27:ご飯は猫まっしぐら
「ミャル、レイア様、この席だよ」
ミャルのお世話係以前にレイア様の秘書である僕はといえば、今日もいつものように一足先に学食に来て席取りをしていた。
席へ案内したら、レイア様の分まで料理を注文して運んでくるのが僕の役割だ。
これは毎日の事だから、全校生徒が知っている。
今日はミャルも来ているからミャルに意識がいっている生徒がほとんどだけど、一部の生徒からは僕が何の料理を運ぶのかを注目されているのが分かる。レイア様だけじゃなく、ミャルも食べる事になる料理だと思われてるからだろう。
でもごめん、みんな。まだしばらく、その期待には応えられない。
「はい、お待たせ。レイア様のパスタセットね」
「それがパスタニャ? 似たようニャの、ニャーの星にもあるニャ! ニャカムラくんのは何ニャ?」
「これは親子丼だよ。鶏肉を卵で綴じたものを、ご飯に乗せてあるんだ」
僕が運んだ料理は二つだけで、ミャルの前には持参したスクイズタイプの大きめな水筒があるのみだ。
ミャルは初めて見る地球の料理に釘付けで気づいてないけれど、みんなの怪訝な視線が集まってる。
うん、気持ちは分かるけど、これからもっと驚くと思うからごめんな。
「中村、説明はほどほどにして冷めないうちにいただくわよ」
「そうだね。ミャル、日本では食べる前に料理を作ってくれた人や使われた食材に感謝の気持ちをこめて挨拶をするんだ。真似して言ってから食べてみて。――いただきます」
「いただきますニャ!」
僕らの真似をして丁寧に手を合わせたミャルは、嬉しそうに水筒に手を伸ばす。
蓋を外せば出てくるのは太めで長いストローだ。それを口に咥えてボトルを押しつつチュルルルと吸っている。
その様は可愛らしいけれど、交流体育祭の最中にも適宜水分補給をしていたから似たような光景はみんな見ている。
流石に我慢ならなかったのか、男子生徒の一人が立ち上がった。
「おい、ミャルちゃんのお昼はどうしたんだよ。まさか水しか飲ませない気なのか?」
「ウニャ? これは水じゃニャいニャ。ニャーの大好きなお昼ご飯ニャ!」
「えっ……それが⁉︎」
「そうニャ。レイアちゃん、この小さいお皿借りていいニャ?」
「構わなくてよ」
食堂の人が気を利かせて用意してくれていた取り分け用の小皿に、ミャルは水筒の中身をほんの少し出した。
「ほら、これニャ。とっても美味しいニャ!」
「えっ、そんなの食べてるの……? 本気で?」
ミャルはドヤ顔で見せてるけれどドロドロの茶色い物体が出てきたものだから、立ち上がった男子生徒は引き気味だ。
他の生徒たちも「カレーっぽい? いや、ドロドロしすぎかな」「甥っ子が食べてた離乳食に似てる」「猫缶の中身があんな感じじゃなかったか?」「むしろアレはチュルルだろ」と口々に言い出して、騒がしさが増していく。
みんなが驚くのも無理はない。でもこんな昼食には訳があるんだ。
「これはミャルさんたちのために特別に作られた完全栄養食品ですわ。元は宇宙食だけれど、材料はミャルさんたちの星のもののみで作られていますの。まだ地球の食品の安全性が確認出来ていないから、これが彼女たちの主食ですのよ。貶めるような発言は控えなさい」
「す、すみません。そうとは知らず……」
「分かればいいのよ」
レイア様がピシャリと告げると、声を上げた生徒だけでなく騒ついていたみんなも落ち着きを取り戻していく。
レイア様の話した通り、これが今のミャルたちの大事なご飯なんだ。
僕が猫アレルギーを発症するかもしれないと心配していたのと同じように、留学に際してミャルたちUMYAも地球の環境で安全に生活出来るかという問題があった。
水や空気、重力などはもちろん事前に調査されていたみたいだけど、特に食品には多種多様なものが使われている。体内に取り込んだ後の変化もあるから、より一層詳しく調べる必要もあって、安全性が確認出来るまでもう少し時間がかかるらしい。
だからそれまでの間は、ミャルたちは宇宙食を食べるしかないんだ。
とはいえこの宇宙食は、ミャルたちからすればご馳走の部類に入るらしい。見た目はドロドロした茶色の液体だけど、めちゃくちゃ美味しいそうだ。
さっき誰かも言ってたけど、地球の猫の大好物であるペースト状のフード、チュルルでも食べてるみたいに見えてくる。
あまりに美味しそうに食べるから一体どんな味なのか気になるけれど、僕らも同じ理由で気軽に味見なんて出来ないのが残念だ。
「やっぱり美味しいニャ。幸せニャー!」
ミャルが学食無料券を使えるのはもう少し先になりそうだけれど、美味しそうにご飯を食べる姿というのは一応見れたわけで。
気がつけばみんな、ミャルの事を微笑ましそうに見ていた。
美味しそうに食べる姿は、誰のものでも幸せな気持ちになれるよな。それが可愛いミャルなら尚更だ。
これから毎日これを見れるなんて、本当に僕らはラッキーだ。
学生みんなが学食を利用するわけじゃなく、売店を利用する人や弁当持参の人もいたりするけれど、美味しそうに食べるミャル見たさに学食の利用者が増えるかもしれない。
今までも結構大変だった席取り争いがさらに過熱するかもしれないけど、僕らの分はいくらでも協力者を捕まえられるだろう。ミャルを見れないと意味がないんだから。
ミャルのおかげで僕の仕事も楽になるかもしれないと思うと、より一層嬉しくなってくる。
これもミャルのおかげだ。地球の料理を食べられるようになったら、何か美味しいスイーツでもご馳走しよう。




