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83 .キュステ・コスタ海岸

リリー達がキュステ・コスタ海岸に着いた時は、夕陽は半分ほど沈んでいた。



「なんとか間に合いましたね…! 」

「幻想的な美しさです… 」


空の上の方は早くも夜空の様相で、紺色。

そこからだんだん、群青色、紫苑、躑躅色と赤みが増し、太陽の周りは茜色が広がっている。

金色の太陽から水面に走っている光が、まっすぐこちらに、まるで道のように映っている。



それらが寄せては返す波の音ごとに色を深くし、ゆるやかに夜の帳が降ろされていった。




気温が低い地方は、空気が澄んでいて星がたくさん見える。

まだほのかに明るい夜空に輝く星をしばらく眺めてから、一行はアシュトン邸に向かった。






「ディアマン公爵家の皆様、ようこそおいで下さいました!! 私が当主の、ロセウス・マルシャンと申します。

息子アシュトンが大変お世話になっております。


公爵家に比べれば狭苦しい我が家ですが、精一杯のおもてなしを用意していますので、楽しんで頂けると嬉しいです」



そんなことはない。

かなり大きいお屋敷だ。

いつか、ジニアからアシュトンは大きな商家の息子さんだと聞いていたが、本当にお金持ちらしい。



ロセウス氏は、比較的背が低く、鼻の下に髭を生やした恰幅の良いおじさんだった。

アシュトンがあんな感じだから、親御さんも悪徳商人みたいな人かと勝手に想像していたが、めちゃめちゃ善人そうなおじさんだ。



手ごねパン(特にアンパン)に命を吹き込むのが得意なおじさんに、よく似ている。





まずは滞在する部屋に案内して頂き、荷物を置いた。

その後はお待ちかねの食事だ。



実は昼食を食べ損ねているので、皆お腹がペコペコだった。




「わ〜〜〜!!皮目がパリッパリ!

スパイスが効いて、とっても美味しいです!!」



リリーはもともと、コッテリしたデミソースなどよりも、塩コショウや岩塩、スパイスをまぶして焼き上げたシンプルな味のお肉が好きだ。


しかも、このスパイスは食べたことのない味がする。



ジニアとジェイバーは、基本的には貴族の出なので、今日は一緒に食卓を囲んでいる。

もちろんアシュトンもいるし、アシュトンの母様も隣にいらっしゃった。




「喜んで頂けて光栄です。 このスパイスは珍しく、先日初めて入荷したものです。

このスパイスが1番合う食材と調理法が、チキンソテーなのです。 


本当は、牛でもてなしをとも考えましたが、お嬢様が食べ慣れたものよりも珍しいものの方がお楽しみ頂けるのではないかと思いまして」

ロセウス氏が相好を崩して説明を加えてくれた。




その後の、鮭のパイ包み焼きも、珍しい香草を使っているらしかった。

パイに包まれた鮭とキノコ、マッシュポテトが香草で風味を引き立てられていて、素揚げにされたれんこんの食感が面白く、またものすごく美味しかった。



提供されるお料理は全て珍しく美味しいので、リリーは残さず食べることができた。



焼き立てのフォカッチャを小さくちぎりながら口に運んでいると、



「お嬢様は何でも、空中で回ったり、飛んだり跳ねたりという、軽業がお得意でいらっしゃるのですってね」


ゴフッ! 軽業…



「えぇまぁ… 」

横目でジニアをちらりと確認しながら、答える。

ジニアは丁度デザートを給仕され、初めて見るバニラアイスに釘付けだった。



「遠い異国の地で、サーカスというのを見たことがあります。

空中でブランコに乗ったり、輪をくぐったりされていて、見ている方はヒヤヒヤするのですが、それらを華麗にこなされる様が素晴らしいのです」



「まぁ、それは面白そうですわね。

私も、ジャンプする練習を始めてから、色々と頑張ってはおりますが、まだそのようなことはしたことがありませんね」



サーカスかぁ、百合子だった頃、何回か見たことがあるなぁ。

確かに跳んで回るし好きだけど、私がやりたいこととちょっと方向性が違うかも。



「リリーお嬢様は、スゲぇんだ! 自分の倍近くある兵士や、俺だって歯が立たなかった。

縦横無尽に浮かんだり沈んだり回ったり降ったりして、気がついたらノされちまうのさ」

アシュトンが少しはにかみながら話に入る。



「まぁアシュトン、あなたお嬢様と何をしているの!

女の子なのに、お怪我でもされたら大変だわ」

ロセウス夫人が眉をひそめる。

夫人はほっそりした背の高い方だった。

アシュトンのあの体格の良さは、遺伝子がどうなった結果なのだろう。



「お嬢様が怪我をするどころか… 」

アシュトンは言いかけて、リリーの視線が氷河の冷たさだったので一旦飲み込み、



「あの頭の硬いロカ隊長を説得して、訓練内容を変えさせちまったんだ。 本当、あのトレーニングで何人も使い物にならなくなってたけど、俺達はそれが普通だったから気にしてなかった。 

でも、お嬢様がその危なさと不合理性を身を持って隊長と皆に示したんだ。

皆、天使だ女神だって大騒ぎだったよ」



うまくオブラートに包んでくれた。

やはり、頭の悪い方ではないらしい。



「そんなことがありましたか。

息子がこのように人を褒めることがないので、私達はとても嬉しく思っているのです」

ロセウス氏が言えば、夫人も笑顔でうなずく。



ジニアも、何の話かよく分からないけど、リリーが天使だと褒められたらしいことは分かったので、大きくうなずいてデザートの続きを楽しむことにした。



リリーも、ホッと息をついて、少し溶けかけたアイスに舌鼓を打った。






翌朝。

フカフカのベッドと布団でぐっすり眠り、果物たっぷりの朝食を頂いてから、リリー達は次の目的地に出発した。



最後に、よくもてなして下さったロセウス一家にはよくお礼を言い、特に食事が素晴らしかったとお伝えした。



「私どもも、夫婦と息子ひとりの家で、息子は砦から滅多に帰ってきませんし、久々に賑やかな食卓が楽しゅうございました」と微笑んでから、


「うちは貿易商で、異国との取引を多くしております。

もしリリーお嬢様がご入用のものがありましたら、何なりとご相談下さい」

とロセウス氏に言ってもらい、本当にありがとうございましたと謝意を伝え、北の地を後にした。



「アシュトンも、ありがとう! またうちにも遊びにいらしてね〜!」

北の砦では、靭帯断裂や筋損傷などの大怪我が無くなった代わりに、妙な小キズを作る兵士が増えたという。


原因は、宙返りや飛び蹴りなどのアクロバット技を真似して失敗する兵士が多いせいだった…

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