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8:猫愛が過ぎる中村家

 ミャルを見送った後、刺々しいレイア様を宥めるのはかなり苦労した。

 どうにか田中と南條も巻き込み、嫉妬の矛先を分散出来たから良かったものの、僕一人だったらいつまでもネチネチ言われ続けたかもしれない。


 いつも凛々しい顔をしているレイア様が、そんなにまで「ニャ」付きで名前を呼んで欲しかったのかと思うと何だか微笑ましくもなるけれど、それを差し引いても本当に大変だった。


 そして、遠目とはいえミャルを目撃した他クラスからの追求も凄かった。


 ある程度予想はしてたし、むしろここでガス抜きする事で暴走を抑えるという目論見もあったけれども。

 何事にも例外はあるもので、自分たちもほんの少しの時間しか直接話せなかったのに、なぜかクラスメイトたちが鼻高々で自慢し始めたために想定以上の混乱になってしまったんだ。


 これを収拾するのにも一苦労だったけど、ここでも田中と南條には巻き込まれてもらった。

 何せ僕らは親友とも言える非常に親しい関係だ。本人たちもそうミャルに宣言していたのだからと容赦なく引き摺り込んだ。


 とはいえ、レイア様の事もあったしちょっとやり過ぎたかもしれない。お詫びと労いを込めて、二人には学食で牛丼でも奢ってやろう……なんて、思ったのがいけなかった。

 調子に乗ってスペシャル和定食を頼もうとするんだから、本当良い性格してるよ。


 さすがにそれはと必死に田中たちを止めて、どうにかちょっと高めのランチセットにデザートも付ける事で手を打ってもらった。予算の三倍もかかってしまって、懐が痛い。

 これは経費として理事長に請求したら通るだろうか……。いや、無理だよなぁ。はぁ、ため息が止まらないよ。


 心配していた猫アレルギーより付随する騒動の方が大変なんだよと、今朝の僕に教えてあげたい。

 まあ、世話係を引き受けなくたってどちらにしろ対処は任されていたんだろうから、逃げようはなかったんだけど。

 ミャルの可愛さに悶えていた幸せな時間が恋しかった。




 そうして、どうにか学校でのあれこれを乗り切ったわけだけれど、理事長に呼び出された所から始まった嵐のような一日はまだまだ終わらなかった。


 放課後いつものようにレイア様の用事に付き合ったため、すでに辺りは真っ暗。夕食の時間もとっくに過ぎてしまい、どうにか条例に違反しない程度の宵の内。


 いつも以上にヘトヘトになりつつもようやく帰宅した僕を、母さんと楓が待ち構えていた。


「雪成、ちょっとそこに座りなさい」


「え? どうしたの、母さん」


「ユキ兄! 嘘ついても無駄だからね! 朝みたいに騙されたりしないんだから!」


 腹ペコだというのに僕は夕食を食べる暇もなく、冷たく迫力ある笑みを浮かべた二人に詰め寄られた。

 最初は何を言われてるのか意味が分からなかったけれど、何の事はない。元凶は西宝院グループCEO専属秘書として、レイア様の父親と共に遠方へ出張中の父さんだった。


 当たり前といえばそうなんだけど、猫アレルギー持ちの僕がミャルの世話係を引き受けた事は、保護者である父さんにも連絡が行っていた。

 僕はまだ未成年。相手は猫型とはいえ宇宙人だから大丈夫だとは思うけれど、万が一という事もあるから保護者の許可も必要だったんだ。


 本当ならいつも地球にいる母さんに連絡する所だけど、理事長が気を利かせて父さんだけに連絡してくれたらしい。

 僕の母さんが、異常なほどの猫好きだというのは理事長も知っている。息子がUMYAの世話係なんて話を聞いたら、興奮しすぎてどうなるか分からない。

 それに職務上、父さんもUMYAが留学してくるのを知っていると理事長は分かってたわけで、話が通りやすいと思ったんだろう。


 だというのに、何を血迷ったか父さんはその話を母さんに伝えてしまった。

 UMYA受け入れについて口外厳禁といっても、家族までは許可されてるから、問題ないといえば問題ないんだけどさ。


 でも、それはあくまでも学園内での決まり事であって、僕にとっては大問題だ。

 母さんたちに知られたら絶対こうなるって分かってたから、中等部に通う楓にもいつ伝えるか悩んでたっていうのに、父さんのせいで全部台無しだ。


 父さんも無類の猫好きだから、いくら仕事とはいえ、公式発表以前から知っていたUMYAについてずっと黙ってるのは辛かったんだろう事は想像出来る。

 でも、それはそれ、これはこれだ。僕に何の相談もなしに母さんと楓にバラすのはやめて欲しかった。


 しかもだ。


「UMYAが留学してくるって知ってたなら、教えてくれたっていいじゃない! 私だってもう中学生なんだよ! 誰かに喋ったりしないのに!」


「そうよ、雪成。父さんと一緒になって隠してたなんて、酷いじゃない。先に知ってたら、朝ご飯だって免疫力アップの特別メニューにしてあげれたのに。母さんは、こんな薄情な子に育てた覚えはありませんよ!」


 あぁ、もう。ただでさえ面倒くさい事になってるのに、なぜか僕まで事前に知っていた事になってるから余計にややこしい。

 本当碌なことしないな、父さんは!


「誤解だって。僕も何も知らなくて、今日理事長に呼ばれて初めて知ったんだよ。大体、最初は世話係なんて断るつもりだったんだ」


 こうなれば、どうにか自力で誤解を解いて、その上で二人が暴走しないように話をしなくちゃいけない。父さんも釘は刺してるはずだけど、あの人はとにかく母さんと楓に甘いから不安が残るんだ。

 そんな事も考えつつ、僕は言ったわけなんだけど。


「えっ、断るですって⁉︎ 世話係なんて崇高な役目に抜擢されたのに⁉︎」


「あり得ないよ、ユキ兄! せっかくのUMYAなんだよ? そんなの絶対おかしい!」


「そうよ、雪成。相手は宇宙人で、本当の猫じゃないのよ。こういう時にチャレンジしなくてどうするの!」


 どうしてか二人に怒られて、僕の方が説教をされる羽目に。しかも途中から、なぜかUMYAの素晴らしさについて熱くプレゼンまでされた。


 いちいち言われなくても、僕は実際に会ってきたんだから可愛さは分かってるんだよ。

 そんな言葉が口から何度も出そうになったけど、さすがに必死で堪えた。こういう時は余計な口を挟んじゃダメなんだ。


 結果的に世話係をちゃんと引き受けていた事で、どうにか許してもらったわけなんだけど、そもそもなぜ僕が責められなくちゃいけないんだ?

 本当、母さんたちは猫が絡んでくると見境がない。ただ、猫好きが過ぎるからこそなのか、この事をうっかり外で漏らすという事はなさそうだ。心配が杞憂で終わりそうで良かった。


「雪成、頑張るのよ。お魚たっぷりのお弁当でも何でも、母さんに出来る事は何でも手伝うから、しっかりと猫ちゃんのお世話をしてね」


「ねぇ、ユキ兄。UMYAの子と仲良くなったら、うちに遊びに誘ってね! 遊びに来ても、絶対誰にも言わないって約束するから! ね、絶対だよ!」


「分かったよ。分かったから、そろそろご飯食べてもいいかな。もう腹ペコなんだ」


「あら、やだ! ごめんなさい、私ったら。すっかり忘れてたわ! ちゃんと食べないとお世話どころじゃないわよね! すぐ温め直すわね!」


 最終的には二人から全力で応援すると言われて、僕はようやく解放された。

 急いで出してもらった夕食をとにかく掻っ込んで、フラフラになりつつも風呂を済ませてベッドに入る。


 良い事と悪い事は交互に来る、なんて言葉を聞いた事があるけれど、いくら何でも今日は乱高下し過ぎだ。というか、悪い方の率が高くないか?


 とはいえ、家族に何も隠す事がなくなったというのはかなり気が楽だ。父さんもこんな気持ちになりたくて、母さんに喋っちゃったのかな。

 そう思えば許せそうな気もしないでもないけど、やっぱり帰ってきたら一発殴らせてもらおう。そのぐらい僕は疲れ切ってる。


 これから先は少しでも良い方に傾いてほしいなと思いつつ、僕は吸い込まれるように眠りに落ちていった。

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