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VGOO(ボーゴ)〜嘘の導く並行世界渡航〜  作者: 喫痄
流転・徐羅一判編
16/59

#2 蠱惑する仮面(陰)

【前回までのあらすじ】

小学校の教諭・徐羅一判は現在の教え子でもある架殻木ノアから8年後時点の記憶の一部と、嘘による過去改変の能力を引き継いで目を覚ました。自身に備わった嘘の能力を自覚すると、早速それを用いて保護者面談の予定を早め、ノアを含めた生徒からの情報収集を始める。

仕事を終えて帰宅したその日の夜、かつての生徒・牙隈岼果が自宅を訪れる。

彼女が一判に寄越した手紙の送り主は自らを“預言者”と名乗る。その内容は岼果の父親・牙隈兆史が死去した5年前の事件「ミライパーク事件」と、「編綴コード」と呼ばれる概念の真相を解き明かすことが、自分の身に起きた異変を取り除く方法だ、と伝えるものだった。


【キャラクター紹介】

()内は1章の登場回


・架殻木ゲルトラウト(#5・8・9):ノアの母親で、日本語話者の純ドイツ人。振る舞いはクールだが、中身は少し天然。


・徐羅寧(#4・12・13 ※未登場):現在は「アビー・シーカーズ」を構成する活動家で、最も有名な女傑。弟は探偵兼“情報屋”の渥美駆真で、駆真にとっては敵意の対象。

 殺人事件の真相と『編綴(へんてつ)コード』なるものの正体を突き止めること。今の一判(いちばん)にとってそれは、億劫な段階を踏むような問題ではない。


「はい、では最後に先生から少しお話があります」


 6年4組の“帰りの会”。クラス内の小競り合いや業務連絡を一通り(さば)いた後で、一判は一際強く手を叩き、生徒の注目を集める。


「今日から保護者との面談が始まるから家に親御さんがいないという子も増えると思うけど、きちんと下校して、勝手に子供達だけで外をうろつかないこと。自分は事件に遭わないなんて決め付けはしないように」


「先生も5年くらい前に一緒のクラスになった女の子がいるんだけど、その子はお父さんを亡くしちゃったんだ。それも、殺人事件で」


 生徒にそれを話すのは初めてだ。こちらへ興味を向けていなかった一部の子供達も私語や内職を止めて、教室の緊張感が伝わってくる。


「聞いたことある人はいるのかな、『ミライパーク事件』って言うんだけど。()()()()()()()()()()()()()、亡くなった人が生き返る訳じゃないからね。……ごめんね、急にこんな話をしてしまって。とにかく、みなさんも気をつけてください」


 ここまで自分の利害に忠実に演技を交えて嘘を並べるのは初めてで、一判は離人感のような感覚すら覚える。生徒を騙すことにはなるが、この態度にこそ自分の精神衛生を保つ秘訣があると思い知った。要領を得るたびに、8年後のノアが預言者として立ち回る心意気が腑に落ちてくる実感がある。


 何にせよこの法外な能力によって、事件の様相は大きく変化した。岼果は例の手紙の送り主を犯人だと疑っていたが、“預言者”の文言が事実ならばそれは正しくない。

 未解決事件が解決されるにあたって事実が変化すれば、あの手紙を(ゆり)()が真に受ける動機はなくなる。そうなれば先日一判と接触した過去自体、バタフライ効果でなくなっている可能性は高い。何より大きな変化として、犯人が逮捕される性質の事件と化したことで事実関係が変わって「創作であってはならない」という指定に抵触する可能性も否めない。

 一判は嘘を強行した上で、これらのことをある種軽んじた自覚はあった。

 まだ手紙の指示と自分の状況の連動を実感しきれていないという部分もあったが、最大の理由は別にある。自分の現状に対して抱いている強い嫌悪感のうち、他人の記憶や能力のことよりも、事件に対する後悔や無力感の方が大きかったという、たったそれだけのことだ。

 しかしそれは、この嘘を吐こうと決意することで初めて気付かされた本心でもあった。


「どうぞ」


 そして放課後、一判は個人面談に臨む。


()(がら)()ノアの母、架殻木ゲルトラウトです、本日はどうぞよろしくお願いいたします」


「ああ、はい。よろしくお願いします……」


 息子と同じ金髪の地毛は前もって想定していたが、切れ長の目と高身長も目を引くゲルトラウトの出立ちは、日頃見慣れた日本の小学校の光景の中ではどうしても異彩を放っている。頭の中の“ノアの記憶”が多少の騒音になっていたが、一判自身の態度としては、ひたすらに萎縮せざるを得ない。華やかさが緊張感に変換される種類の美貌だ。

 

「それでは、早速息子さんのことですけど、どうでしょう?先に何か、聞きたいことがあれば」


 ゲルトラウトはこちらへ向けていた力強い目線を外す。ノアも頻繁に口角を上げる生徒ではないが、幼さ故か、直情的なところはある。彼女はそれすらもなく、表情だけでは考えが読み取れないので、一判の背筋は彼女が教室に入って以来、一向に緩んでいない。


「そうですね……。本人が話してくれる分には充実しているように聞こえるのですけど、夫はそれを()(たら)()だと言うもので。私としては息子の言葉に耳を傾けたいと思いますので」


「……正直な話をすると、まだクラスには馴染めていないのかなと、個人的には思います」


 目を細めて、どうやら物憂げにしているゲルトラウトに遠慮しながらも、一判は慎重に返答する。


「嘘のようなことを言うことが目立って――というのも、賢くて、自分の気持ちに対してはとても素直な子だと思うんですが、それ故に色々なものに反発したり、されたりする様子が散見されると言いますか……」


「本当ですか?」


 今回に限って、やけに短い間の内にゲルトラウトの口は開かれた。それは、気まずい雰囲気を気に留めてもいないのかと疑いたくなるほどの早さだ。


「はい?」


「本当に、息子がクラスでそんな様子だと?」


 一層目が鋭く細まって、視線は冷たく痛々しいものへと変わる。


「は、はい!本当です……!」


「なるほど、先生がそこまでおっしゃるのなら、本当なのでしょう……。担任という立場でも未然に防ぐことができない問題ということなのでしょうから、私としても重く受け止めないといけませんね……」


 そこで初めて事実を受け入れたのか、ゲルトラウトは途端に湿っぽい雰囲気を纏って嘆息する。一判は、ここでようやくノアの彼女に対する認識の正体を理解した。拭おうとしても拭えない気品が鎧になっているだけで、感性は普通の母親と相違ないのかもしれない。


「いやいや、私もみすみす見過ごすつもりはありませんから、お母様の頭に入れておいて頂くだけで結構ですので!心配ございませんよ!」


「あら、そうですか?」


「はい、なので少し話題を変えましょうか?もう6年生なので、進路のことになるんですが。何かご家庭で話し合っていることはありますか?」


「はい。受験をしたいと言うものですから、そうさせようと。とはいえウチもそれほど裕福ではないので公立で、ということになりましたが、最近は勉強に精を出すようになりました」


「失礼ですが、普段お仕事は何を?確か共働きだと伺っていますが」


「父は会社員で、私は自分の立ち上げたアパレルブランドの運営を」


 妙だったのは、「父は会社員」という言葉だ。分析する限りでは、ノアの持つ記憶が混濁するのは彼の8年後時点で持っている認識が自分自身のそれと一致した場合だ。ゲルトラウトの職には思考に違和感がある一方、父親の職には「違和感がない」。ノアの両親のこととなると、それ自体が異変だと言える。

 しかしゲルトラウトに敢えて隠したい事があったのだとして、そこにこれ以上踏み込む必要性も感じられない。一判は言及を避けて話を続けた。


「……へえ、ブランドですか。それは凄い。ご自身でデザインもされるんですか?」


「ええ、でも維持するのが精一杯で、家庭を支えられる程のものではありませんから。大したものではありませんよ」


 ――そうだ。

 一判は思い立つことがあった。ゲルトラウトは上辺の振る舞いの割に隙もありそうなので、“標的”としては手頃な相手だろう。

 これ以上教師として伝えることもないが、今の自分には「ミライパーク事件」の真相を解明するという目的もある。当然、犯人が捕まっただけでは目的が達成されたとは言えない。岼果とは因縁深い事件だが、一判自身には直接関わりがあるわけではない。捜査権がない以上――嫌々ながら――情報を集めるためには、事件を自分にとって身近なものにする必要がある。犯人を特定させたのもその狙いの一環だ。


「あの、私のことは結構ですから、ノアのことで」


「ああ、はい!まあ、成績で言えば十分に可能だとは思いますし、息子さん自身で決めたというのはとても立派だとは思います。ただ、私はそれが彼の純粋な願いというより、今の環境から離れたいという訴えのように聞こえてしまうんです」


「……どういう意味でしょうか」


「えっと、先日もこんなことがあったんですよ!『編綴コード』というものが昔あった事件の陰で暗躍していて、いずれ世界を危機に陥れるんだと訴え出したんですが、誰もその話を信じなかったんです。かくいう私も、何かのアニメか漫画に影響されたのだろうと思っていたのですが、彼の様子が普段とは違うのがどうにも気になって。後で問いただしたところ、どうやら本気で主張していたようなんです」


「そんなことが……?あの子、そんな話家では一度もして来なかったのに……?」


「はい。正直、世界の危機というくだりは話を聞いてみて具体性はなくて、彼の思い込みも混じっている話だとは思います。しかし、彼が『編綴コード』という言葉をどこからか聞かされて、誰かに話を聞いてもらう必要があると考えたのは確かです。それなのに相手から本気で取り合ってもらえないというのは、本人も悲しいだろうなと感じました。やはり、まずは周囲とのコミュニケーションから見直して、それを積み重ねることが彼自身の為だと思うんです」


 「ええ、そうですね、本当に。嘆かわしいことです……!」


 大きく表情を崩すことはなかったが、声色は悲痛な心情を物語っている。今回の嘘は通用したと考えていいだろう。これによって、「編綴コード」を通した事件との接点が身近に生まれたことは大きい。目標は、先ほどの改変で逮捕されている犯人の話を直接聞くことだ。


 その日の残りの面談を終えて、一判は職員室へと戻る。

 明日は涼霜(すずしも)(そう)の親が場に現れる。壮に対するノアの印象は“恐怖”。しかしそれは幼い頃怖がった怪談やお化け屋敷のようなものであって、生存本能に深く結びついた危機意識とは一線を画す感覚でいるらしい。さらにその両親となると、過度に警戒してはいけないだろう。

 問題はむしろ明後日に控えた、(かさ)()希理花(きりか)の親だ。

 嘘の能力に関しては、曖昧ながらも比較的独立した記憶が出力できる。ノアが能力を授かるきっかけについては、確か彼女の親が関わっていたはずだ。


「ああ、(やお)()先生。先生にお客様が」


 一判の姿を見つけてすぐ、同僚の教員が呼びかけてくる。


「客って、はあ!?」


 ――デジャヴだ。

 舞台こそ違ったが、昨夜の状況とも似た、突然の訪問者。嫌な予感がした。


「え、どうかしました?」


「いや、すみません。もしかしてその客って、有名人だったりしますか?」


「……どうなんでしょう?私、メディアには疎いので」

 

「ああ、そうですか!」


 ――疎いのに心当たりがある時点で、有名に決まっているじゃないか!

 一判は職員室を騒がせないようあくまで静かに、しかし早足で応接室に飛び込んだ。


「ちょっと、職場まで何しに――」


 岼果、ではなかった。オフィスカジュアルに身を包んだ細身の女性が、礼儀正しくソファに腰掛けている。


「もしかして貴方があの徐羅一判先生、ですか?」


「ええと、貴女は……?」

 

「私、『(にっ)刊大宝(かんたいほう)』の記者を務めている、(あつ)()(ねい)と申します」


「渥美、“寧”さん、ですか……」


 どこか気にかかる名前ではあったが、はっきりとした記憶や意識はなかった。

 しかし、自分自身の記憶だけでも、彼女の危険性は理解できる。「日刊大宝」と言えば、手紙の中でも触れられていた新聞社系列「(しょう)(れん)グループ」でタブロイド紙に位置する新聞社。ネットニュース部門の大手で、しばしばゴシップを扱ったスクープ記事が話題になることもある。

 一判も反対のソファへ腰掛けると、寧はなんの遠慮もなしにこちらの全身をじろじろと見回しながら、愛想良く口を動かす。


「申し訳ありません、アポ無しの訪問で。でも、イメージ通りの方で安心しました。流石は生徒から学校で“一番”優しいと慕われるイチバン先生。子供は人を見る目も純粋ですから、そうやって子供に好かれる教師って、本当に優しい人なんだろうなと思いますし、尊敬しちゃいます」


「はあ、それはどうも。でも、どうして俺のことを……?」


「直接聞いたんですよ。例えば、先生の担任してる生徒、金髪ハーフのノアくん!あの子も、貴方だけはまともに自分の話を聞いてくれるって言ってました。可愛いですよねー」


「あの、それで『日刊大宝』の記者さんが一体――」


「この前だって、『編綴コード』のことを1人だけ信じてくれたって言ってました」


 緊張感と共に、一判はノアの記憶を参照することに成功した。一判はこれまでの人生、「今後のノア」のように、何気なく口にした単語ひとつまでが命取りになり得るという体験をしたことがなかった。ちょうど、これは彼女と同じ苗字の「渥美(かる)()」という男と相対したノアの感覚とよく似ているのだ。


「……どうでしょう、生徒の話は基本的に話半分で聞いているもので」


「それはまた、極端なご謙遜ですね。私も驚きました、どうして偶然訪れた小学校の生徒が、『編綴コード』なんて言葉を知っているのか?……なんて」


「偶然、と言うからには、本来の目的というのもあるんでしょう?こんなどこにでもいる教師に、なんの用があって来たんですか?」


「もう、本当に謙虚なんですね。私は素敵だと思いますけど。徐羅一判先生と言えば、持ち前の優しさであのトップアイドル、牙隈(きばくま)岼果の精神を育んだ恩師じゃありませんか!」


「確かに担任になったことはありますが、ずいぶん昔ですし、たった1年のことです」


 息が詰まりかけたが、一判は平静を装って間髪なく答える。


「それとも、彼女の口からそんな言葉が飛び出したんですか?」


「いいえ。ただ、彼女の記事は売れるので色んな方にお話を聞きたいなと思いまして。どうなんです?最近、彼女と親交はありますか?」


 ――この場面、否定するべきだ。

 一判は表情を崩さずに心を固めた。先程の改変の影響を確認していないので今の事実関係は把握できていないが、いずれにせよ否定してそれを寧が信じた場合、その過去が真実として確定する。

 一判がその目で指令を目にしている記憶は揺るがない。岼果に重荷を背負わせたくはないという意味では、そうなるのも悪くない。「日刊大宝」が岼果のスキャンダルの材料を集めているとして、それを躱したいのならまず事実から捻じ曲げた方が都合は良い。


「いえ、特にはありませんが」


「へえ、そうですか」


 寧はただ微笑む。

 この後の予想としては話に聞く週刊誌の手口と同様で、嘘を吐いた言質だけ取って後から証拠を見せるものだと思っていたが、そういう訳でもないらしい。見せるような証拠がなくてここまで訪問しているのなら、一判の言葉を信じた可能性もあるのだろうか。


「まあ、牙隈岼果の記事――というのはついでのようなものです。保険、と言った方が正しいですかね。記者にはノルマというものがあるので。本題の方は、多少個人的な興味もあります。……聡明な先生なら想像できているかと思いますが」


「『ミライパーク事件』のことですか?」


「はい、その通りです。ふふ、これまでの追及を認めてしまったようなもののような気もしますが……」


「単なる連想ゲームですよ。私と牙隈さんを関連付けていて、その記者が『青蓮』系の『日刊大宝』となれば『青蓮ミライパーク』で起きた事件の名前は浮かびます」


「まあ、そういうことにしておきます」


 寧は貼り付けた笑顔をそのままに応じる。


「私、あの事件に興味があるんですよ。当時の私はまだ新入社員で、会社のことなんて何も聞かされていませんでした。今の職についたきっかけも知識欲でしかありませんし、組織への帰属意識も正直それほど。身近できな臭い事件があったなら、まずはその真実を知りたいと思うものでしょう?」


「それで、私ですか?しかし、自分が証言できることなんて何もありません。そもそも、すでに終わった事件でしょう?」


「……いいえ。実際に被害者・牙隈(きざ)()を殺害した実行犯の男は逮捕されましたし、犯人も殺人に関しては認めています。その一方で、動機に関しては黙秘を貫いている。つまり『編綴コード』については未だ闇の中、ということです」


「そもそも私は、先ほどから仰っている『編綴コード』というものが何を指しているのか知らないので、何とも言えませんが」


 すると寧は、こちらにも分かるように返答までの間を開ける。


「本当に、何ひとつ知らないんですか?」


 彼女はあくまでも表情を笑顔から崩さず、一方でゆっくりと問いかけてきた。


「――はい。そちらは?」


 能力によって得た特異な状況なので、なぜ彼女がこの場を訪れたのかも一判には理解できていない。実際に事件の情報を見聞きしている訳でもないので、あくまで正直な反応を貫けばいい。冷静に彼女の出方を伺う余裕があった。


「……いえ?私も勝手に()()して耳にした言葉なもので。事件当時、青蓮グループの役員連中が『流出した』と大騒ぎしていた、という記録以外にありません。ですからあまり詳しくは」


 ――姑息な手を使う。

 一判は眉間に皺が寄らないよう我慢するのに必死だった。発言自体の真偽はともかく、これはあたかも自分以外の部外者が「編綴コード」の意味を知っているのはおかしい、という流れに持ち込む論調。事件に関する情報は一切知らないというスタンスに一判を固定して逃げ道を塞ぎ、嘘があるなら炙り出す――初めから何らかの嫌疑をかけているからこそのやり口だろう。


「外国人でしたよね、犯人。彼と被害者との面識は全くなし。立証された手口も正直、常人に成し遂げられるものではありませんでしたし……あれは所謂“プロ”の犯行、という他はありません」


 閉口を貫徹する一判。これに関しては思い当たる節もある。

 事件が起きたのは青蓮グループのテーマパーク『青蓮ミライパーク』。センセーショナルだったのは、観覧車のゴンドラの中で殺人が起きたということ。長女の岼果も同乗していたが、殺されずに気を失っていたという(妻と次女の未良もミライパークに入場していたがそこには居合わせず、刺殺された姿を目にしたのは妻だけ。彼女の配慮によって、次女は結局父親の遺体は目にしていない)。

 犯人の出現より早くゴンドラ内に催涙ガスが散布されたことから、岼果は犯行の様子を視認できていない。そして犯行後は犯人が忽然と姿を消していた――これらの証拠不十分が、この事件を未解決のものとした最大の要因だった。


「貴方、なんですよね?徐羅一判先生」


 突如寧はソファから身を乗り出して、一判の胸元へ僅かに顔を近づける。清涼感のある香水のかおりが鼻を突いたせいか、発した彼女の一言は口調も表情も変化こそないものの、酷く冷たいものに感じられた。


「……はい?」


「完全犯罪と思われた犯行を成し遂げたあの男を追い込んだ、匿名の“目撃者”による通報のことですよ。今日は、その話をしに来たんです」

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