23:体育祭後の変化
交流体育祭が終わった翌日から、僕は手袋を外して過ごす事にした。
エア手袋はとにかく薄いし限りなく透明に近いのもあって、着けてる僕自身ですらその存在を忘れてしまうような手袋だ。
手の入れ口だけは分かりやすいように作られてるから、ブレスレットみたいに手首に輪があるけれど、それも細いからそんなに目立つわけじゃない。
それなのに、ほんの小さな変化にレイア様は真っ先に気が付いた。
「あら、中村。エア手袋はどうしたの? まさか忘れたんじゃないわよね?」
「忘れてないよ。ただ、そろそろ暑くなってきたし、着けなくてもいいかなって思って」
いつものようにレイア様の車で一緒に登校した僕らは、昇降口でミャルを待っていた。
体育祭でミャルの声や姿を間近で見た生徒たちはみんな大興奮だったから、もしかして今日はまた留学初日のような騒ぎになるかと心配していたけれど、活躍するミャルを存分に見て満足したのかそんな事もなく。ミャルを待つ僕らの邪魔をしないようにと、みんなそれぞれに自分のクラスへ向かっている。
あの中の誰も僕が手袋を着けていないなんて気付いてないだろうに、レイア様にはバレていた。
さすがに昨日ミャルとハグして大丈夫だと分かった、なんて詳しい説明は出来なくて、どうにかボカして伝えてみる。
けれどそんな僕の努力は、レイア様の前では無力で。
「そういえば昨日、普通にミャルさんに触っていたものね。それでどうでしたの? まあ、アレルギー反応は出なかったのでしょうけど、感想は?」
「へっ⁉︎ レイア様、見てたの⁉︎」
「それはもう、しっかり見えてよ。わたくしたちのリレーが終わったらすぐに、スクリーンの映像がミャルさんに切り替わっていたもの」
「ま、マジか……」
じゃあ全校生徒にも筒抜けって事なのか。なんてこった。
まあ、ミャルとハグして喜び合ったのは僕だけじゃないから、変にやっかまれたりする事はないだろうけどさ。
「良かったじゃありませんの、アレルギーが出なくて。わたくしたちの言った通りだったでしょう? もうマスクも外してしまえばいいのではなくて?」
「いや、さすがにそれはちょっとまだ怖いし……」
「まだそんなことを言いますの? 呆れるぐらいに慎重ですわね。まあ、アレルギーの辛さを思えば分からなくもないけれど」
レイア様には昔、良かれと思って猫を押し付けられた事があったから、僕のアレルギー反応がどれだけ酷いのか知られているんだよな。
だからレイア様は、呆れつつも無理強いはしないでくれているというわけだ。
「まあ一応、少しずつ試してはみるつもりだよ」
もし本当に大丈夫ならいつかはマスクも外したいと思う。でも、皮膚接触が平気だったからといって全て大丈夫とは限らないから、どうしたってそこは慎重にならざるを得ない。
まずは少し離れた場所でほんの少しだけマスクを外す所から試そうかな……なんて思ってるうちに、ミャルが登校してきた。
「ニャカムラくん、レイアちゃん、おはようニャ!」
「おはよう、ミャル」
「ごきげんよう。昨日の疲れは取れまして?」
「大丈夫ニャ! 今日も元気いっぱいニャ!」
言葉通り、ミャルの毛艶は今日も良さそうだ。機嫌良さげに尻尾を立てて歩き出すミャルと一緒に、僕たちも教室へ向かう。
もうみんな慣れたようだし大丈夫そうだと判断したのか、岩熊さんたちボディーガードは少し離れた所から見守ってくれている。
おかげで生徒からはミャルの姿も見えやすくなっているけれど、みんな一定の距離を保ったまま手を振って挨拶をするぐらいで変に近寄ってはこない。
ミャルも嬉しそうに手を振り返しているから良かった。交流体育祭は、ミャルにとっても良い結果を運んだみたいだ。
けれど安心したのも束の間。僕らの教室の隣、つまり二年B組の前に差し掛かった所で、橘が立ち塞がった。
「おはよう、レイア。今日もかわいいね」
「あら、橘。わたくしたちに負けた分際で、何の用ですの?」
「手厳しいな。まあ、負けたのは事実だから、無理にデートに誘ったりはしないよ」
レイア様が橘と話す間に、尻尾をぶわりと逆立てたミャルはさり気なく僕の後ろに移動した。
今の橘は触手を出していないから王子様みたいにしか見えないのに。ミャルはあの触手が本当に嫌だったんだな。
怯えたミャルを気遣ったわけじゃないだろうけど、レイア様は安定の塩対応で橘に接していた。
「当然ですわ。用がないのなら、さっさとお退きなさいな」
「それは残念。ボクとしてはもう少し君と話していたい所なんだけどね。でも実は用があるのはボクじゃないんだ」
橘がB組の入り口に視線を送る。
僕らもつられて見てみると、なぜだかドーバル君が真っ赤な薔薇の花束を持って照れくさそうに出てきた。




