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2:換毛期? それとも脱皮?

 パッチリした大きな目にふっくらとした唇、顔にはヒゲもモフモフの毛もなく、真っ白な半袖のフレアブラウスから伸びる腕も細い首もツルツルの人肌。テーブルに乗せられた手だって人のそれだ。

 レイア様と一緒にいるとはいえ、どこからどう見ても完全に人型の女の子なのに、どうしてかミャルと被って見える。


 すると僕の呟きが聞こえたのか、レイア様が驚いたように目を見張り、女の子はパァッと笑みを浮かべて……。


 唐突に、女の子の髪がバンダナごとずり落ちた。


「ウニャ⁉︎ 取れちゃったニャ!」


 どうやら落ちた髪はウィッグだったらしい。下から現れたのはウェーブがかったショートボブの黒髪に、ピルピルと震える同じ色味の三角の耳。

 そして慌てて立ち上がった女の子の声は聞き慣れた合成音声で、さっきまでは椅子の背もたれで見えなかったけれど、涼しげな水色のフレアスカートの陰からはフサフサの尻尾が見えた。

 耳も尻尾もラグドールに似た形で、どう考えても目の前の女の子はミャルにしか思えない。


「やっぱりミャルだよね? かなり見た目は違うけど」


 全身モフモフの二足歩行の猫にしか見えなかったミャルが、ほんの数日会わないうちに人型になっていた。

 信じられない事だけれど、どう考えてもそうとしか思えない。


 確信を持って言えば、レイア様がため息をもらした。


「はあ、つまらないわね。こんなすぐに気がつくなんて」


「ごめんニャ。ニャーが落としちゃったせいニャ」


「その前に言い当てられたのだから、ミャルさんのせいではありませんわ。もうそれも無理に被らなくてもよろしくてよ」


 どうやら本当にミャルだったらしい。

 僕を驚かせるためにわざわざウィッグを被せて髪色を変え、猫耳も隠していたみたいだ。バンダナも巻いてたのは耳を動かさないようにするためだったのかも。


「いや、でもこれどういうこと? もしかして夏の姿とか?」


 ミャルだと見抜けて良かったと思うけど、あまりの変貌ぶりに僕の頭は混乱したままだ。

 UMYAの生態はまだよく知らないけれど、今は夏だし換毛期だったのか? 毛が抜けてこうなった? 夏毛っていう感じとも違うようには見えるけど。


「ふふ、一応驚かせることは出来たようね。岩熊、あれを」


「はい、お嬢様」


 首を傾げた僕を見て機嫌を直したらしいレイア様は、部屋の隅にいた岩熊さんに声をかけた。


 全然気付かなかったけれど、サロンには岩熊さんもいたんだな。

 家の中なんだからボディーガードは必要ないはずだけど、まだミャルが来たばかりで屋敷に慣れないから付いていたんだろう。


 指示を受けた岩熊さんはティーワゴンのそばから隣室に向かったから、またしてもお茶入れをさせられていたみたいだ。

 メイドさんも呼べば来てくれるはずなのに、相変わらずレイア様は人使いが荒い。


 そんな事を思っていた僕だけど、戻ってきた岩熊さんの手にあるものを見て目を丸くした。


「え……毛皮? なんで? まさかと思うけど、もしかして脱皮だったの?」


 最初は畳まれたモフモフのカーペットにしか見えなかったけれど、広げて見せられたそれはペシャンコのミャルそのままの毛皮だった。

 目は閉じてるけど頭の形もそのままだし、熊とか虎の頭つきのカーペットって言えば分かるだろうか。

 抜け殻ともいえるそれをもし先に見せられていたら、確実に僕は悲鳴を上げていただろう。確実にホラー、いやサイコだ。


 今だってちょっと信じられなくて、人になったミャルと抜け殻ミャルとを交互に見てしまう。

 そんな僕がよほどおかしかったのか、珍しくレイア様が噴き出した。


「あはは、中村、良い顔ね! しかも脱皮だなんて、そうくるとは思わなくてよ!」


「そんな笑うなよ。だってそうとしか思えないじゃないか」


「ニャーは蛇じゃニャいニャ。いくらニャんでも、脱皮はしニャいニャ」


「ご、ごめん。ミャル……」


 笑うレイア様とは違って、ミャルはムッとして頬を膨らませる。咄嗟に謝ったけど、正直言ってそんな顔も可愛い。

 それにしても人型だとミャルの表情が今まで以上に分かりやすいな。もちろん尻尾も心外だと言わんばかりにペシペシと床を叩いてるけど。


「中村君、ここを見てください」


「ここですか? これって……もしかしてファスナー?」


 見兼ねた岩熊さんに促されて抜け殻ミャルの頸付近を覗き込むと、モフモフの毛に埋もれるようにして小さなファスナーがあった。

 ということは、まさか。


「ようやく気付いて? それはミャルさんの宇宙服よ」


「はぁ⁉︎ 宇宙服⁉︎」


「とりあえず中村も座りなさいな。岩熊、紅茶をよろしくね」


 向かい合うレイア様とミャルの間、正方形のテーブルの一辺に置かれた椅子に、唖然としながらも腰を下ろす。

 岩熊さんが作ってくれたアイスティーを飲みつつ、レイア様の話を聞いた。


「知っての通り、ミャルさんの星はまだ科学技術が未熟でしょう? 宇宙服もあるにはあったけれど今回は急な事でもあったし、それでは不安があったのよ」


 モフモフ星から地球までは、ワープ航法を使っても一ヶ月はかかるそうだ。

 宇宙船での長期航行はもちろん、他惑星での活動にもモフモフ星の宇宙服では安全を担保出来ないという事で、ドーバル君の星の宇宙服を元にUMYA用に改造したのがミャルの抜け殻、もとい宇宙服だったらしい。


 時間さえあれば、地球の環境に適合出来るのかを入念に調べたり、UMYA用に宇宙船内の環境を調整したりも出来たろうから、そもそも宇宙服自体いらなかったかもしれないけど。

 残念ながら今回は時間が足りなかったから、急遽全宇連で用意したようだ。


「あの宇宙服は、見た目によらず凄い機能だそうよ。毛の一本一本までセンサーになっているらしいわ」


 ドーバル君の星の宇宙服が元になってるとはいえ、さすがに見た目まで中に入るミャルたちに似せた作りになるのは、全宇連でも地球側でも予想外だったらしい。

 まあそれはそうだよね。UMYAが来てることを隠したいのに、どう見ても猫型の宇宙服なんて作ったら何やってんだって話だよ。どう考えても遊んでるとしか思えない。

 この悪ノリ具合からすると十中八九、宇宙服を作った部署とミャルの翻訳プログラムを組んだ部署は同じだと思って聞いてみたら、案の定そうだった。どんだけ猫好きがいるんだ、その部署。


 まあ、それはそれとして。


 それでも宇宙服の使用許可が降りたのは、急いで用意する必要があったからというだけじゃなく、機能性も高かったからという事のようだ。

 宇宙服としての機能はもちろん、地球で普通に生活してるだけで様々なデータを自動で収集して分析し、UMYAが生身でも安全に活動出来るかを調べられる優れ物らしい。

 あんな見た目でそんな高機能だとか、意外性がありすぎる。


 それにしても……。


「ずっと宇宙服だったなんて、ミャルは大変だったんじゃない?」


「そんニャことニャいニャ。快適だったニャ。赤ちゃんみたいニャ見た目だから最初はビックリしたけど、ご先祖様の姿と同じって思えば、これはこれで面白いかったニャ」


 僕ら地球人が類人猿とかを経て今の人類になってるのと同じように、UMYAも大昔は猫型だったみたいだ。そして今でも生まれる時は子猫の姿で生まれてくるらしい。三歳になる頃までに、徐々に姿形が変化して耳と尻尾だけ残った人型になるそうだ。

 という事は、モフモフ星に行けば僕も子猫を間近で見られるかもしれない⁉︎


「それにしても良かったわね、中村」


「……何が?」


「ミャルさんが宇宙服を脱いでも元気そうじゃない」


 ついつい子猫に触る妄想に浸ってしまったけれど、レイア様に言われてハッとした。

 そうだ、ミャルが宇宙服だったって事は、地球の環境からミャルを守るだけじゃなく、僕もミャルから守られてたって事だ。


 それなら手袋とマスクも最初からいらなかったわけだけど、今気にするのはそこじゃない。

 慌てて自分の腕を見てみたけれど、幸いな事に発疹も痒みもなければ呼吸もおかしくなってない。


 これで本当に、UMYAには猫アレルギー因子がないって証明された。


「ニャカムラくん、どうしたニャ? ニャーが宇宙服脱いだらダメだったニャ?」


「ううん、そんなことないよ。ミャルの本当の姿が見れて嬉しいよ」


「そうかニャ? それニャら良かったニャ」


 ホッとしたミャルの顔を見たら、不意に父さんの事を思い出した。


 きっと父さんは、ミャルが宇宙服を着ていた事を知っていたんだ。そして地球環境が生身でも大丈夫と分かった今、宇宙服を脱いだ事も知っていたんだろう。

 だから出がけにあんな事を言ってきたのかもしれない。


 今日は帰ったら、父さんに大丈夫だったって伝えないと。

 ミャルがレイア様の家にホームステイしてる事は母さんたちには内緒だから、気付かれないようにしないといけないけどね。


猫型ミャルを好きだった読者様がいたらごめんなさい。

最初から決まっていた流れなので、ミャルが人型になっても楽しんで頂けたら幸いです。

ここから恋愛面にもっとフォーカスしていきます。


明日の投稿はお休みして、次話は28日(木)更新予定です。

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