31:エプロン姿は最高です
放課後、僕らは早速料理研究部の活動場所である第二調理実習室へ向かった。同じクラスの部員であるミカーリさんとドリュアさん他女子生徒数名も同行している。
ミャルはすでに家庭科の授業も受けているけれど、まだ調理実習はやった事がないから、ここに来るのは初めてだ。
扉を開ければ三十人ほどいる部員が勢揃いしていて、ミャルの見学を喜んだ。
「ミャルちゃん、今日はよろしくね!」
「来てくれるの待ってたよー!」
「こちらこそよろしくニャ。でも、ここで料理するニャ? 思ったより何もニャいニャ」
歓迎された事に嬉しそうにしながらも、ミャルは室内を見て驚いたみたいだ。
調理実習室は結構な広さがあって、様々な調理器具や調理家電が揃っているんだけど、パッと見は真っ白な部屋にこれまた真っ白な調理台が並んでいるようにしか見えないからだろうな。
「掃除しやすいように全部収納出来るようになってるんだよ。この壁はほとんどが扉になっていて、こっちを開けると冷蔵庫と冷凍庫。調味料なんかはここの棚で、皿はここ。細かい調理器具はこの辺の引き出しにあって、食洗機と水道はここにある。自動調理器はたぶん初めてだよね?」
「知らニャいニャ。自動って、勝手に料理してくれるニャ?」
「うん。下ごしらえした材料と調味料を入れて設定すれば、自動でやってくれるんだ。炒めたり焼いたり蒸したり揚げたり、これ一台で色々出来るよ。僕らが普段使ってるのはこれだね」
「すごいニャ。そんニャことも出来るニャんて」
「ただここは学校だから一応コンロもあるよ。ミャルはこっちの方が馴染みがあるんじゃない?」
「これがコンロニャ? 真っ平だけど、どこから火が出るニャ?」
「火は使わないんだよ、電気式だから。ミャルたちは火のコンロしか使わないの?」
「一応電気のもあるけど、こんニャ真っ平じゃニャいニャ」
「そうなのか。まあでも、形が違うだけでその電気のと使い方は変わらないはずだよ。これも火が出る昔のコンロと同じように使えるものだし」
今の時代、直接火を使う事はあまりない。昔ながらの方法が好きな人が趣味で焚き火をするか、神社やお寺なんかの歴史的なお祭りで篝火を焚いたりするぐらいだ。
それはキッチンでも同様で、熱を通す時には自動調理器に任せるのが一般的になっている。どの家庭にも最低一台は自動調理器があるのが当たり前だ。
反対にコンロが家にあるのは珍しくなってきている。それでも伝統的な方法を学ぶために学校にはあるんだけど、さすがにガス式のコンロはないんだよな。
「それから、部室は隣の部屋なんだ。予備の皿とか器具が置いてある準備室なんだけど、この辺の棚は僕らが使っても大丈夫なスペースになってる。ミャルも荷物はこっちに置いてね」
「分かったニャ」
ミャルが荷物を置いている間に、レイア様が予備の棚からエプロンと三角巾、エア手袋を取り出した。
「せっかくだもの見るだけじゃなくて体験もするといいわ。記念に差し上げるから、これを使って」
「ありがとニャ!」
ミカーリさんに手伝ってもらって、ミャルはエプロンを身に付ける。
花柄の可愛らしいエプロンと三角巾は実は単なる予備ではなく、女子部員が度重なる会議を経てわざわざミャル用にと選んだものだ。
うん、白熱した議論の末に選ばれたものだけあって、めちゃくちゃ可愛い。似合ってる。
エア手袋もミャルのモフモフの手にきちんとはめられた。いつもはフワフワの毛がぺしょんとなったけど、それもまた可愛い。
ちなみにエア手袋はミャルがモフモフだから着けてるわけじゃなくて、調理の際は僕ら全員も着けるんだ。衛生管理は大事。
「中村、ボーッとしてないであなたも準備なさいな」
「あっ、うん」
僕も慌ててエプロンと三角巾、エア手袋を身に付け、今日使うレシピを各調理台に映し出す。
それを見て、部員たちが材料や必要な器具を用意し始めた。
「どんニャ料理をするニャ?」
「今日はシュプレという、ミカーリさんの星のパンよ。再現料理の日だから、本場のものとは少し違うけれど」
「再現料理って何ニャ?」
「中村のお母様が、様々な星の料理を地球で手に入る食材で再現出来るようにしたレシピのことよ」
本場のシュプレは僕も父さんのお土産で食べたことがあるんだけど、独特な食感の甘いパンなんだ。
外側はマカロンみたいにカリカリなのに内側は綿飴みたいにフワフワで、けれど食べた瞬間に口の中でプリンみたいにトロトロになるという不思議なパン。
シュプレを作るには、モルというミカーリさんの星にある牛乳みたいな液体が必要になるんだけど、これが惑星外に輸出しようとすると分離して使い物にならなくなってしまうという扱いの難しい食材だった。
だから、作られたシュプレは僕らも手に入れられるけど、地球で作るのは無理。
でも母さんは諦めきれなくて、地球で手に入る食材を使って似たようなものを作れないかとレシピを考えたんだ。
母さんのレシピにあるのは、大抵そんな料理ばかりだったりする。
「ニャカムラくんのお母さんが作ったレシピニャ? すごいニャ!」
「どこまで再現出来てるかは分からないけどね。今日はミカーリさんもいるし」
「ワタシのことなら気にしなくていい。アレをモルなしで作るというだけで驚きだ。タショウ違っても、怒ったりはしないから」
「そう言ってもらえると助かるよ」
僕ら地球人にとってはかなり良く似た食感になってると思うんだけど、本場の人であるミカーリさんがどう思うかは分からない。
母さんも今日の結果は気にしてたんだよね。ミャルも参加する事は伝えてないから、純粋にミカーリさんの評価を心配してたんだ。
うまくいくといいなぁ。
次話は月曜に投稿予定です。




