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98.王立オーケストラ⑧

翌日は、また兄様とジェイバーとで王城に向かった。



練習は昨日より和やかで空気が軽い。

ただ、仕上がりは、序曲、前奏曲、組曲、菜然寶頌はだいぶ完成に近づき、良くなってきているが、ラピス公国の協奏曲と交響詩が、まだ硬かった。



リリーは昨日考えたことを伝えようか迷ったが、誰に言えば良いのかが分からない。


ヴェルメリオ先生は今日からもう来られないし、指揮者のノーテさんはまだ余所余所しいし…

初日に挨拶したソニードさんは、多分このホールの管理人さん的な立場で、オーケストラの公演スケジュールの調整とかが仕事っぽくて、実質的に奏者としては関わっていなさそうだった。



ウーーンとリリーが悩んでいると、コンマスのバイオリン奏者の男性が近づいてきた。

昨日、リリーに休憩時間に謝りに来た青年だった。



「どうしたの? 何か考え込んでいるけど」


リリーは昨日考えて調べたことを、話してみることにした。








「なるほど… 」

聞き終えて、オークリーさん(コンマスの人)が深く頷き、リリーの言いたいことを理解してくれたようだった。



「みんなにも聞いて貰おう。何かのヒントになるかもしれない」




皆の前で、リリーは図書館で借りてきた、ラピス公国の地図を開く。



「ラピス公国は、国旗にもなっている(ひのき)が重要な役割を果たしている国です。

交響詩の最初は、弦楽器とホルンのゆるやかで深い音から始まります。これは多分、松や檜の静かな森を表しているように思います。


弦楽器が繰り返す分散和音(アルペジオ)は、木々の密集と風に葉を揺らす様子なのかもしれません。




森の周りには民家の集落が点在していて、木を切ったり、叩いて繊維をほぐしたりの作業は子供も大人も皆でしているようです。

その賑やかな仕事の様子が、次の小さめのトランペットと木管楽器で表現されています。



その集落を横目に見ながら、川が流れ出します。

ラピス公国には有名な川が4本あり、川の流れはバイオリンが主旋律をとりますが、クラリネットとハープが色を添えてきらきらした穏やかな川という感じが伝わってきます。」



リリーは地図で川を辿りながら続ける。



「川の近く、このあたりの土地では酪農が盛んで、多くの家で春には羊の毛を刈ります。

多分、ここのホルンは、羊飼いが使うホルンを擬したものだと思います。



また、ラピス公国の酪農は、牛はもちろんですが、山羊(ヤギ)が重宝されています。 

山羊のお乳は春から秋にしか採ることが許されておらず、ミルクやチーズも春から初夏にかけて作り始めるようです。



春に、搾乳の開始と草を食べ始めた仔山羊の無事の成長を願うお祭りが開催されます。

この楽しげなお祭りの様子が、金管と木管楽器の間を縫って奏でるヴィオラとチェロの細かい旋律で表されています」



「川は河口に近づき、平地では、綿や麻などの、広大な畑が広がっています。

収穫や糸つむぎ、機織りなどの作業が、このあたりのフレーズにあたると思います」



リリーはラピス公国の地理と歴史をメロディと楽器に当てはめながら次々に説明していく。



正解かどうかなんて、作曲者にしか分からないが、公国について0知識でいるよりは理解しやすいし、共通の気持ちが乗れば、音のイメージが揃う。



例えば、タカタカタカタカタカという繰り返しのリズムを、馬の蹄の音ととるか、屋根に当たる雨音ととるかで、曲の仕上がりはだいぶんと違う。

共通認識ならどちらでも良いのだが、奏者でバラつきがあれば、聴き手には綺麗に伝わらないものだ。



王立図書館は誰にでも開放されているが、楽団員の中には平民の人がいて、気後れして中に入ったことがないという話も聞いていた。



リリーが持ってきた知識が、皆の認識を揃える手助けになれば、と思ったのだ。



リリーが話し終えると、それまで静かに聞いていた楽団員の目に光が入った感じがした。



「リリーさん… ありがとうございます。」

ひとりの楽団員が口を開いた。


「僕は、なぜこんな中盤でこのホルンが入るか分かりませんでした。全体の音に対し、どの程度の音量で吹くのが適切なのかが分からず、つい小さくなって、音が揺らいでしまうのが自分でも分かっていました。


もう、羊を集めるつもりでしっかり音を出せます」


シシシ、と歯を出して笑った。


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