5:お屋敷を常識にするのはやめてくれ
ミャルが落ち着いた所で、僕はみんなに希望を聞きつつお茶を入れた。今日はそれぞれに好きなものを飲んでもらおうと、色々準備してある。
レイア様はベリーを浮かべたフルーツティー、ミャルは桃を潰してウーロン茶と混ぜたモクテルみたいなジュース、ミカーリさんは冷たい玉露で、ドリュアさんはアイスコーヒーになった。
お茶請けに西宝院家のシェフが作ってくれたレアチーズケーキも出せば歓声が上がった。
そのまま僕はこの前の岩熊さんみたいに壁際に下がろうと思ったんだけど、レイア様が気を利かせてくれたからテーブルの端の方に座ることになった。
せっかくなので、僕もアイスティーと一緒にケーキを頂くことにする。
レモンの風味が爽やかで夏にピッタリのレアチーズケーキは、口溶けも滑らかでとても美味しい。ミャルも気に入ったみたいで、一口食べては頬を緩めてピルピルと耳を震わせている。可愛い。
うっかりすると見惚れそうになるけれど、頑張って気付かれないようにチラ見するに留めよう。
それにしても女の子はお喋りが好きだよね。姦しいという字があるけれど、本当にその通りだ。
話題は全く尽きないみたいで、最初は宇宙服の着心地とか素のミャルの可愛さとかを話していたはずなのに、僕がアイスティーも飲み終える頃にはいつの間にかファッションの話に変わっていた。
今日のミャルはふんわり膨らんだバルーンスリーブのブラウスに涼しげなレースのスカート姿だ。可愛いのは分かるけど、ブランドやらデザイナーやらの話に発展すると僕にはさっぱりわからない。
みんなお喋りに夢中でケーキも飲み物も半分ぐらい残ってるし、お代わりを用意する必要もなさそうだ。
せっかく席に混ぜてもらったのに申し訳ないけど、先に帰ってもいいかな。いかにも女子会という雰囲気になってくると、さすがに僕も居心地が悪い。
子どもの頃からしょっちゅうレイア様に連れ回されている僕だけど、そのほとんどは西宝院家ご令嬢としての社交の場なんだ。
お茶会や食事会、パーティーや観劇等に同伴させられても、年齢関係なくそこはあくまでビジネス。こんな和気藹々とした雰囲気じゃない。
プライベートな用事に付き合わされる事もあるけれど、それだって買い物の荷物持ちとか勉強相手ぐらいで、こういう個人的な女子会みたいなのは初めてだ。
どんな顔してこの場にいればいいのか分からないし、どう考えても僕は浮いてる。
僕がいなくても後はメイドさんに頼めば十分だろうし、もう席を立とう。
そう思ったんだけれど。
「服もだケド、地球は家もスゴイネ。こんなに広いと思わナカッタ」
「ヒロサもだが、ナカミも素晴らしいとワタシは思うぞ。アノ絵なんて油絵といったか、ムカシながらの手法の作品だろう? チキュウでは普通の家でも歴史ある美術品を飾るんだな」
いやいや、待て待て待て。
感心したようなドリュアさんとミカーリさんの言葉に、僕は突っ込まずにはいられなかった。
「ちょっと待って。まさかと思うけど、二人ともこの屋敷が地球の当たり前だと思ってる?」
「ン? ソウダガ、ナカムラ君も話を聞いてたんだな」
「なんだ、皿がもう空じゃナイカ。ずっと黙ってたみたいダガ、そんなに美味しかったノカ?」
「中村、お代わりでしたら自分で用意なさいな」
「確かにケーキは美味しかったけど、今したいのはその話じゃない」
一人黙々と食べてたからって、別に僕はそこまで甘いもの好きなわけじゃないぞ⁉︎
そしてレイア様は僕の言いたい事が分かってるだろうに、わざと話を逸らしてるだろ。さり気なく二人の誤解を助長しないでくれ。
「ウニャ? ニャカムラくんの家は違うニャ?」
キョトンとした顔で話を戻してくれたミャルがいつも以上に輝いてみえる。
やっぱり僕の癒しはミャルなんだよなぁ。
「全然違うよ。レイア様の家が特別豪華なだけ。僕の家はもっと小さいし、一応絵は飾ってるけどどれもデジタルレプリカなんだ」
「デジタルレプリカって何ニャ? 写真とは違うニャ?」
「似てるけど少し違うかな。オリジナルの細かな部分まで忠実に再現して、立体的に映し出すものだから」
油絵とかの一点物はもちろんだけど、リトグラフなどの版画も、今の時代は劣化防止の特殊な保存処理が必須だ。
良い作品はどこの星でも買い手がつくけれど、保存処理なしでは各星の環境に耐えられないから。
でもこの保存処理、かなりの金額がかかるんだよね。だから一般家庭には昔ながらの絵画はなかなかない。
デジタルアートならオリジナルも飾れたりするけれど、それはそれで人気作品は高額だから、結局は昔の有名作品のレプリカの方が安上がりなんだよ。額縁さえ用意すれば、その日の気分で色んな作品を気軽に飾れるし。
「そういうのもあるんだニャ。見てみたいニャ」
見せてあげたいけど、残念ながらレイア様の家にはデジタルレプリカはないんだよね。いっそ、僕の家から持ってこようかな。
そんな事を考えていたら、ドリュアさんとミカーリさんが良い笑顔を浮かべた。
「それはイイナ。私も普通の家を見てみたいゾ」
「ワタシも気になるな。ナカムラ君の家は遠いのか?」
「へ? 僕の家?」
ちょっと待て。これはまさか、僕の家を見せてくれって話になってる?
「中村の家なら隣ですわよ。中村、今日はおばさまたちはご在宅なの?」
「いや、みんないないけど……」
父さんは仕事だし、母さんと楓は映画を見に行ってるはずだ。
とはいえ。
「まさか今から僕の家に行くつもりなの⁉︎」
「そうよ。何か問題あって?」
「ありまくりだよ! もし誰かにミャルを見られたらどうする気なんだよ!」
レイア様の家はパパラッチ対策で覗き見や盗撮防止のセキュリティシールドが敷地全体を覆っているから、庭に出たって何の問題もないぐらいだけれど、僕の家はそうじゃない。
家の前まで車で乗り付けたとしても、どうしたって玄関に入る時はミャルの姿が見えてしまう。
でもそんな事は、レイア様たちには関係なかったみたいだ。
「ミャルちゃんの耳なら帽子を被れば隠せるんじゃないか?」
「尻尾はそうダナ、サロペットとかを着て中にしまうのはドウダ?」
「どっちもレイアちゃんが用意してくれた服にあったと思うニャ! やってみるニャ!」
「それも良い考えですけれど、そもそも外に出なくても行けましてよ」
「は? どういうこと?」
確かに耳と尻尾を隠してしまえば、今のミャルは普通に人型の女の子だ。
そのアイディアを一瞬で出してくるミカーリさんとドリュアさんにビックリだし、それをすぐに受けてしまうミャルの行動力にも驚きだ。
でもさ、それよりもレイア様の話はどういう意味なんだ?




