#6 処刑人
翌日、ノアは大学に出席していた。
たった今も他のサークル部員――陸朗と龍生には各学部での人脈形成を頼んである。
しかし、それらはノア自身を中心とした情報ルートを避ける口実でしかない、というのが本音だ。「サク」が匿名であるのは、その根拠を自分自身に限定させるのはあらゆる意味で得策でなかったから。「サク」との対抗を目指し「ABY」上での身の振り方を差別化すると、自分以外の誰かがきっかけになって情報を得た、という痕跡が欲しい。つまり、機能としては「サク」として“般若街”アジトへ設置した“活動誌”に近い。ルールとして設定することで大きな過去改変を避けつつ、有益な情報を第三者への嘘で用意した際に、この“行動の確約”はサークルの耳に入る為の“網”となる。
「おーっすノっくん!」
授業をこなしてすぐに「メフィスト」アジトへ向かうところを夏海に呼び止められたので、ノアは例によって彼女と共にキャンパスの出口へと向かう。
「お前、高千穂真琴と仲良いんだな」
ノアは夏海を拒む文言をあえて探さず、その理由を早速質問として口に出した。
「まあねー。私得意なんだよ、ノっくんとかマコちゃんみたいなタイプ」
「いや、自分ではあまり似てるとは思わないんだが……。お前への接し方とかのことか?」
「それも含めて、色々似てるんだって!なんというか、振り切り具合が!」
「独特な物差しだな……」
「ええー?分かんない?」
夏海はこう見えて誰とでも仲良くできる、という性格でもないらしい。計略と無縁なことには変わりないが、単純な本能で自分と噛み合わせの良い相手を発見して固定されるので、関係はノア、あるいは真琴のような僅かな人間に限られている。
「それでアイツ、どんな奴なんだ?……いや、性格についてはもう思い知ったんだけど、もう少し具体的なポイントが欲しい」
「え!まさかノっくん、狙ってんの!?この前キャンパスで待ち伏せしてた子とは別れたの!?」
「付き合ってないし、そいつはこの前サークルに乱入して来た時いただろ!あと高千穂は狙ってない!全部違う!」
夏海はにやにやと笑っている。
「えー、じゃあどうしてそんなこと聞くの?私のことだって全然聞こうとしないじゃん」
「お前は聞いてもいないのに話すだろ。
……集団行動させるにはあまりに厄介だから、手懐け方を知りたいだけだ。年齢差もあるのか、お前と話してるときはアイツも比較的大人しかったように見えた」
「ふーん。よくわかんないけど、じゃあ私がずっとマコちゃんに付いててあげよっか」
「いや……。必要ない」
ノアは目を逸らした。
夏海は未良よりも勘は良くないが、物分かりが悪いわけではない。実際にそれなりの時間を共にしていると、彼女が特定の人間に付き纏うところは依存のようでもありつつ、どこか距離感を意識しているような印象を受ける。
「そ?でも大変そうだよね、せっかく始めたサークルなのに。私だってあそこでやってくってなったら参っちゃいそう」
「……そうだな」
ノアはそれだけ声に出したが、真意からはまるで乖離していた。
――今の言葉は妙だ。
現状のあの場に、高千穂真琴以上の問題は何もないはずだ。
陸朗の言動が趣旨とずれているようでも、龍生が無口でも、夏海の知るような通常のサークルとして活動する分に限っては特段難しい2人ではないように思える。陸朗は勿論、龍生にしても複数人が居合わせる場で取り立てて苦労は感じないというのは、これまでの活動でも立証されている。
真琴と接するのを苦としていない夏海が、何をもってあの環境を参ると言うほど「大変」としているのか。
それとなく質問を投げかけようと夏海の横顔を覗き込んだところ、彼女の視線がどこか一点へ定まっていることに気付く。
「なんだろ、あれ」
キャンパス内のピロティーで、何人かの学生を人だかりが取り囲んでいる。
「あれ、何してるんです?」
ノアと夏海はすぐ近くまで近付いて、中を覗き込んでいる女性1人に話しかける。
「奇術サークルが練習を兼ねてパフォーマンスをしてるらしいんですよ」
「練習って、オープンキャンパスに向けて?公開でやるなんて気が早いな」
「ですよね。でも屋内じゃできない大規模マジックをやるとかで、今朝から噂になってて。それであれを見たら、みんな気になっちゃいますよね」
確かに今はマジックショーが展開されているようでもなく、どちらかといえば幕間の雰囲気で、学生が次のマジックの設置に勤しんでいるのを皆が見守っている様子だ。
少しすると、恐らくメインとなるパフォーマーなのだろう――顔の全体を覆う仮面で素顔を隠したタキシード姿の人物が、仮設ステージの傍から姿を現す。
「おお、衣装までして!本番さながらだね」
夏海はこちらとの話もすっかり忘れて、興味をマジックへ向けてしまっている。
仮面の人物は設定からか本番でないからか、何も自らの口で語ろうとしない。しかし、“何をしたいのか”という意図はある程度手の動きで汲み取ることができる。
差し出した腕の先には、2メートルほどの支柱に何かが取り付けられているようで、その上からブルーシートが巻き付けられている。ブルーシートのもぞもぞと動く様子を見る限り、中で何か動くものがあるということだけは分かる。
「え、あの中って人間?大丈夫なの?」
「違うんじゃないか?人ならちゃんと皆に見せてからやらないと。本番じゃないからってことなのかもしれないな」
仮面の人物は中身の上部――人間ならば首元に当たる凹みへ――上からロープを1周させて、思い切り締め上げる。
「待てよ――」
ノアはその瞬間たったひとつ、最悪の可能性に思い至った。
「おい!止めろ!」
ノアが叫ぶが、仮面の人物は無言のまま続ける。
突如、暴れ回って主張していたブルーシートの中身は、忽然とその気配を消して、物体の手応えがあったロープもブルーシートを挟んで完全に結び上がった。
「え、ウソ!あれ、さっきまで何かいるみたいだったのに……」
そんな風に驚いている夏海だったが、他の客の反応も似たようなものだ。仮面の人物がすぐさまブルーシートを懐まで引き込むと、露わになった支柱には何の生物も残っていない。仮面の人物の方は使用した支柱にすら見向きもせず、その場を離れようと踵を返した。
「おい、お前!ちょっと待て!」
人混みをかき分けて仮面の人物に駆け寄るノア。
「――お前、涼霜劉なのか?」
それに対して仮面の人物は少し考えた後、もっとも明瞭で“彼らしく”呟いた。
「ああ」
「やはり、こいつ……!」
「ちょっとノっくん?その人がどうかした?」
後から人の間を潜り抜けた夏海が近付いたが、どのみち理解できる話でもない。ノアは気にせず“仮面の人物”を睨み付けた。
「お前にしては随分茶目っ気を出したな。皆にスーパーマジシャンのご尊顔を見せつけてやったらどうだ」
「この俺が闇雲に表に出るはずもないと知っているだろう?無駄だ。お前がこの場で喚いて実現できることは何もない」
彼はこちらに背を向けて、悠々とその場を去った。
それからすぐにノアは“般若街”へ赴き、未良と乙丸を召集する。
「――乙丸、最初に質問がある。俺とはどうやって友人になったか覚えているか?」
「え?未良ちゃんの前で言っていいの?ノアの威厳に関わるような気がするけど」
「OKだ。覚えてるのは分かった」
「内容がすっごく気になるんですけど、それは置いておいて――どうしてそんなことを聞くんですか?」
ノアは大きく溜め息を吐いて、それからゆっくりと話し始める。
「俺と松波夏海、そして大勢の観客の前でだ。劉がさっき、誰かを“殺した”。やられたよ――まさか能力の欠点を逆手に取るとはな」
ノアは軽く先刻のことについて説明したのち、自分の机へ両手を叩きつける、
「『フレイム』では対象の命が奪われない一方で、命が奪われたという痕跡は世界に残される。この前は警察の眼前で涼霜壮を殺したが、それもその後壮を警察にすることで全員の意識を塗り替えたからだ。基本的には公衆の面前で人殺しなんてできるはずがない。しかし奴はマジックに見せかけた“公開殺人”によって能力を発動させ、それを周囲へ正当化させた」
「クラプロで起きた“離隔”は、被害者の人生を改変すると同時に居場所もそれに合わせて変わってましたからね。殺すということが“瞬間移動マジック”のタネになったってことですか」
「そして、これは俺に向けての警告に違いない。間違いなく、あのとき殺されたのはサークルに所属するあの3人――高千穂真琴・柏葉陸朗・御代龍生のうちの誰かだろう」
「ちょっと待って?」
乙丸が腕を組んで言う。
「松波夏海がその場にいたんだろ?彼女の記憶が書き換えられていないなら、改変されたのは高千穂真琴以外ということにならないか?」
「……そうとも限らない。奴が過去改変の際に仕込むのは、使命として自分に従わせるための動機くらい。つまりは“縁”だろう。自ずと古い出来事になる。『フレイム』のことを詳しく知らないから何とも言えないが、大学に入学して以降の過去へそれほど手をつけられていない場合、それでも周囲に影響を及ぼすとは断言できない」
「あ、私は疑わなくてもいいんですか?」
「まあ、確かにそれもそうなんだが……」
「フレイム」は対象がその後取る言動こそ小慣れたものだが、具体的な記憶に関しては必ず消失する。スパイと化した人間へは今の間にも正常を装うため劉による指導が入っているのだろうが、ノアとの距離が近いということを考慮しても、未良がそれに適応して偽装できるとも思えない。
「3人ともあの直後にチャットで呼びかけているが、今のところ誰からも返事がない。あの男のことだ、直近の過去は段取りよくスパイへ指示できるよう弄っているだろうからな……1、2時間のタイムラグがあるだけでもスパイを炙り出すのは難しくなる」
「ただでさえ会ったばかりでお互いのことを知りませんからね……。過去のことを問いただしたとして、適当に答えられても気付けないでしょうし」
「まずは実際に会ってみてからだな。それでもダメならやむを得ない、幸い俺には“蓄え”がある」
「蓄え?」
「……ああ、気にしないでくれ。こっちの話だ」
そして同日、直後に「メフィスト」の活動も再開される。
「御代、例の件は順調か?」
「ああ、脚本のことか?今のところ映像作品を想定して書いている」
それとなく記憶を試してみたが、空振りに終わる。乙丸の監視下の中で劉がこのサークルを監視できるはずもない。つまり龍生の記憶が残っていることを示しているだろうが、直近の過去を照合する手間を踏まえれば不可能でもなさそうだ。
「オープンキャンパスで人を集める方法だが、いい方法を考え付いた」
ひとまず、ノアは自分の段取りの通りに話を進める。
この場に劉のスパイがいるとしても、まだ彼の勝負手とするには決定的でない。こちらが手の内を明かさなければ、向こうの動きにも変化が生じない。
「ずばり、“客演”だ」
「客演か。確かに僕たち素人だらけだし、まともな人を呼べればちょっとは締まったものになるかも」
陸朗は何の疑問も待たずにこちらの発言を受け入れる、一見して騙しやすそうな人物の動きを続けているが、真琴の反応は相変わらずあらゆる意味で鋭い。
「私か未良が知り合いの誰かに声けて頼めって言いたいの?絶対イヤなんだけど。せっかく決別した世界の人間にもう一度会って、頭まで下げるとか」
「というかネームバリューで言ったら真琴さんは今でもファンの人いますし、若手の私じゃそれ以上の人呼べませんよ」
未良も困った顔で答える。
「そうだよ、やっぱり高千穂さんのフォロワー呼べば一番手っ取り早いんですよ。配信見たことありますけど、結構濃いファンいるじゃないですか」
「金払いだけ良いから放置してるだけで、基本あんなのとリアルじゃ絶対会いたくない。あとキャラ作ってるんだからお前は見んな。気色悪い。死ね」
「『メフィスト』、まずはこの人をターゲットにするべきなんじゃないかなあ……」
「お前らに頼む気はない。第一、下火もいいところの芸能界でさらに落ちこぼれてるお前らにそんな期待するかよ」
ノアの一言を聞いた真琴は、不敵に笑って足を組んだ。
「お、何急に煽ってんの部長さん?この前のこと根に持ってた?」
「……そうかもな」
「何その答え。寒っ」
真琴は舌打ちして再びソファにもたれる。
「そうかもだとして、ついででディスられた私はどんな顔すれば……」
顔を引き攣らせている未良。ノアは背後にある入り口を気にしながら言う。
「どんな顔?そうだな、とりあえず大袈裟に驚いて騒ぐなよ」
「え?」
「客演のことだが、もう俺の方で頼んでここに呼んだ。――ほら、入ってきていいぞ」
ノアの声に答えて、“彼女”は入り口から姿を現す。
「どうも、声優の囀きりかといいます。今回はよろしくお願いします……」
「きりかさん!お久しぶりです!」
「あ、未良ちゃん!こんにちは」
きりかは外から耳を澄ましていたのか多少緊張を感じさせる面持ちだったが、未良が駆け寄って来るのを見た途端に破顔する。
「囀きりか!?どうしてこんなところに……」
龍生は珍しく表情を大きく崩して、誰よりも驚いている様子だ。
「ああ。俺が小6のときのクラスメイトで、最近再会してな。未良もそのときに会ってる」
「なるほど、それでクラプロの情報を握っていたと……」
「僕、声優は分からないですけど……目の前の女性にビジュアルだけで経済を回すポテンシャルがあるってことくらいは分かるっス」
「言い回しキモい」
他の2人は普段通りの反応。
肝心なのは真琴への感触だが、表情を見る限りそれほど悪くないようだ。
「まあ、私も名前くらいは聞いたことある。確かにその子目当ての人はそれなりに集まるかもね。ギャラでも弾ませた?」
「ああ、そういえば。確かに払うべきだよな」
ノアが口にすると、きりかは慌てて首を振る。
「あ、いや!私は全然タダでも協力したいと思ってるけど……」
「いやいや、タダでいいワケないでしょうが、頭おかしいんじゃないの!?私らが営利目的じゃないにしても芸名使って告知打ちたいんだから、アンタが良くてもダメだし!」
「は、はい。確かに事務所は通さないといけないですし、友情価格でも多少は出してもらうことになっちゃうね」
「いや、そこは問題ない。仕事としてやればいいし、変に気は遣うな」
ノアの言葉に対して、きりかは優しく笑って応じた。
「そういえばきりかさん、このサークルのこと知ってるんですよね?」
未良が申し訳なさそうに口を開く。
「私達、最初にクラプロのことをリークしたのに……良いんですか?まだローカルだから事務所NGは回避できるかもですけど」
「ああ、それはもう良いの。情報が行き交ったとしても、私達には1からやり直す選択肢しかない。それに、ノアくんにはノアくんの誇りがあってそうしたって分かったから……」
「な、何この空気……。理解できない世界観かも」
真琴は冷ややかな視線をこちらへ向けていた。
「そうだ部長。ここはいっそ朗読劇ということにしてみるのはどうだ?」
龍生が唐突に口を開き、全員の視線が集中する。
「声優の囀きりかが出るとなれば、不慣れなことをさせても仕方がない。脚本の修正ならできるが」
「あ、私もそうしてくれた方がありがたいです」
きりかが龍生へ顔を寄せて頷くが、彼の反応は薄い。先ほどは自分の知る有名人が現れたということで反応こそ示していたが、彼女自体への興味は薄いらしかった。
ノアは彼に対して多少理解が得られたと感じていたが、結局は趣味趣向を知れただけだ。性根が読めないということに変わりはないと再確認する。
「そうだな……。台本が手元にあるという意味では準備のカロリーを減らして“情報屋”の活動に比重を置ける。発表は朗読劇にしよう」
その日は早々に解散させ、真琴、陸朗、龍生を外は追いやった。
きりかをその場に残しているということで、ノアは1人外出して乙丸との通話を始める。
「――ダメだな。全員前と何ら変わりない。そっちから見てどうだった?」
「うん。全員スマホを触る機会もあったけど、特に変な行動を取る様子はなかった。全員に俺のネットワークを使わせていて通信の出入りも把握できているけど、あの場で外部の入れ知恵があった痕跡も見られない。即興でアレとなるとお手上げだね」
「はあ、やっぱり奥の手だな。あまり気は進まないんだが……」
ノアは未良ときりかの待つ「メフィスト」アジトへ戻るやいなや、パンツのポケットを弄った。
「あ、母さんから電話だ」
未良はこの常套手段にいい加減気づくかもしれないが、今度はきりかがいる。直後、取り出したスマートフォンには母からの着信が“用意”されていた。
「もしもし」
「もしもし、ノア?」
母・架殻木ゲルトラウトの声だ。
「ごめんなさいね、今大学の近くでしょう?友人のお土産を中華街で用意したいから、ついでに頼まれてくれると嬉しいのだけど」
「ああ、分かった。具体的には何?――」
嘘の為に生まれた些事を済ませると、ゲルトラウトの口調が普段以上に冷たくなった。
「それで貴方、今何してるの?最近はまた帰りが遅くなったけど」
――読み通りだ。
ゲルトラウトはやはり近況を聞き出そうとしてきた。普段は余計な嘘を吐きたくないので、この手の質問をいかに未然に防ぐかには手を焼かされている。しかし、今回の場合は御誂え向きの流れだ。
「ああ、最近交友関係が広くなったもんだから。ほら、サークルに入らないのかって話してただろ。最近自分で立ち上げてさ」
「ええ?急にどうしたの?中高の部活だって入らなかったのに、どういう風の吹き回しかしら」
「――それなんだけどな。まあ口実に近いかな」
「口実?」
「実は俺、今月の頭に彼女ができたんだよ。高千穂真琴っていうんだけど。その子とサークルも一緒だからさ」
場は凍りついていた。




