#2 開拓者
【前回までのあらすじ】
架殻木ノアは“般若街”のアジトで再び意識を取り戻す。徐羅一判の行動した1週間分の時間は飛んでいるが、一判の過去の行動によってノアが「サク」であることを否定した世界は再び修復されたらしく、その弊害として「メディア・ハザード」が訪れたという事実を実感する。
その場にいた未良から催促されたノアは、協力者である父・架殻木嶺二を紹介する。そして打倒「ABY」に向けてノアが掲げた次の策とは、自らの通う大学で「新しくサークルを立ち上げる」ことだった。
「――じゃあ今日は予定通り、この前話したことを決行するぞ」
日が改まり、今度は“般若街”のアジトで顔を合わせるノアと未良。先日はカメラ越しだった乙丸もその場に居合わせた。
「ノアくん、『サク』とは別に1から『ABY』のアカウントを始めるんですよね」
「ああ。散々説明しただろ」
ノアが操作するのは今回の為に新しく開設した新アカウント。ノアは既に「ABY」へ「サク」のアカウントと「架殻木ノア」名義のダミーアカウントを有しているので、これが3つ目になる。
「『サク』も今や身動きの取りづらい状況にある。今後も動かすのを止めるつもりはないが、それは“敵の注意を惹きつけるため”だ。今から行う“やり残した作業”によって、『ポスト・メディア』の争いは『サク』とこの新アカウントによるものへと変わる。『ABY』取材部が報道の担い手としてまだ影を潜めている今のうちにやる必要がある」
「……やっぱり、そうですよね」
未良は物憂げな様子でこちらから視線を逸らす。
「気持ちは分かる。だが、これは既に“あいつ”にも同意を得ている。その為に新アカウントでやるって話でもあるからな」
「ノア、向こうは大丈夫だって。繋ぐけどいい?」
乙丸に声を掛けられる。
「ああ。……未良、ここからは不用意な発言はするな」
「は、はい!」
新アカウントは今後身分を隠すことなく、ノアだけのものではなくなる。公にするからこそ他人を使うことができると言うのなら、その利点を活かさない手はない。
パソコンの画面に顔を現したのは、今回の最大の協力者。
ただ嶺二とは違い、普段通りノアが『サク』の本人であることは伏せていることは留意する必要がある。そのため、『サク』としての行動を担っている“般若街”アジトから中継されているこの映像は、場所が識別できないように映っている部分には普段貼られていない壁紙が貼り付けられている(向こうがこちらの作業を目で見たがっていることは明らかで、信用も得るためにはバーチャル背景を使う選択はできない)。
「こんにちはノアくん、そっちは順調かな?」
ノアと比べてもずっと彫りの深い白人男性が、翻訳アプリを通した声で語りかけてくる。
「ええ。『ABY』での動きはこちらに任せてください、アイラン・ローチさん」
「この人がノアくんのお父さん経由で通じたっていう……」
「ああ。近日中に正式発表される新SNS、『STList』の創業者だ」
ノアの父・架殻木嶺二のかつての学友、アイラン・ローチ。彼との接触は記憶の飛ぶ以前から行われていたものだが、過去時点での記憶による邂逅はそれなりに驚きのあるものだった。彼の弟――ジャレッド・ローチに関しては、その悪事も合わせてノア自身の耳でも聞かされていたからだ。ただ嶺二と彼の出会い自体に例の事件との関わりはないらしい。
そして父について、ノアは簡潔に「アメリカの企業に協力している」と未良へ語りはしたが、これは通常の雇用関係を指すものではない。嶺二は『STList』立ち上げのためアイランに手を貸し、現在は散り散りになった元グループの“情報屋”同士で連携を図りその窓口を担っている、いわば“情報屋”の“情報屋”だ。“般若街”の“情報屋”として息子の架殻木ノアへ行き着いているのも、彼が今度の世界で獲得したそのような立場が作用している。
「『メディア・ハザード』時代の象徴であり、そんな社会の治癒を遅らせている元凶でもある『ABY』。『STList』はこれの打倒に向けてリリースされるもの――そのシンボルとして新たなアカウントを『サク』の対抗馬として、利用者を引き抜く」
「でもそれは『ABY』でやるってことなんですよね?『ABY』が盛り上がるばかりって気もしちゃいますけど」
「確かに、当面はそうなるかもしれない。ただ新アカウントの支持者は『STList』へ呼び込む。詳細な情報や先行的なリークを『STList』での公開として、新SNSの方に情報の優位性を持たせることでな。これは『サク』がファンクラブでやっていることだ」
ノアが「サク」で有料フォローを活用していたのには資金調達になるという理由もあるが、それだけではない。支持者に階層を設けることで、熱心な支持者を“信者”として先鋭化させることだ。そういった仕組みさえあれば、ノアの嘘を通しやすくすり、過去改変が容易になる。ローカルレベルの一般的“情報屋”では「その“情報屋”がどうして価値のある情報を持っているのか」という根拠が必要になる。しかしノアはこの有料フォローと実績との相互作用によって、改竄可能な比較的薄い証拠でもほぼ無条件に信じさせる今日の状況を手にすることができたと言っていい。
「そして、最初は『ABY』の中でも俺の通っている京浜大学内サーバー限定のスレッドにリークを投下する。そしてそのリークの内容こそが――」
「クラプロの不祥事、ってことですね」
ノアは黙って頷いた。
あの後、ノアは自身の意識が飛んだ1週間前、きりかとの会話で何があったのかを活動誌で確認した。
「ノアが『サク』であるか」。この質問に対し、ノアは返答せずにリークのことを告げたらしい。
「クラプロのことは自分が誰よりも早く正々堂々と公開する。もし自分が『サク』であるなら、これほど話題性のある案件を『サク』以外の名義で発信したいと思うはずがない。そして自分は、たとえ多くの人間に不幸をもたらすきっかけになろうと“情報屋”としてその選択に誇りを持っている。自分のことをどう思ってくれるかは、実際に自分に傷つけられてみてから決めろ」――と。
得心はいった。確かに当時の自分がもう少しだけきりかへ厳しく当たる気力を残していたなら、こんな風に言ったのかもしれない。
いずれにせよ、この世界でのノアは確かに第三の選択をしたようだ。さらに、あのときのやり取りできりかの想いには気付かされたし、彼女もその気で話していただろう。当然それについても保留するという形で時間は進んでいるということだ。
正義感を示す必要のある「サク」としてでなければ必ずしもリークをする必要はないが、一度日の目に出てしまった以上はいずれ誰かが発表するだろう。そんな中自分でリークを担うのは、きりかに対して語ったという言葉に対する義理でもある。
そしてクラプロの不祥事が明らかになり沈むということは、クラプロがニュース動画を投稿する際に癒着し情報を無償で転載させていた「ABY」にとって、自ら「ポスト・メディア」の獲得へ動き出すまでのタイムリミットが無くなるということを意味する。新アカウントによる「サク」との対立を急ぐのはそういった理由でもある。
「分かってます、今更ゴネたって仕方ないですよね。文句は言いません」
未良はそう言って苦笑すると、アイランが映ったパソコンの方に目配せしつつ続ける。
「でもこの件だって、読んだ人に信じて貰わない限りには何も起きませんよね?今のところ京浜大学の関係者だとは分かっても、どこの誰かも分からない謎のアカウントが言うことを信じてくれますかね」
「時系列的にはこのアカウントが最速で出せるだろうが、『サク』も間違いなくこの情報を握っている。『サク』が後から投稿したのを見れば、この投稿が『サク』を出し抜いたリークだと分かるし、アカウントの信用は自ずと得られるはずだ」
「なるほど……」
やがてノアはカメラへスマートフォンの画面を見せつける。「ABY」に投稿する内容は当然、クラプロの所属声優や従業員が立て続けに失踪していた騒動の概略、そして事務所が主導となって秘密裏に代演をディープフェイク音声とし失踪自体を隠蔽していたこと。これらに触れた投稿が行われる瞬間をアイランに立ち合わせた。
「これで確認できましたか?」
「ああ、できたよ。例の件は進んでいるかい?」
「ええ。今から決めるので、また後で連絡します」
「そうか、それじゃ今日のところは寝るとするよ。こっちが翌朝になったらまた伝えてくれ」
アイランは存外に潔く中継を切った。
「……なんか掴みどころのない感じですね。ノアくんと比較しちゃうと、打倒『ABY』なんて言い出す人とは思えないというか」
「少なくともあまり信用はされていないみたいだね。架殻木嶺二さんと親子だって話が行ってるなら、もう少し心を許してくれてもいい気がするけど」
「あの人にとっても一世一代の勝負ではあるし、慎重になっているんだろう。関係性を深めるなら今後もチャンスはある」
パソコンの位置から見ているアイランのために避けていたデスクの椅子をデスクの正面に戻して、ノアはいつもの位置に腰掛ける。乙丸の方は早速ハッキングの確認をするため自分のパソコンを接続させて作業に取り掛かる。向こうがこちらを信用していないと言うならば、ノア達の方も警戒を緩めるわけにはいかない。
「何にせよ、これで多少は自由に話せるか」
「そうだ、ノア。さっき聞こうと思ったんだけど、この前のクラプロのときは『サク』が投稿するより先に渥美駆真が騒動の情報を掴んでたってことだったよね。そんな彼でさえネット上だと『サク』の対抗馬とまでは評価されていないけど、今回の投稿も同じパターンになるってことはないの?」
「『サク』が情報源としてこのアカウントのことを提示しなければ問題はないだろう。この前の場合元が嘘だったからな。別の情報源を出したのは内容を指定して想定外を減らすためだ」
「それで駆真さんが出てきたんだから、思い通りにはなってませんけどね」
「今回の場合は真実を指摘するだけ。だから投稿の内容について説明は最低限に留めるし、対等の条件で新アカウントが情報の速度で『サク』を出し抜いた、と演出する。新アカウントにしてみれば詳細を割愛するのは情報の信憑性を低くするが、内輪で起きた問題だからリークできたのだろう、と過小評価されるよりはいい」
「スルーされた……」
ノアは、自分が引き続きスマートフォンを触っているのに対して、未良の視線が露骨に集まっていることに気付いていた。
――大方、物珍しく思っているんだろう。
普段「ABY」に触れるときは「サク」として、常に“般若街”にのアジトに固定されているパソコンを扱うというのが決まりだったからだ。
「で、これから本当にサークルを作るんですか?」
「そうだ。サークルと言っても、京浜大学キャンパス内を活動の軸とする“情報屋”サークルだ。元々向こうのアジトだって、そのために大学の近くに作ったんだ」
「でも、どうして今更他の人を?ノアくん、あまり協力者を増やしたがらないじゃないですか。結局こうして能力が使えるならその必要もないってこともあって」
「ああ、活動内容が能力と直接結びついている『サク』としてならな。だが今度のサークルは新アカウントを共同運営する為のもの。入ってくる部員にも俺が『サク』であることを明かす気はない」
「ということは、ハッタリだけじゃなくて本当に“情報屋”として情報を収集する必要があるってことですよね。『サク』と見せかけで対立するだけなら1人でできるわけで、どうしてそんな遠回りなことを……」
「色々だ。能力だってこの状況だからこその使い方もある。それにこのやり方は俺の目的――『メディア・ハザード』を終わらせる為には必要不可欠なことだ。ある意味では『サク』よりもずっとな」
「どういうことですか?」
「そもそも、俺が『サク』として自身で『ポスト・メディア』の座につくことを望んでる訳じゃない。結局のところ、今の社会が抱えた病を治したいのなら、俺の嘘ありきではダメだ」
「その為の新しいSNSってことですか?」
「それも違う。『CUSTER』による権威主義でもなければ、『ABY』や『サク』、『STList』だったとしても一極化しては意味がない。SNSによる消費者の監視をありきとした、民主的で質を競い合うマスメディアを再生させることこそが理想の終着点だ。“預言”でその地盤は固められないと思う」
「こう見えて勘所では綺麗事を言うあたりがノアらしいよね」
乙丸が、あくまで画面を睨みながら口を挟んでくる。
「乙丸、冷やかしてないで作業に集中してくれないか」
「今終わったところだよ。それに、俺は普通に褒めてるんだよ。君を“正直者”だとは言えないけど、全部真面目に言ってるのは伝わってくる。だから信じられる」
「……そうかよ」
ノアも乙丸の方へは視線を合わせず、「ABY」の操作を続けたまま淡々と返答した。
まもなく新アカウントの準備も一通り完了する――あとは実際にサークルを立ち上げるだけだ。
「ということで、ここからは実際に“情報屋”に参加するメンバーを募集するわけだが、あからさまに門戸を開いて歓迎できるものでもない。これからの活動を考えるとな」
「というかそれ以前に、非公認にしても大学の名前で“情報屋”サークルをやるってどうなんですかね。大学とか学生とか、不利益になる情報を売り捌いて有名になるんじゃ、大学も活動を認めてくれなさそうじゃないですか?」
「ああ。だから一般的な“情報屋”の通り、表向きの活動内容は必要になるだろうな――そうだ、お前が決めていいぞ未良。外からの目がある運動系以外でな」
「ええ!?そんな適当な!」
「別に見掛けがどうだろうと関係はないと思ったんだが……そうか、やっぱりお前が任せると適当になるんだな」
「いえいえ、私だって伊達にノアくんの活動見てきてないですよ!そうだな――」
そう言って考え込んだ未良だったが、やがて表情が曇って行く。
しばらくしてから、未良は恥ずかしそうに再び口を開いた。
「……演劇サークル、というのはどうでしょう」
「お前、そればっかりだな」
「というか、一応プロなんじゃなかったっけ」
「いいじゃないですか、そのくらいしか思いつかなかったんだから!演者だけやるのと全部自分たちだけで作り上げるのはまた違った楽しさがありますよ!?」
「そうかもしれないけどさ……」
「いや、お前がいいならそれでいい。特に問題があるわけじゃない」
ノアは乙丸を制止して言った。
きりかを遠ざけたノアからすれば、未良にしても“できれば遠ざけたい他人”であることに変わりはない。彼女に対して何故か過去改変が通用せず、彼女が望んでいるからなし崩しでこの状況が生まれているだけ。「サク」、あるいは今度の“情報屋”サークルにしても、拒絶せずして活動が成立しないわけでもないのだが、反対に彼女へはこちらから何かを追及する必要すらない。
ノアにとって気になることがあるとすれば、彼女がここにいる理由だ。彼女には彼女なりの目的があって、ノアを頼らないのであれば女優として成功することが目的に近付く為のひとつの方法だったはずだ。その話もなしにこの場に居続け、こちらの側に“遊び”の演劇を求める彼女が、根底で何を考えているのか――ただそれもまた、聞くまでもないことではある。
「では、演劇サークルということにする。お前が言うような活動を積極的にする気もないが」
「はい!そうなると、募集も演劇サークルのってことになるんでしょうかね」
「うーん、嫌々“情報屋”をさせられるわけでもないしね。上手く希望者を少なめに集められるような仕掛けがあるといいんだけど」
「それに、最低限頭の使えるやつがいると良い。馬鹿正直に情報収集をする気も更々ないんだがな。そういう意味でも、この場に辿り着くことを“入部テスト”とする。考査するのは3つ、“情報屋”への興味と、暗号に勘付く観察力、それを看破する思考力だ」
「具体的には?」
「そうだな……作るのが面倒だ、ここは“能力”に作ってもらうとするよ」
スマートフォンを掲げるノア。
実時間を弄して拵えるよりも、先ほど約束した通りにアイランへ“事後報告”をすれば効率良く、良質で適当な暗号が調達される。
そして3日後――指定された表アジトにはノアと未良の他に3人の学生が集まった。




