18:これも本能
「両チーム、準備はいいか? それでは決勝戦! よーい、始め!」
審判の合図と共に空砲が鳴り、スタートした綱引き決勝戦。始まりは僕らが優勢だった。
けれどそれは、観客のニーズを把握していた橘のサービスだったらしい。
試合中盤、橘はついに宇宙人の母親から受け継いだ例のアレを出してきた。
「そろそろ頃合いだな。本気を出していくぞ!」
「みなさん、来ますわよ!」
橘がニヤリと笑みを浮かべ、レイア様が警告を叫んだのと同時。橘の背から無数の触手がブワリと現れ一斉に綱を掴んだ!
さらに一部は腰からも伸びてきて、無数の脚のようになって引っ張る力を支える。
そう、橘の母親は触手系宇宙人なんだ。
身分や美貌、財力など女子を虜にする要素をいくつも持っているにも関わらず、レイア様を始めとする地球人女子が親密な仲になるのを躊躇する理由がこれだった。
そして決勝まで勝ち上がってきた理由もこれにある。
橘本体? の筋肉は細マッチョってぐらいなのに、ちょっとした紐並みしかないはずの太さの触手は何でか力がものすごい強いんだよな。
ジャージTシャツの隙間から伸びてるから変な感じだけど、上裸でアレをやるとやけに白い触手の色味も相まって、ある意味花でも背負ってるのかと思うような見た目になる。
ユラユラ動く所なんかは、イソギンチャクに近いような感じなんだけどね。
この動きに、もしかしたらミャルの猫的な本能が刺激されてしまうのでは、と僕は危惧していたんだ。
けれど結果は、意外な方向に向いた。
「き、気持ち悪いニャー!!!!」
今まで見た事がないほどミャルの尻尾がブワリと膨らんで、僕の前にいるレイア様が埋まってしまったかのように見えた瞬間、敵チームへと引っ張られていたはずの綱が唐突に軽くなった。
「うわーっ!」
「キャアッ!」
「ぐうぇっ!」
尻餅を付いた僕の上に唐突にレイア様が背中からダイブしてきて、さらにその上から何か大きなものに覆われて視界が真っ暗になる。
そこでふと足に触れたのが、モフモフとした何かだ。
これはもしかして、もしかしなくても、ミャルの尻尾、もしくは足なのでは⁉︎
「気持ち悪いニャ気持ち悪いニャウネウネ嫌ニャ気持ち悪いニャウネウネ嫌いニャ」
「ミャルさん、重いですわよ! おどきなさい!」
「ぐおぅぇ!」
パニックになったミャルにのし掛かられているらしいレイア様がもがく度に、肘が僕の腹に押されて内臓が飛び出そうなんだが、同時に足や腕に微かにモフモフが触れて苦しいのか幸せなのか分からない。
いやもしかしたら苦しみこそが幸せなのでは……⁉︎
「レイア様、大丈夫か」
「た、助かりましたわ」
危なく変な扉を開きかけた所で、ミノレス君がミャルごとレイア様を引き剥がしてくれた。
僕の幸せモフモフの苦しみが……!
「中村、いつまでそうしてますの」
「へっ……? あ、ごめん」
ダメだ、ちょっと所かガッツリとおかしな所に頭がいってた。
レイア様に睨まれてようやく起き上がってみれば、未だにレイア様にしがみ付き「気持ち悪いニャ、ウネウネ……」と真っ白になってるミャルがいた。
それだけでも驚きだけど、さらなる驚きの光景がその背後にあって。
「な、何があったの、これ」
真っ直ぐ伸びていたはずの長い綱が、ちょうどミャルが掴んでいた辺りからぐねんと大きく横に曲がっていて、ミャルの前にいたはずのメンバーたち数人も転び、他の味方メンバーは唖然としている。
中でもミャルのすぐ前にいたはずの南條は、横に引っ張られた拍子に派手に倒れ込んだのか、謎に体を半回転させつつも顔面から地に倒れ伏していて、見てるだけで痛々しい。
幸い? 鼻血は出てないみたいだけど……。
「おい、南條。生きてるか?」
「うゔ……い、痛い゛……。俺が何したっていうんだ。ミャルちゃんにハイタッチした罪はもう償ったはずなのに、どうしてこんな目に……」
涙声だけどふざけた返事も出来てるし、どうやら骨が折れたとかもなさそうだ。
ホラーな死体が出来たかとマジでビビるから、さっさと起き上がれ。羨ましくもミャルとのハイタッチを叶えやがったお前なら出来ると僕は信じてる。
そして敵チームは、途中まで綱に引きずられたのか斜めの中途半端な位置で転々と伸びていて。
触手を出していた橘はというと、綱と複雑に絡まり合うようにして転がっていた。最後まで橘を守ろうとしていたのか、ドーバル君も一緒になって絡まっている。
「あれって大丈夫なの? 解けるのかな」
「知りませんわ。あんなのよりミャルさんの方を心配なさいな」
「……そうだね。ミャル、怪我はない? 大丈夫?」
冷たいようだが、確かに震えているミャルの方が僕らには大事だ。
何せミャルは猫型だし、仲間だし、猫型だし、頼まれてる留学生だし……つまり、猫は何においても優先されるべき!
「ウニャ……。怪我はえっと、爪が引っ掛かっちゃったけど大丈夫みたいだニャ」
ようやく恐慌状態を脱したらしいミャルは、両手の爪を見つめて言った。
どうやら突然出てきた触手に怯えたミャルは、咄嗟に後ろを振り向いて逃げようとしたらしい。
ところが同時に出てしまった爪が綱に引っかかったために、綱ごと巻き込んで振り向いた所、みんなが引きずられて吹っ飛びこの惨状が出来上がった、ということみたいだ。
いや、どんだけ力強いんだ。火事場の馬鹿力みたいなものなのか、UMYAの底力なのか……。
というか、それだけ引っ張ったのに折れなかった爪すごいな⁉︎
「どちらにせよ、勝ちは勝ちですわ。……審判!」
「……っ! しょ、勝負あり! 勝者、二年A組!」
あまりの結末に会場のみならず審判まで呆然としていたけれど、レイア様の声でようやく動き出した。
パラパラとまばらな拍手が鳴り始め、やがて大きな歓声に変わる。
「す、すごい! ミャルちゃん強い!」
「おめでとう、ミャルちゃーん!」
「や、やったニャ! 勝ったニャ!」
みんなの声にミャルもようやく元気を取り戻したようで、立ち上がってご機嫌に手を振っていた。さらに歓声が沸いたのは言うまでもない。
橘たちには災難だったろうけど、ミャルが嬉しそうだからまあいいか。レイア様もホッとしてるみたいだし。
あれ? でも、まさか……。
「もしかして、この結果も予想してたの?」
「まさか。でも、断る理由を考える必要がなくなって助かりましたわ」
ミャルと一緒になって手を振り歓声に応えているレイア様に聞いてみたら、めちゃくちゃ良い笑顔が返ってきた。
どうやら、勝っても負けても橘の願いは叶わなかったらしい。さすがにちょっと同情した。強く生きてくれ、橘。




