#4 審判
【前回までのあらすじ】
高慢極まりない未良の元同僚・高千穂真琴、軟派な宇宙飛行士の弟・柏葉陸朗、殆ど言葉を発さない御代龍生の3人が加入することで、“情報屋”サークル「メフィスト」が結成される。
初の対面を終えた夜、ノアは自宅を待ち伏せていた徐羅寧に遭遇。その行動について寧は協力関係にあるはず涼霜劉の関与を否定しつつ、ノアが能力を使うことについて「無意味だ」と警告した。その根拠としてどういう訳か彼女が引き合いに出した概念とは、8年前既に役目を終えたはずの「編綴コード」だった。
突如姿を見せた徐羅寧。
彼女の来訪が劉の差金でないということをノアはひとまず信用したが、その根拠は彼女というより、涼霜劉の方にある。この段階で、劉が姑息な口裏合わせを仕掛けているようには思えない。その上で、ノアの疑問は別の部分にも向けられていた。
劉も寧も、ノアに対する接触といえば“忠告”だけであることは妙に思える。確かに劉は他人を殺すことが出来ないし、能力を発動できたとしてもノアは自身の過去が変化することを知覚出来ない――つまり、“フレイム”ではノアを手懐けることはできない。
よってノアに彼自身が手を出す意味が殆どないのは確かだが、本当に彼が人1人すら殺せないわけではない。殺人者を用意して間接的に殺害するよう仕向けることはできる。それでも彼らが邪魔者であるノアを処理しようとしないのには理由があるということだ。
「今日はサークルの前にここですか?」
「ああ」
サークルとしての活動前、“般若街”の『サク』アジトへノア、未良、乙丸が集う。
「乙丸さんは、まだみんなに顔出してませんよね?」
「俺は今後も身を隠しておくつもりだよ。ほら、そのためのカメラにマイク。ネット経由の傍受対策も無人で事足りるよう作っているとはいえ、一応目を付けておくべきだから」
乙丸が指したパソコンの画面には集合前、まだ誰の姿もない「メフィスト」アジトの景色があらゆる角度で映し出されている。
「ああ、3人を監視する為ってことですか――って、そこまでする必要がありますかね」
「そうだな、あれ自体には少し別の意図もあるんだよ」
「別の意図って?」
「劉の能力、『フレイム』対策だ」
ノアが答える。
「あの能力は殺す相手を操作できる一方で、自分自身、加えて世界全体を操作することはできない。つまり、あの能力で人を殺すことはできなくても、殺人の証拠は世界に残されるということだ。
例えば奴が誰かに対して発砲すれば、銃弾や殺しそうとした人間の血痕は現場に残される。監視カメラがあれば犯行の瞬間も映るだろう。精々被害者がその場から消失して、死なずにどこかへ転送される程度だ」
「仲間を増やすということは、涼霜劉のスパイになり得る人間が増えるってことだからね。ノアや未良ちゃんのいない場で表アジトを劉が襲撃しても、その結果誰が裏切るのかを把握することができる」
「なるほど……」
「それと、監視にしてもこれだけ厳重にして当然だ。お前は人のことを根拠もなく信用しすぎる」
「でも、ノアくんが嘘で作ったテストをきちんと突破してきた3人でしょ?」
「能力があるからこそだ。俺は奴らにとって一度でも対外的なリークで『サク』を出し抜いた“情報屋”となっている。劉だけじゃない、全く別の意思へ目をつけられないとは言い切れないだろ」
「そしたら、こちらから3人が信頼できるか試すのはどうですか?私、常に疑ってかかるよりはそっちの方が……」
「勿論。今日はサークルとしても適当に進めるが、その為に用意している仕掛けがある。“情報屋”サークル『メフィスト』、最初の活動だ」
そこでノアが合図をすると、女性が1人、物陰から姿を現す。彼女に覚えのあった未良は目を見開かせた。
「おっす、未良ちゃん!」
「麗音さん!麗音さんがどうして?」
渥美駆真に付いている探偵兼“情報屋”、宮尾麗音。しかし今日の彼女が気構えからして普段と違っているのは、快活な笑顔をより不敵に、前屈みになって隠しているところからも感じ取れる。
「ふふ、未良ちゃん。人はこの宮尾麗音を『不貞の死神』と呼ぶ――」
それから4人は打ち合わせをした後で解散し、ノアと未良だけが「メフィスト」の方のアジトでメンバーの3人と合流する。
「一応正式に伝えておくが、俺たちの目標は“情報屋”としてあの『サク』を超えることだ。そうなれば、自ずとSNSの主流は『STList』へと移り、『メフィスト』がその中心に君臨することになる」
「面白そうなのは認めるけど、最初の目標にしては厳しくねーっスか、部長?あの『サク』を超えようって。今フォロワーいくつだと思ってるんですか?一度出し抜いたにしても、調子乗りすぎ」
陸朗が渋い顔を見せる。
「コイツ自分で入っといて、しょーもな。『サク』の信者ってこんなのばっかなんだろうね。他人を使ってマウント取って、支持してる自分も偉くなったと勘違いするヘタレ」
「あはは、自分で入っといては真琴さんもブーメランじゃないですか?」
「馴れ馴れしいから止めろって言っただろ、それ」
周囲からすれば前回の真琴の態度を見てもなお接し方を変えない陸朗の胆力も目を見張ったが、真琴の反応は変わらない。
「ああもう、またそうやって!」
未良が慌てて2人の間に割って入るが、今度の陸朗は苦笑するに留まっている。
「最終目標を変えるつもりはないが、陸朗の言うことも正しい」
ノアが口を開く。
「まずは着実に実績を積むことから始めたい。当面の方針や役割分担について各々に打ち合わせをするから、3人には順番で別室に来てもらう」
ノアは未良と共に用意し立ての個室へと隠れた。
陸朗、龍生の順に呼び出して必要事項を伝え、最後は気だるげに入室する真琴の番になる。
「何なのこれ?それぞれに聞かせたくない話でもあるの?」
「ああ、具体的なところまで話してるから、一緒に全て伝えるのも悪い気がしてな」
「じゃあ、他の2人が何を任されてるのかは言える?」
「ああ、もちろん。セオリーとして、“情報屋”の肝は抱えている情報網だ。俺が商学部だから、文学部の御代龍生には文学部、法学部の柏葉陸朗には法学部の学生を中心に人脈が作れれば、とりあえずキャンパス内の情報は磐石に近付く」
ノアは自らの口で返答する。
「人付き合いって。柏葉はともかく、あの御代ってのには難しいでしょ」
「俺が先んじて『ABY』から交友関係を広く持つ“狙い目”に目を付けている。それに従ってもらうだけでいい」
「あっそ。じゃあ私は?アンタと同じ学部と学年だけど」
「学内の“情報屋”としてのポジションは重要だが、それだけでは足りない。むしろそれをパブリックイメージになるまで突き詰めているように見せると、先がなくなりかねない。SNSでも存在感を持たせる工夫は必要だ」
SNS、と聞いたところで真琴の表情は一層曇った。
「それで私?言っとくけど、私のアカウントは使わせないよ」
「……お前のアカウント?」
「ああ、真琴さん元芸能人で綺麗だから、『ABY』のフォロワー多いんですよ」
横の未良が答える。
「配信もやってるし、多分有料フォローの収入も多い……ですよね?『アルバイトやらなくて良さそうで羨ましい』って、始まる前に陸朗さんがぼやいてました」
「アレに観られてるとか最悪。てかあんなの拘束時間短いのが良いだけで、しんどさはバイトと変わらないから。馬鹿みたいに媚び売ってさ」
「まあそれについては関係ない。それはそれで利用価値もある気もするが、無理強いするのもな。俺が頼みたいのは、もしかしたら逆にストレス発散になるかもしれない」
「どういう意味?」
「順を追って話す。
『メフィスト』はクラプロのネタで“情報屋”として最低限の権威は付いたと言えるだろうが、まだ手放しで信用されるには至っていない。言うまでもなく、今は『メディア・ハザード』だからな」
「『サク』みたく立て続けに大きな事実を当てていくようでないと、それだけで信頼できる発信者だとは認めてくれないんです。どんなにそれっぽい写真なり動画なりが残っているとしても、改ざんの可能性はあるのがこのご時世ですから」
「そんなこと知ってるけど。要はどうやってフォロワー伸ばすかってことでしょ」
「ああ。大きなネタについては自分達自身の力を活かすところだが、それ以外の立ち振る舞いも重要になってくる。ポイントになるのは、俺達が『サク』の対抗馬を目指しているということだ」
ノアはサークルの為に新しく用意したスマートフォンで「メフィスト」のアカウントを見せて話し出す。
「『ABY』の機能を今一度説明しておくが、このSNSには原則拡散機能がない。ひとつひとつの投稿はNFTであると同時に、タイムライン上ではスレッドの構成要素となる。注目を集めるには投稿で高評価を受け、それから始まるスレッドを盛況にさせる必要がある。言うまでもないが、この仕組みは新規に厳しい仕組みだ。『ABY』が普及してもう随分経つが、現にエンタメ方面以外で新しく社会的に受け入れられた“インフルエンサー”は存在しないと言っていい。『サク』以外ではな」
「ABY」との対立を隠しておきたいノアがこの場で口にすることはしないが、それこそが「ABY」の狙いだったと考えられる。SNSが定着するまでの間、ジャーナリストをはじめとした有力な個人に「メディア・ハザード」の座を譲らせない為の工夫だったのだろう。
それに加えてノアが独自に検証した結果、このタイムラインにはアカウントごとで内容を変えるアルゴリズムがほぼ存在せず、大部分が統一されていることが分かっている。所謂エコーチェンバー現象が起きづらいという意味では健全とも言えるが、拡散機能がない以上はユーザー側がそれぞれの投稿の表示されている根拠を知ることができない。「ABY」運営による恣意的な操作を可能にする仕様のひとつだ。
「拡散の代替っていうと、ギャラリー機能とか別のプラットフォームからの引用とかだけど、拡散力的には微妙ね。収益は入るけど。タイムラインに多く映るのが一番ってところ?」
「話が早くて助かる。ただ、実際に『サク』の取り巻きを見ていても分かることだが、『ABY』上で名のある人間に関与しようとしたところで、売名行為が成功するパターンは少ない。その理由は、投稿の表示回数に高評価率が反映されているからだ。
高評価については具体的数値を本人以外が知ることはできず、高評価の割合が高くなることでユーザーからの閲覧数は増えやすくなる。スレッドを大きく展開させるには賛否の分かれる論を展開するべきだが、そのために高評価率を捨てるのも効率的とは言えない」
そこまで言って、ノアは真琴へスマートフォンを差し出した。
「お前には『メフィスト』のアカウント運営を任せたいんだが、方針は所謂“アンチ”を作ることだ。ノイジーマイノリティだけを正確に敵に回すように立ち回れば、この2つは両立できる」
「なるほどね。それで『サク』ということは……」
「標的は『サク』の熱狂的なフォロワーだ。『サク』に対して一定の理解を示しつつ、規約違反に触れない程度で信者へ喧嘩を売り確実に敵に回す」
「まあ、あの柏葉みたいなのをこき下ろせば良いんでしょ。いいよ、少しは楽しそうで」
真琴はスマートフォンを受け取ると、初めてこちらへ笑顔を見せる。
「でもさ、そんなこといつまで続ける気?いくら楽しくても、そんなに地道じゃ何年かかるのって話だよ」
「当然、そんなのは半ばイメージ戦略に過ぎない。自己主張を全くせず“預言者”としての神秘性を演出する『サク』のやり方が合わないと感じる者もいるから、そのアンチテーゼとなるスタンスだ。『メフィスト』は『STList』がリリースされたら、どのみちの回し者扱いだから、それを考えてもこちらは人間味を見せて『サク』に靡かない支持者を集めた方がいい」
ノアはそこで一度咳払いをして間を空け、真琴の気を引く。
「それで、クラプロに続くスキャンダルの第二弾なら既に用意できている。今回こそ、タレコミを増やす為のキャンパス内のネタ――ターゲットは去年のミスコンにも出ている3年の沖宗結乃だ」
「その沖宗が既婚者である某大企業の社長と不倫関係にある、という噂を聞いている。手始めにその決定的証拠を掴みリークする。勿論、投稿の方はより影響の大きい企業側のスキャンダルとしてだ」
「……で?こんな大所帯でストーカーするんじゃないでしょうね」
「ああ、今回に関しては強力な助っ人を用意している。俺の知り合いで、探偵兼“情報屋”の宮尾麗音という人がいるんだ」
ノアは「ABY」の検索で宮尾麗音を見せて、彼女が実在することを真琴に示す。
「この人、やり手なの?」
「それはもう!『不貞の死神』って言うくらいですから!」
未良がすかさず答える。
「自分で名乗りたい異名とは思えないけど……意味だけ聞かせてもらえる?」
「宮尾の本職・探偵の業務は多くが浮気調査だ。彼女は探偵としてそれに特化した慧眼を有し、たとえ依頼がなくとも日頃から浮気の現場を察知してはその証拠を握る。そんなときに“情報屋”としてカップルへ法外な額を請求し金を脅し取っているそうだ」
ちなみに、先程全く同じ文言を麗音の前で未良へ語ったところ、
「人聞きが悪いな、ノア。私が証拠を高額で突きつけるのは、浮気した人間に口止め料の支払いを諦めて貰う為だよ。全部バラしてそういう不埒な輩を破局させることの方が重要だし、私のやりがいなんだから」
――とのこと。未良は辟易しているようだった。
「あの人の力なら問題ないと思います。あの人は私達が『ABY』でバラすのを期待してるので……自分の名前が出なくても張り切ってやってくれるはずです」
「……ふーん。まあ、それならその人任せで良いのね」
それ以降は『サク』としての経験値も踏まえた立ち回りを真琴へいくつか教えた後で、彼女を個室から退席させる。
――これで、真琴に対する“仕掛け”も済んだ。
「もしもし?」
その直後に、ノアは麗音へと電話を繋げた。
「宮尾か?どうだ、不倫の証拠は掴めそうか?」
「いや、残念だけど“まだ”彼女は事実無根。清楚ないい子って感じだよ。私の嗅覚が反応しない」
「そ、そんな……!?」
横で聞いていた未良は狼狽している。
――まさか、3人ともとは。
ノアにしても、溜息を漏らさずにはいられなかった。
まず沖宗結乃に関するスキャンダルについては、根も歯もないハッタリだった。麗音にはサークルの活動開始前から沖宗を張らせていて、彼女の実力ならば既に何かしらの収穫を得ていてもいい。
何より、3人に同じ説明をして、報告内容が全く変わっていないというのが最大の証拠だ――あの3人は、誰一人としてこちらの言うことを信用していない。
確かに、沖宗についてのこちらの提示する話が噂であったことは事実だ。相手が経験豊富な“情報屋”だったなら、この話だけでは鵜呑みにしない職業病が備わっているのも分かる。
しかし3人は違う。ノアにはクラプロの件で「サク」よりも早くリークをしたという実績、そして本来は味方になったという信用もある。そして彼ら自身も「メフィスト」で成功を収めたいと思っているのならば、普通はこの噂に対して一縷の期待という名の“盲信”すら無かったはずはないのだ。
――思った以上に癖のある連中らしいな。
未良と共に普段のラウンジへ戻ったノアは、気付かれない程度に意識して気を張った。
「あの、そう言えばなんスけど!」
こちらの顔を見るやいなや、陸朗が声を上げる。
「歓迎会って無いんですか?全然その話題出ないから、ちょっと不安になっちゃって」
「歓迎会、ですか?」
未良は首を傾げる。
「そう!大学1年って言ったら自分しかいないし、新歓ってのが違うにしても、こうしてサークルが結成されたんだから、せっかくならパーっとやるもんかと……」
「アンタ、浮いてんの分からないの?ここにいる誰もそんなの必要としてない。ミーハーなキャンパスライフがやりたいなら他所行きなよ」
「え、マジでそういう感じ……?」
陸朗に前回激情した姿は見る影もなく、真琴の迫力に気圧されて小さくなっていた。
「まあ、私はやってもいい派ですけど……。ノアくん、そんなのありませんよね?」
未良も真琴とは目を合わせないようにしているようで、助けを求めるようにこちらへ目を向けてくる。
ノアは思考する――それは、最大の敵である劉のことだった。
3人がこちらを信用していないと分かったとはいえ、現時点で劉の手が既に及んでいるとは考えづらい。
“フレイム”に対してはみすみす発動させない為の策も講じているが、後出しでも信頼関係を作り出せるあの能力に対してだと、ノアの嘘で彼らの信頼という結果だけを得るのでは意味がない。
対策をするならこちらを疑う理由そのものから把握して、正確な“歴史”をこちらでも理解しておく方がいい。今は嘘を用いずに、信頼は直接築く余裕がある。
「勿論、歓迎会ならある。もうセッティングも済んでいる」
ノアは表情を変えずに返答した。




