65.リリーの歌
朝食を食べ終えると、皆で片付けをした。
女の子も率先して手伝い、あっという間にいつもの稽古場に戻った。
僕は、貴族の子どもが自分で片付けているのを、実は初めてみた。
自分はメイン所だけやって、後はだいたいお付きの人にやらせているのが普通だ。
でも、この子は片付けもするし、それを付き人の人も不思議に思う様子がない。
「変なの…」
思わずつぶやいた僕に気づき、女の子が顔を上げた。
宝石みたいな瞳と目が合って、思わず顔が赤くなる。
「もしかして、貴方がアズール様ですか?」
女の子がこちらに歩いてくる。
「あぁ… 僕がアズールだよ」
仕方なく、答えた。
「この度はご無理を言いまして申し訳ありません。
ヴェルメリオ様からご紹介頂きました、リリーと申します。
急なことで、どうして良いかがわからず困惑していたのですが、決まった上は精一杯頑張りますので、ご指導宜しくお願い致します!」
女の子は… リリーさんは僕に頭を下げた。
11歳だそうだから、30歳の僕からしたら子どもでもおかしくない歳だ。
でも何となくリリーさんは雰囲気も言葉遣いも大人びていて、チビ達と同じように接することはできなかった。
「リリーさん、とりあえず何か、知ってる歌を歌ってくれないかな」
皆はお腹が膨れて少し休憩中だ。
どんな歌を歌うのか興味があるらしく、ちらちらとこちらを気にしているのが分かる。
稽古に身が入らないのは困るから、最初に関心事を終わらせることにした。
何か、歌かぁ。
何となく、アメイジングな歌は今日の雰囲気に合わない気がした。
うーん… あ。
百合子が好きだった、あの曲はどうかな?
10年前にアニメ、映画化されてなお、今もたくさんの人を魅了してやまない、空飛ぶ絨毯に乗って悪いランプの精をやっつける話。
今日は子ども達もたくさんいるし、楽しげな歌が良いよね。
リリーはアラビアンナイトな歌に決めて、息を吸った。
その場は、一気にリリーの歌の雰囲気に染まった。
特に、その歌詞は生まれてからずっと劇団の中しか知らないこども達の心を掴み、また大人達にとってもその伸びやかな声が、見たことのない世界への想像をかきたて、幸せな気持ちにさせた。
目の前に夜空があって、星を横目に飛んでいるような錯覚に陥る。
僕は想像以上の現状に、心底驚いていた。
劇団にも11歳の子どもはいる。
彼等の声量や音程のとり方は、よく知っていた。
彼等と同い年、しかも貴族の女の子に、こんな声が出せるものなのか!?
いつ息継ぎをしてるのか、また、歌詞の終わりの節もどこまで伸びていくのか…
指導なんて、必要ないんじゃないか?
さっきまでの朗らかな印象とはうって変わってみえるリリーを、アズールは若干怖いような気持ちで眺めていた。
「おねぇちゃん、お歌じょうずー!!」
「何て歌??」
「声がキレ〜〜!」
歌い終わったリリーを、子ども達がわいわいと取り囲む。
大人達はハッと我に帰り、そろそろ持ち場に戻って作業や練習を始めるべく腰を上げる。
何人かがアズールにやや憐れみの視線を投げ、何人かは「頑張れよ…」と声をかけて肩をポンと叩いていった。
これは…
アズールは、昨日と違う理由で、ヴェルメリオ先生を恨めしく思った。




