29:ペロペロはアカン
梅雨入りの翌日。レイア様と登校してみると、教室の僕らの席横、壁際に早速除湿器が設置されていた。
ミャルのためにと依頼した翌日にもう設置完了してるなんて、さすが最上級のVIP対応だ。仕事が早い。この感じだと、今やすっかり定位置になってしまった学食のテーブル付近にも設置されてるんだろうな。
試しに動かしてみれば、何となく席の周りだけ涼しくなってる気がする。僕には変化がイマイチ分かりづらいけれど、これでミャルが少しでも快適に過ごせるようになればいいなぁ。
「中村、おはよう。何やってんだ、そんなとこで」
「ナカムー、はよー。まさかと思うけど隠しカメラとか仕込んでるわけじゃないよね? もしそうなら、おれにも流してほしいんだけど」
「南條、田中、おはよ。ちょっと除湿器を動かしてただけだよ。変なこと言わないでくれ。でももしそんな画像があっても田中、お前にだけは渡さないからな」
「なんでだよ、ケチー」
全く可愛くもない顔で口を尖らせた田中に軽くチョップを入れる。
もしレイア様に聞かれたらどうしてくれるんだ。あらぬ疑いをかけられたら、酷い目にあうのは僕なんだぞ。滅多なことを言うな。
「除湿器って空調完備なのにわざわざ? あー、もしかしてミャルちゃんのためか。昨日ずっと顔洗ってたし。可愛かったよなぁ」
「そそ。携帯用のも入手出来ないか調整してるから、それまでの間だけでもね」
南條の言う通り、校舎内は空調が効いてるはずなんだけど、それでもミャルは不快みたいだからな。必要経費というやつだ。
「えー、じゃあミャルちゃんの顔洗いもう見れないのか。昨日あんまり見れなかったから、今日こそペロペロしてる所とか見たかったのに」
くしくしするのを見る機会は多少減ると思うけど、除湿機導入しても完全にはなくならないと思うぞ。だから別に田中だってペロペロは……ペロペロ⁉︎
「は⁉︎ ペロペロって何だよ! 昨日だってさすがにミャルはそこまでしてなかったぞ」
突然田中は何を言い出すんだ!
「え、そうなのか? 猫が顔を洗うっていったら、ペロペロもあると思ったんだけどな」
確かに猫はそうだけど、ミャルは猫型以前にれっきとした女の子だ。いくらなんでも人前でそんな事はしないだろう。
毛繕いのためとはいえミャルが舌を出すなんて、想像するとなんかヤバい。けしからん。めちゃくちゃドキドキしてくる。
「速やかに設置してもらえてよかったと、僕は今心から思った」
「俺も」
「なんでだよ! お前らだって可愛いミャルちゃん見たいだろ!」
「それはそうだけど、お前には見せたくない。言い方がやらしすぎる」
「考えすぎだ! ミャルちゃんは可愛いけどやっぱ猫だし、さすがにそういう気はない!」
「それもそうか」
田中の言い分に南條は納得してるけど、僕は固まった。
いやだってさ、ついさっき僕はまさしくそういう目で考えてたんだ。
地球の猫の毛繕いを思い浮かべても可愛いと思うだけでそんな風に感じたりしないけど、ミャルはダメだ。きっと色っぽいだろうなって想像してしまう。
多種多様な姿を持つ宇宙人がいるのが当たり前の時代になったとはいえ、全宇連に加盟して年数の浅い地球では、まだまだ人型以外の宇宙人との恋愛や結婚は少数派だ。差別とかはないけれど、言えば驚かれるぐらいには珍しい。
そんなマイノリティに、僕はいつの間にかなっていたんだろうか。
でもミャル以外の動物型の子に、そんな風に思った事はないんだよな。猫型だけが特別なのか? 僕はそこまで猫好きを拗らせていたとか?
いやでも、もしかしたら世話係なんてやってるからなのかもしれない。
だってこれがもし楓のことだったとしたら、僕はやっぱり田中を止めるだろう。レイア様だったら、とは考えない。レイア様は舌を出すなんて行儀悪いことしないからな。
「中村、どうした?」
「もしかして、ナカムー」
「いや、違う。そういうわけじゃない」
「別に俺たち偏見とかないよ」
「そうそう。好きなら好きでいいんじゃない?」
「だから違うって。僕はミャルの世話係として心配してるだけだ!」
「へー」
「ふーん」
「とにかく田中はミャルを見るの禁止な」
「はぁ⁉︎ 横暴が過ぎるよ、ナカムー!」
まだそうと決まったわけじゃないのに、冷やかしてくるんだから当然の措置だ。ただでさえドーバル君のこともあるんだし、ミャルのことはちゃんと守らないといけない。
胸に残るドキドキとほんの少しのモヤモヤに蓋をして、僕はとりあえず田中にチョップを追加しておいた。




