88.王立オーケストラ①
ウィリアムお兄様は、騎士の夜番(夜勤みたいなもの)だったそうで、昨夜は帰ってこなかったが、今朝は王城のコンサートホールまで案内してくれることになっている(夜勤明けだけど)。
王城の入口で待ち合わせているので、朝食くらいは持って行ってあげないとさすがに悪い。
今朝の朝食は、焼き立てのスコーンとたっぷりの果物だった。
このスコーンが、腹がパックリ割れていて香ばしく、焼き立てにバターを塗ると格別に美味しかった。
いそいそとバスケットに敷紙をしいて、ちゃっかり自分の分のスコーンまで詰めているリリーは結局の所、父のo.mo.te.na.shi作戦にまんまと引っかかっているのだ。
高い王城の門には衛兵が2人立っていて、リリーはエルム王子から預かっている手形を見せる。
衛兵は事前に話を聞いていたことと、不安げなリリーの可愛らしさにヤラれて、早々に中に入れてくれた。
王城に入れるのは、リリーと護衛1人なので、ジニアは別邸でお留守番だ。
別れ際、「リリーお嬢様の疲れを取り去る魔法のマッサージの極意を学んで参ります!!」と意気込んでいた。
「リリー!」
中にはウィリアムお兄様が満を持して待機していて、リリー達を見つけて手を振った。
夜勤明けとは思えない、涼し気な目元を細めて微笑んでいる。
「今日も可愛いね。クロッカスの花から飛び出してきたようだよ」
リリーは今日、生成りの白地の裾が淡い黄色のドレスを着ている。
確かに、クロッカスの花を下に向けたら、こんな感じのドレスかもしれない。
てくてくと渡り廊下を歩いていると、中庭に通りかかった。
中庭は花壇に色んな花が植えてあり、木陰にベンチまで置いてある。
リリーが足を止めて眺めていると、
「ここは皆の休憩所で、憩いのスペースだよ」
と教えてくれた。
特に文官なんかは、ここから仕事部屋が近いから、頭が煮詰まったらよくここに来て一休みするらしい。
ゆるい就業規則だな…
しかし丁度良い。
「お兄様はお腹が空いていませんか? 朝食に、スコーンをお持ちしました。 バターと、はちみつを塗ったらもう、いくつでも食べられちゃう美味しさです」
バスケットを差し出しながら鼻息荒くリリーが言うと、お兄様は笑いながら、
「リリーがそんなに気に入ったなら、シェフはさぞかし僥倖だろう。 父様が、"リリーにものすごく美味しいものを出せ"という、ザックリした無茶振りをしたものだから、一昨日はシェフが死にそうな顔で試作品を作っていたからね」
マジ父、本当迷惑。
シェフ、迷惑かけてごめんなさい。
でもとっても美味しいです!
ウィリアム兄様がスコーンを食べ、リリーもちょっと食べたら丁度無くなった。
片付けてから渡り廊下に戻り、突き当りまで進むと、重厚な扉があった。
これが、王城中のコンサートホールで、王立オーケストラの練習場所だ。
リリーは緊張しながら、ゆっくり扉を押し開けた。
中にいた人達の視線が、一気にリリーに集まった。




