24:尻尾は分かりやすい
「ずいぶん大きな花束ですわね。まさか橘、今度はそれで求婚でもするつもりですの?」
「いや、だから違うんだよ。これはボクじゃなくてドーバルからなんだ」
「ドーバルがわたくしに?」
レイア様が不審げにドーバル君を見ると、ドーバル君は慌てた様子で首を横に振った。
「ち、チガウ。コレはレイアじゃなくて、ミャルに……」
「ミャルさんに?」
「ニャーに何の用ニャ?」
僕はレイア様と一緒にミャルの方を振り向いたけれど、どうやらミャルは僕の背中から出るつもりはないらしい。
警戒してるのか尻尾で床をペシペシと叩きつつ顔だけ出し、声音だけは普通にドーバル君に問いかけた。
ドーバル君は戸惑ったみたいだけど、僕の前に跪き、僕越しにミャルへと花束を差し出す。
「昨日、オレのことたくさん応援してくれたダロ。オマエがオレを思ってくれて嬉しかった。オ、オレも……オマエの毛並みがキレイだと思うし、カワイイと思う。だからオレと、その……つ、番になってほしい。受け取ってクレ」
期待と不安の入り混じった瞳でミャルを見つめるドーバル君の尻尾はパタパタと振られていた。
犬系宇宙人のドーバル君は尻尾の動きも犬のそれと似たような意味を持つから、好きという気持ちが溢れているんだろう。
ボールでも咥えて遊んで欲しそうな姿に見えてしまうが、番になるというのは結婚すると同義だったはずだから、れっきとしたプロポーズなんだよな、これは。
見た目だけでいうなら二足歩行の犬と猫のモフモフカップルになるわけでお似合いだろうし、UMYAの全宇連加盟を考えても異星人との恋愛は大いに歓迎される事だろう。
でもなぜか、どうにも気に入らない。ドーバル君は決して悪い男じゃないと知ってるのに、なんでだろう?
僕はただのお世話係で、ミャルが誰と恋愛しても反対する権利なんてないのに、どうしてこんなに腹立たしいんだ?
モフモフカップルなんて僕にとっても目の保養になるのに、そのお世話係を奪われるかもしれないからだろうか。
まあ何はともあれ、ミャルがどう答えるのかが問題だ。ミャルは何て返事をするんだろう?
聞きたいような聞きたくないような不可解な心持ちでミャルを見ていると、ミャルはペコリと頭を下げた。
「ごめんニャ。ニャーはそれ、受け取れニャいニャ」
「ど、どうしてダ⁉︎ 花はキライだったか?」
「そうじゃニャいニャ。確かに昨日は褒めたけど、そこまでドーバルくんのこと好きニャわけじゃニャいニャ」
「そ、ソンナ……」
ドーバル君は耳も尻尾も項垂れて可哀想なぐらいに落ち込んでいる。
でもごめん、ドーバル君。僕はホッとしてしまった。
まあ、昨日のアレはレイア様の作戦のために言った事なんだから、ミャルとしても本気にされて困ったんだろう。
それでも全部嘘だったとは言わずに断るあたり、ミャルはやっぱり優しい。いや、もしかしたら本当に、全部が全部嘘ってわけじゃなかったのかもしれないけど、ミャルにとってドーバル君はそういう相手じゃなかったわけだ。
「ウニャ……悪いことしちゃったニャ」
床を叩いていたミャルの尻尾はいつの間にか垂れている。
ミャルのせいじゃないんだよ。これはレイア様の作戦の余波なんだから。
「レイア様、これどうするんだ?」
「わたくしもこんな事になるなんて思わなかったのよ。そんな責めるような目で見ないでちょうだい」
レイア様は気まずそうに視線を逸らしたけれど、ミャルも責任を感じてるみたいだから無視出来なかったんだろう。
はぁとため息を溢すと、橘に慰められているドーバル君の元へ一歩歩み寄った。
「一度断られたぐらいで、そんなに落ち込むんじゃありませんわ。橘をご覧なさいな。わたくしが何度断っても、しつこく付き纏ってくるでしょう? 本気なら、あなたもそのぐらいの気概を見せなさい」
「レイア……。ドーバルを慰めてくれてるんだろうけど、もう少し他に言い方はないのかな?」
「この程度受け止められないなんて、懐の小さなこと。わたくしに認められたいなら、このぐらい大目に見なさいな」
顔を引き攣らせた橘にレイア様はピシャリと言い放ったけれど、横を向いた頬がほんのり赤いから言い過ぎたと思ってるんだろうな。本当、素直じゃない。
でも言われた当人たちは、元気を取り戻したみたいだ。
「そ、そうダナ! オレもルイを見習うゾ! 諦めない!」
「そうか。レイアは心の広い男が好みなんだね。参考になったよ」
「そういう意味で言ったのではないわよ」
蕩けるような笑みを浮かべた橘にレイア様は引き気味だ。
そして、獲物を狙うみたいな鋭い目つきになったドーバル君に、ミャルは警戒したようで。
「ウニャ⁉︎ ニャーは諦めてほしいニャ! ニャカムラくん!」
「うん、そろそろ行こうか。レイア様も」
「ええ、そうね。ごきげんよう」
僕のブレザーの裾を引っ張るミャルが可愛いけど、悶えてる場合じゃない。
岩熊さんたちに後を頼んで、ドーバル君の視線からミャルを隠すようにして僕らは教室へと急ぐ。
「こんなつもりではなかったのに、面倒なことになりましたわ」
「そうだね」
「ウニャ。もっとハッキリ断れば良かったニャ。怖いニャ」
せっかくみんながミャルの存在に慣れてきて穏やかになってきたっていうのに、どうなることやら。
また巻き込まれるのかと考えると面倒くさいように思うけれど、ミャルに頼られるのは気分が良くて、頑張ろうかなと思えた。




