#3 炎に寄り添うもの
【前回までのあらすじ】
アイラン・ローチの創設する「STList」との協力を取り付けたノアは新しく“情報屋”サークルを樹立するべく、新たなSNSアカウントでクラプロの騒動を「サク」よりも早く告発したように見せかける。そして、新アカウントの投稿を通して暗号でメンバーを募集し、指定した日にはノア、未良の他に3人がアジトへ集結していた。
「ようこそ。商学部2年の架殻木ノアだ。演劇サークルの形を取るというだけで、まだサークル名も決定していない。俺が部長という形を取りはするが、今日集まった皆とは活動方針から共に作り上げたいと思っている」
集まったのは男が2人で女が1人。アジトには3人は座ることできるソファが向かい合わせに2つ立っているが、ノアと未良の反対側に腰掛けているのは男の2人。女は近くの壁に立ってもたれ、視線はスマートフォンに向いている。
3人には最初に、アジトへ敷かれたプライベートネットワークへの接続を促した。無論これは遠隔でこの場を監視している乙丸の管理下にあるもの。監視カメラだけでなく、3人の電子機器を抑えることで各々の動きを把握する為のものだ。
「では、まず1人ずつ自己紹介を。……未良」
「あ、はい!私は牙隈未良って言います!まだ高校生なんですけど、このノアくんのいとこということで所属することになりました。一応女優志望ってことで事務所にも所属はしてるんですけど……。あまりお仕事も無くて」
「……なんだ、やっぱりそうか」
ふと口を開いたのは集まったうちの1人である女。
「え?」
「アンタ、マジで忘れてんの?別に覚えられてたって嬉しくないけどさ」
「あ、あー!真琴さん!」
未良は目を丸くさせる。
「知り合いか?」
「えーっと、知り合いというか……」
未良は真琴というその女にちらちらと目配せして、声を発するのを躊躇っているようだった。
「言わないで良いよ、他人に紹介されたくないから。
商学部2年、高千穂真琴。元々その牙隈未良と同じ事務所で、先輩ってことにはなってた。ま、少し前に辞めたけどね」
「なるほど。念の為聞くが、演劇がやりたくて……って訳じゃあないよな?」
「まさか。当時も本業はアイドルだったしね。全部引っくるめて芸能がつまんないから辞めたんでしょ」
こちらを見向きもしないまま、真琴は吐き捨てるように言った。
「……ああ、そう」
――見るからに面倒そうな女だ。
ノアは未良へ「どうにかしろ」と目で訴えてみるが、未良は恨めしそうにこちらを睨み返して来た。
対話を拒絶している。ノアと自分とで陰口を叩いているように思われたくないのだろう。未良にしては珍しい反応で、それだけでも真琴に対する苦手意識を想像するに余りある。
「あ、次僕かな?」
微妙な空気が漂うのを察知してか、ソファにいる男のうちの1人が声を上げる。
「えー、法学部1年の柏葉陸朗っス。実は僕、『サク』の大ファンなんスよね。ここなら『サク』みたく、なんか大きなこと出来そうなんで来ましたー」
この陸朗にしてもノアには目もくれずに、その横の未良へ熱い視線を注いでいる。
「よろしく、未良ちゃん!」
「あ、ハイ……」
対する未良はこちらへ顔を逸らして彼と視線を合わせようとせず、胴体をソファへ押し付けるように引く。露骨に警戒しているようだった。
「ああ、柏葉って。アンタだったんだ」
真琴が思い立って口を開く。
「どうかしたか?」
「知らないの?今年の1年にあの『柏葉羊大』の弟がいるって噂になってたけど」
「柏葉羊大さん、ですか?うーん、どこかで聞いたことあるような……」
「宇宙飛行士、柏葉羊大のことか?この間地球を発ったってニュースになってたが」
「ああ、そうですね。それ、僕の兄貴」
陸朗はそう言って愛想良く微笑む。
「いやー、まさか真琴さんみたいな先輩にまで自分のことを知ってもらえてるとは思わなかったなあ」
「いきなり下の名前で呼ぶな。気持ち悪い」
挨拶が始まってから初めて顔を上げた真琴は、陸朗を睥睨する。
「アンタのことを知ってるんじゃなくて、アンタの兄貴のことを知ってるって言っただけ。アンタが兄貴の面汚しになりかねないしょうもない人間だってことは、今初めて知ったから」
「あ……?」
笑顔の消えた陸朗は唐突に立ち上がる。そして真琴の間近へ歩み寄ると、顎を引かずに彼女を見下ろした。
「最悪。近過ぎなんですけど」
「喧嘩売ってんのか?アンタ……」
「普通にこっちのセリフでしょ。暴力沙汰にしたい?アンタが呼び方を自重すれば済むだけのことで」
「止めろ2人とも。高千穂も簡単なことで人を煽るな」
ノアの横槍に我を取り戻したのか、陸朗は真琴から数歩後退して離れる。
「釘刺しとかなきゃつけ上がるでしょ。それとも何?この男と仲良くやってれば指名料でも出してくれるわけ?」
「円滑なコミュニケーションはサークルを上手く動かす上で欠かせない条件だ。入部希望だと言うなら、最低限協力的な態度は取ってもらわないと困る」
「困ってれば?大前提、人に媚びなければ獲得できないような環境に興味はないの。追い出したければ追い出せばいい」
「……マジかよ、この女」
陸朗がそう呟いてソファへと戻る。
この高千穂真琴という女に固執する必要も特にないが、彼女がこちらの仕掛けを突破して“情報屋”サークルに辿り着いてしまっていることは事実だ。追い出すとなれば、それに応じて彼女の接近を過去改変で無かったことにする必要がある。その手間と影響を考えれば、その決断を下すのは軽率すぎる。
「じゃあ、最後」
一旦場が落ち着いて、全員の意識が陸朗の横――ここまで一度たりとも言葉を発していない男に集まる。
「御代龍生、文学部3年。よろしく」
「ああ、よろしく……」
この龍生については他から何らかの補足も入ることがなく、言葉だけの挨拶の後には奇妙な静寂が流れた。
「な、なんか『初対面だから仕方ない!』とも言えないような、どこか末恐ろしいぎこちなさを感じる、ような……?」
「別に何だって良くない?アンタの横にいる部長だって、このメンツで馴れ合おうだなんて思ってなさそうだけど」
「いや、それは……まあそうですよね」
未良は少しの擁護もなく、苦笑いを浮かべた顔をノアの方へ寄せてくる。ノアはそれを片腕で押し除ける。
「確かにお前の見立ては正しい。俺が、そしてこのサークルが優先するのは結果に他ならない。
この場を特定できた時点で皆分かっているとは思うが、俺が先日『サク』よりも早く芸能事務所『クライス・プロダクション』のスキャンダルを『ABY』の学内限定サーバーで流した」
「あれ自体は俺自身が保有していたとっておきのネタだ。俺自身の情報収集力には限界がある。
しかし、一度でも『サク』を情報の早さで超えたという事実は残っているし、それを学内外へ拡散する準備は整っている。今こそ、俺たちには『サク』を脅かす存在となるチャンスを得た」
「脅かすって――」
話を遮ったのは、「サク」を支持しているという陸朗だ。
「確かにそれだけの可能性があると思って自分も入ってますけど。部長、『サク』の強みは速度だけじゃないっスよ。この5人だけでオールジャンルの情報を調達するのは無理だと思いますよ」
「それに関しては用意がある。『STList』だ」
「『STList』?何ですそれ」
「『ABY』を今後脅かす可能性のある新たなSNSだ。それに当たって『STList』は本社のあるセントルイスを中心に現地の“情報屋”を専属として引き込んでいる。『STList』との繋がりがある俺たちは、今度のアカウントを通じてのみそのネットワークを引用し、転載することが許されている。投稿がNFTである『ABY』のように、逐一買い取りが必要になるわけでもないから出来ることだな」
「ふーん。それじゃ、私達はどうして集められたの?」
今度は真琴が問いかけてくる。
「勿論、『サク』に対抗する為だ」
「何それ。堂々巡りなんですけど」
「今やタレコミの量も凄まじいであろう『サク』へ対抗するには、広い情報網の獲得と地道な収集作業、その両方が必要だということだ。
『STList』を宣伝することでマルチな“情報屋”を演出することは出来ても、そのイメージが定着したとして集客に繋がるとは限らない。扱える情報を限定し、『サク』が獲得に遅れたり敢えて扱わなかったりで投稿から漏れた先行情報を自分達の“強み”として掬い上げることも重要だ。それを実現するには、間違いなく人数を必要とする作業だと思ったからな」
一通り“説明”を終えたので、ノアはソファに身を預けて未良へ続きを任せる。
「それで、今後の方針のことです。表向きには演劇サークルで活動すると決まっているんですけど――」
「あのー?」
そのとき、アジトにもう1人が入って来る。
「う、嘘だろ……!?」
ノアは呆然と入口の方を見つめていた。
「あれ、ノッくんじゃん!」
そこにいたのは学内で唯一ノアと親交のある学生。
松波夏海――ここに来れる筈のない人物だった。
「お前、前と呼び方違わないか……」
「そだっけ?まあ飽きたら定期的に変えてるし!」
「何だそれ……。って、そうじゃない!どうしてこんな所にお前が来れたんだ!?」
「ああ、夏海ね。アンタじゃなくて私の連れだから」
そう言うのは真琴。
「ここには来ないでって言った筈なんだけど……」
流石に困惑しているのか、真琴も腰に手を当てて項垂れている。彼女はどうやら、夏海へサークルの内実の部分を話していないらしい。
「あ、なんかごめんね?でもさ、さっきのお昼の割り勘、教えてくれたアプリの操作がどうしてもうまく出来なくて……」
「もう、機械音痴なんだからこっちでやっとくって言ったのに……。今大事な話してるから、後じゃダメ?」
「分かった、じゃあここで待ってるから!」
「ったく、この人は……」
夏海へ呆れ返っていることには間違いないものの、口調や声質といった面でやや柔和なものへと変わっている。
「まあ、今のところは居合わせても構わない。どうせ、演劇サークルとしての方針を決めようとしていたところだ。
未良、続けてくれ」
「まずはサークル名、ですね。みんなが事前に見てるアカウントだって、ノアくんの名前が書いてたわけじゃありませんでしたよね?」
「めんどくさ。勝手に決めといてよそんなの」
「いやいや。真琴さんも参加する以上は、やっぱりみんなで決めた方が思い入れも――」
「夏海?さっきの話、暇そうだからちょっと見てあげるよ。スマホ貸して」
未良の言葉を最後まで聞かないまま、真琴は夏海の方へ向かってこちらから背を向ける。
「演劇隊長、アレはいいのか?」
ノアは脱力した状態のまま、未良の背に向けて吐き捨てるように言い放つ。
「何ですか演劇隊長って。変な役職作って部長としての面倒事を私に押し付けないでくださいよ」
今のところ、未良と共に前のめりになって考えているのは陸朗だけだ。
「難しいな。各々候補を練って後日投票するってのはどう?未良ちゃんが気にいりそうなのを考えておくけど」
「いや、そこまではしなくて大丈夫なんで……」
未良は各々の極端な態度に振り回されていい加減疲れているようだった。しかしいつの間にかそれに紛れて、低くて小さな声が未良の耳へ入って来ていることに気付く。
「メフィスト」
間違いない――満を持してそう一言だけ呟いているのは、御代龍生だった。
「なんですか?メフィストって」
「戯曲の古典のひとつ、『ファウスト』に登場する悪魔。主人公と契約することで魂を引き換えに知識と幸福を授けた。演劇と“情報屋”、両方を連想させる」
「へー。詳しいんスね、龍生先輩」
「分かりました。それじゃあ今日から私達は演劇サークル『メフィスト』ということで!」
そして次回の活動日を設定した後、この日の活動は終了する。何故か既に嫌々参加している真琴、物分かりのいい龍生――この辺りを擁した面々となると、“解散”が最も円滑に進む集団行動になるのは必然だった。
ノアと未良が残れば乙丸を含めてその場で話し合いもできるが、そうはしなかった。
それで不信感を抱かせることのないように、基本的には“般若街”で活動直前に打ち合わせをする手筈になっている。
「思ったより癖のある面子だったな……」
そのまま帰路についていたノア。
『半分くらいはノアくんの態度・求心力の問題だと思います!』
去り際にそんな文句を垂れた未良のことをふと思い出して、悶々としたまま自宅へと辿り着いた。
そして、インターホンに指を当てた瞬間――背後に気配を感じた。
ここまでの移動も車だったが、その際に追跡されていた様子はなかった。だとすればこの人物は初めからこの家についてある程度の見当が付いていて、それを踏まえてこの周辺に待ち伏せしていた人間ということだ。
「……押されたら困るんですか?」
手を止めたまま、ノアは首を動かさずに背後へ問いかける。
「いや、私は困りませんよ?お母様に聞かれたくないのは君の方だと思うけど」
思わずノアは振り返る。というのもその声が、自分の有している“古くて新しい”記憶にはっきりと刻まれていたものだったからだ。
「徐羅寧……さん」
「あら、知ってくれてるの?いつの間にか、有名人になっちゃったかな」
8年前にこの寧と一応の面識があったということは、別人の過去を体験することで初めて思い出した。しかし彼女の方がそれを覚えているかも定かではないし、言えば余計な疑いをかけられるのは確実なので、ノアがそこへ言及するつもりはない。
「変なことを言うんですね。貴女のことを知らない人間に、貴女の用は無いでしょ」
「そんなこと!若いのに夢がないのね、綺麗なお姉さんからの逆ナンかも知れないのに」
「――涼霜劉から伝言でも預かってるのか?」
彼女の態度が取り繕ったものにすぎないことは理解している。その名を一度口に出しただけで、彼女の笑顔は途端に失われる。とはいえ怒っているわけでもなくて、無感情故の表情といったところ。
ただ、ノアに対する無関心が否応なしに伝わってくるのは、“そうではない彼女の顔つきを知っているから”だろう。
「勘違いしているみたいだけど、私と彼、一蓮托生って仲でもないの。君が彼を出現させたと考えているなら、その事くらいは分かると思うんだけど」
流石にノアの能力については調べがついているようで、その主張にも一理あった。
徐羅寧の存在自体は、ノアによる嘘の影響で涼霜劉が呼び出されるより以前から、シーカーズの顔として世に出ていた。劉の野望に付き従うだけの器とも思えない。
「俺の能力のことは、誰から聞いた?」
“徐羅”。その姓の真相は無性に気になるものの、一度言ったら最後、彼女の警戒度が高まるのは目に見えている。そのリスクを負う割には切り出す為の根拠が足りない、といったところだ。
「誰からって……そんな事はどうでもいい。私は君にね、変に場を荒らして欲しくないって注意しに来ただけなの」
「どういうことだ?」
「好き勝手に過去を変えても碌なことにならないって話。世の中のSF作品だって、それが話の定石でしょ?」
「変える前が碌でもない社会だった。それに、今や加担してる奴が似たような手段を使っている。俺だけが力を放棄したとして、好転することは何も無い」
寧はやれやれ、と首を振る。
「仕方のない子だな。そんなことをしても意味がないと言っているの。
例えるなら、もし君が更地を欲して他人の家に火を付けているのだとしても、火事が起きるだけでその土地が君のものになる訳じゃない――って感じ。理解できるかな?」
「それが、“場を荒らしている”と?」
「そう。君の横暴に対して、この世界のルールは屈しない――」
すると寧はさらにこちらへ顔を寄せてきて、耳元で静かに声を発した。
「『編綴コード』というルールはね」
「……何?」
この現代という時点で聞く筈のない言葉が飛び出したことに、ノアは少なからず動揺する。
「編綴コード」。それはかつてマスメディアをNFTで統括した「CUSTER」による情報操作の手段。「メディア・ハザード」によって「CUSTER」やマスメディアが潰れた以上、今や何の機能も持たない概念であるはずだ。
「じゃあね、架殻木ノアくん。残念だけど、二度と会わない方がお互いの為かもね」
すぐに離れた寧はこちらへ軽く手を振ると、そそくさと身を翻す。
「待て!『編綴コード』とは何なんだ!どういう意味だ!」
「あ、ごめん!気になる言い方しちゃったかな?でも知らない方が良いよ」
寧は去り際に一度こちらは顔を見せるが、それだけでその真意を推し量れる人種でもない。
「特に“君達”にとっては、ね」
ただそれを踏まえても、彼女の最後に見せた横顔が何故悲しげなものだったのか、ノアには理解できなかった。




