82 .兵士達のトレーニング⑨
「お、お嬢様ぁぁぁぁ!!!」
隊長やペルルとのあれやこれやが終わり、帰り支度をするために、控室にいるジニアを呼びに行くと、リリーの姿を一目見たジニアが叫びだした。
「何でそんな、土に汚れているんですかぁぁぁ!?
御髪も乱れて…!! ああっ!せっかくの新しいワンピースの裾がドロドロ…!! ちょっとジェイバー!?」
ジニアにジェイバーが何をしていたんだと叱られている間に、ロカ隊長とアシュトンが挨拶に来た。
「リリーお嬢様、この度は大変ご迷惑をお掛けしました。旅の日程もだいぶ遅らせてしまい、申し訳ありませんでした。
あの… ひとつ、お伺いしても宜しいでしょうか」
「何でしょうか」
「リリーお嬢様は病弱な方だと聞いていましたが、それは誤りだったのでしょうか…?」
ロカ隊長は、そこがどうしてもひっかかるらしい。
「いいえ、それは事実ですわ」
と、リリーが答えると、そのやりとりを聞きつけたジニアがすっ飛んできた。
「誤りなものですか!!事実ですよ!
お嬢様は努力をされてやっと、だいぶんお元気になられましたが、まだ歌の練習をされただけで体調を崩され、昨日まではお熱で起きられなかったんですよ!?」
「ハッ!? 昨日まで熱があったんですか!? しかも、歌の練習だけで!?」
ロカ隊長は、開いた口がふさがらない。
アシュトンも驚いているようだ。
「そ… そうですね(ちょっと語弊がありますが…)。
ですから、実のところ身体の動きがいまひとつだったのですが、お陰様でだいぶ軽くなりました」
リリーが答えると、
「平時のお嬢様であれば、メガロぐらいなら2打で動けなくできたと思います」
とジェイバーが添えた。
病弱なんだか最強なんだか分からないけど、とにかく体調を崩していてあの動きなら、常人ではない。
「失礼を申し上げました。リリー様は本当に、稀有なお方だと分かりました。
先程ご指導頂いた考え方を元に、兵士のトレーニング内容を再検討させて頂きます」
リリーから、ストレッチなどの準備体操や運動負荷の段階的な上げ方、素振り以外の剣技の練習方法、各個人の特性の見極め方をロカ隊長は習っていた。
リリーはニッコリ笑ってうなずくと、
「はい。これからも宜しくお願いしますね。
アシュトンも、後でお世話になります」
実は、予定よりかなりタイムスケジュールが押していて、泊まるはずだった宿屋まで辿り着けそうにないのだ。
だから、今晩は急遽アシュトンの家にご厄介になることになった。
「おぅ! 俺は一足先に家に帰って、家の奴らに準備させておくぜ」
ニカッと笑って走り出し、あっという間に消えていった。
「さぁお急ぎ下さい、日が暮れてしまいます!」
幸い、キュステ・コスタ海岸は、北の砦からあまり遠くない。
しかも、たまたま夕陽が海面に沈む景色の名所なので、今の時間はジャストタイムといえる。
しかし、沈みきってしまってはダメなので、とにかく早く向かわなければならない。
ジニアに急かされて、皆も慌てて馬車に乗った。
後日、隊長が今日のことを公爵への報告する際、自分がリリーを愚弄したことは書けないので、
『観光に訪れたリリーお嬢様が、兵士の命を縮めるほど厳しすぎる鍛錬を哀れに思い、慈悲と天使の心で隊長を諭し、トレーニングメニューの改訂を提案された』という内容になったらしい。




