#10 死(前)
大学のキャンパス内で涼霜劉による“公開殺人”を目撃したノアは、能力「フレイム」によって“情報屋”サークル『メフィスト』のメンバーのうち誰かが劉の麾下に加わったスパイになったと判断。
未良はノアにサークルの活動を任され、ノアの指示通り劉の写真を見せることでその正体を見極めようとしたが、成果は得られなかった。
その一方でノアは探偵兼“情報屋”の渥美駆真と喫茶店で対峙する。飄々とした態度でノアの状況を推理して言い当てていく駆真だったが、姉である徐羅寧の話題になると様子を変えた。そしてどういうわけかその話題に乗じて姿を現したのは、小学生時代のノアの担任教師、徐羅一判だった。
「あの、誰です?」
不躾に尋ねるのは横の渥美駆真。一判が寧と夫婦ならば彼は義理の弟に当たる筈だが、面識がないというのは姉弟の関係の歪さを物語っている。
「ああ、ごめん!話の邪魔をして。私は徐羅一判。小学校の教師をしているんだけど」
「徐羅、一判……」
駆真がその名を聞いて、ますます表情を険しくさせたのが見て取れた。
「君、やっぱり架殻木ノアさん……だよね?」
一判はノアの方へ目をやって言う。
「はい。お久しぶりです先生」
「おお、やっぱり!」
一判は目を見開いて満面の笑みを浮かべる。
「大人になったね……!なんだか見違えたよ。凛々しくなったというか、顔立ちは昔のままなんだけど」
「それはどうも……。すみません、当時は色々とご迷惑をおかけして」
ノアは軽く広角を上げて答える。幼少期の言動に触れられて面映い――胸中の“半分”を占めていた率直な気分を現実へと表出させていた。
もう半分は、当然この状況に対する分析。
――このタイミングで現れるのはおかしい。
ノアの能力が一判に移譲されたことで、ノアには彼の意識や人柄が理解できている。かつて自分の担任であった縁もあるので信用したい気持ちも自覚しているので、だからこそこの場では平時以上の客観視を意識していた。
ノアは今の一判を知らない。ただ唯一知っていることといえば――少なくとも本人が言うに――彼はあの徐羅寧の夫である。接触して問題がないとは言えない相手だ。
そして、隣の男がこの考えに至らない理由がない。
「で、何の用です?生徒と“義弟”に」
久闊を叙する2人に割って入る渥美駆真。ノアが一判という個人に対して色眼鏡で見てしまう一方で、彼にとっての一判は敵意の対象・寧と夫婦の契りを交わしている輩に過ぎない。
「というと、もしかして……君は駆真君?」
駆真の返事は沈黙だったが、一判はそれを気にも留めていない。物腰柔らかながらどこか多感な児童を相手にする図太さがあるのは、昔の一判の受け答えそのものだ。
「おお、そうか!妻から話は聞いていて、前から会いたいと思ってたんだよ!これは偶然、凄い場面に遭遇しちゃったね」
「偶然?そうっスかね」
駆真は気だるそうに頬杖を付いて、一判の方を見上げる。
「……え?」
「え?じゃない。アンタが意図的にこの場にいて、その上俺達の会話を把握しているってことだ。ここは喫茶店なわけだが、俺たちがこの場で情報漏洩を警戒しない訳もない。俺は入ってくる客も、そいつがどの席に座って何をするかも、俺は逐一確認してた」
駆真は後ろに体を捻って、一判がいたと思われるテーブルを指さす。2人が話していた席とある程度離れていた。
「アンタは俺の後ろの席、しかもこっちからは背を向けて座ってた。俺個人からの警戒度が最も薄いと思われる場所だな。こっちのノア君も賢いとは思うが、洞察眼なら俺に及ばない。それを知ってたんだろ?ま、そこの席を選んだからこそこっちはアンタに特別気を払ってたんだが」
「い、いやいや!待ってくれ!誤解しないでくれよ!」
一判はしおらしくなって、駆真の方を向き腰を低くした。
「本当に悪かった!確かに君の言うとおりここに来たのは偶然って訳じゃない、君達が会話してるのを聞いてしまっていたというのもその通りだ」
「何だ、もっと推理ショーやったって良かったのに。張り合いがないな」
「俺が来たのはその頭だよ、渥美駆真君!今日、俺は元々探偵の君に用があったんだ。だから君の事務所に上がったんだけど、不在だったでしょ?」
「シンプルに探偵の依頼だったら、今は部下の宮尾が事務所にいたでしょ」
「ああ、確かにその人にも会った。ただ、俺は君と直接会って、君自身に受けて欲しかったんだ。強引なやり方で悪いけど、君はお姉さんのことを避けるのと同じく俺のことも拒絶するだろう?事前にアポイントを取らずに来たのも同じ理由だよ」
僅かに考える素振りを見せる駆真。宮尾麗音に確認するだけで発覚する嘘を吐くとは思えない。とはいえ駆真も念の為確認するまでだろうが、この発言自体は一判に関する信用を大きく高めるものだ。
「それを信じる理由がないね」
「俺の依頼について聞いてもらえれば分かる。ただお互い、そんな話をここでするのも都合が悪いだろ?」
駆真は目を閉じて数秒思案したのち、口を開く。
「……分かった。ひとまず依頼については実際に聞いてみて、信じるかはそれから決める」
「そうか?助かるよ!」
「――ただ、アンタ自身を信じられるかは、また別の話だ」
駆真の考えは理解できる。面倒だということに変わりないだろうが、目的を判断するには材料が足りないのも事実。ここで無理に拒絶したところであまり意味はない。しかし、自分で語る通りに「探偵に相談することがあって、事務所で話したい」ということだけが動機ならば、それを実現してしまった一判の策の中にはこの可能性も想定されているのだろう。
「そもそも、俺はなんであの女とアンタみたいな教師がくっついたのかが理解できないんだ」
「……流石だね。でも、姉弟ってそういうものなんじゃないかな?俺はよく分からないけど」
「そんな意味じゃねーよ。寧、あの女は特定の異性と長い時間を共にできるタイプじゃあない。周囲の迷惑を考えずに、自分の好奇心の対象を好き放題食い荒らしてはすぐに飽きて他に行く、そういう人間だ」
駆真は外方を向いて話を続けている。
「アレに人生のパートナーなんて固定された生き方は出来っこない。奴の結婚観までは知ったこっちゃないけど、その関係も“契約”だと捉えた方がマシだ」
「契約、と言うと?」
「奴自体は随分なポストに就いてるみたいだからさ。お前が“夫”となることで儲かるだとか、どこかしらで顔が利くだとか――享受できるメリットがあったんだろうって予想してるんだよ」
一判は少し苦笑いした後で、今度はノアの方を向く。
「架殻木さん、君は?」
「……俺?」
「いや、さっきから2人の話になってるからさ。君はどう思うのかなって」
「俺が知る徐羅先生は、どこまで行っても教師でしかない。野心があるようなタイプでもなかったと思う。
ただ、先生も少し聞いてたなら分かると思うが――俺も今の段階で徐羅寧さんの方を信じるのは難しい。ほとんど会ったことがないから、結婚まで否定するのも違う気がするが」
「まあ、『アビー・シーカーズ』と言ったらきな臭いと思うのも無理はないか」
一判は少し困った顔をして続ける。
「ひとつ誓って言えるのは、俺が寧を愛しているってことだよ。だからこそ、君たちの追っている件で俺に感知できていることはそれほどない。2人の関係は愛し合っているという事実であって、利害関係とは違う。お互いに自分の人生を全うしているだけなんだ。
俺が妻と出会ったのはちょうど君の担任をしている頃。『アビー・シーカーズ』はおろか、まだ『メディア・ハザード』すらも起こってない時のことだ。正直なところ、妻がシーカーズとしてどう行動しているのか、俺は殆ど把握していないんだよ」
駆真が警戒を緩めないことで、場の緊張感が解消されるきっかけが見つからない。その点で、この一判はノアにとってかなり予定外で、計画にない邪魔な存在だった。本当ならばノアは、ここで駆真に対して「嘘」という用事を済ませるはずだったが、それを行使するのが難しくなった。
――ならば、先生を利用した方が好都合か。
問題となるのはノアの持っていた能力を一判がかつて宿していたという事実を彼自身が知っていて、ノアの動きに勘付く可能性だろう。しかし――その点では楽観的とも言えるが――ノアの中ではそれをそこまで危険視する必要はないと考えている。ノアにとって記憶のない1週間、意識は過去の一判の方へ飛んでいたと言っていいもので、現状だとノアや劉が過去改変を自覚できる理由は「能力者自身であるから」と思われる。彼が「メディア・ハザード」を説いて、その通りに過去改変が起こった時点で、おそらくは彼も彼自身に起きた過去改変へ記憶を対応させた。ノアの“1週間”がそうであったように、彼はこのことを自覚していない筈だと。
「なんだか君たちは寧のことを敵視しているようだから、なんだか申し訳ない。なんとか間を取り持ってやれないかと思うんだけど」
「逆に、何を以てあんな奴と一緒にいるんだか」
「あはは、まあ基本は成り行きなんだけどね」
姉のことをいちいち恨み節に話す駆真は、普段よりもいくらか幼く映る。
「実際、駆真君の言っていることも理解はできるよ。でも、だからこそ純粋というか、根の悪い人ではないと思うんだけど」
実際、涼霜劉と協力している徐羅寧は彼と「一枚岩ではない」と明言している。彼女が幅を利かせる「アビー・シーカーズ」自体も、中枢が「ABY」というだけで基本は「ABY」を敵と見做す姿勢でいるとなれば、彼女を味方につけることは国内の立ち回りを格段に向上させることには違いない。
そこで、ノアが口を開いた。
「別に、俺はそこまであの人に拘っているわけではありませんよ。ただ、この渥美駆真だけでなくて、他の知人との縁もあるようなので気になって」
「他の知人?」
「……ああ。今俺、大学でサークルをやってるんですけど、そこのメンバーで」
「へえ、それは凄い」
「他のメンバーとは接点もないようですが、柏葉陸朗という男だけが彼女のことを知っているという情報が入って来ているんです。宇宙飛行士をやっている兄の関係とかなんとかで」
「宇宙飛行士というと、柏葉羊大さんの?そんな人の弟がいるんだ。あまり寧の交友関係までは知らないからなんとも言えないけど……」
ノアの方が当時と変わっているのだろうが、それを受け止める一判の反応自体は当時と変わらない、普遍的な対応だ。
「まあでも、君が知りたいと思えば、彼女には簡単に近づけると思うよ」
「妙な言い方だな。ノア君がそれを望んだとして、アンタが引き合わせればいいだろう。そんなに我関せずのスタンスを通したいか」
駆真が言う。
微笑んでそれを受け流す一判の対応はやはり似たようなもの。人当たりの良さこそあれど、「ノアの嘘が反映されているか」という観点に限って言えば判別の難しい、厄介な対象と言える。
「もちろん俺の方で場を用意してやってもいいけど、彼女は少しマイペースな人だから。そういう誘いのあるなしは気にも留めないだろうし、本当にその気になったら自分から会いに行くと思うんだ。そう言えば聞いちゃった話で、寧が君と会いに家まで待ち伏せていたと言っていたよね」
「まあ、はい」
「うん、やっぱり君に対して興味があるんだと思うよ。流石に異性としてではない、と信じたいけどね」
一判は笑う。
「君はそう思わない?駆真君」
「……まあ、その点に関しては認めてやらんでもないですがね」
駆真は嘆息する。
「いきなり家まで押しかけて来たところもそうだけど、アレは自分の知的好奇心を揺さぶられた相手に容赦するってことを知らない。目をつけられたのが運の尽きって話だ」
すると、店員から白い目で見られているのを感じる。どうやら、一人立ち話をしていた一判が目立っているらしかった。
「あ、悪いね。2人で話していたところ邪魔しちゃって。そういうことだから駆真君、時間が空いたら呼んでよ」
そのまま店を立ち去ろうとする一判。
それを見たノアは立ち上がって、その前に回り込む。
「あ、いえ。俺はもう帰るんで、そのまま2人で事務所に行けばいいですよ」
「は?お前、俺に話があるんじゃ……」
駆真の方へは聞こえないふりをして、そのまま一判への言葉を続ける。
「――ちなみに、さっきのサークルの話、嘘なんですけど。信じました?」
それを聞いた一判は少し考えて、理解したと同時に顔を引き攣らせる。
「え!?……はは、やられたな。相変わらずだね君も」
「それほどでも」
ノアはそう言って会釈した。
――どうやら、嘘は通用したようだ。
今回はちょい短めですが、今週分で考えていた分が長くなったので一区切りします。多分明日続きを上げます。




