87.公爵家別邸②
「とうとう僕のリリーが、皆のリリーになっちゃうんだなぁ〜」
お父様がワケの分からないことを言い出した。
扉付近に立っているジェイバーも、なぜか神妙な顔でうなずいている。
リリーはふわふわの白金の髪にアクアマリンの瞳、日に焼けていない陶器の肌に、桜色の唇と、完璧な美貌。
最近は、頬の血色も良く健康的で、明るい表情と笑顔は誰もを虜にする可愛らしさだ。
おまけに天使の美声持ち。
神様は不公平だと泣く人もいるかもしれない。
(※全てリリー父評)
これまでリリーは、お茶会にもほとんど出たことがなく、ましてや王城の務め人や王侯貴族などと会わせたことはない。
つまり、正真正銘の箱入り娘、深窓の令嬢なのだ。
そんな娘は明日から王城に出仕し、一週間後には貴賓の歓迎の晩餐会で歌を披露することになっている。
この素晴らしい娘を皆に自慢したい気持ちと、自分だけの秘密にしておきたかった気持ちがリリー父(&ジェイバー)にあり、なぜか今、感慨深い気持ちになっているのだ。
そんな気持ちなど露も知らないリリーは、ワインをくゆらせながらワケの分からないことを呟いている父を怪訝そうに眺めながら、好物のコーンスープを口に運んだ。
少食なリリーがたくさん食べられるよう、前菜は全てスプーン一杯のサイズで種類をたくさん作ってあり、見た目にも楽しく色々食べられて嬉しい。
それにしても、リリーは父と食事を一緒にしたことはほとんどないのに、今日の食卓に上がるメニューというメニューが、リリーの大好物ばかりなのが何か怖い。
メインはスズキのポワレだった。
リリーは、皮をパリッと焼いた料理が好きで、特に白身魚が大好きなのだ。
アシュトン邸で食べたチキンソテーも美味しかったが、スズキのあっさりした淡白な旨みが、今日の疲れた身体には優しく沁み渡った。
それをなぜ知っているのか…
デザートはブラマンジェだった。
ものすごく美味しい…
もぐもぐと口を動かしながら、本邸に別邸のスパイ(?)がいる可能性を考えていた。
その日の夜は1日ぶりにゆっくり湯船につかって、別邸の侍女さん達の渾身のマッサージを受け、陽の匂いがするお布団でぐっすり眠った。
翌朝。
リリーはちゃんとアズール先生の言いつけを守って、2日間歌を歌わなかった。
「〜〜♪」
試しにハミングで歌ってみたが、声も調子も問題無いようだ。
「良かった… 」
ホッとして、朝の支度に呼びに来たジニアの声に応えた。




