34:色んな意味で胸が痛い
ミャルが好きだ、という気持ちは認めたものの、だからといって僕は告白しようとは思わなかった。
だってさ、考えてもみてくれ。今まで僕は、ミャルに好かれるような何かをしてきたか?
まず僕の見た目はどこまでも平凡で、能力だって人並み。
交流体育祭や普段の授業でも特に活躍はしていないし、ミャルに優しく接してはいるけれど世話係の範疇からは一切出ていない。
その上、レイア様に顎で使われている所や叱責されている所も見られていて、カッコいい姿なんて皆無だ。そんな僕が告白した所で受け入れてもらえないだろう。
大体、告白なんてされてもミャルは困るはずだ。
今だってドーバル君の告白は連日続いてるっていうのに、世話係の僕まで告白しても迷惑なだけだ。
この想いが実らなくても僕はもちろん態度を変える気なんてないけれど、ミャルからすれば断ったりしたらどうしても気まずさは出てくると思う。
ミャルには穏やかに過ごしてほしいわけで、波風を立てたいわけじゃないんだ僕は。
……なんて色々言っても、結局は面と向かってフラれたくないだけなんだよな。
ドーバル君への塩対応が僕にも向けられたりしたらと思うと、怖くて仕方ない。
臆病者と誹られても知ったことか。チキンとでも何とでも好きなように言ってくれ。
とにかく気持ちを伝えることはしないと、僕は決めた。
とはいえ好きな気持ちに変わりはない……というか、むしろ自覚して以降、ミャルへの想いは高まるばかりだった。
学校で会った時はもちろん、家に帰ってからもチャットで続く些細なやり取りの一つ一つに可愛いと好きが積み重なっていく。
そのスピードは自覚する前よりずっと早い。恋に落ちると世界が変わるなんて聞いた事があるけれど、本当だったんだな。
そして、ミャル越しに色付いた世界を眺めていると、だんだんと気になってくる事があった。
僕たち生徒も教師陣も、立場関係なくみんながみんなミャルの事が好きなんだけど、その中で恋心を抱いているのは僕とドーバル君だけ。
他の人たちのミャルを見る目は大きく三つに分かれていて、友人目線は当然だし、アイドル視してるのも分かる。
けれど残り一つが問題で、愛玩動物を愛でる目でミャルを見ている人たちがいたんだ。
見た目が二足歩行の猫だから気持ちは分かるけど、ミャルは動物ではなく宇宙人だ。言葉を介した意思疎通が出来て、僕らと同じく理性優位で複雑な思考回路を持っている。
七月に入り、ミャルが来てからもうすぐ二ヶ月。これまで交流する中で彼らもそれは充分分かっただろうに、モフモフしたいと言いながら不躾な目線を送る者が後を断たない。
今まで散々、猫っぽい仕草に悶えていた僕が言うのも何だけど、さすがに口に出すのはダメだと思うんだよ。それを聞いたらミャルがどう思うのか配慮が足りない。
それなのに注意しても、実行しなければいいだろうと思っている節があるのか聞き流されてしまう。
僕以上に高性能な耳を持つミャルにも、もちろんこれらは聞こえていて、不快に感じつつもそんな風に言われるのも仕方ない事だと諦めているみたいだ。
けれどミャルに恋心を抱く僕としては、それがすごく嫌だった。
だって彼らは、ドーバル君を始めとする他の動物そのものの見た目の宇宙人にはそんな事しないんだ。
猫の魅力が強すぎるのかもしれないけれど、ミャルに対しても動物扱いせずに人として向き合って欲しいと思うのはおかしな事じゃないだろう。
そんな時に、待ちに待った物が届いた。
「ミャル、良かったらこれ使って」
「ウニャ? これは何ニャ?」
「新しい翻訳データだよ。これで僕たちと同じ、普通の言葉で喋れるようになるから」
互いの星の言葉を教え合う中で、ずっと気になっていたミャルの「ニャ」。
正しい日本語学習のために、僕はミャルの翻訳プログラムの改修を全宇連に依頼していた。
といっても、一般高校生の僕が何を言った所で聞いてはもらえないから、不本意ながら父さんという大きな伝手を頼らせてもらったわけだけど。
どうやらこの「ニャ」は、翻訳担当者が悪ノリで入れ込んだのを関係者が気に入りそのまま通していたようで、星間問題に発展しては困ると大急ぎで直してくれたらしい。
幸いなのは、おかしな事になっていたのは日本語だけだったという所だろう。これで他の惑星語翻訳まで変わっていたら大変な事になっていた。
改修依頼した時は、単純に学習の助けになればいいなと思ったぐらいだったけれど。ミャルが動物視されるのは、見た目もだけどこの話し方も原因なんじゃないかと今は思う。
みんなガッカリするかもしれないけれど、ミャルにはすぐにでも翻訳データの更新をしてほしい。そうすればきっと、不快な思いをしなくて済むようになるはずだ。
そんな風に思って、朝会うなり渡したんだけどね。
「ありがとニャ。でもニャーは、今のままでいいニャ」
「え……なんで?」
「この喋り方だとみんニャ喜ぶニャ。ニャカムラくんもそうニャ?」
「うっ……確かにそうだったけど、別に喋り方が普通になっても僕は何も変わらないよ」
実際そうだったから、言われてしまうと辛い。
思わず苦い顔になってしまった僕に、けれどミャルは朗らかに話してくれた。
「気持ちは嬉しいニャ。でもニャーは、これで良かったと思うニャ。もし普通の喋り方だったら、ここまでみんニャと仲良くニャれたか分からニャいニャ」
僕たち地球人の、猫型宇宙人に対する異常とも言える熱意はミャルも事前に聞かされていたそうで。その夢を壊さずにいられたのは、この独特な喋り方のおかげだとミャルは考えているらしい。
「これから先、全宇連に正式加盟したらニャーの仲間たちもたくさん地球に来るかもしれニャいから、その時は使わせてもらうかもしれニャいけど。今はとりあえず、お勉強だけに使わせてもらうニャ」
「ミャルがいいなら、それでいいけど」
「いいんだニャ。でも、用意してくれて嬉しかったニャ! 何もニャかったら、選ぶことも出来ニャかったニャ。ニャカムラくんのおかげニャ! ありがとニャ!」
釈然としないものは残るけれど、ミャルは本当に嬉しかったみたいで、ご機嫌に尻尾を立てて僕の手を握ってくれた。
ぷにぷにの肉球とモフモフの手に触れられて、選択肢を増やせたというだけでも良かったのかもしれないと思う僕はチョロいんだろう。
でもいいんだ、ミャルが楽しく毎日を過ごしてくれるならそれが一番だから。




