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VGOO(ボーゴ)〜嘘の導く並行世界渡航〜  作者: 喫痄
流転・徐羅一判編
18/59

#4 異邦人

【前回までのあらすじ】

牙隈岼果の父が殺害された未解決の「ミライパーク事件」とその関連が噂される「編綴コード」の謎を解き明かすため、一判は渥美寧の協力を得つつ、嘘を駆使して事件の実行犯・ジャレッド・ローチとの面会を取り付ける。

「この会話は筒抜けなのだから、相手が誰であろうと事件のことを明かさないのは当然だろう、馬鹿なのか?」


 翻訳アプリが精一杯丁寧に翻訳する一方で、ジャレッドの英語の悪さは元の英語の段階で十分に理解できるところだ。


「確かにその通り、多くをこちらから聞く気はありません。でも、そっちは俺との面会を受け入れた時点で聞きたいことはあるでしょ?それが何なのか、聞かせてもらいたくてですね」


「――まず申請が来た時点で、貴方が自分の名前を偽って申請したことを確信しました。有罪の人物と会話する上で刑務所の身分証明をすり抜けるのが難しいとはいえ、それを乗り越えたと考える方がまだ現実的だ」


 ジャレッドは不機嫌そうに小さな声で話し出す。事件との関連性はないと判断しショートメールを送らなかった保護者もいたが、今日その1人と面談した際に、一判(いちばん)はこの刑務所に勤めている知人の存在を嘘で仕込んでいる。“申請した”という過去に留まっているショートメールの嘘だけを成立させたところで、必ずしも面会が開かれたというわけではない。ジャレッドの言う通り、それを成立させるには身分証明を通過する必要があるからだ。二次効果への過程をバタフライ効果に依存せず、理想的な形へ辻褄合わせをさせるために必要なピースを埋めたということだ。

 その“知人”は現在このオンライン面会で記録員として参加している。つまりこの会話は記録されていると言いつつ自由が利くのは確かだが、それをジャレッドに伝えたところで、彼をさらに警戒させるだけ。ひとまずは黙っておくと決めている。


「もし本人だとしたら、バカ真面目に名前を明かすメリットはない。ただ、()()は悪ふざけで持ち出せるような名前でもない。だから私は会うことに決めた」


「なるほど。では――」


「その前に、貴方の名前を聞かせてください」


 ジャレッドは目を細め、一判の言葉を遮った。注意深さからして、当然だが向こうにもいくらか腹積もりがあってこの場に臨んでいるようだった。


「……(やお)()一判です。で、どうですか?そこまで考えているのなら、何かしらの推測は立てているのかと思いますけど」


「そうですね――貴方が、私を見捨てたのではと推察している」


 見捨てた、という文脈から読み取れるジャレッドの解釈はひとつしかない。彼に依頼があったことで発生した事件の後、匿名の通報者によって彼は逮捕された。依頼人自らが殺し屋を信用せず通報して彼を捕まえた、という流れ。しかし、これはある意味では不思議だ。数年前に捕まっているジャレッドからすれば真っ先に思い付く可能性だが、ここまでは黙秘を貫いていて、今はその疑いをこちらへ向けてきている。少なくとも今日の面会が申請される以前まで、そういった疑いを持っていなかったということか。


「今、こうして会ってるでしょ?見捨てたとは酷い言い方ですね」


「なぜなら、申請が同日に2件届いているからだ」


 一判は、わずかに体を硬直させた。これが対面での面会ならば、間違いなく緊張が走ったことを見抜かれただろう。

 2件の申請。ジャレッドとの関係について思い当たる節があって、ショートメールに対して反応を示したのは2人いたということだ。

 一判が今知っているのは自らの名義が誰であるか、ということのみ。もうひとりの方もここで探りたいところだが、あとで記録員に尋ねてみるのが無難だろう。


「確かに、あえてこちらが暗号代わりに名前をちらつかせたのだと解釈すれば、俺のことが怪しいと思うのも当然ですね」


 しかし、これは好都合だ。部外者として接触するよりも、依頼人を装った方がより多くの情報を得られる。ただ、当然この場合は身の上についての嘘を明言してはならない。ジャレッドが勘付かない程度には発言が具体性を帯びるのも抑え、記録されていることへの配慮も装わなければならない。


「まあ君が何を推測しようが、外界との隔たりを越えられるわけじゃない。俺は誓って否定しますよ。想像だけならいくらでも勝手にすればいい」


 一判は最大限に疑わしく悪人の真似事をしてみる。


「とにかく、要件というのは『編綴(へんてつ)コード』のことですよ。知っての通り、こうして君は捕まり、状況が変わったでしょう?これも義理ということで、ちゃんと伝えておこうと思って」


「……何を言っているんですか?」


 そう言って小鼻を膨らませるジャレッドの面持ちは、どちらかというと純な不満さをこちらへ訴えてくる。これまでの淡々とした反応と比べてもあからさまな割に自然過ぎて、逆に疑わしく思えてくるほどだ。


「とぼけないで下さいよ。俺は全部知ってるんだから」


「そもそもそれが何なのかを教えてもらわないで、分かるわけがない」


 この態度を見るに、翻訳のニュアンスに関わらず、それが何かをまるで理解していないらしい。ジャレッドは、それがなんであるのか聞かされていないまま犯行に及んだということだ。この場合厄介なのは、彼が外国人であること。それはすなわち、生徒やゲルトラウトへ向けた嘘のように、何も知らない人間へ新しい言葉を教えるということができないということだ。『編綴コード』と日本語で伝えても通じないだろうし、一判はそれにどのような英訳が当てられるべきかを知らないのだ。同一の概念が英語圏でも流布していたとして、もしその訳を勝手に翻訳することで間違えたとしたら、嘘の結果には誤差が生じる。彼に思い当たる節がなければそれまでで、力業で情報を得るのは不可能だ。

 しかし、一連の会話で得たものがないわけではない。

 彼は、殺人の依頼者が自分を切り捨てたという可能性を考慮していなかった。ジャレッドを逮捕して以降の捜査でも、彼と第三者の繋がりを示す証拠は発見されていない。しかし事件から通報までは数年のタイムラグがあることを踏まえれば、契約があるならそれは必ず履行までに至っている。かと言って何らかの報酬を後払いする約束をしたのだとしたら、裏切りがあったと考えてもいいはずだ。そのいずれにも当てはまらないのなら、警察には形を持たなかったり価値が見出されなかったり……といった事情から認識されていない対価を、彼は既に手にしている。

 もうひとつ、ジャレッドが「編綴コード」に関与していないのだとしたら、鍵を握るのは自ずと殺人の依頼人、あるいは被害者――牙隈(きばくま)(きざ)()に限られる。


「……言い方を変えようか。今日、俺がここに来た目的のこと――あくまで、君が公にしている主張を尊重した言い方になるのは許して欲しい。返してもらいにきたんだ。君の宝物をね」


 明らかにジャレッドの表情が揺れる。根拠のないハッタリではあったが、とりあえず一判の考察は的中しているらしい。


「というより、すでに取り返したことを認めてもらいたいんだよ。君からすれば、受け入れ難い事実かもしれないが」


 それは、彼が第三者について黙秘を続けるモチベーションだったもののはずだ。彼の拘っている殺しの対価を能力で入手すれば情報が得られるというのは勿論、このモチベーションを折れば彼が自ら真相を語り始める可能性もある。


「……どうやって突き止めた?それを聞かなければ納得できない」


 当然の反応だ、と一判は冷静に受け止める。

 面会を開始する前はジャレッドの情報がなく、嘘を信じさせるための作戦には具体性を持たせられなかった。ただ、そこで対処する方法として知人という存在をわざわざ仕立て上げたのも事実だ。

 

「何を言ってる?俺と君の関係じゃないか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。突き止めたも何も、あったものを回収しただけだろ」


 この嘘は、この場に同席する記録員へ向けた言葉。元からある程度の信用が担保されている記録員に嘘を信じさせるのは簡単だ。

 一方ジャレッドにこれを信用する義理はなく、信じなければ過去改変を逃れられる条件が揃っている。しかし、隔絶された刑務所という環境にいる彼が、少なくとも今この場でバタフライ効果を知覚できる可能性はゼロにも等しい。この特殊なケースならではの、相手の嘘の看破すら前提とした過去改変の方法だ。


「ほら、今見せてあげるよ。()()()()()()()()()


「先ほどから何を馬鹿な出鱈目を言っているのですか――」


 ジャレッドは反論を始めるが、もう遅い。翻訳結果が記録員に伝わるまでには時間差がある。

 掌には既に“それ”が握られていた。一判の予想は何らかのデータで、手にするのはメモリが何かかと予測していたが、それは外れる。

 それは金属製のパイプを一部切り離したかのような“部品”。他に何か特徴があるとすれば、片方の先端が不規則な凹凸になっていること。当然、これだけでは用途も価値も分からない。


「クソ野郎……!」


 しかしジャレッドの反応からして、それが殺人の対価であるということは間違いないようだ。

 十分な材料が得られたと判断し、一判は早々に面会を切り上げる。急な申し出だったはずだが、ジャレッドの方も制止できるだけの武器を持ち合わせていないらしかった。

 手元の部品のこともそうだが、何より、一判が「誰の名義でジャレッドと面会することができたか」に関しては、思惑の通りに収穫を得ることができたことが大きい。

 次に一判はその日生徒に吐いた嘘であるアンケートの内容を改めて確認し、その見当が恐らくは正しいことを再確認する。詳しくは明日、“彼”から直接聞き出せばいい。

 


「娘がいつもお世話になっております――」


 次の日の保護者面談。今回は(かさ)()希理花(きりか)の父、笠井皆幸(みなゆき)が教室に現れた。彼に関しても妻が専業主婦で、比較的余裕のある生活を送っているようだ。彼が勤務するのも、涼霜(すずしも)真友(まゆ)同様外資系企業である「ABY(アビー)」。


「どうですか、娘は?情けない話、普段教育には口を出さないものですから、今回も妻に少しは興味を持てと突き出されてしまって」


「ああ、そうですか。でも、それはそれでいいと思いますよ。こう言うと上から目線になるかもしれませんけど、彼女は意外と他の子よりも大人びているというか、きっぱりダメなものはダメと言える子ですから」


「本当ですか?だとしても、波長が合わせられなくて孤立しているんじゃ……」


「いえ、そういうことではなくて。女子の仲間内でもそうやって自分を持っていられる子は珍しいですし、もしかしたら親御さんが普段からある程度自分で考える自由を与えてやっているからかもしれません」


「いえいえ、何もそんな良いように言ってもらわなくても……」


「と、保護者面談はこのくらいでいいでしょうかね」


 一判は力を抜いて、椅子へもたれ掛かった。


「先生?」


「私は『ミライパーク事件』に個人的な因縁があって、今も事件のことを調べて回っているんですよ」


 それに対して皆幸が体を硬直させたのは明らかだった。


「昨日の不審なメール、送り主は先生でしたか」


「貴方は、事件にどう関係しているんですか?『編綴コード』とは――」


「やめてくれ!」


 皆幸は立ち上がって声を張り上げる。


「どうしてそのことを知っているんだ!?」


「娘さんは怖がっていたみたいですよ。『編綴コード』の名を私が聞いたのは彼女の友達の子からですが、事前に生徒へ取ったアンケートでも、そのことは言及されていました」


 一判は希理花のアンケート用紙を取り出して、皆幸の方へ差し出す。


「『誰と仲良くしているか』という質問に対し、娘さんは最近その子と仲がいい――というか、よく話しかけるようになったことを書いています。そのきっかけは貴方だ。『編綴コード』に近づいた娘さんを強く拒絶したことで強い不安に駆られた彼女は家を飛び出した。それをその子が必死に励ましてあげたみたいですよ」


 ノアに「編綴コード」のことを教えたのは笠井希理花。アンケートを見て確信に至ったが、予感のようなものは事前に得ていた。

 ()(がら)()ノアは「編綴コード」を知っているが、その正体だけを“誤解の靄”とも呼ぶべき記憶障害に蓋をされ、一判の頭からは出力する事ができない。それでも昨日の朝、ノアがどんな気持ちで一判の追及を退けようとしていたかは、一判自身の脳にもフラッシュバックするものが確かにあった。一判が散々歴史を変えてもなお――あるいは()()()()()()()()()()――ノアが記憶している通りにこの“現在”は進行しているらしい。


「隠そうとしてももう遅い。貴方の名前はともかく、この学校でその言葉が世に出たという情報は『日刊大宝』の記者も既に握っています」


「そんな……!」


 皆幸は脂汗を滲ませて、一判の両肩を掴む。


「何でも教える。でもどうか、マスコミだけには売らないでくれ!奴らに存在を知られたら、僕は終わりだ!」


「心配せずとも、そんな気はありません」


 一判は肩にのしかかった皆幸の腕を掴んで外す。


「あの事件で殺されたのは私の生徒の父親。私はその過去を精算したいだけです。そして貴方もまた、私の生徒である笠井希理花さんの父親です。そういう意味ではむしろ、貴方がどんな人物だとしても絶対に危害を加えたくないと思っています」


「本当ですか……?」


「はい。『カスター』で言質を取ってもらったって構いません。今から機材でも用意しますか?」


 それを聞いた皆幸は一転して、怪訝そうな顔をこちらへ向けた。その後、一呼吸してから再び腰を下ろす。


「――いえ。結構です。どうやら先生はそちら側の人間ではないようなので」


 ――やはり。

 今の一言だけで明らかに皆幸の態度が軟化したことを、一判は確認していた。

 対する皆幸は着席した後、一度深呼吸をして、やがてゆっくりと口を開く。


「結論から言います。私はあのジャレッド・ローチのことを匿名で通報しました」


「あ、貴方が……?」


「はい。通報した当時、事件からは数年の月日が流れていましたが、確信がなくて口に出すことができなかったんです。あの事件で本来狙われていたのは自分だということ、そして命を狙ったのが利益目当ての第三者ではなくて、自分がなおも殺されかねない状況にあるということに」


「本来、というと――牙隈兆史は取り違えで殺された、ということですか……!?」


 皆幸は頷く。


「はい。私は事件の起きる数日前、『編綴コード』に触れてしまった。経緯は誤操作による偶然で、正規の入手手段ではなかったようですが……。でも、当時はそれが何の意味を持つものなのかすら理解できなかった。気付いたのは今の企業に転職してからです」


「今の企業というと、『ABY』ですか?」


「情報系の企業に入社するのは初めてだったので。そこで理解したのが『編綴コード』が自分にとっては何の価値も持たないこと、その一方でそれを知っていることが自分にとってどれだけ危険であるかということ。それらの恐怖があの殺し屋を通報するのに思い至ったきっかけです」


「それで、その『編綴コード』とは何なんですか?情報系というのは青蓮グループが関連する時点で推測はできますが、一応それも今初めて聞いたもので――」


「やめてください」


 皆幸は目線を外す。


「言った通りですよ。それを知ったところで、先生の立場で得られるものは何もありません。先生もそれなりの因縁を抱えているようですから、貴方自身の危険を省みない分には口を出しませんが……私や私の家族を巻き込まないで頂きたい」


「分かりました。ならせめて、貴方の通報した内容について教えてください。そこからは私が自分で突き止めます」


 それに対して皆幸の返答はなく、真っ直ぐ睨みつけている一判の視線も依然として合わない。ただ向こうも席を離れる様子はなく、葛藤している様子だった。

 そして、無言の時間が過ぎるうちに面談の時間が終わりに近づいた頃。皆幸は唐突に事件当時について証言を始めた。


「――想像はできると思いますが、あの日、私は呼び出されてミライパークを訪れていました。そして殺人のあった頃、私も別のゴンドラに乗り込んでいて、逃走するジャレッド・ローチの姿を見たんです」

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