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25:自分の言葉で話したい

 ミャルは留学してきてからずっと交流体育祭の練習ばかりしてきた。初回はLHRで出場種目の話し合いだったし、実を言えば教室できちんと授業を受けるのは今日が初めてだったりする。

 そんなわけで教室に入ってからは、最初に説明したパッドとデバイスの使い方を覚えているか聞いてみた。


 ちなみにいつもならミャルに群がるクラスのみんなは、先ほどのドーバル君の玉砕について盛り上がっている。

 目立つ廊下で薔薇の花束持参。しかもミャルが隠れていたものだから、端から見たら僕の前に跪いてるようにしか見えなかったとあって話は尽きないみたいだ。


 いじるのも程々にしといてやってくれよ。隣のクラスとはいえ、ドーバル君は耳がいいからたぶん聞こえてるぞ。

 まあ、自業自得だし止める気にはなれないけど。僕のことまで話題に巻き込まれてるからといって、八つ当たりというわけではない。決して。


「ミャル、教科書やノートの出し方覚えてる?」


「ちゃんと覚えてるニャ! 色々練習してきたニャ!」


 切り替えが早いのもミャルの長所だ。騒がしい周りごと、告白を断った事も意識の外にシャットアウトしたんだろう、ミャルはモフモフの可愛い手でパッドを取り出して見せてくれる。


 どうやらミャルは、僕が思っていた以上に真面目だったらしい。

 もうすっかり操作に慣れていて、デバイスと接続して検索も出来るようになってるし、何ならカスタマイズまで済ませてあった。これだけ使いこなせるなら、授業中は手伝いなんてほとんどいらないかもしれない。


「体育祭の練習で疲れてたろうに、よくこんなに頑張ったね。アイコンとか可愛いよ」


「それだけじゃニャいニャ! ニャーは予習もしてきたニャ。ほらこれ、見てニャ!」


 自信満々に見せられた画面には、ラインの引かれた教科書や要点をまとめたノートが出ていた。

 教科書はともかくノートはUMYAの文字で書かれているから、僕は自動翻訳も表示させつつ確認していく。


「本当だ。ずいぶん細かく予習してきたんだね」


「そうニャ! がんばったニャ!」


 嬉しそうなミャルに頬が緩むけれど、実のところその内容は僕らが小学校で習うようなものがほとんどだ。

 数学や物理等に関してはUMYAの星でも同じように発展しているようで僕らと同じレベルで授業が受けれるけれど、地理や歴史はさすがについていけないから。


 そして様々な惑星出身者が集まる今の時代、注意書きや案内表示、公式文書などに使われる宇宙共通文字の科目はあるけれど、言語についてはそれぞれの母星語を学ぶ事になっている。

 地球のように国によって言語が分かれている場合も母国語を学ぶだけで、ハーフなど複数の国や星にルーツを持つ人たちは、学びたい言語を一つ選ぶんだ。


 ミャルの場合、もちろんそこはUMYAの星の教科書をそのまま持ってきているようで、僕には見覚えのない教科書が一つ含まれていた。


 だというのに、僕は見せられたノートの中に見慣れた文字を見つけてしまった。


「あれ? ミャル、これってもしかして平仮名?」


「あっ、それはまだ下手ニャやつだから見ちゃダメニャ!」


 よほど恥ずかしかったのか慌ててミャルは隠してしまったけれど、僕の目は誤魔化せない。

 あれは確実に、ミャルの名前が平仮名で書いてあった。たどたどしくはあったけれど、それがまた味があって可愛かった。もっと見ていたいぐらいだ。


「隠さなくていいのに。上手だったよ?」


「そんニャことニャいニャ。日本の文字はいっぱいあって難しいニャ」


「まあ平仮名とカタカナ、漢字って三種類あるからね。でもこんな練習なんてしなくても翻訳機能で読めるのに、どうしてわざわざ?」


 可愛い文字が見れたのは嬉しかったけど、疑問はどうしても湧いてくる。


 漫画や小説、資料など、こちらの文字で読む時はミャルが翻訳機能を使えばいくらでも読めるし、ミャルが書いた文字は僕らがデバイスで翻訳すればいい。

 無数にある異星人の数だけ文字や言葉はあるわけで、翻訳機能を使わないと意思の疎通なんて出来やしない。みんなそうやって暮らしているんだから。


 でもそんな疑問は、ミャルには通用しなかった。


「もちろん、知りたかったからニャ! せっかく地球に来たのに、いちいち翻訳機を通さニャいといけないのは寂しいニャ。だからニャーはこっちの文字や言葉も使えるようにニャりたいと思ったんだけど、そう思うのは変ニャ?」


「いや、変ではないけど……」


 思いがけないミャルの考え方に、僕は衝撃を受けていた。

 よほど専門的に学びたい人が大学に行ってから勉強するなら分かるけど、自分から率先して他の星の言葉を覚えるなんて考えた事はなかったから。


 呆然としていたら、ミャルはしみじみと言葉を続けた。


「ニャーは出来れば、ちゃんとニャーの言葉で喋りたいニャ」


 ああそうか、とその一言で僕は何だか腑に落ちた。


 今のミャルの声は、本人の声を元に合成された音声だ。自動翻訳で話しているから、どうしてもこの合成音声は必要になってくる。

 そして何より、ミャルの翻訳機能には誰かがお遊びで付け足した「ニャ」が入っているわけで。ミャルは今まで何も言わなかったけれど、話してる言葉の翻訳が何かしらみんなと違うというのは気付いていたんだろう。


 そう思うと、ニャーニャー言ってるミャルに悶えていた自分が何だか恥ずかしく思えてくる。

 ミャル自身の声で、ミャル自身の言葉になったら、どんな風に聞こえるんだろう?


 そして、僕らの話している言葉はミャルにはどう聞こえているのか、初めて漠然と不安になった。


 僕らの声はそのままミャルに聞こえているはずだけど、その意味は同時翻訳の機械音声で聞いてるはずなんだ。

 それは本当に、僕らの気持ち通りの翻訳になっているんだろうか?

 相手の言語をちゃんと知らないと、翻訳が正しいのかどうかも判断出来ないんだと今更ながら気がついて、何だか怖くなる。


 気付いたなら、変えればいい。

 僕も出来るなら、間違いのないようにミャルと言葉を交わしたい。


「あのさ、ミャル。そういう事なら、僕が日本語を教えるよ」


「本当ニャ?」


「うん。その代わりってわけじゃないけど、僕にもミャルたちの星の言葉や文字を教えてもらえる?」


「それはもちろんニャ!」


 僕の提案に、ミャルは本当に嬉しそうに頷いてくれた。

 お世話係としても友人としてもかなり打ち解けたと思っていたけれど、何だか初めてミャル自身に触れたような気がして心が浮つく。


 とはいえ、まだしばらくミャルは午前中しか学校にいないし、休み時間もみんなに囲まれるだろうから、基本的には資料のやり取りで教え合う事になるだろう。

 直接資料のやり取りをするために、僕はこの日初めてミャルと連絡用のIDを交換した。

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