60.結論
「僕はまだ聴かせて貰ったことはないけど、リリーはとっても歌が上手なんだってね!」
王子がにこにこと言い出した。
「だから、歓迎のための晩餐会で、ぜひ歌ってもらおうという話になったんだ」
「えっ、私の歌なんて、本格的に勉強したわけでもありませんし、そんな他国の方々にお聴かせするような力量は全くありません」
リリーは胸の前で両手を振り、NO!!をアピールする
「そんなことないよ。
マルグリット伯爵婦人が、"ディアマン公爵家のご令嬢の歌が素晴らしい”とほうぼうで話していて、お茶会に参加したご令嬢も口々に、君の歌を褒めていたそうだ。
音楽に厳しいグルナ侯爵も、娘様から同じことを聞いたと言っていて、興味を示していたそうだよ。」
「皆様、きっと私の家柄に遠慮していらっしゃるのですわ。
貴族の方々は序列を重んじられますから、本当のことなんて、言えなかったのではないでしょうか。
私の歌は、子供の音楽発表会の域から出ません」
なおもリリーはNO!!の構えだ。
いつかも言ったけれど、リリーは歌うのは好きだが、別に歌手になるつもりはなく、そこまで大それた舞台に上がるほどの熱量はないのだ。
「うーん、リリーは謙虚だよねぇ。
普通、こんな話を聞いたら皆は飛びついて喜ぶのに。」
エルム王子は笑って言った。
「だけど、そんなに畏まらなくて良いよ。
これは、"こんな小さな少女が美しく歌えるんだ”という驚きを演出したいだけだから。
大人の歌手が素晴らしく歌ったって、普通のことだろう?
子供であることに意味があるんだよ」
「ですが… 自信がありません」
リリーは肩を落として正直に言った。
「大丈夫さ! この前ディアマン公爵もリリーの歌を聴いたらしいけど、その翌日に僕の父様に、
"リリーの声はまさに天使の囁き、この世の至宝だ…。
その歌をもし世の女神が聴いてしまったら、即刻神の座を辞職するだろう”と言っていたしね」
――――父様!!
王子は励ますが、リリーは不安に恥ずかしさが上塗られて更に複雑な気持ちになった。
王子はわざわざ話をしにきてくれたが、要は王命なので、公爵令嬢とはいえ一臣民であるリリーに断る術はない。
結局、お受けすることになった。
「良かった。ありがとう、リリー」
王子がほっとして微笑めば、
「すみません、リリー様。お身体のこともあり、ご無理にならないかが心配なのですが、精一杯サポートさせて頂きます」
申し訳なさそうにオリバーが言葉を添えた。
その後は本題に入り、今回は大公様とイパロン様は国政があるため国に残られ、こちらに来られるのはトゥシュカ様とピンゼル様だということ、御一行が到着されるのは2週間後ということが分かった。
あまり時間がない。
しばらくなんやかやと話した後、王子をお見送りし、すぐにロータスを呼ぶ。
ことのあらましを伝えると、「確かにお嬢様の歌でしたら、国賓の歓待に相応しいですもんね」と真剣にうなづいていた。
えっ、ロータスまで真っ黒なの??
「こほん。 ロータス、お昼からマルグリット先生の所に伺いたいわ。ご都合伺いの先触れをお願いできる?」
もともと今日は公爵邸で授業の予定だったから、多分大丈夫とは思うけど、一応聞いておかなければ。
「かしこまりました」
ロータスは恭しく礼をすると、早馬の手配と、ジニア、ジェイバーへの支度準備を指示した。




