13:その笑顔プライスレス
スプーンリレーの後片付けが終わると、屋上校庭のど真ん中に体育委員が太くて長い綱を一本運んできた。見てわかる通り、次に試すのは綱引きだ。
不安げなミャルを励ましはしたものの、実の所、試せる競技はあと二つ、綱引きと大縄跳びしかない。
リレーの選手は決まってるし、三十人三十一脚はクラス全員参加だ。交流体育祭では選択種目の中から最低二つに出る必要があるけれど、果たしてそれが無事に叶うのかがこれから分かる。
まあ、最悪の場合は特別に一つだけにしてもらう事も出来ると思うけどね。何せミャルは体験留学生なわけだから、肝心なのは参加したという事実を作る事と、全宇連加盟に向けた前向きな感想を得てもらう事だけだ。
本番で醜態を晒すなんて誰も望んでいないわけで、学校側としても無理強いはしないだろう。
ただ問題は、二つともダメだった場合だけど……。その時はリレーの選手を変更してミャルを捩じ込むしかないかなぁ。もしくは、全員参加の三十人三十一脚にだけ出るとか?
まあ、そこまではまだ考えないでおこう。希望は大事だ。猫は紐も好きだったりするけれど、さすがに縄や綱には反応しないと思いたい。
「今度はこれを使うよ。綱引きは名前の通り、綱の両側を持って敵チームと引っ張り合いをする競技なんだ」
「力いっぱい引っ張ればいいニャ?」
「そうだよ。綱の持ち方はこう。それで体を後ろに傾けるようにして、足でしっかり踏ん張るんだ。模擬戦を見れば分かりやすいかな」
今回もクラスメイトによるエキシビジョンマッチからスタートだ。
スプーンリレーという前例もあるしまだ安心は出来ないけれど、今の所ミャルに変な興奮は見られない。ルール説明を聞くミャルの顔も真剣そのものだし、今度こそ成功させるという気概を感じる。
「みんニャが言ってるオーエスって何だニャ?」
「タイミングを合わせるための掛け声だよ。僕らの時はレイア様が言う事になってるから、ミャルも合わせて引っ張ってね」
「分かったニャ」
綱引きチームのリーダーはレイア様だ。力の必要な競技にレイア様が出るなんて珍しい。
何せレイア様のもう一つの出場種目はクラス対抗リレーで、しかもアンカーなんだ。レイア様の足が速いっていうのもあるけど、それよりも花形で目立つからという理由の方が大きかったりする。
今年は騎馬戦も借り物競争もないから、クラス対抗リレー以外に目立てる競技はないんだけど、それでもせめてスプーンリレー辺りに出ると思ってた。あれなら集団に埋もれずに済むし。
それなのに今回選んだもう一方が地味な綱引きだなんて、一体どういう風の吹き回しなんだろう?
「さあ、そろそろ始めますわよ。みなさん、所定の位置へ」
そんな事を考えつつ詳しく説明していたら、レイア様がメンバーに集合をかけた。
綱引きでは力の強さや体格の良さが結果に響くから、何もなければどこのクラスもメンバーは男子で揃えてしまう。
一応それを防ぐために、女子メンバーの人数分加点される事になってるけれど、それでもやっぱり男が多くなりがちだ。
うちのクラスも例に漏れず、女子はレイア様とミャルの二人だけ。他は大柄な男子ばかりになっている。
ミャルと共に少々暑苦しいメンバーたちが集まる綱のそばへ向かうと、列の中程に陣取った南條に手招きされた。
「中村、お前はこっちだ。それで、ミャルちゃんは俺の後ろ。よろしくな」
体格のいい南條は、それを見込まれて綱引きメンバーに選ばれた……わけじゃない。
残念な事に見かけによらず運動音痴なものだから、走ったり飛んだりする必要のない綱引きのメンバーになっただけだ。ちなみにもう一つは玉入れだけど、どうせ入らないからと投げずにみんなのため玉を集めるのが南條だ。
そんな南條の指示に従い、南條、ミャル、レイア様、僕の順番で並ぶ。
僕の後ろは最後尾で、牛系宇宙人の男子生徒ミノレス君が控えていた。ミノレス君はバイソンみたいな角と尻尾があるけど、顔も体も人型の宇宙人だ。
身長二メートルもあるクラスで一番大柄な彼は、全身が分厚い筋肉で覆われた逞しい体付きをしている。
やる気に満ち溢れてるのか、ミノレス君はまだ何もしていないのに心配になるほど鼻息が荒かった。
これはうっかり後ろに倒れ込んで、前のめりな彼の角に刺さらないように気をつけないといけないかも。
猫アレルギーの僕がミャルと接触しないようにしつつ、試合にも勝てるようにと、先日の話し合いの際に並び順まで考えてくれていたらしいけど、色んな意味で泣けてくるよ。
後ろにはミノレス君、前にはレイア様。心の癒しであるミャルは近いのに遠い。綱を引くミャルの勇姿を直接目に焼き付けられないのが残念だ。
でも、レイア様がいるおかげでゴツい男共にミャルが挟まれずに済んだと思えば、これで良かったのかもしれない。
もしかして、レイア様はこのために綱引きに出るのを選んだのかな。そうだとしたら感謝しかない。
「よーし、準備出来たな。では、行くぞ。はじめ!」
練習相手も揃った所で、澤谷先生が旗を手に号令をかけた。
僕らはレイア様の掛け声に合わせて、全力で綱を引っ張る。
とはいえクラス内での練習試合だから、対戦相手も同じクラスメイト。精鋭を集めた僕らと違って、当然ながら相手は弱い。
だから決着も早々についた。
「そこまで! 勝者、赤チーム!」
どうにか今回はミャルも暴走せずに済んだみたいだ。まあ、目の前は南條の無駄にデカい背中だし、興味の移りようはないからな。
とはいえこれで、とりあえず一つは出場種目が決まった。良かった良かった……とホッとしたのも束の間。
「やった! 勝ったぞ、ミャルちゃん!」
「本当かニャ? やったニャー!」
「やったニャー!」
「あっ! 南條、お前何してんだ! ズルいぞ!」
振り返った南條が、どさくさに紛れてミャルとハイタッチしたのを皮切りに、みんなから非難が殺到した。
このままではミャルが危ないと、レイア様と協力して慌ててミャルを引っ張り出す。
けれどミャル本人は、そんな騒ぎを気にも留めずに幸せそうだった。
「ニャカムラ君、レイアちゃん! ニャー、ついにやったニャ!」
「そうだね。頑張ったね、ミャル」
「ええ、やれば出来るじゃありませんか。わたくしも安心しましたわ」
僕らからすれば予定通りとも言える勝利だけれど、ミャルにしてみれば初めての成功と勝利だ。嬉しくて仕方ないらしい。落ち込んでいた姿を見ていた僕らとしても、喜ぶミャルを見れて嬉しい限りだ。
般若の形相をしたクラスメイトたちに囲まれ小さくなっている南條を横目に、僕らは喜びを分かち合うのだった。




