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VGOO(ボーゴ)〜嘘の導く並行世界渡航〜  作者: 喫痄
流転・徐羅一判編
20/59

#6 繰り返すもの

【前回までのあらすじ】

「ミライパーク事件」の真相を辿る一判は、岼果の誘いで事件現場のテーマパークを共に調査する。

調査では「編綴コード」の入手手段を突き止めて大きく前進したが、その帰り道、一判は岼果の嘘に言及する。その途中、2人を撮影し姿を現したのは「日刊大宝」の記者・渥美寧だった。

 (ねい)の姿が目に入るや否や、(ゆり)()の顔は瞬く間に青ざめていく。


(あつ)()さん、どうしてここに?」


 一判(いちばん)は岼果の恐慌を見たことである程度平静を保てていると感じる一方、こうして間に合わせで繕った質問が口を衝く辺りに自身の焦燥を自覚していた。


「すみませんね、実は今までずっとイチバン先生の足取りは追っていて……。でも、やっぱり貴方にお願いしてよかったです」


 例によって愛想のいい笑顔を惜しげもなく振り撒いてくる寧。今となってはそうして目を細めるのが、こちらから瞳の奥を隠すことで察知され得る意思の領域を狭めていると言っていい。

 岼果の方はこの空笑いを向けられた直後、慌てて首を正面である一判の方へと戻す。

 ――間違いない。牙隈(きばくま)さんは渥美寧のことを知っている。

 確信した一判はカメラを構えた寧の前へ数歩、岼果の姿を隠すように乗り出した。


「……私にお願いしたことについて、何か目的があったということですか?」


「だって!その子が殺人の依頼者、ということでしょう?」


 寧は再びカメラを構えて、岼果を中心に2人の写真を撮影し始める。


「予想の斜め上ですよ、まさか人気絶頂のアイドル牙隈岼果が、当時はまだ幼少にもかかわらず父親を手にかけたというんですからね。これだけ闇の深い事件ですから、今までジャレッド・ローチの背後へ捜査が届かなかったのも、警察側の忖度という可能性もありますよ――」


「待ってください」


 弾んでいる声を途中で遮ると、少しの間があって、また寧はゆっくりとカメラの横から顔を見せた。


「……何ですか?」


「本当に彼女が父親を殺すよう依頼したと思っているんですか?」


 寧はやれやれ、と言わんばかりの苦笑を見せつける。


「ええ、まあね。私はこのスクープを会社に持ち帰りますから、『日刊大宝』はいずれそのように告発するでしょう。それとも、別の可能性がありますかね?そうだな――あるいは事件の関係者が結託して彼女を庇ったのであって、実行犯が岼果ちゃん、とかですか?(かさ)()さんがジャレッド本来の標的だったという証言を拾うとすれば、そちらのストーリーでも面白いかもしれませんね」


「そういう意味じゃありませんよ。本当に貴方がそんな風に思っているのか、と聞きたいんです」


 寧は苦笑を維持したままこちらを見つめている。


「俺が牙隈さんに訊ねたのは『どうして嘘を吐いているのか』、その一点だけです。初めから彼女が犯行に関わっただなんて思っていない。むしろ、その逆です」


「逆、とは?」


「事件の調査がある程度思うように進められた一方で、この牙隈さんの言葉だけがそのノイズになっているということですよ。まるで、牙隈さんが自ら疑われに行っているような」


「事実に基づいた言葉なら、彼女が墓穴を掘っただけでは?」


「違うでしょうね。少なくとも俺は『席の下の物置きは持ち上げて開く』なんて話、彼女が先ほど会話の途中であからさまに仄めかした以外では聞いたことがありません」


 一判と寧、そしてカメラのデータを閲覧する未来の視聴者――この場全ての注目から外れた今、岼果はついに演技することをやめたのだろう。ひた隠しにしてきてたった今も大きく波打っている緊張感が、一判は背後からでも手にとるように分かっていた。


「話してみてくれないか、牙隈さん」


 わずかに首を後方に回して話しかけると、対する岼果は半身だけを向けてその言葉を受け止める。それが本能的な怯懦の現れであるというのは明らかだ。

 そして、だからこそ一判は岼果の潔白を確信できた。一判が今から何を言おうとしているか、自分にとって敵か味方かの判別くらいはできる言種(いいぐさ)だったはずだが、岼果は尚もそれを拒絶しようとしている。それが自然な感情として発露されているのは、そこまでの過程に不自然・人為的な操作が加わった根拠として十分だろう。


「というか、理由だったら正直見当は付いているよ。俺が事件の“調査役”に抜擢されていて、君がそこへ色んな意味で執着するような構図、事件に多少の因縁があったとはいえ、現役のアイドルと小学校教師の間で簡単に起こることじゃあない」


「でも、私……!」


「大丈夫だ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。『カスター』のNFT化専用の機材だから、これなら『日刊大宝』にも負けないよ」


「本当ですか……?」


「ああ。あらゆる意味で勝算があるから、君の嘘もこのタイミングで暴いたんだ」


 明確な矛盾が塗り替わる体験さえなければ、改変を乗り越えてもその認識は得られない。岼果と寧のいずれかがこれを信じるだけで事足りる。細かな証拠を捏造することもしていないのは、これが2人ともに信用されていない正真正銘の嘘に終わっているとしても、いくらかは圧力としては機能するからだ。

 岼果は横の寧にも目配せをして少し考えたようだが、やがて唐突に頭を下げる。


「――ごめんなさい」


 一判と寧、どちらに向けた謝罪かは判別がつかない。恐らくは岼果自身もそうだろう。(こうべ)を垂れたとはいえ、それは拳を胸に当てて抱えるように背を丸めたもの。どちらかと言うと、両者から目を切ることが主な意図であるように映った。


「私、脅されていたんです……。あの、記者さんに……」


「君自身のの立場を怪しくするような口裏合わせをして俺に接触するように、ってことだね」


「はい。家族のこと――妹のことで不祥事の記事を作られたくなかったら協力してくれって……。事件についての条件も先生に吐く嘘の詳細まで事前に決められていて、おかしいことには今日自分で実際に言ってから気付いたんです。でも、後には引けなくて……」


 一判は背負っていた鞄に重さを感じていた。恐らく、先ほどの嘘が実現されたのだろう。

 無論、それを信じたのは岼果だろう。彼女がちょうど嘔吐するような姿勢で地面に向かって事情を呟いているのは、限界に達していた重圧をそのまま吐き出しているに過ぎない。

 改変に至った要因を挙げるとすれば、少なくとも岼果が自分で偽っていた関係値を信用したわけではないだろう。一判の本心はともかく、彼女はそこまで傲慢な性格ではない。大方自身の苦悩から逃避するため、救いとなる方を盲信したといったところだ。

 ただ一判からすれば、この期に及んで彼女の性根を疑う気もない。数年越しで、他人の為の偶像でない彼女を目にしたことの安堵。彼女に対する感情については、それが全てにおいて勝っていた。


「笠井皆幸(みなゆき)さんは、被害者の牙隈(きざ)()さんが自分との手違いで殺されたんだと語っていました。もしそれを正しいとするなら、これほど簡単な考察もありません。『編綴(へんてつ)コード』が外部に漏れることを恐れた(しょう)(れん)グループがあの日笠井さんを呼び出して、殺し屋を差し向けた。ジャレッドが受け取っている報酬もその鍵でしたし、間違いないと思います」


「なるほど、そこまで。それはまた、私たちも随分と出し抜かれてしまったようですね」


「どんな切り取り方で恣意的な報道をしても、俺は今の完全なやりとりを公表します。同じく保証された情報である以上、どちらが信用されるかは明白です」


 何も言い返さず、こちらに渋い顔を見せつけて来る寧。明らかな演技だ。

 それは岼果のように人を欺くような高度な代物ではない。ただ、それも寧の想定の内だろう。

 彼女の嘘は趣が異なるのだ。こうした演技や嘘とは何か身を守る意図から決行されるものである一方、彼女の場合は初対面からここまでの言動に至るまで、その背景に当たるものを何ひとつ読み取ることができない。


「少し意外でした」


 寧はわざとらしく嘆息してから切り出した。


「思ったより物騒なことを仰るんですね。“イチバン先生”――争いを好まない、穏やかな方かと思っていたのですが。まあ、小学校の教師としてはその方が()()()のかも知れませんね」


「何を言いたいのか知りませんが、そちらのせいでしょう。火の粉が飛んできたら誰だって振り払うのは当たり前です」

 

「火の粉といっても、その記事に先生の名前は載せませんよ?」


「いや、そうだとしても――」


「『こちらが悪いから』?……やっぱり意外です」


 寧はカメラの電源を切って、こちらにゆっくりと歩み寄る。


「仮に『日刊大宝』と先生のリーク、対等な条件で同時に発信されたとしましょう――確かに結果的としては貴方の情報の方が多くの支持を集めるでしょうね。でも、今の世間は岼果ちゃんがミライパーク事件に関わっているという事実すら知りません。情報が出る時点で彼女に対する疑念は残るんです。会話の記録を提示しても、貴方の推理だけでは証拠になりませんから。つまり、最終的な判断を下すのは彼女を実際に起用するメディアということになります。現状の岼果ちゃんが周囲から信頼されているか否か、そこが争点になるわけです。

 貴方はそこまで見越していて、岼果ちゃんを信頼できるんですか?彼女は公の場では偶像に徹し、貴方の前でもたった今まで自らを偽っていた子です。その行為に彼女自身の悪意はなかったでしょう。ですが重要なのは、貴方が今の彼女を何も知らないということの方です。もしかしたらこれだって、元々問題のある彼女を体良く干したい業界全体の動きの一環かもしれませんよ?」


「それは……」


 至近距離に迫った寧を目の前にして、一判は思わず言葉に詰まる。仮にも岼果を脅迫して操った張本人とは思えない開き直った口ぶりだが、なぜかそうは思わせないだけの迫力がある。

 それは自信、とも違う。むしろ、これは寧が自らの威信を賭けて放っている言葉ですらない。面と向かって野次を飛ばされているようなものだ。


「この状況、私たちのやり口が卑怯であったのは間違いありません。それがこの場の善悪を判断する根拠になっただけでしょう?だから意外、と言ってみただけです。子供の良識を育むべき教師に相応しい、立派なお人柄だと思いますよ」


「そうじゃありません」


 一判は寧を真っ直ぐに見据えて返答する。


「俺は常々、自分が小学生を導くのに向いていないと痛感しています。やっていることといえば精々クラス内の治安を穏便に保つくらいで、人間形成に携わる指導者として満足な仕事ができた覚えはありません。

 ただ俺は、自分の存在する領域に責任を持つだけです。貴方がどんな悪事を働こうが裁くのは俺じゃない。正直なところ、善悪なんてものには興味がありません。でも俺の生徒が今まさに傷付き、排斥される用意が進められている。今の牙隈さんがどんな子であるかに関わらず、この事実があるから俺は食い下がるんです」


「なるほど」


 寧はさらに一歩一判に詰め寄って、2人は互いの体温が感じられるほどに接近する。口角は釣り上がっているが、今度は寸前に迫った両の眼がしっかりと見開かれていた。俯瞰すれば表情にして普段より不気味なのかもしれないが、この距離ではそれも判別できない。


「大変興味深い考え方です。ますます貴方のことが気になっちゃいました、先生」


 結局何故近づいたのか――寧はこちらが後退りしたのを引き止めるわけでもなかった。ただ再び互いの姿が視認できるようになると、寧は見慣れた微笑を向けてきた。


「じゃあ先生に免じて、業務外のオフレコを。私のしたことだけは教えておきますね」


 突然踵を返した寧。一判と岼果から離れていく。


「先生と笠井皆幸さんの面談を傍受していたので、彼が『編綴コード』を有していた本人であることを先ほど報告しました。報告先は『CUSTER(カスター)』社です」


「え?『カスター』……?」


 その声は岼果。彼女からすれば、話題が逸れていくような感覚になっていることだろう。

 しかし一判の方は、この時点で思い当たる節があった。


「それでは、またどこかでお会いしましょう。先生、学校で会った時に記事のノルマの話はしましたよね」


「え?はい、まあ」


「すみませんが、保険として取材を進めていた貴方と岼果ちゃんの関係を示す記事も形になりそうなので。そっちの方では先生の名前も出てしまいますが、ご了承ください」


 一判は寧がその場から消えるまで声を発することができなかった。



「あの、先生。本当にごめんなさい。全部私のせいで――」


 寧がその場を後にして、落ち着きを取り戻した岼果が話しかけてくる。しかし急速に思考する一判の脳は、生返事ですらそれに応じる余地を残していなかった。

 自分と岼果のスキャンダルのことではない。それは予測していたこと――それでもなお恐ろしい事実ではあるが――それにしてもまた、直面している疑惑の裏付けが取れることで真価を発揮するものだ。


「……先生?」


「まさか」


 ――番号は手元に無い!

 一判は急いで自宅の方へ駆け出した。


「先生、どうされたんですか!?」


 後をついてくる岼果に構う余裕もなく、自身の部屋に戻った一判は急いで保護者名簿をパソコンで開き、笠井皆幸の電話番号を確認する。


「もしもし笠井さん!(やお)()一判です!」


「せ、先生!?」


 電話越しで耳に届く環境音はなく、どうやら皆幸は自宅で休日を過ごしているらしかった。ただその第一声は、一判からの直電が意味する非常性を十分に理解しているものだ。


「すみません、先日の面談ですが、内容が傍受されていたようです。一刻も早く、第三者に捕捉されない場所へ逃げて下さい!」


「何だって!?そんな、どうすれば!」


 焦りつつも思案していると、岼果が部屋に上がっていて、こちらへ心配の目を向けていることに気付く。

 ――これだ。


「ああ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「え――」


 改変は皆幸の返答を待たない。

 直後、片耳から風音、そして自動車のタイヤの地を噛む音が耳朶を打つ。


「な、何だ!?どこだここは!?」


「詳しくは後で説明します!それよりも、伺いたいことがあります!ご自分で口にするのが躊躇(ためら)われるようなら、はいかいいえだけで結構ですので!とりあえず逃げることに集中してください!」


 この際、能力に気付かれようと問題では無い。一判の頭にあったのは皆幸本人の命ももちろんだが、希理花(きりか)のことだった。たった今不可能を可能にする力が宿している以上、二度と同じ轍を踏むわけにはいかない、その一心だった。


「は、はい!」


「まず私は、先ほど『編綴コード』が『カスター』に関係していると聞きました。その上で推測ですが、『編綴コード』とは『カスター』由来のNFTの内容を改竄するためのコード、ということですか?」


「……その通りだ」


「やはり……。だから渥美さんはあんなにも強引に俺たちを誘導したのか」


 ジャレッドが口にしたもう1人の面会申請者、つまりミライパーク事件について後ろ暗い部分を抱えていたことで嘘を信じた人物とは、「カスター」の社員である涼霜(すずしも)(そう)の母・涼霜真友(まゆ)だった。

 そもそもジャレッドが笠井皆幸や涼霜真友のことを言葉通り知っていたかは怪しまれるところだ。笠井皆幸の方は匿名の通報者であるため、ジャレッドと面識があるとは考えづらい。ましてや、実際彼が面会相手の名義として承認したのが笠井の方であることも考えれば、涼霜真友本人の重要性についてここで断ずるのは不可能だ。ただ確実なのは、彼女自身が「カスター」社員としてジャレッドに対する心当たりがあったこということだけ。しかし、ずっと不確かだった「編綴コード」はその状態でこそ現実味を帯びる――世界的企業による組織的な共謀を想定することこそが、青蓮グループ内に留まらないその闇を適切に評価するための数少ない妥当な筋道ということだ。


「専用の機材でしか得られない編集不可のNFT。これは裏を返せば情報の権威主義を裏付けるものです。それに加えて編集不可の前提さえも覆せるのだとすれば、あらゆる事実を自在に()()し作り上げることが可能になる。だから『編綴コード』、ですか」


「『カスター』はそれで、SNSの台頭で揺らぎかけたマスメディアを救いました。恐ろしいことに、こんな不正が世界中で浸透しているのが今の時代です。それを知った人間が外部なら誰であっても粛清されるのは間違いない」


「青蓮グループに留まらず、それらの中心にいる『カスター』こそが事件の首謀者ですか……。確かに『ミライパーク事件』は非常事態を示すサインで、そんな回りくどい手段をとったのも、交信相手が社外だったからと考えれば納得です」


「あ――」


 皆幸は唐突にそんな音を発した後、不自然な沈黙を始めた。


「あの、笠井さん?」


「……すみません。希理花にはごめんと伝えてやってください」


 悪寒がした。

 嘘を使って現実的な範囲内で避難させたところで、敵がそれで通じるスケールでないということを、たった今の会話で確認したばかりだ。


「笠井さん!?大丈夫ですか、笠井さん!?」

 

 しかし一判の頭が状況を整理するまでもなく、その瞬間は訪れる。

 結末は聴覚だけでも察するに余りあった。自らの人生では当然初めて聞くものだが、ノアの記憶の方が、その破裂音を本物のそれだと叫んでいる。

 やがて、電話は突然切断された。間違いなく、何者かによる故意の切断だ。


「あの、どうしたんですか先生!」


 呆然とした表情のまま、一判は岼果の方を向く。

 ここで嘘を吐けば、皆幸の安全はひとまず確保できるかもしれない。しかし、寧が語った行動を岼果が耳にしてしまっている以上、狙われている事実を否定してそれを信じさせることはできないだろう。少なくともこの場では、笠井皆幸が殺されるということまでを否定することはできない。

 こうして絶望的な気分でいると、一判はふと、意識があまりにもクリアなことに思い至った。

 確かに『ミライパーク事件』や『編綴コード』のことは解明できたかもしれないが、能力を使えた時点でまだそれは達成されていない(そもそも寧の差金で接触してきた岼果の渡した手紙にどれだけの真実味があるかも信用できないが)。

 とにかく、ノアの記憶が尚も混じっている今、それでもこの状況に対してはノアの心当たりが全く無い。このような事態はノアの記憶や能力を授かって以来、初めてな気がした。()()()()()()()()()、ということなのだろうか。

 


 次の月曜日、一判は態度をそのままに教壇に立っていた。しかし、教室に笠井希理花の姿はない。


「――今日の社会の授業では、引き続き憲法のことについて学びます」


 岼果とはあれ以降連絡を取っていない。意味がないからだ。

 どれだけ世間を味方につけるよう工夫をしても、『編綴コード』がどんなに過激で非現実的な報道でも真実にしてしまう以上、太刀打ちのしようがない。それでも自分たちを守ろうと『編綴コード』を敵に回せば、それこそメディア全体を相手することになる。勝率をむしろ下げるだけだ。


「三権分立のことは前回で少し触れたよね。それで我々国民というのは、これら3つの権力がきちんと機能しているかを監視していなきゃいけない。では、これとは違って『第4の権力』なんて言われている団体があるんだけど、何だと思う?」


「はい、マスメディアです」


 クラスで1、2を争う成績の涼霜壮が真っ先に挙手して返答する。


「うん、そうだね。マスメディアは報道するということを通して我々が権力を監視できるように情報をいち早くみんなに伝えるという役割も持っている。――とまあ、少し前までは教えていた。ただ実は、それも今後は状況が変わってきそうなんだ。だから教科書に書かれていない内容でも、みんなには少し頭に入れて欲しいことがある」


 チョークを置いて一拍する一判。若干空気が変わり、大抵の生徒はこちらに意識が向いたようだ。


「まだニュースでも大きく取り上げられていないから皆知らないと思うけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 かつての後悔を払拭するどころか、笠井皆幸の死を阻止できなかったということ。岼果が「日刊大宝」にスキャンダル記事を書かれて、これもまた真実として正当化されるかもしれないという危機。それら全ての背景である『編綴コード』。全てを解消する方法はこれ以外にない。


「下火になってるテレビ・新聞・ラジオはもちろん、ネットニュースだって発信方法が違うだけで、そういった報道機関が最新の情報をみんなに届けてくれている。だけど、()()()()()()()()()()()()()()ってところまで来ているんだ。もしそうなったら、正しい情報をひとつ手に入れるのにも苦労する時代が訪れる。覚悟しておいてほしい」


 刹那。2つの意識がぐるぐると回る。

 教室内に変化は起きていない。しかし、思考の方は悉く圧されて沈み出していた。今の嘘によって身に起きた異変だということは明らかだ。

 実際に意識が溶暗するその瞬間まで、一判はその臨死体験とも感じられる意識下の渦動を認識できていた。



「じゃあ、次のページ――」


 ()()()、平然と一判は授業を進行させる。一連の様子を不自然に思う生徒は1人もいなかった。

「流転・徐羅一判編」以上になります。

次週新章とするか幕間的なのを挟むか少し悩んでいて、後者の場合は短くなる分1週待たずに公開してしまうかも知れません。

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