11:大きくても玉は玉
「大玉転がしは、ミャルたちの星にもあった?」
「玉転がしって遊びはあるニャ。ニャーも得意だニャ! でも、こっちのは大きいニャ! こんニャ大きいボールは初めて見たニャ!」
ミャルは初めて見る大玉に、興味津々といった様子で近付いていった。
交流体育祭で使われる大玉は、直径二メートルもある巨大なものだ。日本では昔からあるメジャーな競技とはいえ、ここまで大きな玉はなかなかないだろう。
だからミャルの反応は珍しいものではないんだけれど、ご機嫌に尻尾を立てている姿は可愛いとしか言えない。
本番では各クラス八人で大玉を転がし、トーナメント戦で順位が決まり、ポイントが付く。
コースにはいくつかコーンが置かれていて、その間をジグザグに縫ってゴールまで転がしていくんだけど、何せ玉が巨大すぎて前が見えない。
だから大抵は、押すのに三人、左右に二人ずつ付いて、残りの一人は少し離れた場所から右とか左とか指示を出す事になる。
「とりあえずどんな感じなのか、みんなが転がすのを見てみようか」
モフモフ星にも似たような競技はあるみたいだしルール説明もしたけれど、いきなりミャルに挑戦してもらうのも酷だろう。
クラスのみんなに頼んで、本番同様八人ずつ紅白二つのチームに分かれてもらい、エキシビジョンマッチをしてもらった。
それを見たミャルは、目を爛々と輝かせた。
「すごいニャ! あんニャに大きいのに、コロコロ転がるニャ!」
「うん、中身は空気だからそれほど重くはないからね。ただその分、変な所に転がりやすいんだよ。だから両側から抑える人も必要なんだ」
「面白そうニャ! 早くやってみたいニャ!」
よほど楽しみなんだろう。ウズウズしてるみたいで、尻尾だけじゃなく軽くお尻が揺れてるのがこれまた可愛い……って、ダメだダメだ! お尻なんて凝視してたらただの変態じゃないか!
ハッ! 気がつけばみんなの視線も集まってる! 特に男子、ミャルのお尻を変な目で見るな! そして田中、血走った目で見てるんじゃない! せめて瞬きぐらいしろ!
「よし、そろそろミャルもやってみようか!」
「やっていいニャ? 楽しみニャ!」
どうにか二チームともゴールした所で、スタート地点に大玉が戻されるのを待ちきれず、不埒な男子の視線を遮るように僕はミャルを連れ出した。
この時の僕は、ミャルの可愛さで頭が沸騰していたし、とにかくみんなのやましい視線からミャルを引き離す事ばかり考えていた。
だからミャルの興奮具合に気が付かないまま練習に向かったんだけど、それが失敗だったと分かるまでそう時間はかからなかった。
「ミャルはひたすら押していけばいいよ。ただ、僕の指示で進む向きが変わるから、そこだけ気をつけてね」
「分かったニャ! ニャーに任せるニャ!」
初めてのミャルには、とにかく大玉を転がしてもらう事になっていた。
昨日の話し合いで先に決めていた六人の大玉転がしメンバーのうち、女子二人がミャルと一緒に大玉を押す係になり、残りの四人は男女ペアになって大玉の左右に付く。
僕はといえば、一人離れた場所からの指示役だ。何せ猫アレルギーだから、万が一にもミャルと接触しないようにという有難い配慮なわけだ。
ミャルを挟むようにして真っ白な大玉の後ろにスタンバイしてる女子二人が羨ましいなんて事はない。ないったらない。
何せあの二人は、自分たちの名前に「ニャ」が付かないという悔しさから、話し合いという名の激しい女の戦いを制してあの場を勝ち取ったんだ。
僕がそこに入るなんて事はないんだから、モフモフの腕や体に堂々と触れる事を羨んだって仕方ない。そもそも僕は猫アレルギーだしな……。
「準備はいいかしら? 始めるわよ! よーい、スタート!」
レイア様の号令で、大玉が転がり始める。最初は問題なく進んでいるように見えた。けれど問題はすぐに明らかになった。
「ちょ、ちょっと待ってミャル! どこ行くの⁉︎」
「ニャハハ! 楽しいニャ! コロコロニャー!」
猫っぽいなと常々思ってはいたけれど、ミャルはどうやらボールがとにかくお気に入りらしい。
しかも右に左にと縦横無尽に転がすのが楽しいらしく、僕の指示なんて聞きやしない。一緒に押していたはずの仲間まで振り切って、一人でポーンと大玉を転がしては追いかけ、また逆サイドにポーンと転がしていく。
そのスピードがこれまたとんでもない。ミャルはきっと毛糸玉でも転がしてる気分なんだろうけど、UMYAの身体能力は高すぎた。
「止まってミャル! 止まってくれー!」
「ああっ! またそっちに行った! 先生、みんな助けてー!」
「何やってるんだ! これじゃ埒が開かない、全員で追いかけるぞ!」
「岩熊、あなたも手伝いなさい!」
「承知しました。A班はそのまま待機、B班は作戦デルタで行くぞ。生徒と協力して南側に追い込め!」
もはや僕の声も届かなくて、広々とした大校庭では澤谷先生はもちろん岩熊さんを始めとするボディガードたちも加わって、クラス総出の大捕物になっていた。
おかしいな、ミャルよりずっと大きい白い玉が、なぜかネズミに見えてきた。
後ろで必死に追いかけている僕らは、さながら慌てふためく飼い主だろうか。
校舎の窓にホラーよろしく張り付いて見ている全校生徒が、大爆笑する声まで響いてきた。
おい、やめろ、ミャルを応援するのは! 僕らはマラソンの練習をしてるわけじゃないんだぞ!
もう下手したら授業時間が過ぎても捕まえられないんじゃないかと、僕だけじゃなくみんなも焦りを感じていたけれど。
意外にもその終わりは呆気なく、唐突に訪れた。
「ニャー! コロコロニャー! ニャ……⁉︎」
――パーン!
興奮のあまり、ミャルがうっかり爪を出してしまったようで。派手な音を立てて大玉が破れた。
途端にプシューと間抜けな音を立てて大玉は小さくなり、ミャルは呆然と佇んでいた。
「ようやく止まりましたわね! ミャルさん、あなたねぇ!」
「ちょっと待って、レイア様」
青筋を立てて間髪入れずに詰め寄るレイア様を止めて、僕は慌ててミャルに駆け寄った。
猫と似たところのあるミャルは、聴覚だって僕ら地球人よりずっといいかもしれない。破裂音を間近で聞いたミャルの大きな猫耳が心配だった。
「ミャル、大丈夫? 怪我は? 僕の声は聞こえる?」
「聞こえる、聞こえるけど……ふえぇ……! 大きいボール、壊れちゃったニャ! 壊れちゃったニャー!」
涙こそ流れなかったけれど、ミャルは悲しげに頽れた。
うん、とりあえず耳は大丈夫みたいだし、他に怪我もなさそうだ。
「全く、そんなに落ち込まれたら怒るに怒れませんわ」
あれだけ喜んで転がしていたボールが急に壊れたんだ。それはショックだよなぁ。
ミャルの打ちひしがれ様は相当なもので、さすがにレイア様も追い討ちをかけれなかったみたいだ。呆れたようにため息を漏らした。
「ミャルちゃん、大丈夫だから泣くなよ! 大玉なんて他にもいっぱいあるからさ!」
「そうニャの?」
「そうだな。なくても買えばいいだけだから、そう落ち込むな。なぁ、中村?」
「あぁ、うん。備品だからね。破損しちゃった分はすぐ補填されるよ」
あまりに悲壮感溢れるミャルに、クラスメイトたちは何と声をかけていいのか戸惑っているというのに、いち早く声をかけてきた田中と南條はさすがだ。常にフットワークの軽いチャラ男と、何事にも動じない寺の息子だけある。
ただ、ミャルを慰めようとしてくれるのはいいんだが、そこで僕に振るか?
まあ実際、手配するのは僕になるわけだし、補填はするんだけどさ。ミャルの留学に際して、費用は全宇連持ちになってるから遠慮しないでいいからな。
「うぅ、良かったニャ。ニャカムラ君、タニャカ君、ニャンジョウ君、ありがとニャ」
「でもミャル、楽しいからって一人で走っちゃダメだよ。これは競技なんだから」
「ごめんニャ。玉転がしを思い出しちゃって、ついやっちゃったニャ」
モフモフ星の玉転がしって一体どんな競技なんだ。疑問は湧くけれど、とにかくこれでミャルの大玉転がし出場はなくなったな。
反省したとはいえ、もう一度同じ事が起こらないとも限らないし、何より爪でまた割れたりしたら危なすぎる。
「みんなにも謝ってね。追いかけるの大変だったんだから」
「そうだニャ。みんニャ、ごめんニャさいニャ。もうしませんニャ」
「仕方ありませんわね。許してさしあげますわ」
「うんうん、私たちも気にしてないよ。これはこれで、結構楽しかったしね」
「大変だったから、もうやりたくないけどねー」
良かった、レイア様も怒りを鎮めてくれたみたいだ。走り回ってヘトヘトになったクラスメイトたちも、みんな朗らかに笑ってる。
ミャルが可愛いからっていうのもあるんだろうけど、素直に謝れる良い子だからっていうのもあるんだろうな。それでも遺恨を残さずに大らかに受け入れてくれるいいクラスで、本当に良かったよ。
ミャルもどうにか気持ちを立て直し、みんなと仲直りもした所で授業終わりのチャイムが響く。
結局この日は、クラス総出の追いかけっこで練習時間は終わってしまった。続きはまた明日だ。
果たして他の競技はどうなることやら。先が思いやられるなぁ。




