第二話
娘としばらくバルコニーで寛ぎ、4人で過ごした別荘の土産話を聞いた。
小夜香は嬉しそうに語りながら、時々照れくさそうにして咲夜くんの惚気話をしていた。
二人で昼食を摂った後、意を決して藤宮家に電話をかけた。
店も住所も変わっていないといいんだが・・・。
そう思いながら電話をかけると、だいぶ年配の男性の声が返ってきた。
こちらが名乗ると、男性は少し考えた後思い出したように答えてくれた。
聞けば彼は小百合の祖父だったようで、息子である小百合の父親も健在であり、家族皆息災であることを教えてくれた。
俺は用件である遺品の話をし、出来れば小百合の父である、泰明さんにも会わせてほしいと頼んだ。
すると藤宮さんは、本人に了承を取ろうとすると理由をつけて断ってしまうから来てくれて構わない、来ることだけを伝えておくと言った。
果たしてそれでいいのだろうかと若干思いはしたが、もし追い払われるようなら、遺品だけを返して退散する旨も伝えた。
小夜香と一緒に行くことを伝えると、ひ孫に会えるのかと、藤宮さんは嬉しそうに伺う日程を提示してくれた。
「ふぅ・・・。一先ずは良かったな・・・。」
電話を切って思いのほか気疲れして、深いため息をついた。
京都へは接待の会食などで同行したことはあるが、旅行などで訪れたことはなかった。
八月末に予定を組み、小夜香はもう夏休みが終わっていたが、週末に1泊2日で行くことにした。
二人で出かけること自体が珍しいが、予定が近づくにつれ小旅行が楽しみで仕方ないのか、小夜香はあれこれ観光スポットを調べていた。
東京も京都もさして気温差はないとはいえ、熱中症対策をしっかり行って当日、昼前につけるように駅へと向かった。
荷物と手土産、そして小百合の着物を持ち、新幹線へと乗り込む。
車窓からの景色を眺めながらも、小夜香は次第に落ち着かない様子を見せ始めた。
「小夜香、トイレなら向こうだぞ。」
「え?別にトイレ行きたいわけじゃないよ・・・。ちょっと緊張してきただけ・・・。お父さんは緊張してないの?」
「ん~・・・特に。失礼のないように努めるつもりだが、どういう態度を取られるか予測できないからな、その都度臨機応変に対応するしかないと思ってる。」
小夜香はじっと見つめてぶっきらぼうに言った。
「ふぅん・・・・。お父さんってさ、若い頃は結構口悪くて粗暴だったって倉根さんから聞いたけど、なんで今はそんなに淡泊な性格になったの?」
「・・・まぁ当主だったからだな。簡潔に話した方が効率はいいし、合理的に物事を進めないと、仕事をこなす時間が減るからな。公私混同しないように努めてたんだ。今となってはその癖が抜けなくなって、オンオフの切り替えが下手になったけどな。」
「そっかぁ・・・だから何となく美咲くんの口調に似てるのかなぁ。まぁオフになったお父さんが甘えてる姿とか想像できないけど・・・。」
「・・・こないだ小夜香を抱きしめてた時はだいぶオフだったんだがな・・・。」
「あ~それもそうだね!お父さん可愛いとこあるなぁって思っちゃった!」
苦笑いを返すと、新幹線の廊下を車内販売が回ってきた。
「本日はご乗車誠にありがとうございます。飲み物やお菓子などご入用の物はございますか?」
「わぁ、私車内販売初めて見た!何か買っていい?」
小夜香が嬉しそうに目移りさせて選んでいると、制服を着た販売員の女性はにこやかに言った。
「ご兄妹でご旅行ですか?」
そう言われて俺と小夜香は黙って目を合わせた。
「・・・あ、すみません、もしかしてカップルの方でしたか?」
「いえ・・・親子です・・・。」
「えっ・・・・!!?」
女性は表情を凍り付かせてしまったが、小夜香はおかまいなしにお菓子を取った。
「お姉さんこれとこれください。」
「あっ・・・・はい、申し訳ありません失礼を・・・。250円でございます。」
その後会計を済ませ、俺をお父さんと呼ぶ小夜香を信じられない様子で見つめながら、販売員はまた廊下を進んで行った。
小夜香はお菓子の袋を開けながらケラケラ笑った。
「さすがにカップルはないよねぇ~。」
「そうだな・・・。」
「・・・お父さん若く見られてるってことなんだからショック受けなくてもいいじゃ~ん。」
「解せんなぁ・・・。」
そうして約2時間程で京都に到着した。
数日前京都に出向く旨を倉根に伝えたところ、こちらにいる使用人を手配するとのことだったので、駅の中央出口を出て辺りを見渡した。
「お父さん、タクシー乗り場あっちだよ?」
「いや、倉根が連絡したこっちの使用人が送迎してくれるらしくてな・・・目立つからすぐわかるとか言われたんだが・・・どういうことだろな・・・。」
小夜香は送迎目的の自家用車が集まった場所をキョロキョロして、俺の袖を引っ張った。
「あの人かな?黒い車の前でスーツ姿の人・・・」
小夜香と同じ方向を見やると、少し遠くの方で言われた通りの人影が見える。
「何であの人だと?」
「ん~・・・結構身長高い人に見えるし、白い手袋に黒スーツって執事みたいで目立ってるよ?」
「そう・・・だな・・・。」
若干二人で怪しみながら近づくと、その人物はハッとして姿勢を正しこちらを向いた。
目の前に来ると深々とお辞儀をして、改めて目が合うとニコリと微笑んだ。
「島咲更夜様と、ご息女の小夜香様ですね。お初に目にかかります、西園寺 翼と申します。短い間ですがお二人の送迎を担当させていただきます。どうぞ・・・」
「ああ・・・ありがとう。」
「よろしくお願いします。」
車種に詳しくはないが、随分厳ついデザインの車だ・・・。
彼がドアを開けて二人で乗り込むと、小夜香も少し緊張したような面持ちで運転席を眺めていた。
「直接藤宮様のご自宅に向かわせていただいてよろしいですか?」
「ああ、こっちに着く時間は知らせてあるから、向かってくれて構わん。」
「かしこまりました。」
少し関西弁訛りを感じる柔らかい口調で話しながら、彼はハンドルをきった。
真夏の京都は快晴だった。
一点の曇りもない青空が、時々通りすがる寺や神社の建物を際立たせて神々しい。
小夜香も窓の外をじっと眺めて、観光客で賑わう街を羨ましそうに見ている。
「お父さん、お布団干したくなるほどいい天気だね。」
「そうだなぁ、雲がない分かなり日差しも強いけどな。」
信号待ちで止まると、バックミラーを少し持ちながら西園寺さんは言った。
「京都のこの辺りやと、外に布団干すんは景観を損なうんで禁止なんですよ。」
「え!そうなんですか!?」
「ええ・・・。まぁ田舎の方やったら関係ないかもしれませんけど・・・。」
「それは知らなかったな・・・。」
意外な事実を知り、小夜香も色々目についたことが気になってきたのか、次々西園寺さんに質問を投げかけた。
やがて1時間ほどで藤宮家の近所まで来て、車はコンビニに停車した。
「お疲れ様です。休憩もかねて飲み物とか必要なもんあればどうぞ。トイレももちろん借りられますんで。車は自宅近くに駐車出来るパーキングがないんで、ちょっと離れたところに停めます。用事済んでまた連絡もらえましたらここまで戻ってきますね。」
「ありがとう、すまんな。」
また恭しく一礼する彼に、スマホを出して電話番号を交換した。
「私飲み物買って、トイレも済ませてくるね。」
「ああ、俺は大丈夫だから行ってきなさい。」
懐から煙草を取り出すと、西園寺さんがさっとライターを出して火を差し出した。
「・・・ありがとう。」
ニコリと微笑む切れ長の目が、煙をふかす俺をじっと見つめた。
「・・・西園寺さんは、元々京都の人なのか?」
「・・・はい、そうですけど最近は東京で仕事させてもらってます。元は本家でお仕えしてましたけど、実家が由緒ある神社なんで、盆の時期は色々手伝いありまして・・・。その時にちょうど倉根さんから連絡いただいたんで、今回の件を買って出ました。」
「そうか、わざわざすまないな。」
「・・・更夜様は下々のもんにえらい丁寧に接してくれるお方なんですねぇ。使用人にいちいち詫びも謝辞もいらんと思います。なんやったら私の関西弁訛りも、本家で仕事してる時はえらい怒られたもんです。」
彼は残念そうに眉を下げて、苦い思い出を語るように口元を持ち上げた。
「そうなのか。俺は特に気にならないな。元来些細なことは気にならない性分だし・・・。ああ、それに、祖父が関西弁で話す人だったんだ、だから特に不快というわけではないのかもな。」
「ああ!確かアラン様でしたっけ。上の人から伝え聞いた程度ですけど、随分腕の立つ軍人やったそうですね。」
「そうらしいな。・・・ところで・・・」
「はい?」
自分より少し背の高い西園寺さんを見上げて、その黒い瞳を覗き込んだ。
「世間話ではなく、何か俺に話したい事があったように思えるけど・・・小夜香が戻るまでに済ませられそうか?」
俺がそう言うと、彼はポカンと口を開けて静かに瞳を落とす。
「・・・お見通しなんですね・・・。けどやっぱりやめときます。大事な用事でこっち来てくれてはんのに、水差すようなこと言えませんし・・・。」
「・・・別に用件によっては応えられなくはないと思うし、何か困っているなら協力しないでもない。」
「いいえ、ええんです。もしホンマに頼みたくなった時は、改めて連絡させてもらいますんで。」
「・・・そうか。」
西園寺さんはそう言って、藤宮家に向かう俺たちを見送った。
徒歩10分程の道のりを歩きながら、スマホで時折地図を確認した。
「ねぇお父さん・・・おじいちゃんって私が産まれてから一度も会ってないんだよね?」
「そうだな。産まれてからどころか、俺と小百合が結婚する前から会ってないな。」
「そうなんだ・・・。じゃあ孫がいることすら知らないってこと?」
「いや、それは知っていると思う。使用人が言ってたんだが、小百合が出産報告したくて、実家に手紙を書いていたみたいだと教えてくれた。その使用人はどうやら、小百合が幼い頃から世話をしてくれていた者で、厳しい父親だったから会わせたくないが、どうかもし手紙の返事が来たとしても、小百合を責めないでやってくれと言われたんだ。まぁ別段責めるつもりは毛頭なかったけどな。」
「へぇ・・・。おじいちゃん・・・嫌じゃないかなぁ私が行って・・・。」
小夜香は楽しみな旅行気分から一変して、不安と緊張で足取りが重たくなってきたようだ。
「どうだろうな・・・。まぁ少なくとも泰明さんのご両親は、ひ孫に会えることを楽しみにしていらっしゃったから、そこまで邪険に扱われることはないだろう。」
不安そうに頷く小夜香はそっと手を掴んできたので、娘のその細い手を繋いで歩いた。
観光地から少し離れた住宅街は、イメージする京都の古い町並みというよりは、屋根は低いが比較的洋風な一軒家も多かった。
藤宮の店には訪れたことはないが、住所が変わっていないし、この家たちの並びにあれば少し目立つだろうなと思いながら地図を眺めていた。
もう目と鼻の先というところまで歩くと、小夜香が指をさして言った。
「あそこかなぁ?」
そこには大きな門扉がある屋敷があった。
「・・・店がないが・・・確かに表札には『藤宮』とあるし・・・ここ・・・だろうな。」
十数年前にネットで調べたことある佇まいとはまるで違った。
念のため両隣や向かいの建物も確認したが、店らしきところはなかった。
少し不審に思いながらも、二人して家の前に立ち、そっとインターホンを押した。