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28:くしくしの破壊力

 食事こそ持参だけれど学食にも顔を出すようになってから、ミャルはさらに周囲と馴染んでいった。

 少しの事ではもうみんな騒がないし、未だに諦めのつかないドーバル君以外は無理に接触しようとする生徒もいない。


 むしろドーバル君については、あまりのしつこさにミャルも最近は対応が雑になりがちだ。

 毎回付き添いを口実に橘もレイア様を口説きにくるものだから、二人揃って話しかけた直後に振られる形はある種の様式美みたいになってるんだよな。


 彼らにとっては不本意だろうけど、僕としては間に挟まれたりする事もなく済んでホッとしている。ミャルなんて、ドーバル君の事はもはや空気みたいに思ってる所もあるからストレスもあまり感じなくなってるみたいだ。

 まあ、相変わらず橘を見るとミャルの尻尾は膨らむから、出来ればやめてもらいたい所だけど。




 そんなこんなである意味平和な毎日を過ごしていたわけなんだけれど、ある日登校してきたミャルは珍しくずいぶん怠そうだった。


「ごきげんよう、ミャルさん」


「ウニャ。レイアちゃん、ニャカムラくん、おはようニャ」


「ミャル、おはよう。なんか元気ないね。どこか調子悪い?」


「ウニャ? ニャーは元気ニャ。どこもおかしくニャいニャ」


「そう? ならいいんだけどさ」


 いつもご機嫌に立っている尻尾が今日は垂れ気味だし、どことなく毛艶もいつもよりくすんで見えるから聞いてみたんだけど否定されてしまった。

 平気と言われたら深追い出来ないけれど、やっぱり尻尾は下がったままだから心配な事に変わりはない。


 するとなぜかレイア様に睨まれた。


「辛い時は遠慮せずにお言いなさい。わたくしが保健室に連れて行って差し上げますわ」


「ありがとニャ。大丈夫ニャ」


 わざわざレイア様が口を挟むって事は、さっきの睨みは察しの悪い奴は引っ込んでろって意味だったんだろうな。

 一体何だったんだ?


 ……あっ、もしかして女子特有の理由なのか? だとしたら余計な心配だった。僕に話せなくて当然だ。

 このぐらいならセクハラにはならないと思うけど、とりあえず大人しくしておこう。


 そう思ってはいたものの、ミャルの異変は授業が始まってからも続いた。頻繁に顔をくしくしと擦ってるんだ。

 目元だけなら眠いのかなと思うんだけど、顔全体、時には耳まで撫でつけるのを見ていると、一体どうしたのかと気になって仕方がない。


 しかもそれがものすごく可愛いんだ。あまりにも可愛らしい仕草に、うっかり見入ってしまいそうになる。

 先生まで頻繁にミャルをチラ見しているし、これはやっぱり放っておけないよなぁ。


「ミャル、本当に大丈夫なの? 集中出来てないんじゃない? レイア様に保健室に連れて行ってもらおうか?」


「ウニャ、平気ニャ。邪魔しちゃったニャ?」


「いや、そうじゃないけど、ずいぶん顔を擦ってるからどうしたのかと思ってさ」


「心配かけてごめんニャ。これはちょっと、ジメジメが嫌なだけニャ」


「ジメジメ……?」


 ジメジメってなんだ? 別に今日はそんなに蒸し暑いわけでもないぞ。

 むしろ気温はこの時期にしては少し低めだし、どちらかといえばジメジメするのはこの後だろう。空は分厚い雲が覆っていて今にも雨が降りそうだから……って、あ。


「もしかして、顔を洗ってたのか」


「ウニャ? 洗ってないニャ。ただ、ジメジメがベトベトになるから取りたかっただけニャ」


「うん、それを顔を洗うって表現するんだよ。地球では、猫が顔を洗うと雨が降ると言われてるんだ」


「これが顔を洗うニャ? 不思議な言い方ニャ」


 ミャルが可愛らしく小首を傾げた所で、窓にパタパタと雨粒が当たり出した。


 うん、やっぱりこれは猫が顔を洗うのと同じやつだな。僕ら地球人には分からない細かな湿度の変化を、ミャルは敏感に感じ取っていたから朝から元気がなかったんだろう。

 猫とUMYAは違う生き物だけれど、やっぱり猫型宇宙人だけあって似通った部分はあるってことなんだろうな。


「本当に雨降ってきたニャ」


「そうだね。今日あたり梅雨入りって予報が出てたから、これからしばらく雨の日が続くと思うよ。不快なだけで具合が悪くなるわけじゃないんだよね?」


「そうニャ。ニャーは元気ニャんだけど、ジメジメのベトベトが困るニャ。いっそのこと水浴びしちゃえば平気ニャんだけどニャ」


「水浴び⁉︎ 水自体が苦手なわけじゃないんだ?」


「水は平気ニャ。お風呂は好きだし泳ぎも得意ニャ。中途半端にベトベトするのが困るだけニャ」


「そっか。じゃあ除湿機を早急に手配するよ。さすがに廊下とかは無理だけど、教室の中は快適に出来ると思う」


「本当ニャ? 助かるニャ! ニャカムラくん、ありがとニャ!」


 きっとこれまでも雨が降る前にミャルは顔を洗ってたんだろうけど、今まで雨が降った日は休日が多かったし、平日に降った時もミャルの登校前や下校後の時間ばかりだったから見れなかったんだな。


 今日はたまたま見れてラッキーだった。これからたくさんこの可愛らしい仕草を見れると思うと、憂鬱な梅雨の季節も楽しみになってくる。

 体調不良というわけでもなく単に不快なだけみたいだし、あまり心配する必要がないというのもホッとした。


「モフモフ星にも雨は降るんだよね? その時はどうしてたの?」


「モフモフじゃなくてムォフモフォ星ニャ。向こうも雨は降るけど、山の方とかだけニャ。ニャーたちが住んでる街の方はあんまり降らニャいから、そんなに気にしなくても大丈夫ニャ」


「そうなんだ。結構乾いた気候なのかな」


「たぶんそうニャ。こんなにジメジメするのは初めてニャ」


「そっか。日本は夏も湿度が高いんだ。慣れるまではちょっと大変かもしれないね」


「ウニャ、そうニャのかニャ。頑張らニャいとニャ」


 ものすごい嫌そうに言うから、思わず笑いそうになってしまって必死に堪えた。

 雨が本当に嫌なんだなぁ。お風呂は平気なのに不思議な話だけど、そういう生態なんだから仕方ない。


 お世話係の僕としては、少しでも快適に過ごしてもらえるように環境を整えていくだけだ。教室だけじゃなく、学食にも除湿機を設置出来ないか考えてみるか。

 せめてミャルの周囲だけでも湿度を下げたいよな。確か岩石星人用に、携帯出来る個人用の湿度調節機が開発されてた気もする。


 これから始まる梅雨と日本の夏を元気に乗り切ってもらえるように、出来る限りの事をしていこう。

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