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63.SIDE アズール

夕方、ヴェルメリオ先生が久しぶりに劇団の稽古場に顔を出してくれた。



「先生! どうしたんですか? しばらく忙しいから来られないって言ってたのに!」


劇団には役どころの都合から、子どもから年配者まで所属している。

子ども達が一斉に飛びついた。



みんなに囲まれてわしゃわしゃしてたら、僕と目が合った。


「アズール君、君に頼みがあって来たんだ」


「先生が、僕にですか?」





話を聞くと、2週間後に晩餐会で歌う貴族の女の子の指導をお願いしたいというものだった。



「嫌ですよ!」



即答した。

貴族なんて、嫌な思い出しかない。

聞けば、その女の子は今までろくに歌の勉強をしていないらしい。

そんな子を2週間ぽっち教えた所で、そんな付け焼き刃な練習じゃ、ろくな出来上がりにはならない。


下手をしたら、仕上がらなかったことを平民だからって僕のせいにされる可能性だってある。

いくら先生の頼みでも、絶対嫌だと思った。



「その子は私も直接会って話をしたけど、素直な優しいお嬢さんだったよ。

生まれや出自で貴賤を決めない様子だった」


「そんな人、先生の他にいるわけないじゃないですか」





アズールは孤児院の出だった。

孤児院には、時々貴族の子女が慰問に訪れることがあった。

お菓子をくれたり、本を読んだり、遊んでくれたりするから、皆喜んで良く懐いていた。



最初はアズールも慰問を楽しみにしていた。

ある日、定期的に来てくれる貴族の母娘が皆と遊んでくれた後、帰る頃になった。

なんとなくお礼を言いたくなって、お別れをした後で追いかけた。


そしたら、その母娘は流水で熱心に手を洗いながら、

「よくこすって落としなさいよ。どんなバイキンがついてるか、分からないんだから」

と言っていた。


まるで僕達を汚いものみたいに話していたのだ。

いつも優しげに笑って皆と接している人の裏側を初めて知った僕は気持ち悪くなって、さっき貰って食べたばかりのクッキーを吐き、しばらく笑えなくなった。


それからは、孤児院を出て働き口を探す時も、貴族からされた仕打ちで嫌なことを数えたらキリがない。

絶対に信用しないと思っていた。



やっと、小さな劇団の下働きとして職にありついたが、あまり評判の良い劇団ではなかったので、お給金は少なかった。

でも当時は劇団が古い屋敷を買い取って、その中で劇団員全員が寝泊まりしていたから、雨風をしのげる家があった。

寒い夜も皆で寝れば温かいし、酷いことをする人もいない。

僕はこの暮らしにわりと満足していた。



そんな時、貴族のおじさんが、うちの劇団を支援したいと言ってきたと聞いた。

僕は絶対に裏があるから辞めたほうが良いと、団長に何度も訴えたが、そのおじさんがくれた支援金に目がくらみ、承諾してしまっていた。


おじさんは音楽家だった。

特に声楽を専門にしていた。

おじさんは時々劇団に来ては、声の出し方や感情の込め方、そのための身体の造り方とかを丁寧に教えてくれた。 

他の貴族みたいに、全然偉ぶった所がなく、いつも優しかった。


そして、おじさんがくれた支度金で劇団の稽古場を借りることができ、練習が格段にやりやすくなった。



最初は半信半疑だった皆も、言う通りにしたら聞き取りやすく、しかも声がよく響くようになり、少しずつお客さんも増えてきたから、おじさんのことを先生と呼びだした。


お客さんが増えたから給金も上がり、皆のやる気も上がった。

だんだん劇団員の数が増え、評判も上がり、何年もかけて今は王都の大ホールで興行できるようにまでなったのだ。



先生は劇団にとって、僕にとって、大恩ある人だ。

だからなるべく頼み事は聞いてあげたいが、今回は無理だ。



先生は僕の様子を見て困ったように言った。


「"身分で差別”は何も貴族側だけの話じゃない。

平民である君が、貴族だから指導をしないというのなら、それは同じことじゃないのかい?

まずは人となりを見て、それから判断しても良いんじゃないだろうか」


「 … 」


僕は何も言い返せなかった。



「とりあえず、明日の朝にこちらへ訪ねてくることになっているから、会って、話をしてみてほしい。」


先生の言葉に、黙ってうなずくしかできなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かに先生の言うとおりにそれも差別だね 弱者という立場を傘に来ての無意識の傲慢 諭されてわかるんだから本当に無意識レベルの話しだろうけど
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