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VGOO(ボーゴ)〜嘘の導く並行世界渡航〜  作者: 喫痄
“情報屋”サークル編
30/59

#9 鹿を逐うもの

【前回までのあらすじ】

ノアは涼霜劉の能力「フレイム」で、“情報屋”サークル『メフィスト』のメンバーのうち誰かが劉の差し向けたスパイになったと判断。対抗策としての過去改変により、サークルメンバーのひとりで高慢極まりない未良の元同僚・高千穂真琴との交際を強引に始めた。彼女とのデートにて、龍生の描いている同人誌の元作品を話題に出し、その展開について誤った情報を伝える。それはノアにとって、自身の策略に向けた過去改変の試験運用に過ぎなかった。しかしその直後、すぐ近くの街頭ビジョンで大学の知り合い・松波夏海が写真家として紹介されているのを目撃する。

「あれは……」


 ビジョンに映し出された「写真家・松波(まつなみ)(なつ)()」の姿を目の当たりにして、ノアはそれ以上の言葉が続かなかった。


()(こと)、お前は知ってたか?」


「いや、全然……!」


 真琴は首を振る。

 たった今使った嘘能力がそうさせたと考えるのが自然だが、その影響としてこの事態は異常だ。

 この能力において、過去改変の引き金になるのは、対象という“基準”へノアの嘘を信じさせたとき。つまり、能力の対象となる“騙された人間”――今回だと真琴の視点では、ノアと同様に過去改変を認識することができないことになる。逆に言えば、過去改変はあくまで真琴がそれを察知できない範囲内で発動されるということだ。

 つまり原則として、能力をきっかけに真琴が異変に遭遇するということはあるはずがない。そもそもサークル内部の人間を嘘の相手として設定した背景には、それによるバタフライ効果を制限することも含まれていた。


「――おい、あれはどういうことだ!ガセじゃないんだな!?」


 ノアは急いで夏海へ電話を繋げる。スピーカーモードで机に置かれたスマートフォンから、真琴と共に夏海の返答に耳を傾けた。


「あ、ごめんね内緒にしてて!みんなびっくりするかなって思って……!」


 夏海はいつもの通り間の抜けた声色だが、いくらか照れくさそうにしているのが伝わってくる。


「お前、写真が好きだったのか?」


「え?まあ、そうだね。意外だった?」


「というかアンタ、機械とか苦手だったでしょ。カメラは良いの?」


「まあねー。人に手伝って貰いながら何とかやってるよ。カメラ自体は昔からよく触ってたから慣れてるしね」


 彼女には普段一方的に問い詰められてばかりのノアにとって、それを躱すところまでが決まりきったコミュニケーションの形だった。思えば、彼女のことについてノアは十分な情報を持っていない。それに関しては、横にいる真琴の方も大差はないようだった。


「きっかけは何だったんだ?どうして写真に興味が湧いたんだ?」


 ノアは机に身を乗り出して夏海と繋がったスマートフォンへ詰め寄る。

 これが過去改変の影響ならば、何かの過去を契機にしてこの現実へと分岐したはず。それを把握することが最優先に思われた。


「えー?大したことじゃないよ。お父さんも写真を撮るのが趣味で、小さい頃から遠出とか旅行とかしたときには見せてもらってたから。自然と私も好きになったって感じ」


「じゃあ、写真のどんなところが好きなんだ?」


「うーん、何だろう。難しいな……」


 夏海は唸って考えている。



「――何となくでいいなら。“嘘じゃないこと”とか?」


 やがてぎこちなく飛び出した言葉だったが、聞いていた2人の反応は釈然としない。


「……どう思う?」


 ノアは真琴の方を向いて問い掛ける。


「写真なんて嘘の塊だよ。後から加工し放題なんだから」


「ああ、そういうことじゃなくってね?」


 夏海は慌てて真琴の言葉を遮る。


「私が何か写真を見て綺麗だなって思ったとするでしょ?そう思うことって嘘じゃないじゃん!私が好きな写真ってそういうことだもん」


「……要するに、写真自体は補正やら光の加減やらで見たものがそのまま描画されているとは限らないが、ひとつの作品として見ればそれで全て完結している。人同士だと腹を探り合うことにもなるのに対して、作品という人の感性に依存する対象ならば欺瞞を抱く余地がないと」


「そうそう、流石ノっくん!私の言いたいことを言葉にするのが上手!」


「いや、言っている意味は分かるんだが……」


 夏海には2人の状況が映っていない状況。ノアは真琴と目を合わせるが、真琴は首を捻って感想を表明している。


「……まあね。でもそれって、世の中の芸術作品全部に言えるんじゃない?」


「そんなこと言わないでよー!だから何となくって言ったでしょ?」


 真琴の質問に対しても、夏海の答えの中に状況把握を促すような内容は確認できない。写真に対する背景も好意も、彼女の心持ちはあまりに純粋すぎたのだ。


 だとするならば、「これが過去改変の影響ではない」という可能性も考慮に入れる必要はある。確かに彼女自身が言うように「内緒にしていた」というケースなら、過去改変を挟んでなお真琴にも伏せていた事実が存在し、偶然――とするには見過ごせないタイミングなのは確かだが――ここに来て発覚したということも考えられる。それに加えて、「『魔球少女ルパン』の展開が変わった」という嘘に対する影響が「夏海が写真家になる」だったと考えるには、筋道らしきものがあまりに足りない。


 釈然としない事案を残して真琴との接触を終えたノアだが、それで自身の計画を動かすことはしなかった。

 夏海のことは身近な変化である分、解明して違和感を取り除きたい思いこそあるが、現状の「サク」や「メフィスト」とは関連性が薄いと言わざるを得ない。ここでは静観する以外の手がなかった。

 よってその日以降、ノアの動きは次の段階へと移行する。しかしそれは、「メフィスト」の一員としてのものではなかった。



「今日はきりかさんが欠席……。“情報屋”としての打ち合わせってことですね」


 3日後、「メフィスト」のアジトには未良(みら)を含めて4人が参加している。


「どうしてアンタが仕切ってんの?ノアは?」


「あ、えーっと。ノアくんは用事があるので、今日は欠席です」


「……アイツ、あんだけ豪語しといて“彼女”には何も報告しないし」


 そう言うと、真琴は腰掛けていたソファからおもむろに腰を上げる。


「え?どうしたんですか?」


「アンタに代役任せてる時点で、今回は大した活動もないんでしょ?時間の無駄」


「ま、待ってください!」


 思っていたより大きな声が出て、真琴の方も驚いたのか動きを止める。


「活動で言ったら、本当に今日は重要です。ただノアくんの方も急ぎの用事だと言うので……」


 事実今回の未良は、これまでの中でも最も重要度の高い仕事を任されていると言っていい。


「……じゃあ、早く本題に入って」


 真琴は決まりが悪そうに顔を顰めて、再び腰を下ろした。


「えっと……。まず前提として、前回の召集から『メフィスト』の状況が大きく動きました」


 未良はノアの指示が記されたスマートフォンの画面に視線を落としつつ、その段取り通りに口を開く。今日に関しては人を待たせているので少し早口で、急いでいる様子は3人にも伝わっているだろう。


「おとといは既定路線として、今度も『サク』を出し抜いて『STList(ストリスト)』リリースの正式発表を行いました。反響は上々で、『メフィスト』は大学の中でも外でも知名度が急上昇してます。

 これからキャンパスからのタレコミは激増すると思いますけど、(たつ)()さんと陸朗(ろくろう)さんは日頃の情報収集を頑張ってください」


 そこまで伝えると、未良は予め中央のテーブルに置いていたプロジェクターを起動する。


「今回の活動は主に2つ。最初は、『メフィスト』がこれから『サク』へ対抗するに当たって注意すべきことについてのレクチャーです。これは、“情報屋”としてキャリアがあるノアくんの経験談に基づいてます」


「それで、何を教わればいいって?」


 陸朗は渋い顔をしている。話の腰を折るつもりこそないらしいが、「サク」を信奉する彼の感想ならば想像はできる。


「えっと、前に“情報屋”の利益を横取りしようとしたという危険人物についてです!ノアくんの知り合いの“情報屋”で、被害に遭った人がいるって聞きました」


「横取りって、どうやって?“情報屋”は個人がブランドになるんでしょ。成り代わるのは不可能そうだけど」


「立場ごと、ですよ!“情報屋”はその立場特有の強みを取られたらただの人ですから。表稼業を潰したり人間関係を壊したり、とにかく強引なやり方で邪魔してくるんですって!」

 

「そして、これが実際に危険視されてる問題の男です!」


 そう宣言して未良は、ノアがきりかから拝借している涼霜(すずしも)(りゅう)の画像を壁一面に表示させる。


「……ふーん」


 真琴がつまらなそうに反応する。大方、他の2人も同様だった。


 ――ダメ!全然分からない!

 未良は狼狽を心の中に押し留めていた。

 今回ノアに命じられていたのは、これまででも有数の大役。この場で劉の画像を見せて、3人の反応からスパイを炙り出すことだ。

 未良がノアに今度の大役を任された理由は、“嘘が吐ける”からに他ならない。真琴に「ABY(アビー)」アカウントの運営を任せたことも併せて、「サークルで動く利点だ」とノアは語っていた。

 しかし実際に見ると、彼らの反応で全てを推し量るのは困難だ。そもそもこの3人は、(みや)()()(おん)の協力を以てしても最初のスキャンダルを信じていない。その時点で、劉に関する誤った情報を提示することは各々で反応の差異を見出す材料にとはなりづらいことを思い知る。

 ノアはこうなることを予測できなかったのか――そんな考えが未良の脳裏を掠めた。


「え、えー……。それでは2つ目」


 後ろめたく思いつつも、不自然な間で余計に疑われる要素を作ってはいけない。未良は咳払いで動揺する面持ちを誤魔化した。


「皆さんには『メフィスト』のメンバーとして会ってもらうべき人がいます。遅くはなったんですが」


 画面越しではあるが、未良が会うのはこれで2度目になる。

 「STList」の発足人、アイラン・ローチとの中継が映し出された。


「ハロー、回線に問題はないかな?君たちが、ノアくんに協力している“情報屋”のグループなんだね?」


「はい、この4人とノアくんの5人で活動してます――」


 先日は場に乙丸も居合わせていたが、彼は発言もしていなければカメラに映り込んでもいない。この“嘘”も、未良による発言ありきのものだ。



 一方。


「最近は少し忙しそうだね、()(がら)()ノア君」


 ノアは(あつ)()(かる)()を探偵事務所から連れ出して、喫茶店で顔を突き合わせていた。


「まあな」


「で、俺に何の用があって?」


「『ABY』取材部の動きを知りたくてね」


 決して驚く様子を見せずに、駆真は顔の前で手を組んだ。


「へえ。それはどうして?」


 ノアは駆真を睨む。

 ――この男は相変わらずだ。

 気を抜くと、すぐにこうしてノアに多くを喋らせようとしてくる。


「……俺の首もそこまでは回らない。『メフィスト』というのが登場した今、そちらへの対応で奴らの台頭に対処するのが遅れたら致命的だからな」


 駆真は目を細めて、その言葉を鼻で笑って切り捨てる。


「君の思う壺だと思うんだけど、違う?」


「と、言うと?」


「対立構図がすり替わってるってことだよ。『ABY』と『サク』で争うのかと思いきや、今や『ABY』の『サク』か『STList』の『メフィスト』か、って趨勢にシフトするのは君にとっちゃ極めて都合が良い……。ま、俺にとってもだけどね。

 そんな中蚊帳の外にいる国内の『ABY』取材部だけど、無視する訳にもいかないから俺みたいな末端に話くらいは聞いておこうってことでしょ?」


 ノアは嘆息して、明後日の方向へ視線を逸らす。


「……じゃあ、そう解釈してもらえればいい」


 それを見て、駆真は得意気に口を開いた。


「前回の件で涼霜劉が取材部を操れなかったのは、単純にこの部署が新設で、時間が足りなかったから。あれ以降着実に準備は進めているんだろうけど、特に変化は分からないね」

 

 「変化はない」。これは駆真を劉が“殺していた”場合でも、恐らく同類の返答を得ることになるのだろう。

 前回はこの駆真が“邪魔な動きを見せた”と劉自身が語っていた。今回の件でそれを行う利点は見出しづらいが、今の駆真が念を入れた結果である可能性自体は否定できない。


「つか、今回の主戦場は『ABY』の本社であって、日本でのシェアを担保としている取材部の問題じゃあない。となれば、涼霜劉が持ち出す駒は自ずと向こうの――」


 駆真はスマートフォンを取り出して、画面をこちらへ見せて来る。

 表示されているのは「ABY」のCEOである「セス・ブラックハウ」の写真だ。

 

「この辺りってとこでしょ」


 ノアは沈黙を貫く。

 それが「図星」を意味していることを、多くを言わずとも駆真ならば理解できるからだ。


「と、ここで振り返ってみると、『メフィスト』はどうやら京浜大学の横浜キャンパスの情報に特化しているらしい、れっきとした国内の“情報屋”だ。偶然にも、君の通う京浜大学のね」


「まあな。もしかしたらそいつらは俺の正体を知ってて、大学から『サク』をマークしているのかもしれない」


 ノアの適当な“相槌”には興味も示さず、駆真は話を続ける。


「情報網は取材部の情報収集力に匹敵するものでありながら、そのテリトリーは海外にある。一方で、『サク』を上回るポテンシャルを誇る粒揃いの情報源に限って実体は日本の方にある。

 この場合『ABY』側の対処として最も効果的なのは、身近なところから直接干渉すること。特に、『サク』よりも素性が明らかな分、内部に合法的に潜入して活動の地盤を崩すのが適切と思うだろう。

 だって、『STList』がSNSとしてまだ定着していないから。だからこそ『メフィスト』という窓口を『STList』は必要としたんだろうし、この出鼻を挫けば『ABY』が揺らぐような事態にはなり得ない」


 駆真は僅かに体を前に倒し、テーブルの向かいにいるノアへ近付いた。

 

「その際に『ABY』を経由するのでは機動力に欠ける。涼霜劉は前回公安を動かしたように、小回りが利く手段を以って自ら動くはずだ。となれば、集団であることが確定的である『メフィスト』の内部へ密偵を差し向けているはず。……もう一度言ってあげようか、“最近は少し忙しそうだね”?」

 

「だから、忙しいことは否定してないだろ?推理しないと気が済まないのか、アンタは」


 ノアは視線さえ戻さず、そのままの体勢で答えた。


「へえ、そうスカすのか。

 ……俺だって先に言ってた筈だ、『思う壺』だってさ。当然だ、『メフィスト』の台頭により、暗躍していた涼霜劉は間違いなく本社へと進出する手を早める。日本すら牛耳れていない状況で、限りなく表にまで引っ張り出されるって訳だ。あっても間に涼霜壮を挟む程度。(あの女)は表向き対立しているシーカーズの肩書きだから、易々とは動かせない」


「――なるほど。(やお)()(ねい)、奴のことが交換条件か」


 駆真は微笑む。


「名前出しただけで察してもらって助かるよ。ま、いつだって“情報屋”は後払いがマナーだからさ」


「分かった。基本的にあれは静観の立場と言い張ってるが、何かに出張って来そうならアンタを引き合わせてやる」


「それは助かる。けど、何故に静観すると?」


「この前、家の近くに待ち伏せされて、少し話した」


 それを聞くと、駆真から普段の余裕ある雰囲気が途端に消失するのを確認する。


「あの女、何のつもりだ……?」


「おいアンタ、そもそも姉と一体何が――」

 

 眉を顰めて何か呟いているのを見かねてノアが声をかけようとした瞬間。

 真横に人の気配を感じる。


「ちょっと、良いですか?2人共、()()の妻の話をしてるみたいだったので。ひょっとしたら知り合いかと」


「せ――」


 ノアが声を漏らしたところで、男の方も表情を変える。

 向こうは、ノアの金髪と顔立ちを舐め回すように見て、その後に確信したのだろう。


「君、もしかして……!」


 徐羅一判(いちばん)

 こうして彼の“実体”と相対するのは、実に8年ぶりのことだった。

今更の報告ですが、毎月の月初1、2週目辺りは更新が難しい状況です。理由はさほど特殊なものではありません。

(この題材でやりたいことを全部回収する前提で)できる限り早く完結させたいとは思っているので、定休とは言いません。ただ無理したところでどうせ休みがズレ込むだけだし出来も落ちるので、その時期は更新しない可能性が高いと認識してもらえればと思います。

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