15:いよいよ始まる交流体育祭
全員参加の三十人三十一脚(もとい、ミャルが増えたので僕らのクラスは三十一人三十二脚になるわけだけが)の練習は、ミャルにとっては大きな問題もなく終える事が出来た。
というかむしろ、ミャルは早々に慣れてしまったぐらいだ。昨年も経験したはずの南條の方が文字通り足を引っ張っていて、いつも以上に情けなかった。
これまでのミャルの動きを見ていても思ったけれど、運動神経は抜群みたいだ。ミャルだからなのかUMYAがそうなのかは分からないけれど、これならリレーの選手に選出だって出来たかもしれない。
まあ実際は、ミャルの大好きな翼持ちの二人がリレーに出るから無理なんだけどね。
それから毎日、午前中のみという時間制限はあったけれど、僕たちは全力で競技練習を続けて。
ミャルがやって来てから十日後、ついに交流体育祭本番を迎えた。
――ポンッ、ポン、ポンッ。
本番当日。五月晴れの空に軽快な花火が打ち上がる。
会場となる大校庭には千人を超える高等部の生徒全員が並び、いつもより仰々しい開会式が行われた。
というのも、通常の交流体育祭と違ってミャルのいる今年は、外部から多くの来賓が訪れていたからだ。
ミャルの担当者も含む全宇連からの職員数名に、政府関係者。理事長を始めとした高等部以外の学園関係者と、学園運営を後援している西宝院グループ各社や関連企業の代表たち。
これだけ多くの来賓が集まってるんだから、いつも通りというわけにはいかないよな。
けれどこれだけの大物が集まっても、生徒の間には緊張感なんて微塵も感じられなかった。
来賓が見てるのは生徒ではなくミャルだから、というのもあるんだけど、生徒たちもようやく堂々とミャルを眺める事が出来るからだろう。
どちらかといえば興奮してる感じで、どこの田中かと思うような血走った目でミャルをガン見してる生徒も少なくない。
緊張していたのは、全校生徒の前で改めて留学の挨拶をする事になったミャルと、大物揃いの中で訓示をしなきゃいけない校長先生ぐらいなんじゃないかな。
そんなわけで、生徒の誰も聞いていない長々とした来賓紹介と無駄に噛みまくった校長先生の話が終わると、いよいよミャルが演台に立った。
ちなみに世話係の僕は生徒の列に並ばず、レイア様と一緒に演台裏手で待機している。終わったら速やかにミャルを回収しなくちゃいけないからね。
「ムォフモフォ星から留学してきた、ミャルウリィヤ・ミュルミヤウォルですニャ! みんニャにはミャルと呼んでもらってますニャ。今日は2年A組の一員として頑張りますニャ! みニャさん、よろしくお願いしますニャ!」
さすが、初の留学生として送り込まれただけある。緊張で尻尾を軽く膨らませつつも、ミャルはしっかりと挨拶した。
ミャルの姿は大型スクリーンにも映し出されてるから、列の端の方にいる生徒たちにもよく見えただろう。
「モフモフ星⁉︎ しかもニャーだって!」
「ミャルちゃん可愛いー!」
「あんな可愛いのを今まで独占してたとか、2-A許すまじ! 絶対に倒すぞ!」
ミャルがペコリと頭を下げると同時に、どこかで聞いたような感想混じりの歓声が上がる。
来賓の方からも歓声が上がったような気がしたけど、生徒側からは嫉妬に塗れた野太い気勢も上がってきてるし、もう騒がし過ぎて何が何だか分からない。
どうなる事かと焦ったけれど、そこは実行委員や先生方がどうにか落ち着かせて。上がりきったテンションのまま選手宣誓が行われ、開会式は終了となった。
「き、緊張したニャ……」
「お疲れ様、ミャル。頑張ったね」
「良い挨拶だったわよ。このまま競技も頑張りましょう」
「ニャカムラ君、レイアちゃん、ありがとニャ」
ミャルと合流して全体での準備体操も終えると、僕らは生徒席に向かった。
広々とした大校庭には、校舎と面していない側に階段状の観客席が設けられている。
せり出した屋根が適度に日光を遮ってくれて、座席も座り心地が良いものが据付だ。座面は冬場は温まり夏はひんやりとした触感になる特殊素材を使っているから、何時間でも余裕で見ていられる。
ここからは出番まで応援になるわけだけど、ミャルがちゃんと応援出来るかは正直怪しい所だ。
各クラスはそれぞれやる気を漲らせながら席に着いているし、クラスメイトたちも楽しげに談笑しているけれど、僕はまだまだ気が抜けなかった。
最初の種目は大玉転がしだ。紅白の巨大なボールが運ばれてくると、たちまちミャルがそわそわしだす。
けれど僕たちは、数々の練習を乗り越えて強くなった。もう決して、練習初日の悲劇は繰り返さない。
「みなさん、陣形を組みますわよ」
レイア様の号令で、牛系宇宙人のミノレス君がミャルの前に座る。他のみんなもミャルを囲むように座り直した。
「ミノレス君、それじゃ見えニャいニャ。どいてニャ」
クラスで一番大柄なミノレス君は、その体でミャルの視界を塞ぐのが役目だ。
でもそれだけじゃミャルが嫌がるだろう。そこで。
「ミャルちゃん、それよりほら、これ見て」
「どうかしたニャ? ニャニャ⁉︎ フワフワニャー!」
隣に座った女子の手には、エンジェル星人のミカーリさんの白い羽根があった。もちろんこれは自然と落ちた抜け羽根で、本人から快く提供してもらったものだ。
ユラユラと揺らされる羽根に、ミャルは時折猫パンチを出しつつ食いついている。
これらの対策は、すべてこれまでの練習時間に編み出された。
今日までミャルだけじゃなくみんなそれぞれに競技の練習をしていたわけだけど、同じ校庭で練習している以上、少しでも休憩が入るとミャルがすぐ他の競技に気を取られていたからだ。
手を出される前に他の何かで気を引こうと、猫じゃらしやネズミのオモチャなどが用意され――というか、クラスのみんなが勝手に持ち込んでいたわけだが。
様々なものを試した末、ミカーリさんの羽根が一番という、ミカーリさんからしたら嬉しくも何ともない結果に至ったので、本番の今日も有り難く一枚頂いたというわけだ。
「さあ、対策チーム以外は応援しますわよ!」
レイア様は少し離れた場所から全体を見渡しつつ、今も大玉を転がしている味方のために声を上げた。
ミャルを中心とした円陣を作り上げたみんなは、ミャルの事を気にしつつも応援を始めた。
僕はといえばミャルの後ろの席に座り、ミャルの意識が万が一にも大玉に向かないよう、かつ対策してるはずのクラスメイトが必要以上にミャルにくっ付かないように監督している。
ミャルの可愛らしい猫パンチを余さず見れるというだけで幸せだ。
見てるだけが悔しいとか、僕がじゃらしたかったとか、そんな事はない。そんな事は……くっ、くぅっ!
まだ何もしてないけど、目に汗が染みるよ。




