恨んでいる。その執着があるからこそ『STList』を日本で『ABY』の敵として捩じ込もうとするんだ。

 シーカーズと共に『ABY』が経済を掌握しているこの国で、特別な事情もない冷静な経営者ならば『ABY』の枠組みに取りいるのが常道だ、たった今の世界みたくな」


 ノアが今回「サク」として作成した文面はシンプルなものだ。

 『新SNS・STListに疑問符 開発者アイラン・ローチは反日だった』

 この嘘は「サク」との対立が明確な「STList」に関連するものであり、客観視すると戦略的な意図が透けて見える。具体性に欠けていて、普段と比較すると信用もされづらいだろう。

 しかし、今は発生している大幅な改変の余波に対し、きっかけに当たる箇所をあくまで“訂正”したい状況だ。あえて余計な脚色を盛り込まず、できるだけ改変の規模を最小限にしたいという思惑がある。

 

「……さて、これで投稿の準備は整った。次の定時で過去改変が起きれば、基本的にはひとつ前の世界へと修正されるはず」


「――そう。じゃあ残念だけど、私は帰るね」


「何?……本当にいいのか?」


 突然踵を返す寧を、ノアは振り返って呼び止める。


「ここに残るかSNSを見続けるかで『ABY』の嘘を目撃していれば、お前は過去改変の対象外になる。お前には意識や記憶を維持する選択肢があるということだ」


「ふーん。君はそうした方がいいと思うの?」


「自分の知っている過去が全く別のものになってしまう混乱というのは、どれだけ経験しても慣れるようなものじゃない。そもそも俺自身に都合がいいというのもあるが、それを抜きにしても改変には巻き込まれていた方が楽だと思う」


「じゃあそれでいいじゃない?」


「人からアンタがどんな人間かというのは聞かされている。好奇心、探究心の強いのなら、意識を保ちたいんじゃないかと思ったんだ。俺にそれを止める力はない」


「そうだな……。簡単に言うと、私は私の知りたいことしか知りたくない。

 あと、重要なのは探求する過程じゃなくて、知っているという状態、結果の方だから。行った先の世界では、私の知らないことが増えるでしょう?それは嫌。

 私のことを言ったのは、もしかして駆真?」


「ああ」


「困った弟だよ、本当に。アレが言うほど私は節操無しに知識を欲したりしないし、本当はむしろその逆。

 『無知の知』なんて言葉もあるけどね、知りたがりだからこそ私は知識を探究する虚しさを誰より理解してるつもりだから」


 寧は話しながら背を向けて出口の方へ歩く。


「それじゃあ、バイバイ。次会う時は敵同士……ってやつ?まあとりあえず、“別の私”をよろしくね」


「敵じゃない。次に会う時なら、もう決着は付いてるよ」


「あら、そう?じゃあ、残念がる必要もなかったかな」


 ――減らず口を。

 そう口にしようとした時、すでに寧はその場から消えていた。

 

 そしてまもなく、「サク」の投稿は放たれる。それから1分もすると、強烈な目眩にも感じられる歪みが視界を覆った。

 感知した瞬間から蓄積されるのが五感だが、そのまま新たなものへ全てが塗り変わっていく感覚は、人ひとりの脳に対して情報量があまりにも多い。

 一度五感は全てを意識の外へ追いやって、ノアはその長すぎる一瞬を耐えることに努める。



「おい、ノア?大丈夫?」


 実時間にして、数秒も経っていない。

 ノアの意識を引き戻したのは聞き馴染みのある声と、自分の肩を叩いてくる人の手の感覚だった。


「乙丸……」


 見上げてその顔を確認したノアは、安堵のままに呟いた。

 肩から乙丸の体温を感じる。ベッドの方へ目線をやっても、そこにあった屍や血痕は跡形もなく消えている。

 どうやら、過去の修正はひとまずの成功を見たようだ。


「何?なんか顔キモいよ?」


「……気のせいだろ」


「いやいや、見たことないような気の抜けた顔してたよ。

 ああ、もしかして結構気にしてる?未良ちゃんのこと」


「そうでもない……」


 そう言ってノアは肩を落とした。

 ――()()()()()()()()()()()

 ノアは自身で見立てた通り、先ほどの投稿が自体をことごとくやり直させたことを実感した。


「まあいいや。そんなことより、どうするんだよこれ。大ニュースだけど」


 当然、パソコンに表示されていた画面も変わっている。

 それは「ABY」ではあったが、投稿を行った「サク」のアカウントページからはすでに遷移している。

 「ABY」を席巻していたのは、このSNS上で最も信用できるアカウント、CEOセス・ブラックハウの投稿だった。


「来日、だと?」


「うん。『メフィスト』効果なのかな?『メフィスト』のバックがあくまでアメリカ国内の『STList』なことを考えると少し変だけど」


 ノアはすぐに表情を消す。椅子へもたれて、その画面を睨みながら口を開いた。


「……なるほど、遂に動き出したか」


「動き出したって、まさか?」


「ああ、この来日は劉の仕業だろう。恐らく俺の選択を受けて、すぐに行動へ移してきた――あいつらしく堂々と、わざと俺たちに理解できる形で」


「来日予定自体は事前に組まれていたって話だ。これが『フレイム』によって作られた状況だと?」

 

「『フレイム』は改変対象がその環境に溶け込めるように周囲の人間の記憶操作を同時に行う。つまり『ABY』CEOなんて世界中に影響力を持つ人間の過去を弄って『ABY』の経営判断を操作するとなれば、少なからず関連しているSNSユーザー全ての記憶にアクセスできる。誰も気付くことはできないだろう」


 ここまでの時間差を考えると、劉もノアの選択肢を前もって予測できていたはずだ。おそらくは劉にとっても、ここからが本命の計画になる。ノアを利用して無の過去を手に入れた、その“続き”だ。

 

「狙いなら大体の想像は付く。スパイを絡めて『メフィスト』を排除し、ポストメディア獲得戦略の要・“取材部”の本格展開を行うつもりだろう」


「で、何か作戦はあるの?」


「ああ。劉はその猶予を奪うために先手を打ったんだろうが、そんなことは織り込み済みだ。

 奴同様俺も、むしろこの時のために常々準備を進めてきた。」


 ノアは事前に用意していた文面の下書きを「サク」の投稿立画面に表示させる。


「これは……本気か?」


「ああ」


 ノアは投稿の予約を済ませるとすぐに立ちち上がった。

 今回に関して、この場に残している用はない。

 用があるのは、もうひとつのアジトの方だ。


「オープンキャンパスだ。“演劇”サークル『メフィスト』の発表する今度の朗読劇は、“情報屋”サークル『メフィスト』の存亡だけじゃない……『メディア・ハザード』の、そしてアメリカの情勢をも左右するものになる」

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