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VGOO(ボーゴ)〜嘘の導く並行世界渡航〜  作者: 喫痄
“情報屋”サークル編
32/59

#11 死(後)

 直後、サークルでの活動を終えた未良(みら)、待機している乙丸(おとまる)の3人で“般若街(はんにゃがい)”に集合する。

 ノアは早速一連の出来事を報告した。

 

「なるほど、改変に対する『嘘だ』という発言はそれに該当しないってルールだね。(やお)()(ねい)へ情報が行くことを避けつつ、強引に徐羅一判(いちばん)が嘘を信じたかどうかを確認したと」


「それにしても、例の時代の時の担任の先生と会うなんて。それも涼霜(すずしも)(りゅう)さんの協力者の夫だなんて」


「まあそれで偶然、と素直に思わないのがノアだよね」


「まあな。ただ、とりあえずは嘘がどうなったかの確認だ。そっちで何があったか見せてもらえるか?アイラン・ローチを呼び出して以降のところだ」


「ああ、分かった」


 乙丸が映像と音声の準備をする一方で、未良はノアの方を少し睨んでいるようだった。どうやら彼女も、“それ以前のこと”について少しは理解が及んでいるらしい。


 そして間もなく、サークルと「STList(ストリスト)」開発者のアイラン・ローチとの会話の様子が流れ始める。


『――そうなんだ。普段は、どうやって“情報屋”を?」


『各々がキャンパスで受け持ちの人脈を持ってて、そこから情報収集してます。あとは表向きの活動として演劇サークルをやっていて。そこで結果を出せば、もっと沢山の情報が回るようになるかと』

 

『へえ、演劇を?そっちの方も興味があるね』


『そうですかね?』


 真琴は随分と年齢の離れた相手ながら、不遜な態度を変えずに口を開く。


『ここにいる全員所詮学生ですから、アンタみたいな外野に見せられるものないですよ、目に毒でしょ』


『そうでもないっしょ!俺たち、1人はプロフェッショナルを抱えてるし』


『ちょっと、陸朗さん』


 アイランはそれを聞き逃さず、首を傾げる。


『失礼、プロフェッショナルというのは?』


『ああ、私は芸能事務所に入ってお仕事で演技をやる立場でもあるので。まだ駆け出しも駆け出しですけど』


『そうなんだ!日本で芝居というと、ジダイゲキ?いや、カブキか!」


『いや、まだ時代劇の方が出られるかと……』


『アイランさんは、日本好きなんですか?』

 

『ああ、勿論大好きだよ!特に弟が好きだったんでね、私も影響されたよ』


 ノアは映像を確認しつつ未良の方へ目をやったが、彼女の表情に変化はない。

 彼の弟であるジャレッド・ローチは未良の父である牙隈(きばくま)(きざ)()を殺害した実行犯だった筈だが、未良はいまだにその真相を聞かされていないらしかった。


『ふーん。じゃあ、アニメとかは観ます?』


『ああ、若い頃はよく見てたよ』


『昔のアニメでも、()(しろ)は話せるんじゃないの?アンタ、見て来た感じそういう偏屈なタイプのオタクっぽい』


 (たつ)()は話を振られて少し驚いたような顔を見せて、やがて苦笑いを浮かべた。


『偏見が凄いけど。まあ、否定はしない』


『というか、未良ちゃんもだよね?声優事務所受かったって話でしょ?』


『え?まあ、はい』


『へえ、じゃあ続けたらアニメに出ていた可能性もあるのか!凄い、将来有望な子なんだね。

 君とだけは2回目の顔合わせなのに、前回ももっと話しておけば良かったよ』


 それからも似たような話が続いて、映像は終わる。


「なるほど」


 2人をよそに考え込んで、ノアは俯いた。


「なんか、本当にトークしたってだけですよね。ごめんなさい……」


「この前のアイラン・ローチはこちらへの警戒が強いって話だったけど。今回の彼に関してはどう思った?」


「確かに前回よりはずっと自己開示をした印象だな。『STList』の発表以降『サク』には関連するタレコミが大量に入って来ているんだが、その情報筋とで矛盾もなく、嘘は吐いていない。前回俺が色々と気を回していたのが勘付かれていたのかもしれないな」


「結局、今のでスパイが陸朗さんだとは確信できましたか?」


「……いや。そこまで決定的な言動はなかったと思う。劉のスパイとなれば、間違いなくここで動くはずなんだが」


「そもそも、今日はどういう計画で動いてたんですか?嘘を駆真さんに言うつもりだったってことでしたけど」


「スパイを直接指定する嘘を真琴の前で吐くのは危ない。この前の話で真琴が他の2人と結託した可能性は消せたが、あいつ自身が単独のスパイだった可能性が消えていないからだ。それで、あの3人以外で程よく関係者や“情報屋”業界との接点がある人間を探していた。そういう訳で渥美駆真に行き着いたんだが、知っての通り奴ははあんな人間だから、騙すのは一苦労だ。それゆえに色々と段階を踏んだ」


「段階と言うと……」


「真琴と付き合うこと、それ自体だ」


「渥美駆真を納得させるには証拠の量や質が必要ってことだね。それを調達するには、ノア流の“嘘の上塗り”をしないといけない。そうなれば、“サークル内の恋人”を用意するのが手っ取り早い」


「ああ。とはいえ、真琴に関してはどのみち巻き込む順番が前後しただけだ。これまで吐いた嘘によって、今は陸朗をスパイを特定、真琴との会話を通して彼の過去を自由にねじ曲げられる。

 これらが組み合わさって現状はベストのものとなった。二重スパイとして陸朗を翻意させることだって意のままだ」


「あの、その計画もいいんですけど……」


 今日、ノアの“計画”といえばこれが全てだ。ただ、質問をした未良の方はそれを聞いても釈然としていない。


「何だ?」


「何って、最初の指示してきた件ですよ!劉さんのことで大袈裟に嘘をついて、3人の反応を見極めるってやつ!」


「……ああ、それか」


 ノアは未良から目を逸らす。


「聞くが、何か分かったのか?」


「いや、ごめんなさい。私じゃ何も……。

 でもノアくん、あれ自体に意味はなかったってヤツですよね。いつも通り、私を上手いように利用しちゃって!」


 未良は困り顔ながら、笑ってノアの腕を小突く。

 茶化してくる未良に対して、ノアの反応が希薄であることは珍しくない。しかし、未良もノアの雰囲気を感じ取ったようで、すぐに手を止めた。


「確かにそうだ。俺はお前に『メフィスト』の敵として涼霜劉のを紹介させた、しかしそれで結果でないのも想定内で、俺にとってお前の行動に意味はなかった。ただ、お前自身にとっては意味があったと思うんだが」


「私に?」


「ああ――」


 ノアは意を決した。未良の方をしっかりと見据えて宣言する。


「――歴然たる事実として、お前は俺の役に立ってはいない」



 その場が凍りつく。

 未良の返答はなかった。ただ、せせこましい“般若街”のアジトで触れられるほど近くで話していたところを、一歩だけ後ろへ退く。


「お前の目的は何だ?女優として一人前になることか?あるいは姉の体を治してやることか?いずれにしても、俺と関わることで俺は一助も提供するつもりはない。これはお前が俺に協力すると言い出した日、最初に言った通りだな?」


 ノアは淡々と続ける。


「まず前提として、『サク』がこの体制になった契機はお前を能力で追い出せなかったことにある。そしてお前が自分で言うように、俺がお前の“力を借りた”ことはない。確かに指示をして動かしたということはあった。しかしそれは乙丸と違って、お前の何かしらの能力を買ってのことではない。お前を動かした上で、その状況を俺が利用しただけだ。もしお前がいなかったら、別の手段を講じただろう。

 俺が思うに、今のお前は俺と会ったことで“『サク』の動きに携わっている”という幻想に甘えているんだろう」


「違います……」


 未良が呟くが、ノアは一方的に告げる。


「自分のために何が大事なのか考えて、自分で身の振り方を決めろ。

 ……と、これを言わずとも自分自身で感じて欲しかったんだが」


「違う!」


 未良は叫んだ。見たことのない、血走ったような目で虚空を眺めている。


「違います!私がここにいるのは――」


「“俺はお前の為に生きるのではないし、お前も俺の為に生きるのではない”……この意味が分かるか?」


 ノアがそう言うと、未良の表情が一瞬だけ冷静さを取り戻す。

 ただそれで何か返事をすることもなく、彼女は足早にアジトを飛び出して行った。


「あーあ。未良ちゃん、もう『メフィスト』に来ないかもよ。朗読劇はどうすんの?」


 乙丸は呆れたような視線でノアの方に目線だけを向けてくる。


「未良が辞退するなら欠員はもう1人客演を呼ぶか、夏海あたりに頼むかだな。『メフィスト』の“情報屋”としての活動は演劇の練習と分けられている。ただ演劇の頭数を補充するだけなら、手段はいくらでもある」

 

「それはまあ、確かに……。でも、あんな言い方することないと思うよ」


「俺のやり方は、間違っていたと思うか?」


「……どうだろう、でも少し唐突だったかな。別に、未良ちゃんの動きがノアにとって邪魔だった訳でもない。ノアもなんだかんだで甘かったから、そうでなければ何か言われることはないって未良ちゃんも高を括っていたと思う」


「ああ、それも確かだが……。俺の言葉、伝え方のことだ。俺の考えは、未良に伝わったと思うか?」


「それは分からないな、ノアは素直じゃないから。ちゃんと言葉にしていれば、未良ちゃんも理解できないほどバカじゃないはずだよ。そんなに心配なら、あの子、俺の方で慰めておいても――」


「必要ない」


 そこでノアは即答し、乙丸に向けて身を乗り出した。


「乙丸、お前もそうだ。お前は俺の指示した通りに動けばいい。お前の力そのものは買っているが、その力も俺が仕込んだものだ。くれぐれも余計なことはするな」


「ノア、お前……」


 乙丸は少し驚いた表情を見せて、目を合わせたまま数秒の沈黙があった。


「今日はどうしたの?機嫌でも悪い?」


「――ああ。少しな」


 そこでノアは乙丸から目を切り、アジトを後にしようとそのまま彼から背を向けた。


「……そっか。そう言えばノアにとって俺は、最近まで疎遠の同級生だったんだよな。ITに強い味方が欲しくて、『サク』で公表したから今の俺がある。そうでなければ卒業して忘れる程度の間柄だった」


「――ああ、その通りだ」


 ノアは乙丸の方に振り向かないまま、ゆっくりとその場から離れた。


 未良へ発した言葉は大部分が嘘ではない。

 彼女がノアの行動について来ることを今更否定するつもりはなかった。

 ただ、彼女が姉を、演技を愛していているということはノアにも理解できている。囀きりかへクラプロを辞めると言ったときには、彼女自身、自らの目標について認識をより明確なものへと改めたのだろう、と見ていて感じた。

 だからこそ、彼女の言動はそれを経た夢のある人間として歪に写った。これをノアの口から告げることでもなければ、今後の未良からは初めて会った頃のような、彼女なりの芯が失われていくような気がしたのだ。

 出会った当初から似た感覚はあったが、高千穂真琴による遠慮のない物言いがそれを思い出させた。そして、以前だったら面倒でぶつけてこなかったこの思いを吐き出そうと思わせたのは、ノア自身の心境の変化に他ならない。

 余計な世話を焼いたような形だが、ノアの言葉の真意は確かにそのようなものだ。

 そして、これで未良が傷付くということも“想定内”。それを指摘することが何より彼女の根幹を揺るがす言葉であるというのは、彼女が真琴のことを誰よりも苦手としている事実から分かる通りだ。

 

 そしてあの中で、ノアは一言だけ“嘘”に該当する文言を口にした。その結果が今。乙丸へは「少し」と答えたが、それこそが今のノアの気分を重苦しく陰鬱なものへと変えていた。

 


 異変が起きたのは、それから間もなくのことだ。

 それが五感を否応無しに刺激したのは、アジトを出て、自分の車を停めていた近くの駐車場に足を踏み入れたときだった。


「何だ……!?」


 ノアは呟いた。

 眼前の景色の微かな揺れ。

 また、その瞬間だけ重力が無くなったかのような浮揚感。

 あるいは平時意識していないような若干の気流の向きを、その突発的な変化によって自覚する感覚。

 これらは全てが非日常的である一方、ノアにとっては馴染み深いものでもある一連の体験だった。

 

 間違いなく、これは“過去改変”だ。ノアが普段人に対して嘘を吐いた後、あるいは「サク」としてフェイクニュースを投稿した直後にこういった感覚を味わう。

 しかし問題なのは、ここがそうした場面ではないということ。今は自動操作である「サク」の定時投稿の時刻でもない。

 ノアが何ひとつ言葉を発していないときに、それが起きた。


 ――何が起こった!?


 ノアはすぐに身を翻し、「サク」のアジトへ急ぐ。こういった時に価値を発揮するのが、あの場に置かれたパソコンのみに保存されている活動誌だ。

 ひとまず現在の歴史がどうなっているのか。過去改変によって何が書き換えられたのか。それを確認せずにはいられない。

 過去改変に対する知覚とは地震のようなもので、強さは改変そのものの大きさ、そしてノアとの“身近さ”が関係する。「サク」の流布するような情報が小規模で、かつ能力者であるノア本人にとって影響が小さいと、気付かないことも珍しくない。

 すなわち今度の過去改変はノアにとって身近で、大きな影響があるものだということ。間違いなく非常事態だ。

 

 すぐにアジトのあるビルへと戻って階段を駆け上る。その間に、ノアはあれこれと考えを巡らせていた。

 ――先生がやったのか?

 直感的に、そんな発想に思い至った。劉の「フレイム」は、原則として個人の過去を書き換えるもの。発動される瞬間を体験したことはあるが、感じ取れる変化はノアの能力のような、世界全体の揺らぐようなものではなかった。ノアの嘘と同質の能力が、今この瞬間発動されたということに誤解はないだろう。

 しかし、そうだとすれば妙だ。能力に目覚めて以来、今回のような事態は初めてのこと。徐羅一判に過去改変能力が残っていたとして、ノアがそれを知覚できるのだとすれば、この8年間一判は一度も能力を使っていないということになる。

 この能力は、言葉による事実の偽りが全て現実になるという“呪い”でもある。ノアの感覚では、日常生活を送るには能力を発動させないことの方が難しい。些細なことから不用意で、誤った情報を人に伝えるというケースは往々にして存在するからだ。その上、基本的に自分以外の全員がその変化を自覚できない。自分に関わる影響が少ない場合ならば、逆説的に考えても能力の発動を意識的に回避する必要性は全くないということでもある。


 やがて辿り着いた、「サク」アジトの存在している3階の一室。

 

 嫌な予感はしていた。

 しかし実際に早足で部屋へ飛び込むまで、ノアにはそこに広がっている光景を想像する余地がなかった。

 なぜなら、涼霜劉という能力者を通して人の“死”には触れることはあっても、彼がノアに“死体”を見せることは無かったから。


 “それ”を見たことで、感情は混線する。ノア自身の脳ですら、処理できるのは感覚器から異常を発見するという本能的機能だけだった。

 入り口から部屋の全てを視認できる“般若街”の「サク」アジトにおいて、この状況を察知すること自体は極めて容易だ。

 最初に目が行ったのは、部屋中を不自然に飛び散った赤。その次に床を這う大量の鮮血へと視線は移る。そしてその出所――


 「乙丸」


 口だけが動く。

 目に飛び込んできたのは、胸にナイフを突き立てられて仮眠用のベッドに横たわった越智乙丸の姿だった。

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